2011年07月31日

アピオス

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庭に張ったネットに絡んで、1cmほどの小さな花がかたまって咲いていた。アピオスだった。以前食用に植えたけれども、たいした収穫がなく放ってしまった。それがしぶとい雑草になって、毎年つるを伸ばして花を咲かせる。

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ここではたくさんの花が咲くが、こんなえんじ色は珍しい。それに不思議な形をしている。真ん中にアーチ状の柱があり、その先は天井にはめ込まれてしっかり支えているかのようだ。マメ科の花だからこの柱は竜骨弁で、普通は前方に突き出しているものだ。これは実は鞘になっていて、虫が止まると重みで下がって、すると中に隠されている雄しべ雌しべが出てきて虫の体に触れる仕組みだ。しかしこの花だと旗弁にしっかり固定されていて簡単には外れそうにない。それでは受粉できず意味がない。実際日本ではまず豆はできないそうだ。

それはともかく、この花の香りにはびっくりする。爽やかとか甘酸っぱいとかよくある香りでは全くなく、アラブの王様のハレムにでもふさわしいようなむっとするほどのものだ。この花園にミツバチを放したら秘伝の蜂蜜でもできそうな気がする。もしかしたら原産地には、この香りに狂喜して柱を倒すほど暴れて、そして受粉を助ける特大のハチでもいるのかもしれない。

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上から見るとまた全然違った印象の花になる。赤みがかった淡いクリーム色がとてもきれいだ。そして戦国時代の兜でも思わせるような不思議な形だ。

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葉はマメ科らしく複葉だが、ちょっと変った形なので他の雑草と容易に区別できる。毛虫など害虫はつかず無農薬で育てられるという触れ込みだったが、あちこち食い跡がある。このあたりに多いきれいな黄色のカタツムリの仕業のようだ。また何でも貪り食うツチイナゴも葉の上で時々見かける。

アピオスは北米原産でネイティブ・アメリカンの食料だったそうだ。といっても食べるのは豆ではなく肥大した根だ。冬に地上部が枯れた後、掘り出してみると縄のような根が長く伸びていて、そこに数珠のようにイモが連なっている。大きなものは5cmにもなるというが、残念ながら我が家では2〜3cmほどのものばかりだった。なぜか黒く傷んだ部分も多く、結局食べずに放り投げてしまった。それが雑草化して毎年花を咲かせている。しかしこのイモは栄養価が高くて健康食品として高値で流通しているのだそうだ。ヤマイモのムカゴのような感じで調理法も同じだという。しまった、ムカゴは大好物なのにと今になって後悔する。

なおアピオスの正式名はアメリカホドイモというのだそうだ。もともと日本にホドイモという野草があるそうで、同様に根が食用になり郷土料理などに利用されているという。日本全土に分布しているそうだが今まで知らなかった。ぜひ見てみたいものだと思ったが、残念ながら屋久島にはないのだそうだ。
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2011年07月27日

キジ

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近所のあぜ道を歩いていて、ふと足元の畑に何かがうずくまっているのに気付いた。あ、キジの雌だなとすぐ思った。向こうもこちらを見ているのだが、なぜかじっと動かない。どこか具合でも悪いのだろうか。いや羽もきれいだしとても元気そうだ。それとも卵でも抱いているのか。それにしては道に近すぎるし身を隠すほどの草も生えていない。真夏の日差しは容赦照り付けていて、裸地の表面は恐ろしいほどの温度になっているはずだ。よくもまあこんなところでじっとしていられるものだとあきれてしまう。

この島で、足元からキジの飛び立つことは何度も経験している。何もないようなところを物思いでもして歩いていて、突然足元からわっと大きな羽音で飛び立つのだから、それこそ心臓がひっくり返りそうになったりする。そういう時、キジはきっとこのようにじっとこちらをうかがっていたのだろう。もう少しよく見ようかとそっと近付くと、不安げに顔だけ動かしてこちらを見つめる。飛び立たせるのは気の毒だから、もうそれ以上は近付くのを止めた。

