2011年08月31日

コキンバイザサ

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庭の踏み荒らされた雑草の間で、小さな黄色い花が咲いていた。このあたりにこんな花はいくらでもあるから、まず気にすることは無い。それでもふと足が止まったのは、何か気品のようなものを感じたからだろう。目を近づけてみて、うーむと思わず唸ってしまった。清楚な美しさに感じ入ったということもあるが、それより頭が混乱してきた。何の花か見当が付かないのだ。自分の庭で今さら知らない花に出会うなんて思いもよらなかった。

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それから2週間も経って、また咲いているのを見つけた。湿ったところが好きなようで、他の草のないコケの間に生えている。花の大きさは1cmほど、それが根元から直接出た10cmほどの細い茎の上に付いている。葉は細く長く、このあたりにいくらでもあるイネ科の雑草とよく似ている。花がなければまず見分けが付かない。

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6枚の花びらは幅の広いものと狭いものが交互に3枚ずつある。よく見ると外側と内側の2段になっている。これはユリ科やヒガンバナ科の特徴だ。しかしそれでも何の花か見当が付かない。今までこれに似たようなものを見た覚えがない。

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外花被片の先に白い毛が筆先のように付いているのも珍しい気がする。葯の形がまた変っていて、ユリでよく見かけるT字型ではなく真ん中で折れ曲がって傘のようになっている。

この花の名前は植物に詳しい人に教えてもらった。コキンバイザサというのだった。小さな黄金色の梅のような花、笹のような葉、ということのようだ。コの付かない、一回り大きなキンバイザサというのもあり、近い仲間は日本ではその2種だけだそうだ。以前はヒガンバナ科に入れられていたが、今は独立のキンバイザサ科になっている。驚いたことに、よく花屋にある小さな鉢植えのアッツザクラが同じ仲間だそうだ。赤いかわいらしい花だが、こちらも負けずにかわいらしくしかも気品がある。と思ったら、この花も黄花アッツザクラの名で売られていたりするそうだ。それではと鉢植えにして引越し先に持っていこうと掘り上げた。根は花や葉に比べて意外に大きめな整った形の球根だった。

花期は4〜6月だという。今頃咲くのは狂い咲きかもしれない。それではなぜその頃気が付かなかったのか。考えてみると春から初夏、このあたりは黄色の花で埋まっている。それらはみんなありふれたものばかりだと思い込んでいたし、コナスビなど離れて見るとなかなか似たような感じなのだ。そうした花がほとんど咲き終わった今頃になって、やっと目に留まったのだろう。またこの花は朝咲いたとか思うと、10時を過ぎる頃にはもうしぼんでしまう。その短命さも気が付かなかった一因だろう。

分布は本州宮城県以南から沖縄にかけてと広い。しかし宮城県や栃木県では絶滅、また大半の県で絶滅危惧種に指定されている。屋久島の属する鹿児島県でも準絶滅危惧種だ。これでは今まで見たことがなくても不思議は無い。また南九州や沖縄の植物図鑑を何冊も見たが、どれにも載っていなかった。そんなかなり珍しいものが、どこから来たのかひょっこり庭先に現れるなんて、やはりこの島の自然の懐は深いなと改めて思ってしまう。
posted by 夜泣石 at 09:07| Comment(0) | 花草木 | 更新情報をチェックする

2011年08月28日

屋久島町長の品性

屋久島町の現町長が、何とも面白く、いかにもこの人らしいことを言っているとの噂を聞いた。現町長は旧屋久町長を5期、そして続けて町村合併後の初代屋久島町長に当選して既に4年が過ぎようとしている。7期目を目指して出馬が取りざたされているが、町長選はもう2ヶ月に迫っているというのにこの期に及んで明言していない。どうも本人は迷っているとのことで、その理由として以下のような説明をしたとのことだ。

まず出馬したい理由。「この4年間を振り返って、自分は楽な方に逃げていた、という反省がある。前回の選挙の時、これが最後、合併の総仕上げをしたいと宣言したのだが、それができていないので、やり残したことをやるためにもう一度出たい」ということなのだそうだ。

この町長に何の実績も無いこと、選挙の時の公約など全く果たされず、町はばらばらのままで合併の効果はほとんど上がっていないということは全住民の一致した見解だ。なにしろ少し前の議会で、町長派の議員ですら一般質問で言及していたくらいだ。

