2010年01月26日

テリハツルウメモドキ

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冬の木々で赤い実を付けるものはいろいろあるが、中でもテリハツルウメモドキはきれいだ。輝くような赤と反り返った黄色の果皮との組み合わせが、色にしても形にしても絶妙なのだ。テリハということで常緑の植物なのだが、実際は先の方はだいたい葉が落ちている。だから赤い実はむき出しでよく目立つ。

日本全国には落葉性のツルウメモドキが分布していて、テリハの方は南国性とのことで山口県が北限だそうだ。葉は厚めで硬く光沢があり、沿岸部の生育に適応したもののようだ。赤い実の姿はほとんど同じだが、蔓は長く伸び枝分かれも多く、林に縦横に絡まってまたそこから垂れ下がり、もう収拾が付かないといった感じになる。テリハでない方がすっきりしているように思うが屋久島にはテリハしかないようだ。ツルウメモドキの名は、葉がウメに似ているからだそうだ。やはり赤い実をつけるウメモドキという木もあるが、それも葉が似ているからという。ウメとウメモドキとツルウメモドキ、名前の上ではだんだんに派生していった感じだが、実際はこれらは縁もゆかりもない植物たちだ。

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屋久島ではテリハツルウメモドキは畑の周りの防風林などに普通に絡み付いている。しかしそこで働く農家の人でもほとんどこの実に気付いていないと思う。辺りにわんさといるメジロに瞬く間に食べられてしまうようなのだ。果皮が割れかけているのを見つけて、数日後にきれいな写真が撮れるだろうと行ってみると、たいてい殻しか残っていない。

この赤い実は本当は果実でなく種子そのものだ。赤い色は種子の皮なのだが、それが分厚くなって仮種皮と呼ばれるものになっている。やわらかく水分も多く果肉にそっくりだ。ためしに口に入れてみると薄めの砂糖水のような味で、これならメジロは喜ぶだろう。大きさもせいぜい7mmくらいと、彼らの細い小さな嘴にちょうどよさそうだ。

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花は春に咲き出し初夏に多い。しかしそのままずるずると秋口まで少しずつ咲き続ける。緑がかった白い1cmにも満たない小さな花で、葉の陰に隠れてまず目に付かない。小さくて気付かなかったが雌雄異株だそうで、するとこれは雄花だろう。こんな目立たない花が別々に咲いてよく受粉できるものだと思う。しかし多くの花が一時期だけで咲き終るのに対し、これだけ長く咲き続ければそのうち気付く虫もいるということか。他の花のない時期にも咲いていれば仕方なく来る虫もいることだろう。何事もあきらめずやり続ければ、いつかは報われるといったところか。
posted by 夜泣石 at 09:51| 花草木 | 更新情報をチェックする

2010年01月21日

ウミウ

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東京にいた頃、海や川に行けば鵜の大群が普通に見られた。真っ黒で様子がどこか爬虫類ぽくて可愛げがなく、鳥見をしていてなんだ鵜かとがっかりするのはカラスとさして変わらなかった。また上野公園などあちこちにコロニーがあったがその密集度はすごく、糞であたり一面真っ白になって木々はすべて立ち枯れてしまっていた。悪臭もするし、なんだか公害の現場でも見ているような感じだった。

屋久島でも鵜はよく見られるが群れになるほどはいない。荒波の中の岩礁の上に数匹がぽつんとしているくらいだ。そしてほとんど身動きもせずただじっとしている。鷺とか鷲鷹とか、たいてい獲物を探して鋭い目であたりを睨んでいるのに、鵜ときたらどこか遠くをぼうっと眺めているだけだ。彼らは潜水の得意な鳥の特徴として足がずいぶん後ろに付いている。だから陸上ではペンギンのような立ち姿になり、それが人間に近く感じさせる。なんだか悟りすましたような雰囲気もあって、なかなか好感が持てるのだった。

