2011年03月28日

オランダミミナグサ

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いつまでたっても暖かくならないこの春、それでも日差しの中では雑草たちが花盛りだ。今はオランダミミナグサが目立つ。30cmくらいに伸びた茎の上に5mmちょっとほどの白い花が密集している。といっても、花が開くのは日差しの強まる昼過ぎくらいだけだ。ふだんは尖った蕾がつんつんとかたまっているだけで、まったくきれいでもなんでもない。

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花はよく見ればそれなりにかわいらしい。真ん中に丸い子房が鎮座し、その上に5個、柱頭が並んでいる。その周りを10本の雄しべが飾るように囲んでいる。5枚の花びらには切れ込みがある。これがぐっと根元まで切れ込むとハコベの花そっくりになる。これらは同じナデシコ科だった。ただハコベはこんなに毛深くなくつるつるしているので全体の印象はだいぶ違う。

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この草は全身が毛むくじゃらだ。形よく並んでいる小さな葉もびっしりと毛に覆われている。その形と様子が、ネズミの耳に似ているということで耳菜草と名付けられたのだという。菜というのは、こんなに毛があっても小さなうちは食べられるからだそうだ。ところでこの草の英語名が、同じ発想の鼠耳草だった。もしかしたら和名はそれを訳したものかと思ったが、ミミナグサは在来種だからそんなことはなさそうだ。それより洋の東西を問わず、ネズミがそれほど身近な動物だったということかもしれない。オランダミミナグサは欧州原産の外来種だが、在来のミミナグサを押し退けて今ではどこに行ってもこればかりだ。

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花壇の中、植木鉢の中、どこにでも生えてくる。もっともありふれて面倒な雑草の一つだ。芽生えてわずかのうちに、こんなに小さいのにもう蕾をつけている。越年草なのだが、これはこの春咲いて、できた種が落ちてすぐに芽生えたもののようだ。こうやってたちまち繁殖する。それが雑草たちの強さの秘密なのだろう。
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2011年03月24日

ガイガー・カウンターを全家庭に配るべき

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ホウレンソウなどから放射能が検出されたことで、福島、茨城、群馬、栃木の各県産の農産物の多くが出荷停止になってしまった。原発からの放射性物質漏出はしばらく続く見込みだから、停止期間は長引きそうだ。それにどんどん拡散するはずだから、汚染はこれらの県にとどまるはずはない。いずれ千葉や埼玉、東京、それに北の各県も汚染地域の仲間入りするだろう。こんなことでは日本から食べ物がなくなってしまいそうだ。

しかし考えてみるとどうも過剰反応の気がする。放射性物質は風に流されて広がり、また気流や雨によって地上に降ってくるものだ。だから風向きによって、また気象条件によって届いたり届かなかったりするはずだ。日によって違うし、また同じ県でも地域によって全く違う。汚染の度合いも露地栽培とハウス栽培で大きく違う。それを県単位で一律に規制するのは全く愚かなことだ。そもそも食べ物を捨ててよいほど、今我々は恵まれていないのだ。

放射能汚染というのは、毒物とか細菌汚染と違って外から簡単に調べられる。だからこそ汚染地域で働いた人にガイガー管を向けているわけだ。それで服に放射性物質が付いていないかどうかすぐ判る。同じことは野菜にも言える。つまり収穫時に、あるいは出荷前に毎回ガイガー管を向けてみればよいのだ。大きな線量のものだけ捨てればよい。きっと今廃棄している野菜の9割以上は救えるのではないか。

心配なら野菜市場でも調べる。箱の外から当てるだけなのだからあっという間だ。さらに小売の段階で、各店で商品を並べるときに調べればよい。あるいは店先にガイガー管を置いて、客が自分で調べられるようにしておいたらどうだろう。福島産の野菜をたとえば九州産と比べて、あまり違いがなかったら汚染されていないということだ。