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それでも生きているキジをこんなに近くで見るのは初めてだ。昔、小学校で飼っていた鶏を思い出すが、それよりだいぶかわいらしいように思う。嘴が短いし、全体に若鶏の感じがする。このあたりでは春早々からキジがケンケン騒ぎ出すので、ずいぶん早く繁殖期に入るのだろう。その頃生まれていればもうこのくらいになっていてもおかしくない。

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キジは春から初夏にかけて何度か繁殖するのだそうだ。あれは昨年の今頃のことだった。農道を走っていて、キジの雌がさっと茂みに身を隠すのが見えた。あたりに甲高い声が響いていた。何だと思って車から降りて見回すと、側溝に5羽ほど雛が落ちていた。それがけたたましく鳴いていたのだ。近付くと大急ぎで逃げる。しかし側溝は深くて出ることができない。近くで親鳥の声もするので心配しているのだろう。そのままにして帰ったが、小さな体の割には驚くほど大きな足だったから、そのうち何とか這い出ることができたのではないか。

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キジは我が家の庭にも出没する。数年前の梅雨時、立派な雄が2羽の雌をつれて歩いていた。真っ赤な顔がいささか化け物じみている。これは繁殖期の特徴で、赤い肉腫が肥大するのだそうだ。

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道路を堂々と歩いているのもよく見かける。いつだったか広い県道を横断しているものがいた。猛スピードで突っ込んでくる車から逃れようと、車に負けない速度で必死に走っていた。渡り終えた後、ああ助かったとハアハア肩で息をしているような様子が人間そっくりで、気の毒でもありおかしくもあった。

キジは日本固有種で国鳥にもなっている。しかし北海道にもまた沖縄にもいないそうで、屋久島あたりが分布の南限のようだ。海を越えて飛ぶことはできないから、隔離効果でこの島のキジはシマキジという亜種に分化しているとのことだ。しかし狩猟目的に本土の若鶏が放鳥されて、今は雑種だらけなのだそうだ。残念なことでもあるが、一方、雑種強勢でより逞しくなったためか島中にあふれるほどになっていて、こんな大きなきれいな鳥が身近で年中楽しめる。
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2011年07月23日

マンリョウ

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うっそうと茂った防風林の陰で白い花を見つけた。大きさは8mmかそこら、膝ほどの高さのところにうつむいて咲いているので気付かず通り過ぎるところだった。

花びらには細かな毛が生えているようでしっとりとした質感がある。全体に茶色の斑点があり、まるでそばかすだらけといった感じだ。特に雄しべの、いやに大きな黄色の葯で目立つ。こういうのは腺点と呼ばれるが、いったい何の役に立っているのだろうか。

よく見ると雄しべの根元を小さな爪の様なものが取り囲んでいる。これはいったい何だろう。もしかしたらスイセンなどで見られる副花冠だろうか。

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雰囲気からしていかにも日陰の花だが、それなりに趣もある。束になっていっせいに咲いたら少しは見栄えもするだろう。残念ながらもう終わり頃で、たくさんの果実が膨らみつつあった。それがまた半透明の緑色でなかなかきれいだ。そしてそれにもまた茶色の斑点が目立つのがご愛嬌といったところか。

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さてこの花の名前は何だろう。ヤブコウジの仲間であることは一目で判る。ヤブコウジ科は熱帯亜熱帯が分布の中心で、当然のように屋久島には種類も個体数も多い。どれもこんな様な感じの小さな花をたくさん付ける。枝葉の方を見ていって、特有の丸い鋸歯に見覚えがあり、ああこれはマンリョウだなと思い至った。

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半年ほど前の冬、やはり近くの防風林で赤い実の写真を撮っていた。東京などでは正月の縁起物としてよく売られているが、ここでは里の茂みの中などでごく普通だ。鉢植えだと高さは50cmにもならないが、防風林の中だと他の木と競い合って人の背丈より高くなっていたりする。この実はかなり長い間たわわに実ったままだったが、暖かくなり始める頃、いっせいになくなっていた。その頃やっと食べごろになったのかもしれない。そうして鳥たちのおかげでまたあちこちから芽生えてくる。

