2011年09月26日

不愉快な事件

ここに屋久島から出て行くを書いてまもなく、たまたま出会った集落の老人に声をかけられた。「出て行くんだって」。私「ご存知でしたか」。「噂になっているぞ」「いろいろお騒がせしました」「集落の中でものを言える人がいなくなると、皆、残念がってる」「せいせいしたと言っていませんか」「それは2、3人だな」。

これには驚いたし、お世辞半分としてもうれしかった。集会などで私が発言してもみんなしんとしているだけなのだから。ずいぶん重大なことを暴いたつもりなのに、それに続く発言もヤジ一つも出てこない。そんなことはどうでもいい、早く終わりにしてくれ、というのが大勢のようだと思っていた。しかし彼らの本音は、狭い集落の中で目立つわけにはいかない、しかし多大な関心は持っている、ということだったようだ。それならもっと追求してもよかったのかな、とすら思った。

あれから出会った人誰もが温かい言葉をかけてくれた。そんな中で一度だけ不愉快な思いをした。集落直営の土産物販売所へ、商品を引き継いでもらう人と一緒に行った時だ。HMとNNの、そこの主のような販売員がいた。私はずいぶん長い間、みやげ物を出品してきているが、売り上げはともかく個性的な品揃えで売り場の活気付けには一役かってきたと思っている。だがこの二人はいつ納品に行っても、何しに来たといった感じでにこりともしない。私は今日が最後、商品はこの人に引き継ぎます、と挨拶して引継ぎ業務を始めた。在庫品を一度引き取って値札にある出品者番号を書き換える、しかし陳列してある商品はそのままにしておいた。帰ろうとすると、販売員が、それらはどうするのだと突然口を利いた。このままにしておく、自然に新しい番号のものと入れ替わるだろう、と私は答えた。すると、区民でなくなった人の商品は置いておけないなどと口々にわめきたてた。私はこの二人の横っ面を思いっきり張り倒してやりたくなった。

他の売店では最後の挨拶に行くと、残念です、何とか続けてくださいなど店員さんたちの温かい言葉がうれしかった。そもそも小売において、売り上げを伸ばしたい、そのために品揃えを豊富にする、お客様だけでなく納品者も大事にする、というのは基本中の基本だ。なのにこの、さっさと出て行けといった敵意に満ちた態度はいったい何だ。

私が陳列品をそのままにしておいたのは、棚が一時空になるのを避けたかったからだ。販売機会を逸するのは誰にとっても損なことだ。それに出品者は年初に年会費を払っている。それは返却しないと決められている。ということは出品者資格は一年有効と見なすのが常識だろう。そもそもお互いできるだけ気持ちよくなるようにしようとするのが普通の人の感覚だ。何か規則があっても、何とか曲げてでもお互いが一番満足できるよう工夫する。まして決まっていないことなど、最大限の融通を利かせて当然だ。しかしここの販売員たちは、規則にないことまで最大限に悪い方に解釈してイヤガラセしようとする。

私が喧嘩して商品を引き上げて、それで販売所の売り上げが落ちても、この二人には何の影響も無い。いや同じ固定給で、しかも仕事が楽になってかえってよくなるのだ。私は過去に何度もこの販売員の問題を取り上げた。しかし改善されることはなかった。それは当然で、このうちの一人は組合長の奥さんだからだ。そして組合長自身も自分の商品だけ売れればいいだけなのだ。この人も固定給で、しかも経営責任を問われることは無い。たとえ赤字になっても、それは集落の人たちみんなが負担することになっている。また本来は監視および意思決定機関として組合の理事会というのがある。しかしメンバーは当初からほとんど変っていない。結局この組合長一派に牛耳られているからすべて彼らの思いのままだ。今年の総会で、私が追求して300万円ほどの隠し金のあることを白状させた。なぜそれが決算書に載っていないのかとの追求に、組合長はむにゃむにゃ口を濁すだけだった。もしその金を彼らが私的に流用しても誰にも判らないのだ。

当然集落の中では「あの奴らは!」といった陰口がささやかれている。しかし表立って言う人はいない。みんな自分が理事になったり組合長になったりしたくないのだ。そんな面倒なことを背負い込むほど、もう集落に愛着など無い。そうして自分が逃げたいから何も言わず、投票では前と同じ人の名前を書く。いやその前に、そもそも多くの人がもう集会なぞに出て来ないのだ。こうして民主主義の原理など全く働かず、すべて一部の欲深い連中の思いのままになってしまっている。こんな形骸化した集落自治を、ここの人たちはいったいいつになったら見直すのだろうか。
posted by 夜泣石 at 11:13| Comment(0) | 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。