2010年09月26日

ヒメヤブラン

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港のそばの松林で、足元に小さな花が咲いているのに気付いた。大きさはせいぜい5mmほど、比べるとあたりに散らばる松の落ち葉が棒くらいに見える。中心に向かってだんだん薄くなっていく紫色がとてもきれいだ。ずいぶん大きな黄色の葯が偏って付いていて、静的な花に動きの感じを与えている。

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よく見ると花びらが広めのものと細めのものと交互になっている。広い方が花弁、狭い方が萼なのだが、それらがほとんど区別の付かないのがユリ科の特徴だ。雄しべと雌しべが互いにそっぽを向くように付いているのは、同花受粉を避ける仕組みだろうか。

この仲間は、和風の庭の下草や縁取りなどに使われるので、本土の街中でも時々見かけた。よく目に付くのはヤブランで、花は小さいけれども長い花穂にびっしり咲くので見栄えがする。それを小型にしたようなコヤブランもきれいで、園芸品種もいろいろ作られている。この花は末っ子といった感じのヒメヤブランで、せいぜい10cmほどの高さの花茎にぽつぽつと咲くだけなので、まず園芸に使われることはない。葉の感じは親類筋のジャノヒゲによく似ている。そちらはもっと密集して生えるので、花は目立たないがグランドカバーに時々使われている。

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緑色の実がついていた。このみずみずしく膨らんだ玉が、果実でなく種子そのものだというのは植物の意外性として有名な話だ。もし果実だったら、頭に雌しべの跡がぽつんとあるはずだが、これはどこもつるつるだ。また一つの花から一つの果実しかできないが、この例では花柄の先に二つ付いている。最大は6個だそうだ。本来これらは果皮に包まれて一つにまとめられているのだが、その果皮が早くに破れて中の種子がむき出しになってしまったのだ。薄茶色のくしゃくしゃの紙くずのようなものが、その残骸なのだろう。秋が深まると種子はこのまま真っ黒になっていく。

ここの松林は、日当たりのよいところは一面の芝生だ。しかし巨木の根元は日陰で、黒い土がむき出しになっている。そんなところで、しかも人に踏まれながらぽつぽつと、やっとのことで花を咲かせている。よほど注意しなければまず気付く人はいないだろう。

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近くの海岸の岩場にも群落があった。ランナーを伸ばして増えるそうで、岩の隙間に入り込んでびっしりと覆っている。日差しの中でつやつやした葉がとてもきれいだ。残念ながら花はずいぶん白っぽく、健康そうだがあの紫の幽玄なほどの美しさはもはや感じられない。
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2010年09月21日

リュウキュウベニイトトンボ

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海岸の岩壁の下には、しみ出した水で池や水溜りができていることがよくある。そんなところで赤いトンボを見つけた。華奢なイトトンボだが、その仲間にしては大きめで4cmくらいはある。体は赤よりも朱色といった感じでとてもきれいだ。もっとよく見ようとそっと近付くのだが、案外敏感ですっと逃げる。こんな鮮やかな色なのだが太目の糸くらいしかないので、飛び立つとどこへ行ったかすぐ見失ってしまう。

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真上から見るとずいぶん目と目が離れている。体に似合わぬ大きな丸い目は、光の加減で鮮やかなエメラルド・グリーンに輝く。

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雌雄が連結していた。雌は目や胸は雄と同じ色だが、胴体は地味な薄い褐色をしている。首筋を捕まえられている様子はいじめられてでもいるかのようだが、これはトンボすべてに共通する習性だ。雌は体をぐっと曲げて、先を雄の胸元あたりに付けて交尾する。その時きれいなハート型を作るのだが、残念ながらもうそれは終わった後のようで見られなかった。

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雌が産卵を始めた。お腹を曲げて浮いている枯れ草の下に産み付けている。首筋を押さえつけられて、汚れた水に押し込まれている。いや本当は雌が自分で潜って行って、雄は必死に羽ばたいてバランスを取っているだけなのだろう。雌はほとんど見えないくらいに潜ってしまったりする。

