2011年09月27日

野の花の絵葉書

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8年前に屋久島に移住した時、やりたいことがたくさんあった。その中の一つが花の写真を撮ることだった。東京にいた頃、休日を心待ちしながらしばしば遠くの山などに撮りに出かけていた。それが毎日身近でできるようになるのだ。

来てみると残念ながら屋久島の平地は、この島の人たちの勤勉さを裏書きするかのように徹底的に切り開かれていた。またその後農業人口の減少や高齢化で放置された土地は、数年で見るも無残な化け物林に落ちぶれているのだった。豊かな自然の残された里、それなりに手入れされた里山などは、東京近辺の方が多いくらいだった。

それでも目を凝らせば、防風林の根元や海岸近くなどに、なかなかきれいなもの、かわいいものが見つかった。そうした写真を撮って数年、屋久島野花という絵葉書セットを作って売り出してみた。それが昨年末になってやっと売り切れた。人から勧められたこともあり、新版を作ることを思い立った。多くを新しい写真に入れ替え、いろいろ工夫を凝らしたところ、我ながら上出来だなと思うものができた。中でも色の出が、なかなか苦労した甲斐もあって見栄えのするものになった。写真はそのまま印刷に回すと、ひどくさえない、汚らしいような色になってしまうことが多い。それを補正する技術は、屋久島の景色など多くの絵葉書を作る中で独学で習得したものだ。

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フォルダーの裏に一覧表をつけてみた。どんなにいろいろな花が咲いているものか一目で判る。またいつ撮影したかの時期を入れてあるので、その花を見たい人はいつ頃探せばよいか判る。

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この中に入りきれなかった花はまだまだたくさんあるので、すぐに第2集に取り掛かった。写真を並べて、これなら第5集くらいまで作ることになるかと思っていた。それは今からわずか数ヶ月ほど前のことだ。まさかそれからすぐ、突然屋久島から出て行く気になるとは自分でも思いもよらないことだった。

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第2集が出来上がった時、ふと気の抜けたような思いに捉われた。私は何かが成就した時、その喜びに浸るより、ああ終わってしまったなと虚無感に襲われることが多い。テレビで見た女子サッカーチームの優勝の時、その喜びようが、あんなにも純粋に喜べることがうらやましかった。ともかく大きな宿題が一つ片付いてしまった気がした。言ってみればこれは卒業論文みたいなものだ。ずっと取り組んできた課題をやっと済ませて、これから屋久島生活を卒業していくのだ。

キキョウランs.jpg

この24枚の写真の中で一番の傑作はと言えばキキョウランだろう。我が家の庭で大きな茂みになっているので、初夏の頃は毎日、最も良い状態のものを探して撮っていた。この黄色の葯は咲いてしばらくもすると黒ずんでくるので朝の数時間しかチャンスはない。ちょうど朝日の逆光で青紫の花びらが透き通った瞬間があった。こんな写真は自分の庭でなければなかなか撮れるものではない。

タニワタリノキs.jpg

また多くの人に人気のあったのはこのタニワタリノキだ。これも我が家の庭で撮った。全国的にはかなり珍しい花だが、屋久島ではごく普通にある。しかし住民のほとんどが見たことがないと言うのに驚く。小さな花だし派手ではないので気付かないようだ。

この花たちは3つくらいを除き他はすべて我が家の近くで見られるものだ。深山幽谷に分け入って、珍しい花、特別な花を写す人はよくいる。そしてそれらは有名だから、写真で見たり名前を知っている人も多い。しかし自分の足元でどんなにきれいな花が咲いているか知っている人は少ない。同様に、海岸に転がっている石ころにとてもすてきなものがあるのに、それも住民の人はほとんど知らない。

これから行く薩摩半島南端の里の草花は屋久島とほとんど変らない。うれしいことに水辺の花など、屋久島では絶滅してしまったものも残っているようだ。いつかまた絵葉書の続きを作ろうかと思う。しかしあせることはない。ともかく屋久島暮らしは、さあこれからが本当の自分だといった思いで力み過ぎていたようだ。次のところでは燃え尽きないようにやっていきたい。
posted by 夜泣石 at 05:58| Comment(4) | 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする

2011年09月26日

不愉快な事件

ここに屋久島から出て行くを書いてまもなく、たまたま出会った集落の老人に声をかけられた。「出て行くんだって」。私「ご存知でしたか」。「噂になっているぞ」「いろいろお騒がせしました」「集落の中でものを言える人がいなくなると、皆、残念がってる」「せいせいしたと言っていませんか」「それは2、3人だな」。