ところで縁起物として飾られる木には一両から万両まで順にあるが、これらはもともとの名でなく、商業の発達した江戸時代に新たに名付けられたものだそうだ。最初は百両で、中国から伝わった名前をカラタチバナに当てはめたという。そしてそれより見栄えのする木を千両、さらにその上ということで万両の名になったとのことだ。そうして縁起の良い木としてもてはやされるようになっていったのだそうだ。しかし正月早々、すべての日本人が拝金主義者にならなくてもよいのにと思うのだが。
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2011年07月19日

軍事クーデターを待望する

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ツルラン(本文とは関係ありません)

「この未曾有の天災時に、首相がこの人であったことが日本の不運であり転落の始まりであったと、後の歴史に書かれるような気がする」。 これは東日本大震災の5日後、3月16日に私がここで書いたものだ。不幸なことに的中してしまったようだ。私に先を見る目があったということか。いやそうではなく、これは日本人の多くが程度の差はあれ感じていたことだったと思う。そして今、私は軍事クーデターを待望する気になっている。これもまた多くの日本人が漠然とではあっても感じていることだと思う。今、軍部が立ち上がって首相を捕まえて牢屋にぶち込んだら、ほとんどの国民は拍手喝采するだろうから。

この大災害は第二の敗戦などといわれている。しかし第一の時には米軍という強権があった。弊害ももちろんあったが、総じて戦後の復興、わけてもその速さと革新性などは彼らのおかげであったといえる。今、反米主義者が後生大事に奉っている日本国憲法、特にその九条も米軍が与えてくれたものだ。それに比べて現在、その強権がなく、すべてがばらばらでいつまでも右往左往するばかりだ。リーダーに最もふさわしくない人が首相であり続けて日本を混乱に陥らせている。その周りの人たちも個々の思惑ばかりで勝手なことを言っているだけだ。国のためにこの首相と刺し違えようと立ち上がる人などどこにもいない。

そもそも世の中のことには絶対はない。どんなことにも欠点はあり反対者はいる。しかし何かしなければ先へは進めない。特に非常時にはしゃにむに行動しなければならないから、一つの明確な目標を掲げて障害を蹴散らかしていくために、一時的に民主主義を制限することがあっても仕方ない。いや元々この国の民主主義は形骸化してしまっているからどうということもない。ましてその精神からして民主主義からかけ離れている首相を排除するのに、超法規的手法が取られるのもやむを得ないだろう。

強権を持って国を治めるのは今の政治家たちにはできない。それは統制の取れた暴力装置である軍部の役目だ。そもそも今の日本のような政治状況になったら、まともな軍隊のいる各国ならどこでも軍事クーデターが起きているはずだと思う。あるいはこういう時のために天皇がいるのかもしれない。形の上だけでも天皇親政にしてしまったら、日本では収まりがよさそうだ。明治維新はそうやって成功したのではなかったか。

さて軍事政権にはまず、被災地の復興と原発事故対策にまい進してもらう。政治家や御用学者などにつべこべ言わせないで、さっさと大計画を立てる。日本には優秀な官僚が幾人もいるのだから、そこから抜擢した部隊を作れば現実的常識的な大計画などすぐできるだろう。もちろん官僚には革新性などは望めそうにないが、似非知識人などに振り回されるよりずっとましだ。そして大計画の下、強権を持って速やかに実行する。

原発については、安全性が高いと見込まれるものはすぐ再稼動させる。今の日本に必要なのはまず経済の復興だ。そのためには十分な電力供給は必須なはずだ。危険のあるのは承知の上だが、それは可能性の問題、確率的問題であって議論で答えの出るものではない。いずれはすべての原発を廃止するべきだと私も考えるが、性急にやって日本経済が沈没し、人々が貧困に苦しむ羽目になったら元も子もない。脱原発は段階を追って数十年ほどもかけてやっていくしかないだろう。

米軍基地の問題も強権を持って決めてしまうしかない。この問題は民主的にやっていたら絶対に解決できない。話し合いなどしても、絶対反対で聞く耳を持たないか、あるいは見返りの金の相談でしかない。国民の側が民主主義の基本をわきまえず、ただそれぞれのエゴを振り回すだけなのだから。