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このような鵜にはウミウとカワウがいるが、ちょっと見には区別が付かない。カワウといっても海岸にも棲んでいてウミウと一緒にいたりする。目の下の黄色の口角が尖っているのがウミウの特徴だそうだから、2羽並んでいるうちの白っぽい若鳥はウミウ、黒い成鳥はカワウのようだ。屋久島では冬にウミウの若鳥をよく見かける。ウミウの繁殖地は日本海沿岸だそうだから、前の初夏に生まれた連中が越冬のため渡ってくるのだろう。一年中見かけるのはカワウのようだが数は少ない。

鵜というと鵜飼を思い出すが、釣りや網で獲るのと違って魚がもがき苦しまないためとてもおいしいのだそうだ。なんでものどの中で魚に強い圧力をかけて一瞬で失神させるとのことだ。カワセミなど見ていると、さんざん振り回して、木の枝や岩などにぶつけて叩き殺してから食べている。そんなものと比べると、大きな魚でもぐっと一飲みする様子は、食べることをのどかに楽しんでいるような感じがする。それをまたたとえて、人のいうことを何にも疑わず信じ込んでしまうことを「鵜呑みにする」というわけだ。現代人がすべてを疑い理由をただしあれこれ考えを巡らすというのはカワセミと同じことをしているのだろう。そうして人生をおいしくなくしているのかもしれない。
posted by 夜泣石 at 09:07| 生きもの | 更新情報をチェックする

2010年01月15日

モクレイシ

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山の斜面を覆う照葉樹林の中に、小さな白い花を咲かせた低木があった。今どきこの島中はハマヒサカキが満開だから、こんな花など気にも留めずに行き過ぎるところだったが、ふと赤い実が目に入った。あれ、こんなものは初めてだと思わず足が止まった。1cmほどの爆弾のような形の薄緑の果実、それが割れて朱色の種子が顔を出している。

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実と同時に今年の花も今が盛りと咲いているが、5mmほどと小さくよく判らない。葉は分厚く幅広くのっぺりとして、ここまで作り物めいたものは珍しい。それにつき方が対生なのも、こんな感じの木ではあまり見た覚えがない。いったい何の仲間か見当もつかない。それでも雰囲気の似ているツバキ科とかモチノキ科などを当たっていたら、近くのページに一目でこれだと判る写真が見つかった。ニシキギ科のモクレイシだった。

知らないのは当然でかなり珍しい木だった。分布が九州南部以南と、それから伊豆・湘南あたりと飛び離れていて、その間がすっぽり抜けているという。人為的なものかと思ったが、伊豆七島にもあるそうだから自然分布なのだろう。伊豆七島にあれば伊豆・湘南にもあるのは地史的に見て当然だ。そして伊豆七島は火山列島だから、種子が海流に乗って運ばれてきたと考えるのが妥当だろう。しかしそれなら同じ黒潮沿いの四国や紀伊半島に分布しないのはどういうわけか。それとも熱帯太平洋だけを渡り回る鳥でもいるのだろうか。モクレイシ属はアジアの熱帯の山地に多いそうで、日本に分布しているのはこの1種だけとのことだ。何か生育のための条件が厳しく、日本の多くの地域では絶滅してしまったのだろうか。しかしここではどうということもない雑木林の中に生えているのだが。

モクレイシの名前もちょっと変わった響きがある。これはツルレイシに似ていて木だからということだそうだ。ツルレイシは苦瓜あるいはゴーヤの名前で馴染みの野菜だが、それはまだ緑のうちに早取りしたものだ。そのまま収穫しないでおくと黄色く熟れて、中から真っ赤な種が出てくる。それがこれに似ているからだそうだ。といっても色が似ているだけで、ゴーヤの種は板状だから形はぜんぜん違っている。それに種子は果実からこぼれ落ちてくるのに、モクレイシは珍しく果皮の方が落ちて種子が枝にくっついて残っている。ところでツルレイシの果実は表面がでこぼこで、それがレイシ(ライチ)の実に似ているのがその名の由縁だそうだ。つまりモクレイシの名前は他人の空似が2重になっているわけだ。