それを町長自身も自覚しているというのだ。そしてそれを自ら明言するとは、なかなか立派な態度だと思う。しかし、だからもう一度やりたいというのはまともではない。できなくて申し訳なかった、これで引き下がりますというのが普通の人の感覚だろう。

今までできなかったことが、なぜ次にはできるようになるのか。この町長は「今までは逃げていた、今度は逃げません」と言いたいようだ。高校野球ではあるまいし、そんな精神論が通用すると思っているのだろうか。今までできなかったら次もできない、というのが世間の常識だろう。実際、この人は20年以上も首長の座にあって、めぼしい業績など一切なく借金だけを積み上げてきている。20年以上も逃げ回っていて、どうして急にできるようになるというのか。

さて次に出馬をためらう理由。「自分の選挙は、ご存知のようにいつも家内が前面に出て戦ってきた。それが今、親の介護で忙しくなって選挙に十分な時間を割くことができない」。したがって選挙戦が厳しいということだそうだ。

これも住民みんなが同じ認識をしている。そして奥さんの選挙戦術も皆が知っている。徹底的な戸別訪問なのだ。老夫婦の家など一軒一軒訪ね、勝手口から入り込んだりして、何かで膨らんだ手で握手して回る。もちろんその膨らみは有権者の方に移る。

つまりこの町長は、自身の思想やビジョン、また具体的な政策などで選挙に勝ってきたのではないと自覚しているのだ。そんなものは屋久島の選挙では役に立たない。だから表向き、もっともらしい出まかせを言っておけば良い。選挙は裏で奥さんが決めてくれる。なるほどこれでは公約など果たされるわけがない。

本来、政治家には信念がなければならない。それを実現したいから選挙に出る。常日頃、自らの主張を述べ、選挙には早くから立候補を宣言しなければおかしい。そんな常識はこの島では全く通用しない。しかもまた、こんな田舎政治の実態をここまであっけらかんと話してしまう町長にはびっくりする。それどころか、そういう人だからこの町長が好きだという住民が多いと聞いてあきれてしまう。特に年寄りの間で人気があるのだそうだ。世間の普通の感覚では、思わず吹き出してしまう冗談のような話だと、いつかここの人たちが気付く日は来るのだろうか。
posted by 夜泣石 at 14:46| Comment(1) | 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2011年08月25日

断捨離

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我が家から眺めるモッチョム岳

屋久島脱出が決まり、さあ引越し準備だと身の回りを見回して、いささか呆然としてしまった。あれやこれやの物があふれるばかりにあるのだった。壁一面の本棚は満杯だし、建て増しして普段は使わなくなった旧宅にも古物がぎっしり詰まっていた。庭にも園芸用品などが山積みするほどあった。改めて眺めると気持ちがどんより沈んでくるほどだ。

断捨離という言葉が、昨年だったか流行語になっていた。断ち・捨て・離れるということで、身の回りをすっきりさせてよどみを無くし、新陳代謝を促すということだそうだ。あふれかえるモノが、生活の邪魔をし気分を害し活動を阻害している。あたかもモノで充満した底なし沼に足を取られ身動きできず、もがけばもがくほどますます引きずり込まれてしまうかのように。したがってそうしたモノのしがらみを思い切り断ち切れば、生き生きとした人生を取り戻せるということのようだ。

思い起こせば、私は屋久島に多くの夢を抱えて移住してきた。夢にはそれを実現するための道具が付随していた。年を重ねるごとに夢の数々は消えていったが、モノは消えずに残り続けていたのだ。心の中で整理が付かず、またいつかはと未練がましく捨てずに残して置いたのだった。そうした残骸の山は鬱陶しく、見て見ぬふりをし続けてきた。

そうしたことに突然、終止符を打つ機会がやってきた。新天地では過去のさまざまな未練を断ち切って新しい生活を始めたい。そのためには徹底的な断捨離をしなければならない。そう思い立ってから毎日、多くの時間をモノの片付けに充て続けてきた。どんなに断捨離に時間を費やそうとも、その分、新しい生活で何十倍にもなって返ってくるはずだ。