これには驚いたし、お世辞半分としてもうれしかった。集会などで私が発言してもみんなしんとしているだけなのだから。ずいぶん重大なことを暴いたつもりなのに、それに続く発言もヤジ一つも出てこない。そんなことはどうでもいい、早く終わりにしてくれ、というのが大勢のようだと思っていた。しかし彼らの本音は、狭い集落の中で目立つわけにはいかない、しかし多大な関心は持っている、ということだったようだ。それならもっと追求してもよかったのかな、とすら思った。

あれから出会った人誰もが温かい言葉をかけてくれた。そんな中で一度だけ不愉快な思いをした。集落直営の土産物販売所へ、商品を引き継いでもらう人と一緒に行った時だ。HMとNNの、そこの主のような販売員がいた。私はずいぶん長い間、みやげ物を出品してきているが、売り上げはともかく個性的な品揃えで売り場の活気付けには一役かってきたと思っている。だがこの二人はいつ納品に行っても、何しに来たといった感じでにこりともしない。私は今日が最後、商品はこの人に引き継ぎます、と挨拶して引継ぎ業務を始めた。在庫品を一度引き取って値札にある出品者番号を書き換える、しかし陳列してある商品はそのままにしておいた。帰ろうとすると、販売員が、それらはどうするのだと突然口を利いた。このままにしておく、自然に新しい番号のものと入れ替わるだろう、と私は答えた。すると、区民でなくなった人の商品は置いておけないなどと口々にわめきたてた。私はこの二人の横っ面を思いっきり張り倒してやりたくなった。

他の売店では最後の挨拶に行くと、残念です、何とか続けてくださいなど店員さんたちの温かい言葉がうれしかった。そもそも小売において、売り上げを伸ばしたい、そのために品揃えを豊富にする、お客様だけでなく納品者も大事にする、というのは基本中の基本だ。なのにこの、さっさと出て行けといった敵意に満ちた態度はいったい何だ。

私が陳列品をそのままにしておいたのは、棚が一時空になるのを避けたかったからだ。販売機会を逸するのは誰にとっても損なことだ。それに出品者は年初に年会費を払っている。それは返却しないと決められている。ということは出品者資格は一年有効と見なすのが常識だろう。そもそもお互いできるだけ気持ちよくなるようにしようとするのが普通の人の感覚だ。何か規則があっても、何とか曲げてでもお互いが一番満足できるよう工夫する。まして決まっていないことなど、最大限の融通を利かせて当然だ。しかしここの販売員たちは、規則にないことまで最大限に悪い方に解釈してイヤガラセしようとする。

私が喧嘩して商品を引き上げて、それで販売所の売り上げが落ちても、この二人には何の影響も無い。いや同じ固定給で、しかも仕事が楽になってかえってよくなるのだ。私は過去に何度もこの販売員の問題を取り上げた。しかし改善されることはなかった。それは当然で、このうちの一人は組合長の奥さんだからだ。そして組合長自身も自分の商品だけ売れればいいだけなのだ。この人も固定給で、しかも経営責任を問われることは無い。たとえ赤字になっても、それは集落の人たちみんなが負担することになっている。また本来は監視および意思決定機関として組合の理事会というのがある。しかしメンバーは当初からほとんど変っていない。結局この組合長一派に牛耳られているからすべて彼らの思いのままだ。今年の総会で、私が追求して300万円ほどの隠し金のあることを白状させた。なぜそれが決算書に載っていないのかとの追求に、組合長はむにゃむにゃ口を濁すだけだった。もしその金を彼らが私的に流用しても誰にも判らないのだ。

当然集落の中では「あの奴らは!」といった陰口がささやかれている。しかし表立って言う人はいない。みんな自分が理事になったり組合長になったりしたくないのだ。そんな面倒なことを背負い込むほど、もう集落に愛着など無い。そうして自分が逃げたいから何も言わず、投票では前と同じ人の名前を書く。いやその前に、そもそも多くの人がもう集会なぞに出て来ないのだ。こうして民主主義の原理など全く働かず、すべて一部の欲深い連中の思いのままになってしまっている。こんな形骸化した集落自治を、ここの人たちはいったいいつになったら見直すのだろうか。
posted by 夜泣石 at 11:13| Comment(0) | 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2011年09月25日

日高十七郎候補のビラ

日高十七郎候補のビラが手に入った。奥さんがこれを配って歩いているそうだ。私は今まで屋久島の政治がどんなものか、その程度の低さ、滑稽さを何度も書いてきたが、まず全国の人たちには理解されなかっただろうと思う。なにしろ普通の人の想像を絶しているのだから。ちょうどこれはそれを判りやすく示しているので、今の日本にこんな地域もあるということを皆さんに紹介したい。留意していただきたいのは、これは泡沫候補などでなく、現職町長のものであるということだ。

