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散歩道での夕日
屋久島には二つの町がある。島をほぼ南北に仕切って、北側が上屋久町、南側が屋久町である。人口はそれぞれ7000人弱と規模はほぼ同じだ。
この島では海岸沿いに集落が点在し、昔はそれぞれを結ぶ道路もろくに無かったという。集落ごとに孤立していたから、それぞれの独立心や団結心は強い。しかしそれらの集落を二つの町に括るということには必然性を感じられない。おそらく分断したほうが支配しやすいという作為的な線引きではなかっただろうか。島民にとっては非合理で無駄の多い体制だと思う。
そして平成の大合併の時機になった。昨年2月、両町で住民投票が行われ、屋久町では絶対多数で賛成、上屋久町では31票の小差で賛成だった。ところが上屋久町議会は住民投票結果に反して合併議案を否決してしまったのであった。当然それで収まる訳はない。否決議員への解職請求の住民運動が起り、否決議員辞職、再選挙、賛成派多数となり合併議案議決へと進み、やっと屋久島地区合併協議会で来年3月31日に合併と決めるところまでこぎつけた。
ところがそれで終らなかった。上屋久町では合併問題に対して未だ説明が不十分ということで合併期日を10月まで延期したいという要求が出て、その住民投票が行われ賛成多数となってしまった。それに乗じて合併反対派が、今度は推進派の議員の解職請求手続きを始め、また合併の賛否を問う住民投票を再度実施するよう請求したりしている。そんな中でともかく一昨日、合併協定書の調印がなされ2007年10月1日に屋久島町が誕生する運びとなった。このまま順調にいって欲しいと思うがどうだろうか。
世界遺産の島でのこのような泥仕合は、外から見たら意外だろう。これほどまでの堂々巡りなど見たこともない。そもそも議論が尽くされていないとか、十分説明がなされていないとかいうのは、言い逃れの常套句だ。どこまでいったら十分になるのか、誰もが納得できる客観的な基準がないのだから水掛け論にしかならない。そんなことをして小さな町に無駄な費用や時間を使わせ、混乱させ続けているのだ。
住民投票で民意を問うという。では小さな町での民意とは何だろうか。今の日本の田舎町ではたいてい、最高の就職先はお役所であり、最大の産業は建設業である。合併の大きな目的の一つは役場の人員削減だから、減らされる立場の人は内心では反対だろう。また公共工事で食べている建設関係の人たちも体制の変化は不安だろう。そういう人たちやその家族、その親戚、友人と数えていけば、小さな町の人口の半分くらいすぐ集まってしまう。
ものごとに完全なものはない。どんなことにも、あら探しすれば問題点などいくらでも見つかる。先に自分の利害や感情によって合併反対と決めれば、その理由は後からどうとでも付けられる。しかし島の将来を一体となって切り開こうと目標を定めたら、今度は解決できない問題などないことに気付くはずだ。人にはそのくらいの知恵はある。頭を後ろ向きに使うのでなく、前向きに使いさえすれば道は開けてくる。美しい屋久島の中で、人も美しく生きられないものだろうか。