ここ何年も開いたことの無い資料はすべて捨てた。昔書いたたくさんの原稿やノート、日記や手紙のたぐい、切抜きやコピーした資料、また撮ったり撮られたりしたたくさんの写真。それらは未練はあっても見返すことはもはや無い。私は過去を振り返らない人間だ。思い出やしがらみを振り切り、過ぎ去った日々から目を背けるように生きてきた。どうも普通の人は過去を大事にするようだから、これは私の人間的欠陥なのかもしれない。あるいは幼い頃のアルバムなど、実家に残しておいた思い出の品々をすべてを親に捨てられてしまったことのしこりがあるのかもしれない。しかしそれならばそれを逆手にとって、よりいっそう前を向いて生きるだけだ。

私は若い頃から本に囲まれているのが好きだった。しかしまともな本屋の無い離島に来てから、本を買う習慣はなくした。相変わらず多読乱読は続いているが、どれも図書館から借りるようにしている。やってみるとそれで十分だった。読み返すことはほとんど無いし、期限があるから積ん読になってしまうこともない。だから本棚にあったのは本土から持ってきた昔の本がほとんどだが、それらはすでに黄ばみ汚れ、しかも字が小さく年寄りの目にはもう読めないのだった。また、若い頃はなぜこんな本に感動したのだろうと訝しく思うものも多い。結局、図鑑類を残してほとんど捨てた。程度の良い本は図書室にある持ち出し自由コーナーに運んでみた。大半がすぐになくなったから、この仕組みはとても良いことだと思う。

服、カメラ、PC用品、山の道具、園芸用品なども、今使っているものを残して片っ端から捨てていった。また家電、家具など、古いものを旧宅に宿泊客用として置いてあったのだが、欲しいという人に次々に引き取ってもらった。私はずっと都会のアパートやマンション暮らしをしてきたので、狭いところにいかにモノを配置するか、いかにうまく収納するかに習熟した来た。今から思うとそれは実に無益な努力だった。これからはいかにモノを置かず空間を空けておくか、引き出しや棚があってもできる限り空っぽにしておくことに腐心したい。

本当にこれでいいのかと思うほどがらんどうになった。なんだか大震災に遭ってしまったかのようだ。私の今までの人生とは何だったのかと空しく思うくらいだ。これではまるで不治の病で余命を告げられた人が、身辺の整理を終えたみたいだ。もしかしたら私は本当に死期を予感して、無意識にその準備を始めたのかもしれない。そこまで行かなくとも、老い支度をしなければと思う年頃になったのか。いやそれにしてはなんとも爽やかで、新しい生活を始めたいという意欲が湧いて来るのだ。

断捨離はモノだけが対象ではない。人間関係や暮らしのさまざまなものごとすべてが対象になる。私は屋久島に未練がないといえば嘘になる。8年の歳月はそれほど長いというほどではないが、なかなか深く濃い付き合いがあったと思っている。いや、いささか深入りしすぎてしまったようだ。私にとって屋久島を捨てることが最大の断捨離なのだろう。
posted by 夜泣石 at 09:31| Comment(0) | 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする

2011年08月20日

屋久島から出て行く

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我が家から眺める満月の海

それはあまりにも唐突だった。ぼんやりと机に向かっていた時、ふと屋久島から出て行こうかという考えがよぎった。すぐにまさかと一笑に付した。もともと骨を埋めるつもりで移住して来たのだし、この自分で設計した家も、ここからのすばらしい眺めにも、なかなか満足していたのだった。しかし一度浮かんだ思いは消えなかった。それどころかどんどん心の中で膨らんでいくようだった。冗談半分に、どこか良いところはないかネットで探してみた。すると幸か不幸か、すぐに気をそそられる物件が目に留まった。試しに連絡を取って、早々に見学に行ったら、その場で心が決まってしまった。その後いくらかやりとりはあったが、ほとんど一気呵成という感じで契約に至った。こうして8年間の屋久島暮らしはあっけなく終わり、この9月末に鹿児島県本土の指宿に引っ越すことになった。

今から振り返ると、屋久島脱出の思いは心の中でじっくり醸成されてきていたと判る。それが大きくなってきて、突然意識されただけのようだ。落ち着いて考えてみれば、もうここでは暮らせそうもないと思う理由がいくつもあった。いささか年を取って体力が落ちてきて、この地での生活に疲れを覚えるようになったといった直接的な理由もある。しかし何より、理念や目標の喪失といったことが大きい。