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まず町長の条件は「善良な人」だけだと主張している。つまり能力も施策も一切関係ないというのだ。実際、この人はもう20年以上も町長をやってきたが、何一つめぼしい実績はなく、ただ再建団体一歩手前にまで町の借金を積み上げてきただけだ。それでもなお、善良だから良いのだと開き直っている。

またこの内容には矛盾がある。この文面では善良なのは自分だけ、他の候補は善良ではないと主張している。しかし他人のことを悪し様に言う人が善良であるはずがない。実際この人が他人の悪口を平気で言いふらしているのを多くの人が聞いている。それでも自分は善良だと売り込むとはよほどの卑劣漢ということだ。

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一緒に配っているこちらのビラはもっと滑稽だ。「他の人を批判したり非難したりせず」とあるが誰のことかと言いたくなる。先日の議会で、町長提出の「徳田虎雄先生の名誉町民推戴」の議案が、今の時期かえって徳田先生に迷惑をかけると審議拒否された。ここの議会にしてはめずらしいほどの良識を示したわけだが、それに対してこの町長は、自分の提案権が侵害されたと全議員の前でカンカンに怒ったそうだ。つまり「互いに認め合い、理解しあう」ということとは全く無縁の人なのだ。

「人間の真の価値」とある。それと町長の価値とはどんな関係があるのか。町長は仕事をしてこそ、そして住民のためになってこそ価値があるのだ。これは宗教の勧誘だろうか、それともお見合いか結婚式の挨拶か。あるいはこの人は町長は象徴であればよいと考えているのか。しかし天皇と首相とは違う。この人は屋久島の天皇であるつもりか。だから一生その地位にいなければならないと思っているのか。

この人には地位と財産がある。また人を欺むいたり利用するという点では抜きん出た才能がある。表面的には優しく思いやりがありそうだが、近くにいた人で、酷い奴だと罵って離れていった例も多い。町に大損害を与えた崖地購入問題で裁判になった時、公費で弁護士に高額を支払い、また役場職員に嘘を書かせたりして必死になって自分の身を守った。それを議会で追及されると、自分のために血税を使って申し訳ないと釈明した。そこまで理解していながら結局なにも変らず血税を使い続けた。それでいて誠実だと自称するのだから、もう骨の髄までペテン師と言うしかない。

ともかく選挙とはまず公約で争うものだろう。自分はこんな町にしたい、そのためにはこういうことをすると公約して立候補するものだ。しかしこの人からそうした具体的な話は一切無い。もちろん言えるはずがない。何か言ったら、それではなぜそれを今までやらなかったのか、と言い返されるだけなのだから。こうして、猫っ被りした人柄だけで、この人は7選に臨もうとする。それを許す住民、こんなものが大手を振るってまかり通る屋久島の政治というものが私には耐え難い。屋久島には表の世界遺産の陰に、民主主義の戯画とも言える日本の田舎政治の裏遺産があるのだった。
posted by 夜泣石 at 14:32| Comment(3) | 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2011年09月22日

日高十七郎候補の名刺

日高十七郎候補のビラはまだないようだが、まずは選挙用の名刺が手に入った。あれっと思ったのは赤字で「ひたすら一生懸命」とあったことだ。ここには長い間「まじめにまっすぐ」と書かれてあった。さて何が変わったのか。何で変える必要があったのか。言葉としては前の方が良かったかと思うが、その内容の空疎さがさんざん叩かれていたから変えざるを得なかったのだろう。それとも今まではまじめだったけど一生懸命ではなかったと反省をしたのか。何しろ「今までは(やるべきことから)逃げていた」と自ら公言しているくらいだから。

ともかくここは他の候補者との違いを一言で表すところだ。他の候補は、かつての自分と同様、一生懸命ではないと言いたいのだろうか。しかし一生懸命とは自己評価かつ自己満足でしかなく、業績とは関係ない。住民からすれば一生懸命かどうかでなく、ただ成果を出して欲しいだけだ。そもそもこれでは、この人はどんな町にしたいのか、住民のため町のため何をするつもりなのかさっぱり判らない。なおついでに言えば一生懸命の言葉は一所懸命の誤用あるいは転用で、教養ある人は使わない。

裏面には青字で大き目に「やりたいこととできることは別。その見極めが大切」とある。つまりこの人はできることしかやりませんと言っているのだ。そんな姿勢は個人生活でも社会においても全く間違っている。世の中、まずやりたいこと、やらなければならないことが先にあるのだ。それを何とか実現するよう全力を尽くす。もちろんさまざまな障害や時の運で結果的にできないこともある。しかし最初からできるのが確実な安易なことしかやらないのでは全く進歩も改革もありはしない。