花をよく見て、雄しべが貧弱だと思ったら雌雄異株だった。どこかにきっと雄株があるはずだと探したら、だいぶ離れたところでやっと見つかった。こちらの花の方が一回り大きく、雄しべが飾りのようにしっかり目立ってまともに見える。どちらも高級石鹸のような香りがほのかにして、花の中は濡れた感じなので蜜が出ているようだ。しかし南国といえどもこんな真冬、しかも薄暗い照葉樹林の中だからまず飛ぶ虫の姿などない。いったいどうやって受粉するのかと不思議に思うが、そんな心配はよそにちゃんとたくさんの果実が実っている。

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ニシキギ科には赤い実をつけるものが多い。それは実際には果実ではなく種子で、赤い部分は仮種皮といわれ、それなりに厚みがあって果肉のような感じになっている。だから鳥が食べればその部分は栄養になるわけだ。これも同じかと思ったら赤い皮はごく薄く、すぐ半透明の胚乳になっていた。赤い種皮はつるつるで、これを飲み込んでもつるりとおなかの中を通り抜けて、全く腹の足しにもならないだろう。鳥もあまり騙されないのか、種子散布に協力的ではないようだ。あるいは種子は柔らかいので、太目の嘴を持った鳥なら噛み砕いてすべて栄養にしてしまいそうだ。いずれにせよこれだけ実をつけても、この木はあまり分布を広げられないようだ。

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posted by 夜泣石 at 10:39| 花草木 | 更新情報をチェックする

2010年01月10日

時計のこと

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オオミノトケイソウの一種。冬でも次々に咲く

私はきっちりしているのが好きなせいか、若い頃から時計はデジタル式を愛用していた。厳密に時刻が判るし、また正確に合せられる。昔の時計は秒針と長針がちゃんと同期していないのが多かった。それにコチコチ音が結構大きく机の上などに置くと気に障った。

それが最近になって、何か違和感のようなものを感じるようになった。何かしていて、あとどのくらい時間があるかなと机の前の時計にちょっと目をやった時、ふと頭がぼっとしたりくらっとしたような気分になったりする。きっとそれは、次の予定時刻から今の時刻を引き算しなければならないからだと思う。そんなことは昔は全く無意識だったが、もしかしたらそういう能力が衰えてきたのかもしれない。そういえば若い時でも徹夜仕事が続いた時など、残り時間がすぐに判らず、しばし数字を眺めてぼんやりしていたこともたまにあった。

昨年末、針のある時計に買い換えてみた。たったそれだけのことなのだが、なんだかほっとした気分、大げさに言えば安らぎのようなものを味わってしまった。そもそも今の生活では正確な時刻が要求されることなどほとんどない。だいたいの時刻と、それより次の予定まであとどのくらいかという時間が知りたいのだ。それにはアナログ式がぴったりなのだった。幸い今はアナログ式でも電波時計で時刻合せは不要だし、心配していた耳障りな音もほとんどしない。

時計を変えてうれしく思ったことは一年ほど前にもあった。長年使っていた枕元の置時計が壊れかけたので代替品を探したのだが、その時、夜間わずかな照明で数字を照らす機種が目に留まった。これだと思った。深夜に眠りが浅くなって、ふと今何時頃かなと思う時がある。また明け方目が覚めて、あとどのくらい寝ていられるかなと思うことがある。そういう時いちいち明かりを付けて確認するほどでもなく、しかし気になったままぐずぐずしていることがよくあった。それはどうも落ち着かない後味の悪いものだった。この時計に変えてからは、夢うつつでもふと目をやればすぐに何時か判る。ずいぶん気分がすっきりした。また夜トイレに起きた時でも、枕元をかすかに照らしていてくれるのでベッドの位置や掛け布団の状態がよく判るのだった。