私はずっと、いわゆる田舎暮らしにあこがれていた。そして早めに会社を辞めて移住先を探し、中途半端な本土でなく南の島にまで渡って来た。田舎暮らしの考えの根底には、人類の将来への危機感、機械文明や進歩などへの疑問、都会の喧騒に対する嫌悪感などがある。そして自然と調和した農業への回帰、自給自足への憧れ、古きよき時代への郷愁といった夢物語に彩られている。しかしこの地で何年か暮らしてみて、今、私はそのような反文明志向は、都会の文化人の書斎の幻想にすぎないと断言できる。文明の恩恵を受けない生活など歴史上あったためしはない。アマゾンの奥地に隔絶された少数民族でもそれなりの文明を持ち、そして今や与えられた鉄のナイフを使っている。古い時代の生活を頑なに守っているアーミッシュなど、文明の一時期の中途半端な段階に固執しているだけだ。彼らは自給自足を旨とするが、鉄鉱石を掘り出してきて自分で精錬などするわけではない。彼らの社会もまた周りの工業社会との交易がなければ成り立たないのだった。

まして屋久島など、都会の生活と同じものだ。人々の暮らしも地場の産業も最新の工業製品と石油にどっぷりつかっている。しかし経済的に条件の悪い離島でそんな生活を維持するのはなかなか困難だ。いや実際、この島の収入ではそんな生活が賄えるわけはない。どうしているかというと、交付金やらなにやら様々な国の支援を受けているのだ。それは元はといえば、都会の人や企業の納めた税金だ。つまり端的に言えば、ここの人たちは都会に寄生し、いわば乞食生活をしているのだ。しかもそれでも足りずに多額の借金までしている。

最近ガソリン価格の話題があった。離島では高すぎるということで、国から補助金が出ることになり、少し安くなった。それでも島の人たちはまだ高い、もっと出せと要求している。しかし客観的に見れば、輸送費がかかるのだから高くて当然なのだ。補助金を出せというのは、都会の人にたかっているのと同然だ。屋久島の人はどういう権利があって金を要求できるのか。また都会の人にとって、屋久島に金を渡すとどういう見返りが期待できるのだろう。

ところで屋久島のガソリン価格が高いのにはもう一つ理由がある。零細業者が乱立しているのだ。従って極めて効率が悪い。その上で、彼らすべてがかなりの利益が出るよう価格が高止まりしている。どんな闇カルテルがあるのか知らないが、国に援助を求める前に、まず自分たちでこうした仕組みを改めるべきなのだ。しかしここの為政者たちは全く何もしない。なにしろスタンドの経営者は県会議員だったりするのだから。彼らは自分の利益はしっかり守りながら、ひたすら国に金を要求するだけだ。

こうしたことが随所で行われている。町長を始め多くの政治家が屋久島の基幹産業は農業だという。しかし屋久島農業は多くの補助金の上でやっと成り立っているだけだ。もちろん日本全体がそうだが、離島はそれに輪をかけて酷い。そしてそうしたお金を食いつぶして、農業は衰退する一方なのだ。補助金目当てのハコモノ行政と何も変りはしない。

そもそも国にとって、日本国民全体にとって、支援してまで離島で人に暮らしてもらうメリットには何があるのか。すぐに思い浮かぶことは国防だ。無人島にしておくと外国人に不法占拠される恐れがある。しかし屋久島の人に国を守る気概などあるのだろうか。何しろここでは、海上はるか離れたところに米軍の訓練基地が計画されただけで、町長と議会が反対声明を出し、また住民に対し役場を挙げて反対のやらせ署名などおおっぴらに繰り広げるくらいだ。しかもその理由として、農業被害、漁業被害、騒音被害などありもしない大嘘を並べて、それがばれて来ると、今度は世界遺産の看板に傷が付くなどと言い出す始末だ。根っからのエゴイストと言うしかない。