イトトンボは日本中どこにもいるのだが、こんな赤いものは今まで見た覚えがなかった。調べてみたらベニイトトンボというのがいて、関東以西に分布していた。ただかなり減ってきたそうで、各地で絶滅危惧種に指定されたりしている。東京にいた頃、見たことがなかったのも当然のようだ。

このトンボは図鑑で見るとそっくりだが、それは九州中部あたりまでしか分布していない。それより南にはリュウキュウベニイトトンボがいて、そちらは絶滅危惧種どころか超普通種なのだそうだ。沖縄あたりでは最も身近にたくさんいるトンボだという。雌のお尻の先が黒いなど細かな特徴から、これはリュウキュウベニイトトンボであると判った。

繁殖力は強く、分布域は北上中とのことだ。人為的に持ち込まれたようで、最近は東京あたりでも発生したりしているそうだ。ここの水はよどんでいてずいぶん汚い。逆にこういう所こそボウフラなどヤゴの餌には事欠かないだろう。自分自身が汚れに強くさえあれば、かえって天国になるわけだ。こんな水溜りは都市のあちこちにある。そのおかげでこんな宝石のようなトンボが舞うことになるのは、なんだか皮肉のようにも、またそれが世の中というもののようにも思えたりする。
posted by 夜泣石 at 09:19| 生きもの | 更新情報をチェックする

2010年09月16日

クサネム

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これを見て、一瞬チョコレート菓子を思い出した。いかにもミルクチョコレートの色だ。そして筋目が入っていてそこでぽきぽき折れる。一つ一つの小片は真ん中が少し膨らんでいて、その上には模様が描かれている。長さは5cmくらいと小さ目だが、子供の頃の駄菓子にこんなものがあったようで何となく懐かしい気がしてくる。

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周りにはまだ未熟の鞘もあった。これはまた薄い緑が透けて幻想的な美しさだ。

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花も咲いている。蕾も咲き終わりも、そこから花びらを突き破るようにして豆の鞘が伸び出している姿もあって、変化していく様子が一目で判る。

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花は1cmくらい、典型的なマメ科の形だ。薄い黄色に赤茶の蜜標がある。これでもいっせいに咲けばそれなりにきれいだろうが、残念ながら順々にまばらにしか咲かない。近くを通りかかっても注意していなければ、花があるのに気が付かないだろう。

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姿かたちはオジギソウに似ている。高さは50cmくらいだが、茂みが深いと1mほどにもなっている。小さな薄い葉がずらっと並んでいるのは羽のようで、なかなか繊細な感じで美しい。残念ながらオジギソウと違って触っても動かないが、夜眠るのは同じだ。夜といって夕方早い時刻、日が落ち出すと早々と折り畳まれる。花も閉じるので全体が棒細工みたいになって、さっきまで草があったのに忽然と消えてしまったような感じになる。

ネムノキを草にしたようだからとクサネムという名が付けられている。しかし似ているのは葉の様子だけだ。ネムノキはポンポンのようなピンクの幻想的な花をいっせいに咲かせて見事だが、こちらはありふれた豆の花だ。

全国的に田んぼの雑草として名高い。ぽきぽき折れてチョコレートの小片のようになった鞘は、水に浮き中の種子を守りながら流れて分布を広げていくのだそうだ。またその種子は一回り小さい米粒くらいで、米に混ざると取り除くのが大変とのことだ。しかし屋久島では超早場米で、もう数ヶ月も前に刈り入れが終わって田んぼは水を落として干からびている。クサネムには花を咲かせる猶予もない。そのためかなり珍しく、たまたま道路わきの湿地に小さな群落を見つけた時は、嫌われ者なのにちょっとうれしく思ったくらいだった。
posted by 夜泣石 at 06:24| 花草木 | 更新情報をチェックする

2010年09月11日

ベンケイガニ

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なかなかのご面相である。真っ赤になって目を吊り上げ、見るからに危なっかしい武器を斜めに構えている。まるで決闘でも始まったみたいだ。しかしそれも無理はない。これだけ武装しているというのに、鋏や固い殻などものともせず彼らをバリバリ食らう鷺などの鳥や動物たちがたくさんいるのだから。