ところで我が家の時計は買い換えるとき、どれも温度計と湿度計の付いているものにしていった。別に観測とか実験とかしているわけではないが、それを見て、ああこんな暑くなったとか寒くなったとか、部屋ごとの差とか、またたいして低くないのになぜこんなに寒く感じるのだろうとか、その反対のこととか、ふと思ったり感じたりすることが時々ある。そんな些細なことだが、日々の暮らしにちょっとした感慨めいたものを増やしてくれたように思う。

こういうささやかな日用品なのに、とてもうれしく思ったり、暮らしが豊かになったかのように感じるものがある。数千円で買えて、しかも10年、20年使い続けるのだから金額的にはわずかなものだ。もはや高価なもの、きらびやかなものなど欲しいとは思わないが、こういうさりげなく毎日の生活に役立ち心を豊かにしてくれるようなものはまだまだあるような気がして、PC作業の息抜きにあちこちのサイトを覗いたりしている。

ところで今のような隠遁生活になぜ時計など必要かとも思う。実際、腕時計など身につけるのは月に一度あるかないかだ。何の制約もないのだから、眠たくなったら眠り、目が覚めたら起る、食べたいときに食べ、何でもその時やりたいことをやればよいはずなのに。ここに来る前はそんな時間などに縛られない生活を夢想することもあった。しかし今の生活はきちっとしている。特別な予定とか外から乱されることはほとんどないから、都会にいたときよりもずっと規則正しい。これは勤勉な生活をしてきた習い性のようなものだろうか。いや幸いなことにやりたいことがたくさんあるからだと思う。それらは規則正しくなければ一日に納まりきれないのだ。そうした単調だが充実した毎日が心地よい。それが乱されたくなくて、たとえば年末年始も忘年会や新年会の類など一切避けてきている。
posted by 夜泣石 at 10:20| 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする

2010年01月06日

ダイサギ

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白鷺は昔から詩歌に詠まれたり絵に描かれたりして、美しく雅やかな鳥という印象がある。実際、真っ白な姿が遠くの水辺に影を映していたりするのは幻想的ですらある。また光の中で純白の翼を大きく広げて舞っている姿は神々しいと言えるくらいだ。東京などで水辺に普通に見られたが、屋久島でも大きな川の河口でそうした懐かしい姿を見かけることがある。しかし我が家の付近では、彼らはミカン畑の木の下を歩いていたり、丈高い雑草の生い茂る中からちょこんと首だけ出していたりする。残念ながらそうした舞台装置では、優雅さも神々しさもあまり感じることができない。

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ダイサギは白鷺の中では最大で、小さな子供くらいの背丈がある。あまり物怖じしないようで、ふだん鳥を写す望遠レンズだとはみ出てしまうほど近付いても平然としている。こちらを見ているのかいないのか、小さな目玉だし、キョロキョロしたりもしないのでさっぱり判らない。その無表情な顔をよく見ると、なかなか鋭くちょっと怖いくらいの感じだ。

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時々、ぐっと姿勢を低くして長い首を突き出す。その様子は大きな白い蛇のようでさらに恐ろしげだ。ここは乾いた草むらだから、たぶん虫を狙っているのだろう。この島では冬でも大型のバッタなどは生き残っている。こういう姿勢の時、首の途中がかくっと折れたようになっているのがとても目立つ。自然界は滑らかな形がほとんどで、こういうのは骨折の跡くらいのものなのだが。ダイサギは、色が違うだけで形や大きさはアオサギとよく似ているが、骨折の度合いはこちらの方がひどいようだ。もしかしたら瞬間的に首を伸ばすのに、こうならざるを得なかったのかもしれない。確かカメレオンなどの舌も折りたたんであったように思う。

本土ではダイサギは冬に南方へ移動するという。屋久島では冬の方がよく見かけるので、ここで言う南方に当り越冬のため渡って来たものだろう。あるいは秋と春に特に多いようだから、さらに南方に渡っていく途中かもしれない。また本土では冬、代わりに北方より亜種オオダイサギが渡ってくるので一年中いるように見えるのだそうだ。そちらもこの島まで来ているのかどうか、ほとんど見分けがつかないので判らない。