国に何も返せないのなら、国から恵んでもらうべきではない。補助金獲得などに汲々とするのでなく、自分たちの力で食べていくよう努力しなければならない。それは国民として当然の心構えではないか。幸いここには、豊かな自然と世界遺産の看板といった国内でも有数の観光資源がある。民間企業並みの経営努力さえすれば、すぐに島の収入は何倍にもなるだろう。しかし屋久島には具体的、現実的な実行計画や将来計画など一切ない。行政から出てくるのは美辞麗句をちりばめた宗教経典のようなものばかりだ。偉い人の中には、世界遺産で金儲けするべきではないなど言う人がいる。神棚を祭ってさえいれば、物乞いで国民全体に迷惑をかけ、借金で子孫に迷惑をかけてもかまわないと思っているようだ。

最近、自然保護のために登山客を制限しようと、役場から全住民にアンケート用紙が配られた。その中に自然破壊の例として踏み荒らされた登山道の写真が載っていた。しかしこの島では2本のハイウエイ並みの山岳道路建設など、大規模な自然破壊が堂々と行われている。それらと比べれば、登山道の踏み付けなど九牛の一毛にもならない。しかしそうした事実から住民の目はそらされ、役場主導の洗脳が強引に行われている。結局ここの為政者たちにとっては観光振興も自然保護もどうでもよいのだ。欲しいのは工事予算、補助金、そして彼ら一部有力者たちの利益独占なのだ。

話は違うが政治が何もしない例として、生活に直結する電気問題がある。屋久島の電気事情は酷い。料金が高いことに加えて停電の頻発がある。しかも増加傾向にあり、最近では停電のない月などないくらいだ。これは発電においても配電においても設備の老朽化が進んでいるからだ。しかし屋久島では一工場の自家発電の余った電気を、3つの電気組合が配電するという特殊な体制になっている。ばらばらで弱小で、これでは設備の更新などとてもままならない。本来ならこうした体制の根本的改革に早急に取り組まなければならないのに、町長など逃げ回るばかりだ。これはたとえ今すぐ体制改革されたとしても、抜本的な設備更新はそれから何年もかかることなのだ。つまり屋久島では今後5年や10年は停電続きということは確実だ。そうこうしているうちに破滅的な停電が起きるかもしれない。

私はこうしたことを何年も指摘し続けてきた(屋久島再生)。客観的、大局的そして構造的に突き詰めた主張を並べたつもりだったが、残念ながらごくわずかな人にしか理解されなかった。私は執念深い方だが、これではたとえ10年続けたとしても何も変りそうもない。この秋の選挙で、噂では現町長が7選を目指すという。この人はただ選挙上手というだけで、頭の中には何の戦略もなく、ビジョンも理想も無く、そうしてこの島をこんなに酷くしてしまった張本人なのだ。私には住民たちが立候補を許すこと自体が驚きだ。しかも最有力候補というのだから恐れ入る。

屋久島の人たちにとっては、きっと世界遺産の看板などもらわなかった方がよかったのだろう。自分で考え、自ら努力しなければならないという当たり前の精神が養われたはずだ。上から看板が降ってきて、世間からちやほやされ、何もしなくてもどんどん観光客が増え、それなりに経済が活性化し、浮かれ、思い上がってしまったのだろう。

しかしもうバブルは破裂しそうだ。屋久島は沈没する、せっかくの資源を生かせず、頼みの観光業もしだいに衰退し、人口減少と老齢化が加速されるだろう。まあそうなっても年金暮らしの私にはどうということもない。世間から離れ、自然に囲まれた自分の暮らしを守ればよいだけだ。しかしこのような風土に、このような人たちと一緒にいることに耐え難いような気がしてくる。自ら何もできないまま乞食やエゴイストの一員になりたくない。ならばもうこれまでだ。永住の地を求めてさらにさすらい続けるしかなさそうだ。
posted by 夜泣石 at 10:03| Comment(12) | 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする

2011年08月15日

オトギリソウ

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少し前から我が家の庭でオトギリソウが咲き続けている。多年草で毎年同じところから芽が出て咲くのだが、そうでないところでも見かけたりするから種が散らばったりするのだろう。真夏の花の少ない時期、透明感ある黄色の花がそこかしこで咲いてくれるのはうれしいものだ。朝咲いて、日差しの厳しくなる昼頃には萎れていく。一日花といわれるが実際は半日も持たない。それでもたくさんの蕾が次々にできて、しばらく花は途絶えることがない。

