2011年08月20日

屋久島から出て行く

(111183)s.jpg
我が家から眺める満月の海

それはあまりにも唐突だった。ぼんやりと机に向かっていた時、ふと屋久島から出て行こうかという考えがよぎった。すぐにまさかと一笑に付した。もともと骨を埋めるつもりで移住して来たのだし、この自分で設計した家も、ここからのすばらしい眺めにも、なかなか満足していたのだった。しかし一度浮かんだ思いは消えなかった。それどころかどんどん心の中で膨らんでいくようだった。冗談半分に、どこか良いところはないかネットで探してみた。すると幸か不幸か、すぐに気をそそられる物件が目に留まった。試しに連絡を取って、早々に見学に行ったら、その場で心が決まってしまった。その後いくらかやりとりはあったが、ほとんど一気呵成という感じで契約に至った。こうして8年間の屋久島暮らしはあっけなく終わり、この9月末に鹿児島県本土の指宿に引っ越すことになった。

今から振り返ると、屋久島脱出の思いは心の中でじっくり醸成されてきていたと判る。それが大きくなってきて、突然意識されただけのようだ。落ち着いて考えてみれば、もうここでは暮らせそうもないと思う理由がいくつもあった。いささか年を取って体力が落ちてきて、この地での生活に疲れを覚えるようになったといった直接的な理由もある。しかし何より、理念や目標の喪失といったことが大きい。

私はずっと、いわゆる田舎暮らしにあこがれていた。そして早めに会社を辞めて移住先を探し、中途半端な本土でなく南の島にまで渡って来た。田舎暮らしの考えの根底には、人類の将来への危機感、機械文明や進歩などへの疑問、都会の喧騒に対する嫌悪感などがある。そして自然と調和した農業への回帰、自給自足への憧れ、古きよき時代への郷愁といった夢物語に彩られている。しかしこの地で何年か暮らしてみて、今、私はそのような反文明志向は、都会の文化人の書斎の幻想にすぎないと断言できる。文明の恩恵を受けない生活など歴史上あったためしはない。アマゾンの奥地に隔絶された少数民族でもそれなりの文明を持ち、そして今や与えられた鉄のナイフを使っている。古い時代の生活を頑なに守っているアーミッシュなど、文明の一時期の中途半端な段階に固執しているだけだ。彼らは自給自足を旨とするが、鉄鉱石を掘り出してきて自分で精錬などするわけではない。彼らの社会もまた周りの工業社会との交易がなければ成り立たないのだった。

まして屋久島など、都会の生活と同じものだ。人々の暮らしも地場の産業も最新の工業製品と石油にどっぷりつかっている。しかし経済的に条件の悪い離島でそんな生活を維持するのはなかなか困難だ。いや実際、この島の収入ではそんな生活が賄えるわけはない。どうしているかというと、交付金やらなにやら様々な国の支援を受けているのだ。それは元はといえば、都会の人や企業の納めた税金だ。つまり端的に言えば、ここの人たちは都会に寄生し、いわば乞食生活をしているのだ。しかもそれでも足りずに多額の借金までしている。

最近ガソリン価格の話題があった。離島では高すぎるということで、国から補助金が出ることになり、少し安くなった。それでも島の人たちはまだ高い、もっと出せと要求している。しかし客観的に見れば、輸送費がかかるのだから高くて当然なのだ。補助金を出せというのは、都会の人にたかっているのと同然だ。屋久島の人はどういう権利があって金を要求できるのか。また都会の人にとって、屋久島に金を渡すとどういう見返りが期待できるのだろう。

ところで屋久島のガソリン価格が高いのにはもう一つ理由がある。零細業者が乱立しているのだ。従って極めて効率が悪い。その上で、彼らすべてがかなりの利益が出るよう価格が高止まりしている。どんな闇カルテルがあるのか知らないが、国に援助を求める前に、まず自分たちでこうした仕組みを改めるべきなのだ。しかしここの為政者たちは全く何もしない。なにしろスタンドの経営者は県会議員だったりするのだから。彼らは自分の利益はしっかり守りながら、ひたすら国に金を要求するだけだ。

こうしたことが随所で行われている。町長を始め多くの政治家が屋久島の基幹産業は農業だという。しかし屋久島農業は多くの補助金の上でやっと成り立っているだけだ。もちろん日本全体がそうだが、離島はそれに輪をかけて酷い。そしてそうしたお金を食いつぶして、農業は衰退する一方なのだ。補助金目当てのハコモノ行政と何も変りはしない。