今、東京では水道水が汚染されたと騒いでいる。きっとこれも一過性だと思う。水はいつも流れていくものだ。各家庭で飲む前に調べることができれば、ほとんどの場合安全と判るだろう。つまり各家庭にガイガー管を置けばよいのだ。そしてそれはこれから必須になるかもしれない。そのうち東京にもかなりの放射性物質が降り注ぐこともありえるから、帰宅時とか洗濯物を取り込む時とか、服に付着していないか自分で調べた方がよい。また家庭菜園などしている人にとっても必需品だろう。

ガイガー・カウンターは数万円で買える。しかし上記のような目的にはそれほどの精度はいらない。もともと放射性物質にもいろいろ種類があり、そのどれなのか調べなければ危険度など正確には判らない。一般国民はそこまでできないしやる必要もない。ただ大丈夫かどうか見当が付けられればよい。そして疑わしければ捨てる。それだけのことでも、今捨てているもののほとんどは救えるはずだ。そしてこの目的のために、早急に安価で簡易な放射線量計測器を開発するべきだ。日本の技術からすれば、小さな箱で数千円程度のものなどすぐできるだろう。

政府や御用学者たちは線量が少ないから大丈夫だとしか言わない。こんな話を疑心暗鬼で聞いていれば不信は深まる一方だ。そんなことで不安に襲われていないで、目の前のものを自分で調べればよいのだ。そうすると国民の間に、自分の身は自分で守るという習慣も広がるだろう。さらに放射能に対する行き過ぎた過敏さも直っていくのではないか。化学的な毒と違って、放射能は時間と共にどんどん弱まっていく。また今のところ表面に付着しているだけだから洗えばほとんど落ちる。汚染された牛乳といえども、チーズとか加工品にして一年後かに食べるのなら問題ないだろう。ただこの場合は濃縮されるので、半減期の長い物質がどのくらい含まれているかなどちゃんと調べる必要があるが。

計測器を身の回りに向ければ、我々は常に自然の放射能を浴び続けていることに誰もが気付く。それでもたいていの人は健康に生きている。そもそも毒というものはどこにでもある。我々の身の回りも体の中もばい菌だらけだ。また全ての植物が、動物に食べられないよう毒をもっているそうだ。野菜は品種改良でそれを弱めただけだ。植物の作り出す毒に対し動物の方も解毒能力を発達させてきた。放射能も同様で、この毒は恐ろしいことに細胞の中のDNAを破壊する。しかし我々の体はそれを修復する能力を備えている。問題は破壊と修復と、どちらが優勢かということだけだ。危険はいつも程度問題であり、絶対的に安全ということはありえない。我々の寿命も程度問題であり、誰もがいつか必ず死ぬ。無用に恐れても騒いでも仕方ないだろう。
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2011年03月21日

ミル茶の作り方

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少し前にNHKの「ためしてガッテン」でミル茶(粉末茶)を紹介していた。細かく粉砕した茶葉をお湯に溶かして飲むものだが、健康効果抜群ということだった。実は私は以前よりそれを愛飲している。その経験から、多くの人があの番組を見て飛びついたとしても、きっとじきに放り出すだろうなと思った。あれだけの情報ではなかなか思うようにはいかない。そこで皆様の健康のために私の経験を公開してみようと思う。

まずミルサー(粉砕器)の選択。さまざまな機種があるが、たいていはふりかけ作りやコーヒー用のもので、お茶に使うには粉砕の度が粗すぎる。番組でも言っていたが、口にザラザラが残っておいしいものではない。お茶をおいしく飲むためにはかなり細かく砕く必要があり、そのためには茶葉粉砕専用の容器が付いていて、また高速回転できるものが必要だ。以前探した時はまともと思われる製品は2種類しかなかった。私の選んだ方は正価はかなり高かったが、もうずいぶん前の製品のためか通販で1/3ほどになっていて、配送料なしで6300円余で買えた。