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花の径は1.5cmほど、いささかいびつな花びらが風車のような重なりで並んでいる。雄しべが長くたくさんあるので繊細な感じもする。雄しべは整えられていなくて乱雑に生えているように見える。なんでも根元でくっついて束になっていて、その束が3つあるのだそうだ。花びらの裏には黒い点線がたくさんあり、表側にもうっすらと見えたりする。

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上から見ると真ん中でまん丸な子房が目を引く。そこから出た3本の柱頭が平面を正しく3等分している。この幾何学図形は面白い。その柱頭の先がぽつんと赤くなっているのもかわいらしい。

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小さな花蜂が来ていた。お目当ては蜜ではなく花粉のようで、後ろ足にかなり大きな花粉団子を付けている。雄しべの数が多いから仕事ははかどるのだろう。

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オトギリソウの葉は丸く細長く子供の絵のようだ。2枚が向かい合って付き、その向きが次の段と直角になる。そんな特徴ある形を作るので、生え始めの頃でも何か特別な草のような感じがする。実際これは薬草として有名なのだそうだ。弟切草の名も、その秘薬の秘密を弟が他人に漏らしたので、兄が怒って切り殺したという昔の伝説からだそうだ。

私にも弟がいる。不平不満、また自慢と言い訳ばかりを口にして、ほとんど働くこともなく引きこもりの人生を過ごしてしまった。金には汚く、認知症の進みつつあった父の収入を横取りしていた。そんな弟に、父は全財産を譲ると遺言を残した。おそらく弟の策略だったのだろう。あるいは私は父に何度も意見したから、疎まれてしまったのかもしれない。弟は末っ子で、私や姉の悪口ばかりを言いながらも、一方では甘えたがっていたようだ。しかし私は、故郷を離れ自力でこの世を生き抜いていくのに精一杯で、そんなやっかいごとを受け入れる余裕など無かった。私は弟を精神的に切り捨てた。今、大金だけを抱えてどこでどうしているのか全く知らない。そんなこの世の煩わしさを、この花の名前からふと思い出したりするのだが、そうした感慨も年毎に薄れていく。
posted by 夜泣石 at 10:45| Comment(0) | 花草木 | 更新情報をチェックする

2011年08月09日

アオバハゴロモ

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柿の木の若枝にアオバハゴロモがたくさん止まっていた。薄い緑色の羽は、白い粉をまぶしたかのようにぼんやりしている。そのままだったら周囲に溶け込んで保護色として効果的かと思うのだが、なぜか輪郭が淡い赤でしっかりと描かれている。それだけでなかなかおしゃれな感じになる。

1cmほどの大きさで、ちょっと見には虫とは思えない。よく見ると、芥子粒のような目と細い足が付いていて、なんだ虫だったのかとからかわれたような気分になる。こんな小さな目でもじっとこちらを見て警戒しているようだ。ぐっと近付くとすっと枝の後ろに回りこんで隠れる。その一瞬の滑らかな動きは機械仕掛けか何かのようで、足で動いている感じでは全くない。

簡単に捕まえられそうな気がするが、指を近づけた瞬間、ぱっと飛びはねる。見かけによらずバッタのような跳躍力だ。そしてそのまま羽を広げて別の枝に飛んでいく。たくさんまとまっていることが多いから、それらが一斉に飛び立ったりするとなかなかの壮観だ。

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直射日光の下では翡翠を思わせるようなとてもきれいな緑色だ。なるほど羽衣という名に恥じないなと思う。またそこに浮かび上がった網目模様を見ると、この虫がセミに近い仲間であることに納得が行く。食性もセミと同じで、針のような口を枝に差し込んで樹液を吸っている。なお学名の属名はGeishaで、芸者にちなんだものだそうだ。アゲハチョウか何かならともかく、こんなに小さな目立たない虫の名にしては意外過ぎる。しかしこうして拡大してみると、まあそれもありえるかなという気もしてくる。ともかく粋な昆虫学者がいたものだ。

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枝先にたくさん集まってみんなでじっと樹液を吸い続けているから、枝が枯れてしまわないかと心配になる。しかし実際にはそんなに害はないのだそうだ。近い仲間のカメムシは害虫として嫌われ者だが、それは見かけが悪いし悪臭を出すし、また枝葉だけでなく果実から果汁を吸ったりするからだろう。カメムシにやられると痛々しいような跡が残るし、成熟の遅れたいびつな果実になってしまう。