そもそも国にとって、日本国民全体にとって、支援してまで離島で人に暮らしてもらうメリットには何があるのか。すぐに思い浮かぶことは国防だ。無人島にしておくと外国人に不法占拠される恐れがある。しかし屋久島の人に国を守る気概などあるのだろうか。何しろここでは、海上はるか離れたところに米軍の訓練基地が計画されただけで、町長と議会が反対声明を出し、また住民に対し役場を挙げて反対のやらせ署名などおおっぴらに繰り広げるくらいだ。しかもその理由として、農業被害、漁業被害、騒音被害などありもしない大嘘を並べて、それがばれて来ると、今度は世界遺産の看板に傷が付くなどと言い出す始末だ。根っからのエゴイストと言うしかない。

国に何も返せないのなら、国から恵んでもらうべきではない。補助金獲得などに汲々とするのでなく、自分たちの力で食べていくよう努力しなければならない。それは国民として当然の心構えではないか。幸いここには、豊かな自然と世界遺産の看板といった国内でも有数の観光資源がある。民間企業並みの経営努力さえすれば、すぐに島の収入は何倍にもなるだろう。しかし屋久島には具体的、現実的な実行計画や将来計画など一切ない。行政から出てくるのは美辞麗句をちりばめた宗教経典のようなものばかりだ。偉い人の中には、世界遺産で金儲けするべきではないなど言う人がいる。神棚を祭ってさえいれば、物乞いで国民全体に迷惑をかけ、借金で子孫に迷惑をかけてもかまわないと思っているようだ。

最近、自然保護のために登山客を制限しようと、役場から全住民にアンケート用紙が配られた。その中に自然破壊の例として踏み荒らされた登山道の写真が載っていた。しかしこの島では2本のハイウエイ並みの山岳道路建設など、大規模な自然破壊が堂々と行われている。それらと比べれば、登山道の踏み付けなど九牛の一毛にもならない。しかしそうした事実から住民の目はそらされ、役場主導の洗脳が強引に行われている。結局ここの為政者たちにとっては観光振興も自然保護もどうでもよいのだ。欲しいのは工事予算、補助金、そして彼ら一部有力者たちの利益独占なのだ。

話は違うが政治が何もしない例として、生活に直結する電気問題がある。屋久島の電気事情は酷い。料金が高いことに加えて停電の頻発がある。しかも増加傾向にあり、最近では停電のない月などないくらいだ。これは発電においても配電においても設備の老朽化が進んでいるからだ。しかし屋久島では一工場の自家発電の余った電気を、3つの電気組合が配電するという特殊な体制になっている。ばらばらで弱小で、これでは設備の更新などとてもままならない。本来ならこうした体制の根本的改革に早急に取り組まなければならないのに、町長など逃げ回るばかりだ。これはたとえ今すぐ体制改革されたとしても、抜本的な設備更新はそれから何年もかかることなのだ。つまり屋久島では今後5年や10年は停電続きということは確実だ。そうこうしているうちに破滅的な停電が起きるかもしれない。

私はこうしたことを何年も指摘し続けてきた(屋久島再生)。客観的、大局的そして構造的に突き詰めた主張を並べたつもりだったが、残念ながらごくわずかな人にしか理解されなかった。私は執念深い方だが、これではたとえ10年続けたとしても何も変りそうもない。この秋の選挙で、噂では現町長が7選を目指すという。この人はただ選挙上手というだけで、頭の中には何の戦略もなく、ビジョンも理想も無く、そうしてこの島をこんなに酷くしてしまった張本人なのだ。私には住民たちが立候補を許すこと自体が驚きだ。しかも最有力候補というのだから恐れ入る。

屋久島の人たちにとっては、きっと世界遺産の看板などもらわなかった方がよかったのだろう。自分で考え、自ら努力しなければならないという当たり前の精神が養われたはずだ。上から看板が降ってきて、世間からちやほやされ、何もしなくてもどんどん観光客が増え、それなりに経済が活性化し、浮かれ、思い上がってしまったのだろう。