この人は続けて「やるべきことをきちんと!」と書いている。しかしこの人の20年以上の実績において、やるべきことが全くできていなかったのは周知の事実だ。ということは「やるべきこと」だったけど「できること」ではなかったと言いたいのだろうか。それなのに当選を続けてこられたのは、人柄が良いという評価と、奥さんによる徹底した拝み倒しとゲンナマ戦術だった。支持者ですらこういうことを笑って認めるほどなのだから、この言葉はもう悪い冗談ぐらいにしか聞こえない。

ともかくこれらの言葉は大の大人が、しかも町長選で使うようなものだろうか。戦前ならともかく、今の時代、小学生でも恥ずかしくて言えないレベルだ。いったいこの人は長年町長をやってきて、周りにまともなスタッフとかブレーンとかは一人もいないのだろうか。

ところで議会の一般質問で、この人の出馬表明を引き出した満園明議員は「自分は出ないから次は出てくれとある議員を口説いておいて今さら何だ!」とまで詰め寄ったそうだ。これは荒木博武候補のことで、結局前回の柴鉄生候補と同様、北部票の分断に利用されてしまったわけだ。まったく猿回しの猿同然だと、この二人は気付いていないのだろうか。ともかくかつての親衛隊長にこんなに汚い奴だと暴かれて、それでもなお良い人だとの評価はこの島では変わらないのだろうか。

出馬の第一理由に挙げたのは馬毛島問題だそうだ。しかしこの問題を他の3人の候補は一言も触れていない。それが住民の関心事ではなく、また屋久島の将来に関係するものでないことを知っているからだ。この人も現町長として、屋久島にはほとんど影響はないと認め、ただ風評被害による観光客の減少だけを反対理由にしている。その一方、自然保護を名目に登山客数を制限しようと躍起になっている。減るのは困ると言いながら自らは減らそうとする、観光政策として全く支離滅裂なのだ。結局この人はそんなことはどうでもよく、ただ共産党系の移住者の票を欲しいだけなのだろう。ところで共産党系の連中は、崖地購入問題などの追及でこの候補がいかに悪いことをしてきたか判っているはずなのになぜグルになるのか。彼らもまた、島のこと住民のことなどどうでもよく、ただ彼らの信じる反米闘争のために利用しようというつもりなのか。

さてこの人の票獲得作戦は、ついに徳州会の徳田虎雄先生の利用を企むところまで来てしまった。日高十七郎の名で名誉町民に推戴することにより、恩を売って徳州会票を得ようと細工をしている。徳田先生の名誉町民に反対する住民はまず一人もいないだろう。いやなぜもっと早くしなかったのかと思う人ばかりだろう。それをよりにもよって出馬表明した議会で決めようとする、しかも追加議案で出すという慌しさだ。追加議案とは災害など緊急時のものだろう。もし徳田先生が危篤で、何とか間に合わせたいというなら判る。そうでなければ慌てて出すような議案ではない。それどころか追加で出すこと自体が失礼だ。しかもなぜ今なのかという質問には、特に理由はなくただ遅れただけとしか答えていない。これでは下心があると自ら白状しているようなものだ。おかしいと思わない方がおかしい。当然、議会でもそうした質問や懸念が出されている。それに対して下野議員が、全会一致になるよう各議員を必死に口説いているそうだ。しかしそもそも口説かなければならないこと自体がおかしい。全議員が、また全住民が心より名誉町民になってくださいとお願いしてこそ名誉なのだ。工作して無理やり決めたものなど、名誉どころか不名誉極まりない。徳州会は、たとえ議案が可決されたとしても、こんな名誉町民推戴など辞退しなければならない。徳田先生が選挙に利用されたという噂など、これほど名誉を傷つけるものはないのだから。また屋久島の全住民は、日高十七郎候補は良い人どころか、自分のためには島の大恩人の顔に平気で泥を塗ろうとする「人で無し」だと早く気付くべきだろう。
posted by 夜泣石 at 09:09| Comment(2) | 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2011年09月16日

小脇清治候補のビラを読む

小脇清治候補のビラを手に取った住民は、誰もがびっくりしたのではないか。今までの屋久島では見たことも無いような内容だからだ。しかしこれこそ全国に通用する本来の選挙公約のあり方なのだ。

まず標語として「危機からの脱却、新生屋久島を創る」とある。「決断・謙虚」とか「まじめにまっすぐ」などとはえらい違いだ。住民のために何をするか、何のために立候補するのか、力強く宣言している。他の候補は、何もしないけど人柄は良いから町長にしてくれと懇願しているだけだ。

前書きでは現在の屋久島の閉塞的状況を厳しく指摘している。そしてそれに対処するには「優れた経営感覚と積極果敢なプロジェクトの計画実行が必須」と訴えている。さらにそれができるのは「長年の役場体験と事業経営の経験」を持つ自分だと宣言している。全くその通りと言うしかない。そもそも行政というのは町の経営であるのだ。しかし他の候補者にはそのような意識はなく、またしかるべき規模の経営経験も組織の運営経験もない。