ところでアオバハゴロモの幼虫も、成虫に負けず劣らずなかなか意外性がある。このあたりでは春に、さまざまな草木の新枝の先が、カビでも生えたように白くなっていることが多い。あれがこの幼虫だ。汚れを取ろうかと指でも近付けると、もぞもぞ動いてびっくりする。さらに近付けるとぴょんと跳びはねて逃げる。体中を覆っている白い蝋物質が綿屑のように後に残りなかなか落ちない。それらが雨風でやっと洗い流される頃、ふと気付くと、同じところにこの豆芸者たちが居並んでいる。
posted by 夜泣石 at 14:23| Comment(0) | 生きもの | 更新情報をチェックする

2011年08月05日

屋久島町のやらせ署名

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荒海の彼方に霞む種子島

昨今、電力会社のやらせメールが問題になっていたが、私はそんなに騒ぐほどのことかなと思う。いろいろな組織や団体が動員をかけて、自分たちの利益になるよう会議やアンケートなど捻じ曲げるのは、今の世の中、普通のことだ。今度のことも電力会社やその関連会社の社員にとっては自分の職を守る行為と言えなくもない。やり方が汚い、といった批判なら同感だが、現在の歪んだ民主主義の世の中では許されないことではない。

許されないことと言ったら、民間ではなく、政府や自治体などが世論を捻じ曲げることだろう。そして驚くことに今、屋久島町ではそれが公然と行われている。役場と議会が共同して、住民に署名を強要している。そしてマスコミもグルになっているのか批判記事など一切出て来ない。

「馬毛島への米軍訓練基地等の移転に反対する署名」というのがそれだ。種子島と屋久島の全首長と全議会議長名で出されている。それが各種公報などと一緒に公費でもって全家庭に配られている。そして防災無線を通じて署名するよう何度も呼びかけられた。各集落の区長を通じて、またいろいろな公共の集会などで、署名するよう要請・強要が繰り返されていたそうだ。

本来、署名というものは住民が自主的にしなければ意味がない。為政者は住民の声を謙虚に聞かなければならない。行政が音頭を取った署名活動など、アラブ諸国などでよくある民主主義を装った独裁政治と同じだ。反対意見を抹殺し、住民をむりやり一つの方向に動員をかけているだけだ。こんな形で集められた署名など全く意味がない。私は日本国中に向けて、また政府防衛省に対して、屋久島では民主主義は執り行われていないこと、集められた署名は作為的なもので民意を反映していない、つまり全く無意味であり無視してよいことを伝えたい。

さらにこの反対運動がいかに根拠薄弱であるかも言及しておこう。署名用紙の表書きには「基地経済に依存するのでなく農業漁業観光業の町作り」をするのだとうたっている。しかしそれなら、もし本当に基地経済に依存したくないのなら、見返りとしての交付金など貰わなければよいだけの話だ。問題は「農業漁業観光業の町作り」に支障をきたすかどうかだけだ。実はこれがほとんど考えられないのだ。馬毛島はその自然の大部分がすでに破壊し尽くされた無人島で、そこに何を作ろうが被害など出ようがない。問題が起こるとしたら、対岸の種子島の一部地域における騒音被害くらいだが、計算上では新幹線の車内程度だそうだ。これはすぐにでも実験してみるべきだが、それはともかく、実際の戦闘機の訓練飛行は年間数十日くらいだそうで、また最近接地といえども10km以上も離れているし、生活困難になったり町作りに支障をきたすことなどまず考えられない。

まして屋久島には全く関係ない。馬毛島など海の向こうに遠く霞んで見えるだけなのだ。屋久島町議会は、各産業や住民生活に多大の被害が出るとして反対声明を可決したが、さすがに恥かしくなったのか今はあまり聞こえてこない。町長も騒音被害などほとんどないと認め、今は世界遺産の名に傷が付くとして、観光業における風評被害だけを訴えているそうだ。しかしそれは防衛省から一笑されてしまった。馬毛島は屋久島から40km以上も離れている。ハワイでは10kmのところに基地があるが大観光地になっている。そう言われて屋久島側は「それはあまりにアメリカ的発想。この島の自然を軽視するな」と負け惜しみを言ったそうだ。しかしそもそも馬毛島に何かができたところで、日本国民の何人がそれと屋久島と結び付けられるだろうか。