しかしもうバブルは破裂しそうだ。屋久島は沈没する、せっかくの資源を生かせず、頼みの観光業もしだいに衰退し、人口減少と老齢化が加速されるだろう。まあそうなっても年金暮らしの私にはどうということもない。世間から離れ、自然に囲まれた自分の暮らしを守ればよいだけだ。しかしこのような風土に、このような人たちと一緒にいることに耐え難いような気がしてくる。自ら何もできないまま乞食やエゴイストの一員になりたくない。ならばもうこれまでだ。永住の地を求めてさらにさすらい続けるしかなさそうだ。
posted by 夜泣石 at 10:03| Comment(12) | 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
久しぶりに、屋久島の現状を言い当てて妙なる
文章を読まさせていただきました。
私もその心境で、放浪癖のある私はそろそろ考えなければと思っていた矢先でした。
まずは住民票を写すことを考えました。
馬鹿な、井の中の蛙を首長に仰ぐのは精神的に負担ですね。何時引越しですか。
Posted by 小川 靖則 at 2011年08月20日 10:56
初めまして!

いつも、ひとりごと、再生を読ませていただいてました。

急に離れられる決心も、驚きましたが、気持ちは

私達と同じだな〜!と、少し勇気を貰いました。

残りの人生は、町の行政を確認して、納得できる
ところで、穏やかに暮らしたいと思っています。

越されても、そちらの情報をブログ等で流して

下さいませ。楽しみにしております。

今まで、あれこれお疲れ様でした。

Posted by いなば at 2011年08月20日 11:20
突然の意志表明に驚いています。
いつも的確な指摘と提言を拝見して自分のの中に少しでも取り入れようと参考にさせていただいていました。
屋久島のシンクタンクがひとつ消えていくような寂しさを禁じえません。
これからも「独り言」は覗かせていただきます。
元気で頑張ってください。
Posted by 小脇 清保 at 2011年08月20日 21:19
皆様の温かいお言葉、ありがとうございます。
指宿には9/28に引越しします。
まああちらに行っても、日本の田舎政治はどこも同じようなものだと思います。
ただ、このままではだめだ、なんとかしなければという危機意識はあるようです。
そのベースさえあれば話し合いは可能です。

屋久島に一番欠けているのはそこだと思います。
私は何度も議会に陳情書を出したり、傍聴したりしたのですが、
ほとんどの議員は問題意識すら持ち合わせていない、というのが実感です。
議員という特権の上に胡坐をかいて、出まかせを言っているだけのようです。

今、最も必要なことは、具体的に何をするかです。
縄文杉ロープウェイ建設、電気の九電への全面移管などのプロジェクト。
危機意識さえ共有すれば、役場も住民も一丸となって取り組めるはずです。
そうすれば活気ある屋久島が実現されます。
具体的に何をするか、それが町長選の争点になるよう期待します。
Posted by 夜泣石 at 2011年08月21日 09:11
ところで話は変りますが、我が家を売りに出しています。
屋久島の中でも特に温暖な原地区で、
土地350坪、家75坪(平屋と2階建ての2軒)、価格2400万円。
展望デッキがあり、モッチョムの絶景、海、満天の星が眺められます。
庭の横の渓流は深いところで1mもあり、川遊びも楽しめます。

地震、津波、放射能などの心配の無いところで、
安心安全に子育てしたい方などには最適です。
検討ご希望の方は当方にメール願います。
Posted by 夜泣石 at 2011年08月21日 09:52
屋久島再生が見れなくなり残念に思っていました。
最近まで、この屋久島再生が屋久島の行政改革が進んでいく
きっかけになって行くのではと期待と希望をもって読んでいました。
しかし考えて見ますと屋久島の全世帯の就労層以上では
何らかの形で補助金・収益を生まない工事事業行政に寄り添って
生きている人々が半数以上ではないかと思っています。
ですから完全破綻後の改革しか道は無いように感じています。

ひとりごとを見させて頂きたいと思います是非続けてください。
ありがとうございました。
Posted by ほっちゃん at 2011年08月21日 09:54
世の中なかなか完璧な人はいないようです。
人間社会もまだまだ過渡期。
日本、屋久島も然り。
戦争が無いだけまだましです。

楽しみに拝読させていただいておりました。
もっとご意見伺いたかったです。
Posted by 未来人 at 2011年08月23日 18:54
この「屋久島ひとりごと」はできる限り引越し直前まで続けます。
なんでも、例の「エコタウンあわほ」、補助金返納になるとの噂です。
町長は必死に悪あがきしているそうですが、
そんなことが果たして会計検査院に通じるでしょうか。
また出馬については今もってニュートラルと言っているそうです。
もう2ヶ月に迫っているというのに、この無責任さ。
理念や政策、住民や町の将来など一切関係なく、
選挙の駆け引きしか頭に無いということです。
こうしたことも情報が入り次第お伝えします。