海側の道路を雨上がりなどに車で走ると、赤いカニがあちこちにいてささっと逃げる。逃げ切れずにひかれてしまっているものも多い。海に近いといっても1キロほども離れていたり標高も50メートルはあったりする。こんな足でよく歩けたものだと感心する。餌を求めて歩いているうちに思わず遠くまで来てしまったのだろうか。

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なんというカニか名前を調べようとたくさん写真を撮ってみた。ほとんどがベンケイガニのようだがアカテガニと思われるものもあった。目からちょっと下あたりの甲羅の縁に切れ込みがあるかないかが見分けのポイントだそうだが、そんなことは捕まえてしっかり見ないと判らない。近付けばすばやく逃げるし、個体変異も大きいので、ちょっと見で決め付けるのは禁物だ。ペットショップでアカテガニとして売られていても実際にはベンケイガニであることが多いのそうだ。概してこちらの方がきれいで、アカテガニは体の下半分が黒ずんでいる。

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赤というより橙色のものもたくさんいる。これは鋏も小さめで雌の個体だろう。ベンケイガニの名は、背中のゴツゴツした模様が弁慶の顔のようだということだそうだが、これなどそこまでいかつくなくてなんだか笑ってでもいるようだ。

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黒っぽい色のものも多い。一回り小さく鋏もきゃしゃなので若い個体なのだろう。もっと黒く湿った土のような色のものはクロベンケイガニという別種で、本土ではそちらの方が多かったような覚えがある。

茶畑の横で写真を撮っていたら、通りかかりの製茶工場の人が、この辺りには1年中たくさんいて工場の中にまで入ってくると話していた。本土では寒くなると穴の中などで冬眠するのだが、この島ではあまり冬眠はしなくて済むのだろう。またカニは水中の生き物でえら呼吸なのだが、この仲間は陸上生活に適応するためにえらと体表との間に水を循環させて空気中の酸素を取り込んでいる。その水はだんだん乾いてきてしまうのだが、雨の多い屋久島では水分補給が容易でこんな内陸の畑にまで来られるのだろう。

しかし発生からしばらくはプランクトン状態で海中でしか生きられないから、彼らは卵を産むためにはるばるまた海に戻らなければならない。茶畑からの帰り道など判るのだろうか。潮風の匂いのする方へひたすら歩いていくのか。屋久島に移住したばかりの9月、海に注ぐ小さな農業排水路で何百という大群を見た。あたりに森や林があるのでなく畑が広がっているだけなのに、それでもこの島にはこんなに豊かな自然があるのだと感激したものだった。あと10日もすれば中秋の名月、今年もまたあちこちの川口で彼らがひしめき合っているのを見ることができるだろうか。
posted by 夜泣石 at 09:10| 生きもの | 更新情報をチェックする

2010年09月06日

アオバノキ

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8月の終わり、車で買い物に出かける時などよく通る雑木林を抜ける間道で、ふと白い花が目に付いた。なんだろうと近寄ってみると、1cmほどの花がブラシのように、たくさん穂状になって咲いていた。真っ白で光が当たると一本一本の毛が輝やいてとてもきれいだ。甘い香りがあたりを漂い、大きなアゲハが何羽も舞っている。

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穂の先のほうには黄緑色の豆のような蕾が並んでいる。やがて膨らんで真っ白になり、頂上が割れて雌しべ雄しべがひょこっと顔を出す。どんどん開いていって5枚の花弁が平らに展開すると、たくさんの雄しべが針山の形になる。真ん中に鶯色の頭の待ち針のような雌しべがぴんと突っ立ている。花弁は根元の方がくっついていて、やがてこの形のまますぽっと外れる。

