2009年05月30日

ブラックベリー

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庭でブラックベリーが実っている。初めは緑でしだいに真っ赤に染まり、だんだん濃くなってついにほとんど真っ黒になる。その時が食べ頃で、それより早いと甘みが少なく、遅いと熟しすぎておいしくなくなる。ちょうど良いのはせいぜい1日かそこらだから、庭に植えないと味わえない果物だ。また良いことにたくさんある果実が順々に熟していくから、かなり長い間楽しめる。

こういう小果樹は東京時代に猫の額ほどの庭にいろいろ植えて楽しんでいたから、屋久島でもさっそく買いそろえて植えたものだった。しかしだいたいは1、2年で消えてしまった。そもそも欧米の冷涼な地帯が原産だそうで、こんな南の島で育つわけがなかったのだ。そんな中でブラックベリーだけは、石垣沿いの荒れ地に植えて、肥料もやらず雑草も抜いていないのに、あたり一面を覆いつくすほどになっている。そして匍匐した枝がその先で根を下ろし新しい株を作るから、放って置けばいくらでも領地を広げていってしまう。

東京ではラズベリーがたくさん採れた。果物とは思えないような深みのある香水のような風味が好きだった。ブラックベリーもバケツに何杯というほど採れたが、ただ単純に甘いだけといった感じでほとんど食べ残していた。ここではラズベリーが育たずがっかりしたが、意外なことにこのブラックベリーは、適度な酸味があってなかなかおいしいのだ。そういえば種がほとんど無いことも違っている。東京では採れすぎた実をジャムにしたが、たくさんの小さな種がじゃりじゃりして閉口したものだった。だいたい花も違う。ブラックベリーはピンクがかってきれいだが、こちらは白一色だ。調べてみて、これはボイセンベリーという品種と判った。普通ブラックベリーとして扱われているが、実はブラックベリーとラズベリーの雑種に、さらにデューベリーとかいう北米の木イチゴを掛け合わせたものだそうだ。

この仲間は栄養豊富なことでも有名なのだった。よくブルーベリーが視力の向上や老化防止に効くと言われているが、その有効成分であるポリフェノールが桁違いに多いのだそうだ。良いことずくめの果樹だが、あまりかまわず放ったらかしにしてきてしまった。南国のフルーツなど珍しいものに目を奪われていたためだが、実際はあまりおいしくなかったり収穫量が少なかったり、失望することが多かった。そろそろこういう実績のあるものを中心にして、庭を作り直そうかとかと思い始めている。

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posted by 夜泣石 at 06:46| 花草木 | 更新情報をチェックする

2009年05月27日

ヒルザキツキミソウ

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屋久島に来て、ヒルザキツキミソウがあんまりたくさん、あちこちに咲いているのに驚いた。東京でも見ていたが、道ばたにこぢんまり、かわいらしげに咲く程度だった。それもよく見るようになったのは、せいぜい10年かそこらぐらい前だった。帰化植物が都会やその近郊に広がるのは判るが、自然豊かなはずのこの島でこんなにはびこるとは、それだけここも荒れてしまっている証拠なのだろう。

こんな離島にいったいどうやって入り込んだのだろう。あちこち見て気付いたのは、どれも同じ色合いのものばかりだということだ。東京ではほぼ真っ白いものから赤みの強いものまでいろいろあった。ところがこの島ではどこでも程良いピンクのきれいなものばかりだ。どうもこれは園芸用に誰かが一度持ち込んだのが野生化して、瞬く間に全島に広がったのではないだろうか。北米の南部原産というから暖かいところが好きで、もともとこの島の気候によく合っていたのだろう。

昼咲月見草という名前は、即物的で、そして矛盾していてなんだかおかしい。月見草はマツヨイグサ(待宵草)の仲間一般の別名になっているが、コマツヨイグサをはじめどれも夜に咲く。そんな中でこれだけが真っ昼間から咲いているので、昼咲を強調したかったのだろう。それに夜は色など判らないから、この色合いも昼間にふさわしい。

花をよく見ると中心は狭い深い穴になっている。ここから蜜を吸える細い長い口を持った虫を呼んでいるのだ。今このあたりには、黒いアゲハチョウの仲間や鮮やかなツマベニチョウが飛んでいる。しかしなぜか彼らはこの花には見向きもしない。原産地ならともかく、この島の蝶にとっては魅力的には見えないのだろうか。そしてそのためだろうか、こんなに咲いてもほとんど種子のできているのが見つからない。

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posted by 夜泣石 at 06:49| 花草木 | 更新情報をチェックする

2009年05月23日

クサスギカズラ

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海岸の岩の間の砂溜まりなどに、もじゃもじゃした海藻の塊のようなものが生えているのには以前から気付いていた。木だか草だか、それともシダの仲間か、何だかよく判らないままよく見もせず放って置いた。ある時それに5mmほどの小さな白い花がびっしり咲いているのを見つけて、その予想外の取り合わせに驚いた。