裏面に並ぶ施策も極めて具体的である。第一次産業振興では、産業振興公社とか鯛之川発電所とか、他の候補者では思いも浮かばないようなものが並んでいる。また「観光産業とのタイアップ、地場産品によるおもてなしの徹底」は、地元で試食会が常時開かれるようなもので販路拡大に極めて効率的だ。またその観光振興では「冬でも雨の日でも老若男女誰でも楽しめる観光地を創出する」とある。観光地としての屋久島の課題は、冬は閑古鳥が鳴きまた雨の日は多くの人がどこにも行けないことだ。常時あらゆるお客様を迎え入れられるようになれば、屋久島の観光収入は何倍にもなるだろう。

「屋久島パスポート創設」は、島内各所でばらばらに徴収されている各種協力金などをまとめて徴収することにより、まず観光客の便宜を図り、またそれを総合的・全島的見地で有効に投資しようということだ。以前から議論のある入島税が観光客から金をふんだくることばかりを狙っていると反発が多かったが、これならかなり受け入れられるのではないか。

「政治および行財政改革」では、まず「補助金頼みでなく、自力での収入増」をうたっている。これも旧来の物乞い政治との決別宣言である。さらに「行政の透明化」として、「町の決定事項は結果だけでなく、その判断理由まで公開」また「行政における問題点、課題、失態すべて包み隠さず公開」としている。役場も万能ではないから間違うこともある。その時はすぐに町民に謝ればよいのに、それを隠そうとするから人々が疑心暗鬼になり、また不正がはびこることになるのだ。これらが実現したら屋久島町は行政の透明化において日本のトップにもなることだろう。それは世界自然遺産に並ぶ勲章とも言える。

そして「多選排除」。これだけでもこの候補に投票する意味があるくらいだ。何しろこの島では多選の弊害をいやというほど味わっている。選挙で選ばれたのだから何回でもいいだろうと言う人がいるが、それは間違いだ。今の選挙制度では現職側が圧倒的に有利だから公正な選挙戦にならないのだ。そもそも本当に町長の職務に心血を注いだら、8年どころか4年でもすっかり燃え尽きてしまうはずなのだ。

さらに「停電のない町づくり」。住民は頻発する停電で直接被害をこうむり、また不安に脅かされている。この問題に取り組まないのなら、それだけで町長失格と言える。世界中、電気のあり方は今後10年、20年のうちに大きく変っていく。スマートグリッド(次世代送配電網)化が進むのだ。今のうちから体制作りをしていかないと屋久島は世の中の動きから全く取り残され、それこそ文明の化石になってしまう。こういうことが他の候補者には何も判っていないようだ。

最後に「グランドデザインの策定」。現町長のもとで基本計画とやらが策定されていたが、これを計画だと言ったら世間に恥をさらすようなものだ。何しろ掛け声や訓示のようなものばかりで、どういう島になるのか全体像が全く見えず、また計画には不可欠な期間や予算などの数値が入っていない。これでは具体的にどうすればよいか判らず、行政は右往左往するばかりで金をドブに捨て続けるしかない。屋久島の未来を切り開くのに一番必要なのはグランドデザインの策定なのだ。

以上、小脇清治候補には明白かつ革新的なビジョンがある。他の候補者は基本的に現状維持でしかなく、それでは町は今後もこのままずっと迷走を続けるしかない。もちろんここに並べられた施策のうちどこまでが任期中に実現できるか、それはやってみなければ判らない。しかし屋久島の明日を開くにはこの方向に進むしかないことだけは明白だ。まずはこの人に町を託して、将来への道を切り開いてもらい、その後その先を若い人たちが突き進んでいくようになることを願うばかりだ。

ところで私のブログを読んでいる人は、主張にかなり近いものがあると思われたことだろう。我々はめったに話すこともないが、この人は私のブログの読者で良き理解者である。今回は頼まれてわずかな時間ではあったが協力した。それを「お前は利用されている」と言う人がいる。しかし利用するというのも実力のうちだろう。これは使えそうだと見抜き使いこなす。それもまたリーダーには欠かせない能力の一つだ。私は誰とも徒党など組んでいないしこの島で何の利害関係もない。そして考えたことは誰でも読めるように公表している。だから参考にしたり利用・活用など誰でも自由にできる。それなのに全くそうしなかった他の候補者たちは、内容が理解できないか、あるいは利用するだけの能力がなかったということだろう。
posted by 夜泣石 at 09:49| Comment(0) | 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2011年09月13日