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この花がハイノキの仲間であることは間違いない。穂の様子からクロバイかと思ったが、考えてみればあれは春の花だ。帰って図鑑で調べてアオバノキであることが判った。近縁種に、とてもよく似たカンザブロウノキというのがあったが、葉の裏の葉脈が見分けのポイントで、くっきり浮き出ているのがアオバノキだそうだ。葉は大きく最長では20cmを超え、厚めで固く濃い緑で、この葉の印象が強くてアオバノキの名になったのだろう。ハイノキの仲間は熱帯亜熱帯が分布の中心だそうで、東京にいた頃はあまり馴染みがなかった。アオバノキも屋久島、種子島が分布の北限だそうだ。

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葉を掻き分けると実の付いた枝が見つかった。昨年咲いたもので、1年を超えてやっとこの冬頃熟すのだそうだ。

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雑木林から飛び出した花の咲いた枝のもとの方をたどっていくと、だいぶ離れて太い幹に行き着いた。かなりの大木で、見上げると霞か雲かといった感じに満開だった。これほどの花に、なぜ今まで気が付かなかったのだろうか。この島に暮らしてもう何年にもなるのに、またいつも通っている道なのに、それに花の少ない時期で目立つはずなのに。その答えは数日で判った。近くにびっしり蕾をつけたもう一本があり、その満開の姿が写真に撮れると楽しみにしていた。2日後、様子を見に行くともうすっかり咲き終わって茶色くなりかけていた。きれいに咲いている期間がひどく短いのだ。また沖縄などでは落花で木の下が真っ白になり、真夏に降る雪とたとえられたりするそうだが、雨の多い屋久島では白いままでは散ってくれない。雑木林の葉の上に、また雑草の上に、茶色い残骸が哀れに積もっているだけだった。
posted by 夜泣石 at 09:29| 花草木 | 更新情報をチェックする

2010年09月02日

小沢一郎を推す

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民主党代表選、というより次期首相決定戦が開始された。小沢一郎出馬についてはさまざまな批判もあるが、互いに意見が違うなら、裏で抗争などしていないで堂々と公式の場で戦うべきというのが正論だろう。それでは党が分裂すると心配されているが、それは勝負の付いた後で双方が大人の対応を取れるかどうかだ。

私は小沢一郎という人をニュースで見るくらいしか知らないが、生理的に好きではない。古い自民党の体質の正当な後継者で権力が大好きな人間のように聞いている。日本をどんな国にしたいのか、どんな将来像を描いているのかよく判らない。選挙の神様のように言われているが、それは民主主義とは名ばかりのこの国に蔓延する田舎選挙のことで、日本の民主主義を歪めている元凶のようなものだ。またそれには大変な金がかかるから、彼には金に関わる噂が絶えないのも当然だろう。昨年の選挙で民主党が政権を取った最大の功労者のように言われているが、あの時自民党の自滅であれだけの風が吹いたのだから、彼がいなくても勝てたのではないかという気もしてくる。

それでも今度は小沢一郎を推したいと思う。その最大の理由は菅直人を引き摺り下ろして欲しいからだ。首相の首をくるくるすげ替えるべきでないというのはもっともだが、実力もなく期待のもてない人をぐずぐず続けさせるよりはましだ。駄目だと判ったらできるだけ早く切り替えるべきなのだ。私は東京にいた頃、菅直人は身近で何度も見かけた。歯切れの良い論客で颯爽とした好青年だった。しかし今、テレビで見る姿にその面影は全くない。討論も子供の口喧嘩のようなものだし、どこか目がうつろで、すでに痴呆が始まっているような感じすらしてしまう。菅グループというのも反小沢で結集しているだけで、彼に心酔しているような人などほとんどいないのではないか。

では小沢一郎には期待できるのか。剛腕という噂だから何か一つくらい思い切ったことをしてくれそうな気はする。特に官僚支配からの脱却には期待したい。しかし今の世の中、彼のような古い人間では根本的な改革など無理だろう。マニフェストの完全実施を訴えているが、非現実的だし過半の国民はそんなことを望んでいない。もとよりさまざまな考えの雑居している党内を一つの理念にまとめていくことなどできるわけはなく、不満は鬱積していくだろう。そうして早晩行き詰る。鳩山、菅、小沢、これは在庫一掃セールだ。それをしないと新商品の置き場がない。くるくる回して早く入れ替えなければならない。