配布された資料の中には「種子島、屋久島には戦闘機の爆音は似つかわしくない」という言葉がある。これが「日本には似つかわしくない、国内から基地をなくせ」と言うのなら一つの考えとしてあり得るだろう。しかしこの島の為政者たちは革新系どころか保守反動といえるほどだから、そんな考えを持っているわけがない。ということは、自分たちの島には駄目だが、似つかわしいところは他にあるということのようだ。沖縄だったら爆音は似つかわしいと言いたいのだろうか。世界遺産の島だとちやほやされて、それほどここの人たちは思い上がっているようだ。実際には地元住民はたいてい無関心(だから求められると付き合いで署名する)、騒いでいるのは利に聡い政治家や有力者、そして反米闘争にまい進する共産党系ぐらいのようだが。
posted by 夜泣石 at 10:06| Comment(1) | 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2011年08月04日

アヤムネスジタマムシ

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真昼間、なぜか網戸にタマムシが止まっていた。写真を撮ろうと捕まえたが、なかなかじっとしてくれない。甲虫はあまりじたばたしないものだが、まだ若い個体なのか元気一杯だ。光の当たり具合で見事な金緑色に輝いたり、ただの黒っぽい虫に見えたりする。そんな時でも両脇の金色の筋はいつもくっきりと光っている。

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横から見る。下側の方が金色は濃い。また体だけでなく足や触角など先の方にも及んでいる。目が意外に大きくかわいらしい。

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裏からだともっと輝いて見える。ほとんど金属製品のようだ。しかしなぜこんなところを装う必要があったのだろう。体の下が見えるというのは空を飛んでいる時か。しかしいったい誰が何のために空を見上げていたりするのだろう。

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一通り遊んでから、木の葉の上に乗せてやった。すると安心したのか、あれほど逃げ回っていたのに急に動かなくなった。しきりに触覚の掃除などしている。やれやれひどい目にあったという風に恨めしげにこちらを見る。それからおもむろに羽を広げると、ずいぶん空高く飛び去っていった。

屋久島では本来のタマムシ(ヤマトタマムシ)は見たことがない。分布では屋久島が南限なのだそうだが、まあ本土でもすっかり幻の虫になってしまっているので目にしなくて当然かもしれない。そのかわり一回り以上小型のこのタマムシはわりとよく見かける。屋久島の虫図鑑によるとアヤムネスジタマムシというのだそうだ。南方系で紀伊半島から琉球列島にかけて分布しているという。幼虫はスダジイやウバメガシなどシイカシ類に寄生するそうだから、この辺りにたくさんいておかしくない。

ただいつも見るのは大きさがたいてい2cmちょっと位だが、今度のはだいぶ大きく3cm近くある。図鑑を見ると外見は酷似し、名前も一文字しか違わないアオムネスジタマムシというのが載っている。少し大きいそうで、するとそちらの方だろうか。しかし奄美大島以南に分布となっていて、また蝶とかトンボなら風に乗って迷い込むこともあるだろうが、甲虫ではまず無理だろう。たぶん特別立派なアヤムネスジタマムシなのだろう。ただアヤと名前に付いているのに、どこにも綾模様など見当たらないのはどういうことだろうか。

何年も前に庭で死んでいるのを見つけて、きれいなので貝殻に載せて棚に飾った。忘れていたが今見たら金属光沢は全く変っていなかった。有名な玉虫厨子は1000年も輝きを失っていない。これは色素の色でなく物理的な構造による干渉色ということなのだろう。ところでヤマトタマムシは羽そのものが輝いているが、こちらはどうも金色の粉をまぶしたような感じがする。それではと試しにこすってみたが、残念ながら指が金色に染まることはなかった。粉のようなのはただ見掛けだけなのか、それとも表面がでこぼこで、金粉はへこんだ奥に入っているので簡単には落ちないのかもしれない。
posted by 夜泣石 at 06:28| Comment(0) | 生きもの | 更新情報をチェックする
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