荒木耕治候補のビラを読む

荒木耕治候補のビラは、後援会報第5号というものだけが我が家に入っていた。以前の号がどんなものか知らないが、たぶんここにすべてが集約されているのだろう。後援会報だからということか、後援会長の挨拶が先にある。「将来への夢や希望を語れるような状況ではありません」など、屋久島町の惨状を正確に捉えている。そして「期待を託すことのできる信頼と実行力のあるリーダー」として荒木耕治を支援するとしている。それを受けて荒木耕治候補も「島民の期待は失われ、先行きの見えない政治」が行われていると断言している。そして「人心の一新はもとより、新たな視点・発想で飛躍することが重要」と、立候補の決意を表明している。ここまでは多くの住民が同感するだろうし、なかなかいいなと思う内容だろう。

ビラの裏を見ると、まず「決断・謙虚」と大きく書かれてある。しかしこれは矛盾している。世の中、決断力のある人はあまり謙虚ではないし、謙虚な人はたいてい決断力は無いからだ。まあ反省の意を込めて書いたのかもしれないが、基本的にはどちらだと言いたくなる。それよりこうした標語は行政とも住民とも無関係で、まるで小学校の学級委員か何かの選挙のようだ。住民が何より知りたいのは、その候補は町のため住民のため何をしてくれるかだ。何もたいしたことはできないから、現職と同様、人柄だけをまず押し出すしかないのだと勘ぐりたくなる。

それを裏付けるかのように、肝心の施策は酷い。7項目が箇条書きにされているが「行財政改革を推進します」「各種産業の振興に努めます」といった言葉が並んでいるだけだ。具体的にどうするのか、どのようにしてそれらが可能になるのかなど一切触れられていない。内容は月並み総花的で、これでは何も言ったことにならない。このレベルならどんな泡沫候補でも同じことを書くだろう。

特に驚くのは「島の伝統・文化を大切にし、集落自治の発展に努めます」が施策の第一であることだ。これが島民の最も期待することであり、これによって政治の先行きが見えるというのだろうか。そもそもこれからの時代に、集落自治の発展などありえるだろうか。

私は島を出て行くに当って、自作のみやげ物である「願い石 叶い石」を子ども会に譲渡したいと申し入れた。子供たちが石を拾ってきてみやげ物にして売る、それは子ども会の収入としても、子供たちの創造性を養う上でもまた社会勉強としてもなかなかよいことだと思ったからだ。しかし断られてしまった。理由は「今、会長のなり手がいなくて困っている、そんな仕事が増えたらますます誰も引き受けてくれなくなる」というものだった。子供の育成は集落自治の中でも最重要課題の一つだろう。またここの集落は子供の数は少なくないし、区費が一番高く集落自治が最も盛んと言われているほどだ。そこですらもう人々の心は離れてしまっているのだ。そもそも全国を見渡せば、今のような集落自治をもてはやすのは懐古趣味くらいの類だと判りそうなものだ。

こうした施策の羅列の後に太字で「上記の施策を力強く推進するには、島民の融和と協力が重要です」と書かれてある。とんでもない、事を為すのに最も重要なのは首長のリーダーシップであり、革新的かつ大事業であればあるほど、時には強引さも必要になるのだ。この候補は、自らリーダーシップはありませんと言っているに等しい。

表紙で後援会長は「財政再建、少子高齢化、福祉対策など山積する諸問題について早急な対応が求められる」と書いている。ところがこの候補のこんな能天気な施策の羅列は後援会長の問題意識とはかけ離れている。また「信頼と実行力のあるリーダーが必要」と書いているが、このビラからは実行力など微塵も感じられない。後援会長は、本心からこのように考えているのなら、速やかにこの候補を見限るべきだろう。
posted by 夜泣石 at 10:08| Comment(0) | 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2011年09月11日

荒木博武候補のビラを読む

10月の屋久島町長選に向けて各立候補予定者のビラが配られている。しかしじっくり読む人もあまりいないようで噂にもなっていない。本来はこれらを比較検討した上で誰に投票するか決めなければならないはずなのだが。そこで少しでも話題になるようそれぞれの内容を講評してみたい。まず荒木博武候補。

こういうビラは本来、まずどんな町にしたいか、だから何をするか、あるいは町は今どんな問題を抱えているか、したがって何をしなければならないか、といったことから説き起こすのが筋であろう。そしてそれを実行するのに自分が一番ふさわしいのだと訴えなければならない。ところがこの人のビラにはそういうストーリーが一切ない。これではいったいどうして立候補したいのか全く判らない。