そして最終的に取り組んでもらいたいことは政治制度の改革だ。こんなどうしようもない政府になってしまったのは制度が悪かったからだ。そして不適切な制度で選ばれた人たちに、その制度の改革などできるわけがない。敗戦時と同様、根本的改革には強権を持ってするしかない。

まず強力なリーダーを出現させるために、大統領制かそれに近いものにするべきだろう。国民が直接選び、そしてかなりの権限を与える。また議会が立法府というのは幻想であり、立法に必要な能力経験など備えた議員などほとんどいない。大統領の下に束ねられた専門家集団が、行政に必要な立法をしていくしかない。議会は大所高所から、また逆に国民の目線からそれを監視し必要な承認を与えるだけだ。そうなると政党などは不要で個人主体であればよい。もともとこれだけ多様化している時代に政党などで括ること自体に無理があるのだ。またネットの普及で、国民誰もが議員や政府と直接的に会話することのできる時代だ。議員は全員、行動予定と実績を公開し、またすべての議案や問題に対して個人の見解を表明するのを義務とする。そうすれば地盤や看板でなく見識によって選ばれるようになっていくだろう。

こうしたことを盛り込んだ新憲法を作って国民投票でもって制定する。それに続く大統領選には軍人たちは出馬しない。潔く総退陣すれば、それまでの強権や圧制にもかかわらず、日本国民は彼らを救国の恩人として褒めたたえ感謝することだろう。しかし、ああ、致命的なのは、今の日本には真に国を憂うる将軍や大将などどこにも見当たらないことだ。
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2011年07月16日

ユウヅルエビネ

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近所の家のスギの防風林の下で、一面にツルランが咲いている。これらは昔、近くの山から採ってきて増やしたものだそうだ。その純白が広がるところどころに、薄い赤紫を帯びた花がきれいな模様を作っている。

大きさは3cmほど、この人形のような感じは日本の野生蘭の中では最も形の美しいものの一つだろう。ツルランと比べて、ほとんどそっくりだが手足の部分の太さが違う。特に足の部分が、ツルランは痩せぎすだが、こちらは太っているというより袴でもはいているようだ。

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真上から見る。手足を前に突き出している様子が子供の仕草のようでほほえましい。

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横から見る。おかっぱ頭に帽子でも被っているのだろうか。胸元の橙色の飾りは何やら重要な品物のように見えるが、単に盛り上がっているだけだった。その上の方に、ラン科特有のずい柱が納まっている。

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花茎の先にびっしりと咲くから離れて見ても見栄えがする。先っぽに丸い蕾がかたまっている様子も、雛鳥がひしめいている小鳥の巣でも覗いたみたいでほほ笑ましい。蕾は咲く前に、まず長い距がぐっと伸びる。尻尾のある蕾というのもなんだかおかしい。

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さてこのランだが、いろいろ調べた結果ユウヅルエビネであるようだ。純白のツルランに対し、赤みがかかっているのを夕日を浴びていると見立てたのだそうだ。この赤みの程度はかなり濃いものから薄いものまでいろいろあり、中にはツルラン同様純白なものまである。我が家の庭でもここから分けてもらった株が今を盛りと咲いているが、どうもツルランにしてはおかしいと思っていたのだが、結局このユウヅルエビネの純白種であったようだ。

ユウヅルエビネはツルランとオナガエビネ(一説ではリュウキュウエビネ)の自然交雑種だそうだ。ただ屋久島ではツルランは豊富だがオナガエビネもリュウキュウエビネも見たことがない(有るとする文献と無いとする文献の両方がある)。ここで交雑したのでなく、どこかですでに雑種になってから屋久島に広がってきたのかもしれない。

なお園芸植物でリュウキュウエビネの名で流通しているものは実際はこのユウヅルエビネであるそうだ。こちらの方が華やかだし、雑種強勢ということで栽培しやすいのだそうだ。しかしそれならなぜ偽名を使うのだろう。夕鶴の名前の方がずっと素敵だと思うのだが。
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2011年07月12日