引越しして少し落ち着いたら、名称を改めて、
また同じような内容のブログを始めたいと思っています。
その時はこちらに案内を載せますのでまたよろしくお願いします。
まあ11月くらいになりそうですが。
ところで「ひとりごと」は私が勝手に独り言を呟くだけということで、
したがってコメント欄も省略していました。
ありがたいことに思いのほか反響があったので、
最近になってコメント欄を設置しました。
新しいブログでは皆様方との交流も念頭に置きたいと思っています。
Posted by 夜泣石 at 2011年08月24日 09:37
同じ感覚の方が島から居なくなるのを寂しく思います。

危機意識がない現職首長もそうですが、貴方の二番煎じで議員選挙で当選しようとする下賎な輩も居ります。さも自分の知恵の如く謳い有権者を惑わす。
開けてみれば猪口才で稚拙。

出来れば若い世代に座談会でも開いて頂き、
乞食は恥ずかしい者。
都会からの来島者に入島税構想とは失礼極まりないこと。
ジェットフォイルの二社存続のための補助金は、実行納税者や将来の後進への負の遺産であること。

その他、国益を損なうのは地方の意識が低いことが因する。この事実をしっかりと伝えて頂きたく思います。

体制派も反体制派も、国から如何に金を引っ張るかを手腕として選挙を戦ってます。
つまり、どちらが多数を占めても実質納税者へ物乞いを続け、後進へツケを回すということです。

日本国のための日本人は、少なくともこの島の町長及び町長立候補者、町議員には一人も居ないということです。
Posted by 海老蔵 at 2011年09月02日 18:28
海老蔵さん、私は少し違った感覚も持っています。

もし候補者の誰か、私の主張の一端でも取り入れてくれたら、
誰が最初に言ったかなど関係なく、純粋にうれしく思います。
少なくとも人の話を聞く耳を持っているということで、
その候補者は他より格段に優れていると言えます。

また、私は愛国心とか、国への貢献とか、
そんな高尚なことを言うつもりもありません。
ただ、皆が自分で稼がず国へ寄生していたら、
早晩国は弱体化し、その結果自分も困窮することになる。
自分のことは自分でする、自力で生きていく、
そうしなければ結局自分がしっぺ返しを受けるだけだ。
少し大きな目で見れば誰でも判るはずだと言いたいのです。
Posted by 夜泣石 at 2011年09月04日 09:31
お返事有難うございます。

主張を少しでも聞き入れてくれる事にうれしさを感じる。
その意識を受け取っての出馬だろうか?
単に「これは使える」程度の認識ではないか?
それが故に議論で詰まれば罵倒し恫喝する。
その猪口才がゆえの行き詰まり。
それでは せっかくの知恵が生かされない。
己の保身のために利用するのは些か疑問を抱く。
他の候補者よりも優れているのだろうか。
優れていて欲しい とは思います。

愛国心とか国への貢献とかは求めません。
されど、今を生きる世代が孫や玄孫の世代にツケを残すのは気が引ける。
現行の世代が 現行の生活のために後進にツケを払わせる。
私としては道理にかなわない。
自分のケツは自分で拭く。
じゃぶじゃぶ使って 後進に払わせろ!じゃ
彼等の労働による年金で飯をはむ資格は無かろうと思う。

自分の事は自分でする。
幼稚園や小学校で最初に習う、ごく当たり前の事を鑑みるだけです。

国や県から是に引き出す手腕を見せブラかして、それに拍手喝采するような地方行政なら無くなって構わない。全てを国直轄で上等です。
地方分権なんて 今の地方意識のもとでは キチガイに刃物で 危なっかしくてしょうがない。
そう思う此の頃です。
Posted by 海老蔵 at 2011年09月04日 11:15
利用できるものは利用する、
政治家はそれでいいと思います。
私も利用もしてもらえないのでは
いろいろ意見を出している甲斐がありません。

しかし屋久島では、人の意見を聞いて、
それを利用することのできる政治家などまずいません。

地方自治について、
今の屋久島の惨状からして、
町長や議員、一部の有力者などを除けば、
住民のほとんどが地方自治など有害無益だと思っているはずです。
県会議員なんかも酷いものです。

私は、国、県、市町村の3段階は冗長なだけ、
道州制など取って付けたようなもの、
国と、昔の藩くらいの括りがちょうど良いと考えています。
Posted by 夜泣石 at 2011年09月05日 09:53
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。