ビラの表紙にはその半分を占めて大きな似顔絵があるが、いかにも田舎のおじいさん風でリーダーらしさは全く感じられない。候補者の中では一番若いのだから、なぜその若さを強調しないのか不思議だ。そしてその下に「屋久島・口永良部の高速ブロードバンド化」とだけ書いてある。ということはそれが第一の公約なのだろう。しかし高速ブロードバンドというのはハードの問題であり、大事なのはそれで何をするかだ。行政や教育、医療などに活用すると住民の生活はこんなに良くなると訴えなければならない。つまりそうしたシステム導入が主題であり、それはハードの整備などより、はるかに大変かつお金もかかるものだ。しかしそうしたことには全く触れていない。そもそもこの人自身、自分の意見をネットで公開したりもせず、議長だった時に議会の情報公開など全く進展させていない。これでは高速ブロードバンド化も、いつものハコモノ行政だと言うしかない。

ビラの裏には12項目に渡って施策が書き連ねてある。それらは最後を除いて極めて具体的ではあるが、それぞれの必要性も効果のほども優先順位も不明である。それより互いの関連が見えずばらばらで、これではたとえすべてが実現できたとしても、その時この町がどうなっているのか、その将来像が全く思い描けない。また最後の項目だけ抽象的に「行財政改革に取り組む」と書かれてあるが、どのように取り組むつもりか具体策が全く無い。これではできるかどうか評価しようも無い。「堅実・着実な行政運営」と続けてあるが、もともとこの町は大赤字を抱えているのだから、これでは新規事業など何もしませんと言っているに等しい。

さて施策項目の最初の方に戻ると、まず「在宅・通所・入所への支援強化」、「教諭指導員・複式学級指導員の採用」と並んでいる。耳ざわりは良いが、ではそのお金はどこから出てくるのか。またこれらが町政の根幹で、それによって町の将来が開けるとでもいうのか。そもそも最大課題にするべきは、こうしたことが可能になるよう、いかに町の収入を増やすかではないか。

次に「ぽんかん・たんかん・春ジャガ等の安定価格での販売体制を確立」とある。しかしすでに屋久島のぽんかん・たんかんは落ち目であり、その販売体制の確立は容易ではない。いったいどんな秘策があると言うのか。また安定価格など市場経済ではあるはずもなく、これは補助金を出すと言いたいのだろうか。「屋久トロ」についても加工流通体制確立を約束しているが、これはそもそもそんなにたくさん売れるものだろうか。まずは市場開拓の秘策を提示するべきだろう。

観光施策もいくつか上げられているが、すべてばらばらで総合的なビジョンが全くない。行き当たりばったりの投資は、結局金をドブに捨てることになるのだが。西部林道を自然道にするという施策は賛成だが、これはそれと同時に入り口付近にビジターセンターなど設けて、観光客を呼び込み観光収入を上げることと同期しなければ意味がない。

訳の判らないのは「花いっぱい運動」だ。どういう効果があるのか、ここに並べなければならないほど重要なことなのか。またどんな花を考えているのか。もし素人受けするコスモスとかヒマワリとかだったら、そんな外来園芸種は全く不自然であり、それは世界自然遺産を踏みにじることになるのだが。

また「照葉樹林帯を復活する」とある。それでサル、シカの被害を食い止めると書いてある。しかしサル、シカは良い環境があれば増えるのだ。増えたら里にあふれてきてしまうのは当り前だろう。続けて「紅葉の森を観光資源化する」とある。紅葉は落葉広葉樹だ。照葉樹林帯の復活とは相容れない。屋久島にもヤクシマオナガカエデなどきれいな紅葉はあるが、それらはパイオニア植物で自然破壊のあったところに生えている。そしていずれは常緑の照葉樹に取って代わられる。もし紅葉の名所にしたければ常に照葉樹を伐採し続けなければならない。そこは冬は灰色の枯れ木の山だ。年中一面の緑の島で、灰色のパッチは醜いと思わないのか。

どうもこの人は自然に関する知識が欠けるようだ。もちろん人は万能ではないから、苦手の分野があっても仕方がない。ただ自分はその分野は苦手だと自覚し、得意とする人に教えを請えばよいのだ。しかしこの人は、こんな大事な町長選の公約作りにおいてそれをしていない。たぶん自分の弱点への認識などなく、独りよがりで突っ走ってしまうのだろう。こうした人間性がこの候補の最大の問題だと思う。そういう人に住民の命や町の運命を任せることはできない。
posted by 夜泣石 at 11:21| Comment(1) | 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2011年09月08日

サンゴジュ

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公園の生垣でサンゴジュの実が橙色に色付いていたのは2ヶ月ほど前のことだった。それが今、もうこれ以上はないほど真っ赤になっている。少しいびつな玉で萼と柱頭の跡が目立つ。完熟果実はいかにもおいしそうだが、ほとんど食べられた様子もなく、中にはそのまま真っ黒に萎びたものもある。メジロやヒヨドリたちが山から海から大挙して押し寄せてくるにはまだ間があるようだ。