ヒモヅル

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奥岳への道路が山を切り崩して拡幅されている。斜面には落石防止のネットがずっと張られている。そうしてまだ数年も経っていないような所に、びっしり緑の紐が絡まっていた。紐の先端が膨らんでいるものがある。これは胞子嚢穂と言うそうで、これでこの紐がシダの仲間であることが判る。ずいぶん大きくなってすでに茶色の枯れ穂になったものもあるから、年に何度も胞子を飛ばすようだ。

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新しく伸びた部分は扁平な真田紐のような感じだ。それが幾重にも垂れ下がって、すだれかカーテンのようだ。もし家に這わせて、窓辺に垂らしたらとても涼しげで気持ちよさそうに思う。

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いやいやそんなことをしたらとんでもない。何メートルもの高さの崖や樹木ををびっしり幾重にも覆ってしまっている。家などすぐ飲み込んであばら家にしてしまいそうだ。

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昨年秋見たときには針のような葉が茎から斜めに立ち上がっていた。これがスギの木に絡んでいると、どこがどちらだかちょっと迷うくらいだ。

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茎は意外なほど太くなる。この時の葉はうろこのようで大蛇を思わせる。こんなものが延々と崖を這い、また地面に横たわっている。もしピクリとでも動いたら、思わず後ずさりしてしまいそうだ。

屋久島にはヒモヅルという珍しいシダが豊富にあると聞いていた。初めて見た時すぐああこれだなと思った。全く名前と姿がぴったりだ。南方系で近畿から九州にかけて分布するそうだ。しかし飛び飛びにごくわずかにあるだけで、各地で絶滅危惧種に指定されている。不思議なことに沖縄の方にはなく、屋久島が南限になっている。少し山を登った500m位のところから出てくるから、暑過ぎるのも苦手なのかもしれない。道路工事で自然が破壊されると真っ先に出てきてあたりを覆うので、近年どんどん増えているようだ。シダのマニアにとっては卒倒しそうなほどの景色が広がっている。
posted by 夜泣石 at 09:23| 花草木 | 更新情報をチェックする

2011年07月09日

モッコク

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モッコクはどっしりとした感じの大木で、東京でも庭園などに、そこの主のような感じに植えられているのを時々目にしていた。当たり前過ぎたためか、風格ある姿を離れて眺めるだけで花など気にしたことはなかった。

屋久島に来て、生垣の中に白い花の咲いているのを見て、それがモッコクであると判るのにしばらく時間がかかった。あの堂々とした姿からは意外なほどのかわいらしい花だった。直径2cmほど、乳白色の貝殻細工のような厚めの花びらには高級感がある。形が整わずふちがでこぼこなのがご愛嬌といったところか。たくさんの黄色の雄しべと真ん中の大きな雌しべの取り合わせも何となくほほえましい。ところでこれは両性花だが、雄しべだけがもじゃもじゃびっしり中心を覆っている雄花もある。

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モッコクの咲くのは例年より半月は遅いようだ。この冬のあまりの寒さのためか、それとも春から梅雨時までぐずぐずと続いた悪天候のためか。近くを通るたびに覗いてみたのだが、蕾のままでなかなか開こうとしなかった。それでもこの蕾もなかなか見所がある。滑らかな曲線は白鳥の首とでも言おうか。その先にぶら下がった玉は冷たく固い磁器のような感じだ。この木は蕾でいる期間が普通よりだいぶ長い。そしてまだかまだかと待っているうちに突然いっせいに咲く。残念なことにじきに変色が始まって汚らしくなってしまう。

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葉は分厚くのっぺりとしてそれがびっしりと付いていて、これも庭木に喜ばれる一因だろう。その葉陰に無数ともいえる花が付いている。そしてあたりにとてもよい香りが漂う。なんでもこの香りがランの仲間のセッコク(石斛)に似ていて、木だからモッコク(木斛)という名になったという説明があった。しかしランには芳香を持つものが多く、その中で特にセッコクが固有の香りを持っているようには思えない。ただセッコクは高木の梢などに着生して白い花をびっしりと咲かせるので、その様子は似ているかもしれない。

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1、2ヶ月もするとたくさんの果実ができる。蕾や花と同様、これもなんだかいじらしいようなかわいらしさだ。花と同様、果実も無数にできて、それが冬になると赤くなって木全体を美しく飾り立てる。

