2011年09月27日

野の花の絵葉書

屋久島野花1集s.jpg

8年前に屋久島に移住した時、やりたいことがたくさんあった。その中の一つが花の写真を撮ることだった。東京にいた頃、休日を心待ちしながらしばしば遠くの山などに撮りに出かけていた。それが毎日身近でできるようになるのだ。

来てみると残念ながら屋久島の平地は、この島の人たちの勤勉さを裏書きするかのように徹底的に切り開かれていた。またその後農業人口の減少や高齢化で放置された土地は、数年で見るも無残な化け物林に落ちぶれているのだった。豊かな自然の残された里、それなりに手入れされた里山などは、東京近辺の方が多いくらいだった。

それでも目を凝らせば、防風林の根元や海岸近くなどに、なかなかきれいなもの、かわいいものが見つかった。そうした写真を撮って数年、屋久島野花という絵葉書セットを作って売り出してみた。それが昨年末になってやっと売り切れた。人から勧められたこともあり、新版を作ることを思い立った。多くを新しい写真に入れ替え、いろいろ工夫を凝らしたところ、我ながら上出来だなと思うものができた。中でも色の出が、なかなか苦労した甲斐もあって見栄えのするものになった。写真はそのまま印刷に回すと、ひどくさえない、汚らしいような色になってしまうことが多い。それを補正する技術は、屋久島の景色など多くの絵葉書を作る中で独学で習得したものだ。

屋久島野花1集裏s.jpg

フォルダーの裏に一覧表をつけてみた。どんなにいろいろな花が咲いているものか一目で判る。またいつ撮影したかの時期を入れてあるので、その花を見たい人はいつ頃探せばよいか判る。

屋久島野花2集s.jpg

この中に入りきれなかった花はまだまだたくさんあるので、すぐに第2集に取り掛かった。写真を並べて、これなら第5集くらいまで作ることになるかと思っていた。それは今からわずか数ヶ月ほど前のことだ。まさかそれからすぐ、突然屋久島から出て行く気になるとは自分でも思いもよらないことだった。

屋久島野花2集裏s.jpg

第2集が出来上がった時、ふと気の抜けたような思いに捉われた。私は何かが成就した時、その喜びに浸るより、ああ終わってしまったなと虚無感に襲われることが多い。テレビで見た女子サッカーチームの優勝の時、その喜びようが、あんなにも純粋に喜べることがうらやましかった。ともかく大きな宿題が一つ片付いてしまった気がした。言ってみればこれは卒業論文みたいなものだ。ずっと取り組んできた課題をやっと済ませて、これから屋久島生活を卒業していくのだ。

キキョウランs.jpg

この24枚の写真の中で一番の傑作はと言えばキキョウランだろう。我が家の庭で大きな茂みになっているので、初夏の頃は毎日、最も良い状態のものを探して撮っていた。この黄色の葯は咲いてしばらくもすると黒ずんでくるので朝の数時間しかチャンスはない。ちょうど朝日の逆光で青紫の花びらが透き通った瞬間があった。こんな写真は自分の庭でなければなかなか撮れるものではない。

タニワタリノキs.jpg

また多くの人に人気のあったのはこのタニワタリノキだ。これも我が家の庭で撮った。全国的にはかなり珍しい花だが、屋久島ではごく普通にある。しかし住民のほとんどが見たことがないと言うのに驚く。小さな花だし派手ではないので気付かないようだ。

この花たちは3つくらいを除き他はすべて我が家の近くで見られるものだ。深山幽谷に分け入って、珍しい花、特別な花を写す人はよくいる。そしてそれらは有名だから、写真で見たり名前を知っている人も多い。しかし自分の足元でどんなにきれいな花が咲いているか知っている人は少ない。同様に、海岸に転がっている石ころにとてもすてきなものがあるのに、それも住民の人はほとんど知らない。

これから行く薩摩半島南端の里の草花は屋久島とほとんど変らない。うれしいことに水辺の花など、屋久島では絶滅してしまったものも残っているようだ。いつかまた絵葉書の続きを作ろうかと思う。しかしあせることはない。ともかく屋久島暮らしは、さあこれからが本当の自分だといった思いで力み過ぎていたようだ。次のところでは燃え尽きないようにやっていきたい。
posted by 夜泣石 at 05:58| Comment(4) | 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする
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