なお茶挽き専用の器械もある。それだと本当に微粉末になって抹茶ができるようだ。抹茶は普通のお茶とは違う飲み物といった感じでがぶ飲みには向かないと思う。また味も強く出るため溶かす粉の量はかなり少なくなる。それではお茶の成分をたくさん摂る、といった目的には向かない。ミル茶は基本的には普通のお茶の味だから朝から晩までがぶ飲みできる。またあっという間に作れるし、準備も後始末もほとんど不要だから忙しい人にももってこいだ。ミルサーは容器に半分ほど茶葉を入れて1分ほど回すだけだ。ただ隅に入った茶葉が十分粉砕されないことがあるので、途中で一度止めて容器ごと振って中をかき混ぜると良い。

茶葉は本来の苦味、渋味がかなり強く出る。どうも高級品ほどその傾向が強いようだ。また普通の茶葉だと軸の部分が十分粉砕しきれないでザラザラが少し舌に残る。いろいろ試した結果、最初から細かくなっている粉茶が向いていることが判った。粉茶は製茶の過程で出る茶屑だから価格もずいぶん安い。その粉茶でも上級品は苦味が強い。「お寿司屋さんのお茶」とか書いてある安いものの方がまろやかだ。ただ粉茶は当り外れが大きく、古いお茶のような劣化した香りのものもよくある。ネットで売っているそれなりの会社のものにひどいのがあったりした。もともと広く流通している商品ではないようなので、身近で手に入るものを自分でいろいろ試さないとならないだろう。ある程度の町ならおいしい自家製のお茶を作っている店がある。私も今度鹿児島本土に行く機会があったら、いろいろ買い集めてきたいと思っている。

私が今飲んでいるのは近くのAコープで売っている鹿児島産の200gで420円のものだ。鹿児島の人ならすぐ買えるだろう。これはかなりまろやかなので、それで物足りない時は、倍ほどの価格の屋久島産の粉茶か、ネットで買った芽茶を少し足している。普通のお茶は100gで1000円以上くらいでないとおいしくないが、これでそれに負けないくらいの味を楽しめる。極めて経済的でがぶ飲みにはぴったりだ。ただし残念というか当然というか、お茶のあのすばらしい香りはほとんど消えてしまっている。なお、茶葉は本当は溶けたわけではないので湯飲みの底にかすが溜まる。それが口に入るとさすがにおいしくない。私はいつも湯飲みを揺すってお茶を回し、かすが沈殿しないようにして残らず飲み干している。

1日2回ほど粉砕して作り置きしているのだが、気分によって濃いも薄いも自在であり、またいつでも粉を溶かせばよいという気楽さで、茶葉の消費量は以前の倍上になっている。しかも茶葉を捨てることなく全部飲んでいるので、お茶の成分の摂取量は10倍以上になっているはずだ。「ためしてガッテン」の話からすれば、これで地震にでも遭わなければ、私の寿命は数年は延びたはずなのだが。

ところで私は幼い頃の数年を静岡の金谷というところで育ったのだが、そこは今話題の掛川の近くで、それよりもっとお茶の本場といったところだ。そのためか幼い頃からずっとお茶を飲み続けている。それも手に入る限りは深蒸茶だった。ビール用の大きなマグカップでそれこそ1日中飲んでいる。私は幼い頃はいわば虚弱体質で、胃腸など生まれつき弱い方だ。しかしこの何十年間、病気で寝込むといったことは一度もない。数年前の眼病とたまの痛風以外は医者にかかったことはなく、ふだんは薬など一切飲まない。トレーニングとかサプリメントとか、何か健康のためにお金を使うこともない。こんな生活が送れるようになったのは、もしかしたらお茶のおかげなのかもしれない。もともとがこんなだったので、ミル茶にして効果があったかどうかは定かでない。ただ肌の張りが少し出てきたような気がする。もともと私は年の割には皺やシミの少ない方だが、それでも老化は進んでいっておかしくないのに、最近はかえってみずみずしさや滑らかさを少し取り戻してきたように感じている。
posted by 夜泣石 at 10:15| 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする

2011年03月19日

原子炉事故は不可避だったのか

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福島原発事故で原子炉への信頼性は地に落ちてしまった。未だ予断を許さない状況では、今はそれを論評する時期ではないかも知れない。しかし現実に対処するだけでなく、これからどうするか考え早急に決めていかなければならないので、あえて触れる。私は関係者でも専門家でも全くないから、かえって客観的な判断ができると思っている。

まず今回故障したのは何だったのか。原子炉本体はあの大地震、大津波にも損傷はなかった。核分裂の連鎖反応も設計通り止められた。ただ地震による停電で冷却装置が止まってしまった。当然停電対策として非常用電源装置が用意してありそれが作動した。そこに津波が来て非常用電源装置が破壊されてしまった。つまり壊れたのは原子炉というハイテク部分でなく、非常用電源装置、つまりディーゼル発電機やバッテリーといったありふれたローテク部分だったのだ。

もし非常用電源装置が原子炉並みに頑強に作られていたら、あるいは少し離れた高台にでも設置してあったなら全く事故にはならなかった。つまりこれはシステム設計上のミスで、主要でないところに隠れていた弱点を見落としただけであり、十分に対処可能なものなのだ。さらに安全を期すために追加の装置として電気を使わないスプリンクラーのようなものを設置しておけばよかった。断水に備えて高いところに大きなプールを備え、非常時にはポンプ車で水を注入できるようにしておけば万全だろう。

また使用済み核燃料の過熱については全くの人災で、そうなることに気が付かなかったというだけだ。放射能が漏れる前に気付いていたら、そばまで近付いて処置することができたはずだ。つまりこれは危機管理マニュアルに明記しておくだけで防げたのだ。それでも心配なら、貯蔵施設を海中に作ればどうだろうか。いざという時は窓を開けて海水を入れさえすればよい。海水中なら過熱にはならず、放射性物質が漏れる心配はない。いやもっと進めて原子炉全体を海中に作ったらどうなのだろう。

改めて考えてみればこの事故で、こうした常識的な対応を取りさえすれば、原子炉はこの千年に一度の天変地異にも耐えられることが実証されたと言うこともできる。

振り返ってみれば、日本は長い間不況や低成長に悩まされてきた。お金はあっても、将来への不安や使い道のなさで退蔵されるばかりだった。それが今、いやおうなく表に出てくる。復興のために世の中に金が回るのだ。また国の予算も、政治家や役人の思惑、国中に蔓延した利権などに食いつぶされてきた。しかしもう無駄使いをしている余裕はない。可能な限り復興に注ぎ込まなければ国がつぶれてしまう。過去を断ち切って、未来を見据えた大計画の下に的確な投資がなされれば、この大惨事は日本復活の絶好の機会にすることができるのだ。

そうして日本が立ち直ろうとする時、生活に経済に今以上の電力が不可欠になる。もし原子力発電を嫌悪し拒否したら、代わりにほとんど石油に依存しなければならなくなる。それは価格、資源量、環境負荷などさまざまな大問題を抱えている。それでは日本復活はとてもままならない。我々は感情的反発に流されず、原子力に対し冷静かつ論理的に対応しなければならないのだ。
posted by 夜泣石 at 15:28| 世の中のこと | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

大震災で強まる政権不信

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大震災で日本の半分以上が大騒ぎだが、南の島は全く静かだ。選挙の街宣車が能天気のことを言って走り回っていたり、パチンコ店の駐車場が一杯になってもいた。まあここからではほとんど何もできないから日常生活を続けて悪いことはない。そしてこうして遠くから眺めていると、何かとんでもなくおかしいのではないかと気づくことがいろいろある。

最初におやっと思ったのは、地震翌日、菅直人首相がヘリで被災地を視察したことだ。災害対策の専門家ではないのだから、見たところでいったい何が判るというのだ。惨状を確認するというならテレビだけで十分だ。大事なヘリをこんなことに使わず救助に向かわせれば、その間に10人かそこらの命が救えたはずだ。この人は自身の物見遊山で10人の国民を見殺しにしたことになる。