モッコクはツバキ科とされていて、確かにお茶の花などに似ている。しかし最近のAPG植物分類体系では別の科に独立させている。分布は千葉県以西から南西諸島にかけての温暖な地域だそうだ。しかし目にするものはほとんど植栽だ。「庭木の王様」とか「江戸五木の一つ」とか言われている。屋久島でも人里に多く、きっと植えられたものだろう。しかしこの木が似合うような庭園はまずこの地ではお目にかからない。
posted by 夜泣石 at 06:42| 花草木 | 更新情報をチェックする

2011年07月04日

ヤマシグレ

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間断なく降り続いた今年の梅雨だったが、その埋め合わせをするかのように早々と明けてくれた。早速見過ごしていた花々を見ようと山岳地帯に車を走らせた。あちこち、目当てのものをだいたい撮り終ってさあ戻ろうかという最後に、茂みの中に赤い花のあるのに気付いた。

一つ一つはせいぜい米粒くらいか。それが数十個ほど肩を並べている。赤から白へ、微妙に変化するピンクの色合いがとてもきれいだ。花びらが開いていないので初めは蕾かと思ったが、よく見ると雄しべの束が突き出ている。こげ茶の葯が開いて白い花粉まみれになっていたりするので、これでも花の真っ盛りのようだ。

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小さな花でも寄せ集まればそれなりに目立つ。ハチの一種か、そっとやってきて止まった。花粉をなめているのか、それとも長い口吻を差し込んで蜜を吸っているのだろうか。

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蕾は最初は白っぽく、だんだん濃さを増していく。花茎は何段階かに枝分かれしている。端に行くに従い長くなって、それで花の高さが全部揃うよう調節している。同じ長さだと球状になるが、それよりこうして平面状に展開する方がより大きく見えるということだろうか。

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垂れてきた枝がぐっと首を上げて、その先にさあどうぞと差し出すように花を付けたりしている。この様子からつる植物かと思ったが、ただ枝が細く長いというだけで何かに絡みついたりはしていなかった。

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細い枝がたくさん出て互いに交差したりしていて、どこがどの枝だかどこかに幹があるのかなど、さっぱり見分けが付かない。この様子や花や葉の感じなどから、これはきっとアジサイの仲間だろうと思った。しかし調べてもこんな赤い花はなかった。やっと屋久島の植物図鑑で全く違うスイカズラ科のヤマシグレであることが判った。着生木として有名で屋久杉の解説などではたいてい触れられている。しかしこんな花が咲くとは思わなかった。だいたい高いところにあるから近くで見る機会も無かったのだ。

山時雨というのは、耳で聞いても漢字を見てもどこか幽玄な感じで、霧の中に浮かび上がるすっきりとした喬木を思い描いてしまう。どうもこの木に似合いそうもない。実はシグレは時雨でなく、シブレがなまったものだという。シブレは近い仲間のガマズミの方言名なのだそうだ。

分布は本州中北部から九州にかけての山地とされている。北のものはミヤマシグレと分ける人もいるが、ほとんど違いはないそうだ。東京近辺にも自生していたはずだが、見たことが無かったので個体数はあまり多くはないのではないか。屋久島は分布の南限だそうで、1000mほどの雲霧林帯にわりと普通だそうだ。

なお屋久島産は固有変種のマルバヤマシグレとの記述がある。しかしそれは屋久島関連の書物やサイトにあるだけで、権威ある植物図鑑などには載っていない。ただ葉が広いというだけのようだからせいぜい変異ぐらいではないか。ことさらに特異性を強調して屋久島をもったいぶるような風潮は慎むべきだと思う。

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もう何年も前の晩秋、屋久杉の着生木が美しく紅葉しているのを見て回った。高いところなので何の木かわからなかったが、今、写真を取り出して見て、そのいくつかは葉の形などからヤマシグレだったようだ。花の盛りも美しいが、散り際もそれに劣らぬほど美しい木なのだった。
posted by 夜泣石 at 09:21| 花草木 | 更新情報をチェックする
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