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サンゴジュの名は、赤い実が珊瑚を加工して作った玉に似ているからだそうだ。しかし数珠とかかんざしの飾りになっていたそれらは、赤というよりピンクだったと思う。一説には実の付いている枝が真っ赤で、それが珊瑚に似ているからだという。しかしそういう部分に注目するより、おびただしい数の実が、離れて眺めれば見事な珊瑚の塊のようだということでよいのではないだろうか。

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この5月に山がちなところで、大木が上から下まで真っ白に花盛りになっていたのを見た。それがサンゴジュの花だった。直径7mmほどと小さいが、実と同じでおびただしい数だから思わずひきつけられた。よく見ると反り返った花弁や大きめの葯を突き出した雄しべなど、なかなか魅力的な花だった。こん棒状の蕾が並んでいる様子もかわいらしい。これが何の花か最初はなかなか判らなかった。それはサンゴジュというのは園芸植物として馴染みだったから、まさか山に生えているとは思わなかったからだ。関東地方南部から沖縄にかけて、温暖な沿岸域の林に自生するのだそうだ。しかし東京近辺など、まず見かけることはない。屋久島では気が付けばそれほど珍しくはなく、海近くの林道沿いなどで時々目にする。

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サンゴジュと判ったのは、厚く大きめで、みずみずしくつやのある葉が特徴的だったからだ。見るからに水分の多そうな木で、実際防火に役立つということで生垣などに植えられたのだそうだ。性質も強健でどこでも良く茂るという。

葉をよく見ると中央脈に沿って小さなぽつぽつが並んでいる。これはダニ室と呼ばれるものだ。クスノキなどでよく見られるが、それらでは葉の根元近くに2つあるだけだが、こちらはずらっと並んでいる。それだけたくさんダニを飼っているということか。

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裏を見ると小さな穴が開いている。この中にダニを住まわせているわけだ。何のためにそんなことをするのか、いまだによく判っていないそうだ。一説では、ここで小さな無害のダニを殖やすと、それを食べに捕食性のダニが集まってくる、それがついでに有害ダニまで食べてくれるということだった。なるほど良くできているなと思ったが、別の研究によるとダニ室の中に有害ダニもたくさん住み着いていたのだそうで、どうも自然はもっともっと複雑らしい。ともかく我々のごく身近に、まだまだたくさんの不思議があるということがうれしい。
posted by 夜泣石 at 06:27| Comment(0) | 花草木 | 更新情報をチェックする

2011年09月03日

願い石叶い石

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海辺で拾った丸い石
胸のあたりで握り締め
願い事をささやいて
そっと平たい石に
載せておきます
それを見つめて
毎日願い事を
ささやいていると
いつかきっと叶えられます
南の島の小さな子供のおまじない
あなたにも効き目があるといいですね

こんな添え書きと共に、石2つを袋に詰めて「願い石叶い石」の名でみやげ物として売り出してみた。それがなかなかよく売れたのだった。石を売ろうとするのは、どうしようもない人の象徴として漫画やジョークなどに時々出てくる。拾った石、何の価値も無い石ころ。そんなものが売れると思う浅はかさ、そんなことで食べていこうとする愚かさ。しかし私はそののん気さや物ぐささ、そしてどこか人を食ったような感じに惹かれもするのだった。

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屋久島では砂利やごろた石の海岸が多い。荒波に石がもまれ、波の動きに乗って打ち寄せられ、また引き戻される。どどー、どどーと恐ろしげに繰り返す波の合間に、かちかち、ばちばち、がらがらといったにぎやかな音が混じり合い響き渡る。それは無数の形の無い生き物たちの叫びか、あるいは無数のいなくなった子供たちのおしゃべりのように聞こえたりする。私はそんなところをさまようのが好きだ。

石たちは転がりぶつかり合って、どんどん小さく丸くなる。円盤状になるものと球状になるものとがある。どちらもびっくりするほどきれいな丸で、また表面は滑らかに磨き上げられる。そうしたものを私は目に付くたびに拾ってきた。机に転がしておいたり、また積み重ねてみたりもした。ふと、こうした石を自分がこんなに好きなのだから、ほかにも好きな人はいるだろうと思った。売り出してみて、意外に仲間が大勢いることが判って、なんだかほっとする気分だった。

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握り締めるのにちょうど良いような形の石もしばしば拾える。それに次のような添え書きを付けて、「思い石願い石」の名で売り出してみた。これも私自身はなかなか好きなのだが、いささかやりすぎだったようであまり売れなかった。

海辺で拾った丸い石二つ
右手に握り締めて思い石
左手に握り締めて願い石
どんなに思っても
どんなに願っても
海の向こうに消えていく
空のかなたに消えていく
それでも手の中に
握り締めた丸い石二つ
いつまでも心の底に
決してなくさない
希望が二つ
posted by 夜泣石 at 06:22| Comment(0) | 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする
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