計画停電というのにも驚いた。停電というのは人々の生活や社会、経済を非常に混乱させる。被災地への救援のためにも、周りの地域はできるだけ早く平常化しなければならないのに逆のことをしている。電気が足りないというが、5地域に分けるということは2割ほど足りないというだけのことだ。都会では日ごろ贅沢に電気を使っているから、このくらいの節電などすぐできるはずだ。各家庭で徹底的に協力してもらう、商店などは替り番こに半分が休む(都会の商店は過剰競争だから半分閉まっても市民生活には何ら問題はない)、企業は半ドンにして午前組と午後組に分ける、あるいは休みにして来るゴールデンウィークの先取りとする。日本は民意が高いから、こういうことを政府が呼びかけたらほとんどの国民が自主的に実行するだろう。強制的に停電する、それを首相がテレビ発表するというのは、一所懸命やっているとアピールするためだけのようにしか見えない。あるいは権力を振るうことを楽しんでいるのか、それとも政権批判から目を逸らさせるために、多くの国民を自分のことで精一杯にさせようとしているのか。

電気といえば原子炉事故の対応も理解に苦しむ。原子炉というからどんなハイテク事故かと思うと、実は水がなくなったというローテク中のローテクの話だ。どこにでもあるポンプとホースで事足りたはずだ。そうした対応を最初にやらなかったから、そのうち高温になって水素が発生し、また炉心溶融が起こって放射性物質が漏れて来て、どうしようもなくなってしまったわけだ。しかもそうなる前に時間的余裕も十分にあった。おそらく現場の技術者には判ったいたのではないか。それをさせなかったのは、軽微な損害で済ませたかった経営者か。そして政府も、知ってか知らずかグルになってしまったわけだ。最初の頃、枝野官房長官が延々と記者会見で、放射能漏れはないとばかり繰り返していた。「そんなことはどうでもいい、どうやって冷やせるかだ!」と私はテレビに向かって思わず怒鳴ってしまった。私程度の知識でも判ることなのだ。この政権は無知無能なのか、それとも大事なことを隠しているのか、どちらにしても信用できないと確信させられた。

救援には、人を差し向けるにも物を届けるにも、また避難させるにも計画が必要だ。この大惨事には国家的計画と強力なリーダーシップが要求される。統制の取れた軍隊に全てを一任してもよいくらいだ。しかしそうしたものがどこにも見当たらず、ただばらばらにそれぞれの現場が必死に頑張っているだけのように見える。この未曾有の天災時に、首相がこの人であったことが日本の不運であり転落の始まりであったと、後の歴史に書かれるような気がする。
posted by 夜泣石 at 10:59| 世の中のこと | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

東日本大震災雑感

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大地震の惨状に、ふだんはテレビなどちょっと覗くくらいなのだが、何時間も見入ってしまった。丸ごと壊滅している町がいくつもある。あの下にどのくらいの人が埋もれているだろうか。運よく助かった人でもこれからどうなるのだろうか。救助する側もどこから手をつけていいか判らないまま時間だけが過ぎていってしまいそうだ。

ここ屋久島は静かな限りだ。津波警報と船の欠航が放送されているが、入り江が少なくほとんどの人が高台に住んでいるこの島ではまず被害は出ないだろう。それにしてもあれほど地震予知に金をかけてきているのに、なぜ誰も差し迫っていると予想もできなかったのだろうか。地震予知など予算分捕りの方便だ、実際にはできるわけがない、と言い切っていた学者がいた。しかし本当のことを言う人は冷遇され世間から相手にされないというのもこの世の習いなのだろう。今度はいつ東京で起きるか判らない。その時の大惨事も、口に出せないだけで想像は付いている。日本の人口減少が一気に加速することだろう。