そんなのんきなことなど言っていられない、この混迷した世界で強力なリーダーがいなければ国が潰れてしまうと言われそうだ。しかし世界各国、どこも同じようなものだ。あの卓越した素質のオバマ大統領でもアメリカをまとめきれず四苦八苦している。民主主義のお手本で優秀な政治家を輩出しているイギリスでも、現実として日本よりうまく行っているようには見えない。政府が強力な権限を持っているロシア、中国、どこも混乱と矛盾だらけだ。何もかもが大渦の中に放り込まれたような現在、どんなリーダーがいてもみんな渦の中でもがくしかないようだ。

日本において、民主党にも自民党にも、国どころか自らの政党内部ですら統率しきれるほどの人材は見当たらない。もともとどちらもほとんど有象無象の集まりなのだから、一つにまとめること自体に無理があるのだ。早晩どちらもばらばらになって日本の政治は小党乱立になるのではないか。

以前私は2大政党制があるべき姿だと素朴に思っていた。しかし考えてみれば世の中は2つに分けられるほど単純ではない。一つの軸上にあるものなら右と左に分けられる。しかし世界には数え切れないほどの座標軸があるのだ。また昔はよく保守だ革新だと言われていた。保守とは古き良き時代に立脚するということだろう。しかし今は古きよき時代は幻影となって、世界は何もかもが目まぐるしく変って、誰もがこれからどうすればよいか模索している時代だ。それはつまり革新しかありえないということだ。

もともと大政党といっても、結局は雑多な人たちがただ政権を取りたいために結集していただけなのだ。したがって内部では権力闘争が絶えることがなかった。そしてそれは政党の内部で一般国民から離れたところで行われているため、正々堂々とした論争などではなく、思い込みや感情、噂、中傷、さらに金や欲に支配された醜悪な闘争になってしまってきた。

政党内部の派閥抗争はすべて国民の目に見えるようにしなければならない。そのためには派閥ではなく、それぞれが公の政党になるしかない。もともとこんなに多様化した時代、同じ考えの人を集めたらどうしても小集団になってしまう。小党乱立が本来の姿なのだ。それでは政治が不安定になってしまうと心配するだろうか。しかし今のままでも首相は毎年変っているのだから同じことだ。新しい首相が少しでも公正に選ばれるだけましになる。

安定した政治を国民は望むか。それならば安定をもたらす政党を選べばよい。今のように互いにいがみ合うのでなく、相手の話をよく聞き、議論し、妥協を厭わない政党。日本はどうあるべきかという自らの理想は固く守りながら、しかし現実の個々の局面においては、このような理由でこのように妥協したと国民に明確に説明できる政党。国民がそんな政党を選んでいけば、混乱のもとである偏屈で意固地な連中など淘汰されるだろう。日本の政治も大人になっていく。そうなれば一人一党でも政治は安定する。

世の中、思う通りにならないことは誰でも判っている。自分自身ですら思うようにならないのに、相手のあることなど主張と妥協の連続だろう。特に相手が外国ならまともな交渉すら難しい。さらに日本は今もって敗戦国の立場というどうしようもない現実もあるのだ。それが嫌というならもう一度武器を持って、今度は勝つしかない。もし外交努力で克服したいのなら、数十年どころか百年を超えて交渉していくしかない。また戦争は嫌だからと自分から武器を捨てることは、その人個人の範囲においては褒めらるべきだが、人々の命を預かる立場ではそんな保障もできないところに引っ張っていくのは無責任だ。世界に平和を愛しない人たちがいて、その公正と信義が信頼できないうちは武器を保持するとしても憲法の言うところと矛盾しない。そもそも内部では争っていても外敵には一致団結するというのが人間の本性だろう。こんな最も妥協しやすく、またしなければならないところでのいがみ合いなど、いかに愚かなことか早急に気付いて欲しいものだ。
posted by 夜泣石 at 11:24| 世の中のこと | 更新情報をチェックする
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