ダイサギは夏の間、足と嘴は黒で、それが本来の色のようだが、冬になると嘴が黄色くなり、足にも黄色が広がったりするのだそうだ。一体どういう仕組みであんな硬いものの色が変るのだろう。調べてみたら嘴というのは骨の上を皮膚が覆っていて、さらにその表面が硬くなって爪と同じものになっていたのだった。つまり嘴の色というのは、爪やその下に透けて見える皮膚の色だった。それならそこに含まれるメラニン色素などの変化で短期間に色が変わっても不思議はない。それにしてもまた何のために毎年色を変えるのだろう。「嘴の黄色い奴」という言葉があるように、鳥はたいてい雛のうちは嘴が黄色い。それが大人になると黒くなって貫禄が出てくる。それに餌をとるにも黒く目立たない方が獲物に気づかれずにすみそうだ。もしかしたらこれは婚姻色なのかもしれない。鳥は確か冬の間に相手を見つけ交尾するはずだ。鳥の世界も、うぶだと思わせた方が、あるいは初々しさを強調した方が異性を惹きつけられるということだろうか。
posted by 夜泣石 at 06:43| 生きもの | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

自分無くし

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我家から眺める初日の出

「毎日、何がうれしい?何か楽しいことがある?」と聞かれて面食らった。そんなこと思ってもいなかった。幸せとか生き甲斐とか、そういえば昔はよく考えたものだったと改めて思い出した。それどころかいつも、今の自分は本当の自分ではない、自分らしく生きたいなどと思っていた。そしてそんな夢のようなことを追い求めたあげく、こんな南の島に移り住んだのだった。

そうした屋久島生活も8年目に入った。しかしもうずっとここにいたような気がする。その前に都会でどんな生活をしていたのか忘れかけている。いやあいまいなのは昔のことだけではない。屋久島に来てからも、それどころかこの一年にあったはずのいろいろなことまでも、もうずいぶん以前のことのようにおぼろげなのだ。月日の経つのがあまりにも早く、過去はすべて遠近感を無くしてひとまとめになって、遠くに押しやられてしまったかのようだ。

それはこのところの毎日が、何かを求める生活ではなかったからだろうか。一つ一つ努力の足跡をくっきり地面に刻んでいたら、遙かな一続きの道を振り返ることにもなったのだろう。今は地上にしっかり立っている感じすらしない。振返れば遠くにさんざんのたくったような跡があるのだが、いつからか宙に浮かんで、ふわふわと流されてきてしまったかのようなのだ。

もちろん何もしてこなかったわけではない。いや何もしない日々を願ったのだが、実際はずっと忙しい毎日を送ってきてしまった。世捨て人になるつもりだったのに、世間のことに係わり合いができて振り回されてしまった。身の回りのことでも、もう何も欲しいものなどなくしたはずなのに、何やかや買ってみたり新しい事に時間を潰したりしている。そうして思い描いていたはずの自分らしさなど見失って、相変わらず右往左往している。しかしそれはかつてのように地上でもがいているというのでなく、なんだか空中を右に左に漂っているような感じなのだ。そんな毎日があわただしく過ぎ去っていくのだが、なぜかそれがどこか心地よい。

何をするのにも、大きなことでも小さなことでも、昔はいろいろ理由を考えたものだった。夢とか理想とか自分らしさなど追い、充実感とか達成感を求め、そして肩肘張って意固地になっていたものだった。しかしいつのまにかそういうこだわりをなくしてしまった。目の前のこと、必要なこと、やりたいこと、求められること、何でも自然に受け入れるようになった。そうしたすべてが自分の生きる役割でもあるように、素直に引き受け淡々とこなしていく。さんざん自分探しをし、また自分作りをしたあと、どうやら自分無くしにたどり着いたような気がする。それはただ年を取っただけかもしれないが、それなら年を取るというのもなかなか良いもののように思う。この先もまた、世の中も自分もどんどん変っていって、いつかふと思いがけない自分の姿に気付くことになるのだろうか。
posted by 夜泣石 at 10:54| 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする
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