私は東京で長く暮らしていたが、こうした災害をいつも恐れていた。できるだけ早く東京から脱出するしかないと思っていた。そうして屋久島に移住した。「お前は自分だけ助かればよいのか」と非難する人がいた。しかしそれは違うと思う。それぞれの人が自分の助かる道を探せば全体の被害が減る。被害者が少なければ救助もしやすい。各自が自力で助かれば、それが社会を助けることになるのだ。自分のことすら考えず、皆が集まるから、便利だから楽しいからと密集するから大惨事になるのだ。

どんな災害対策も過剰な人口には対応できない。東京には東京にいなくてもよい人、そこで暮らす必要のない人も多いはずだ。もしかしたら都民の半分以上かもしれない。それを分散することしか人々の命は救えないはずだ。日本の首相も都知事も、そうした根本から日本を再設計しなければならないと思うのだが。
posted by 夜泣石 at 11:12| 世の中のこと | 更新情報をチェックする

2011年03月05日

ハナイバナ

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これでも3月かとあきれるほどの寒さがぶり返している。それでも畑のそばを通ったら、もう雑草の小さな花たちが満開の状態だった。その中で一番小さいのがハナイバナだ。せいぜい2mmくらいで、これと比べるとハコベの花ですら大きく見える。ハナイバナとはおかしな名前だが、葉と葉の間に埋もれるように咲くから「葉内花」とのことだ。しかしそれだと湯桶読みと重箱読みの連続でどうもおかしな感じになる。少なくともこの字を見て、そのように読む人はいないだろう。

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肉眼ではどんな花かよく判らないほど小さいが、拡大してみるとため息が出るほど可憐でかわいかった。ほのかな空色は濃い目のものと、薄くほとんど白のものといろいろな度合いがある。戸惑わされたのは、何度写真を撮ってもなぜかぼんやりした感じにしか写らないことだ。近い仲間で同じように小さいキュウリグサなどはくっきりと写るから、ただ小さいからというのではない。どうも元々形がくっきりとしていないようなのだ。調べてみたら、花びらの縁が細かく波打っていて微細なでこぼこになっているとのことだった。

真ん中に輪がある。これは副花冠といわれるもので、花びらの付け根あたりが変形して飛び出した突起物だ。1枚の花びらに2つの突起が並び、それが5枚集まっているのでこんな輪のように見えるのだった。栽培種のワスレナグサなど、この仲間はたいていこうなっていて、小さな花を個性的にしている。真ん中は穴が開いていて、その中に雄しべ雌しべが隠れている。先端でも穴からぜんぜん出ていないし、この穴に何かの虫が首を突っ込んでいるのも見たことはない。それなのにたいていの花は結実するので、たぶん自家受粉になっているのだろう。

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もう果実ができていた。寒い寒いといって家にこもっていた頃、すでに人知れず咲いていたというわけだ。ぶつぶつした4個がぴったりくっついている様子もまたかわいらしい。花は葉の間に埋もれていたのに、果実の方は茎からぐっと飛び出していて、しかも花のときはほとんど見えなかった萼に包まれている。萼片も花柄も成長したということだ。果実そのものも花に比べるとだいぶ大きい。

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普通は四方に枝を這わせ、地面に張り付くように生えている。そして先の方だけ少し持ち上げて花をつける。たまたま肥料の効いた畑のためか、ちょっとした茂みになっているところがあった。ハナイバナはムラサキ科だが、染料で有名なムラサキが、そのイメージからどんなきれいな花かと思うと、じつはこれとよく似た貧弱な感じでがっかりしたことを思い出す。そのムラサキは今では植物園くらいでしか見られない。しかし東京では春に山に行くと、ヤマルリソウやホタルカズラなど近い仲間のきれいな花をあちこちで見ることができた。また郊外では、小さいけれども多くの花を付けたキュウリグサがいたるところに生えていた。屋久島ではそのどれも全く目にしたことがない。これらの花の感じは北の風土に似合っていそうだから仕方ないさと思っている。
posted by 夜泣石 at 07:02| 花草木 | 更新情報をチェックする
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