花からユリ科のクサスギカズラという草だと判った。静岡県あたりから南の海岸に分布しているそうだが、本州ではまれなようだ。食用のアスパラガスに近縁だそうだが、あのもやっと柔らかい草姿とはほど遠く、堅い葉の先は、杉というより松かカヤくらいに尖っていてさわると痛いほどだ。実はこれはアスパラガスと同様、茎の変形したもので、葉は退化しているのだそうだ。

雌雄異株とのことで、見つけた花は雄しべが目立つからこれは雄花だろう。しかしいつ探しても、なぜか雌花らしいものを見つけたことはない。それなのにいつ頃咲いたものか、すでに黄緑の玉のような実ができていた。アスパラガスの実は熟すと真っ赤になってきれいだが、これはだんだん白くなるだけだ。それでも幾分透明感が出て、欲目で見ればオパールか何かの玉のようにも見えてくる。

絡まりあって塊になっている草をほぐして引っ張ってみると、伸びる伸びる、長いものは2mくらいもあった。海辺の強風に吹き回されているうちに絡まり合ってしまったのだろう。それでもそんなことにも負けずに元気にこんなに成長しているのだ。数年前の大台風の後、すっかり流されてしまった砂の上に、サツマイモの塊のようなものが転がっていた。実はこれがクサスギカズラの根だった。これだけの根を地中深く張っているから、こんな過酷な環境で生きていけるのだった。

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posted by 夜泣石 at 06:50| 花草木 | 更新情報をチェックする

2009年05月20日

医者嫌い

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私は医者嫌い、薬嫌いで通してきた。それは自然体で生きたい、病気になってもじたばたしない、たとえそれで死ぬことになっても、それを自然なものとして受け止めたい、といった人生観のためだ。しかし実はそれだけではない。病気はたいていじっとしていれば直る、医者にかかっても必ずしも良くなるわけではない、といった経験を何度もしてきたためでもある。

最近その訳が判ってきた。たとえば我々は熱があった場合、まず解熱剤を処方される。ところが近年の実験で、解熱剤を飲んだ人の方が、飲まなかった人より回復が遅れることが示されたそうだ。実は我々の体は、体温を上げることによって病原体と闘っていたのだった。たいていの病原体は熱に弱いので、これはほとんどの動物の体に備わっている普遍的な防御反応だそうだ。だから熱を下げるということは、せっかく体が病気と闘っているのを邪魔することになってしまうのだ。

これは現在の医学研究においての常識なのだそうだが、我々のかかる医者の常識では全くない。解熱剤を処方しない医者なぞ果たしてどのくらいいるだろうか。もちろん体が暴走して高熱を発し、脳などに障害をもたらしたりすることもあるから、一切薬を飲むなということではない。そのあたりを切り分けして、多くの場合は薬を出さないようにするのが、本来医者に求められていることなのだ。それが期待できない今、医者に頼らず、自分の体はまず自分で判断して自ら守るしかないのだ。

吐いたり下したりすることも、体が毒物を早く排出しようとしているためだそうだ。だからそれを薬で止めると、かえって病状は悪化するという実験結果もあるという。医学常識はどんどん変ってきている。私が働き盛りの頃はコレステロールというのが悪玉にあげられていて、それを多く含む卵などあまり食べないようにと言われていた。今やそんな話はとんと聞かれない。また腎臓などに結石のできる人は、結石の成分であるカルシウムを食事から減らすよう指導されてきた。しかし病状はますます悪化することが多かったそうだ。実はカルシウムは、結石のもう一つの成分である蓚酸の吸収を妨げる働きがあったのだ。それが判るまで、医学はずいぶん大勢の人々を苦しめ続けてしまった。

現在の医療は極めて科学的になっている。血液を分析し、さまざまな成分の量や割合を出し、そうした数値を標準値と比べて異常かどうか診断している。ただどういう仕組みでその差が生じたかの説明はあっても、なぜ体はそうしたのか、それにはどういう目的があるのかといったことは考えられていない。そもそも人は皆違うのだから、すべての数値が同じであるわけがない。平均から外れたら異常と言い、標準という目標を決めてむりやりそこに薬で持っていこうとするのは、一見科学的に見えて、実は迷信とか信仰の押しつけのようなものなのだ。

私は若い頃から痛風の持病を持っている。尿酸値が高い、放って置くと大変なことになる、それを下げる薬を処方すると医者に言われた。しかしそれを一生飲み続けなければならないと聞いた時、おかしい、きっと間違っていると思った。そもそも私は普通の人より粗食なくらいだし、体もよく動かしている。それでも血液中に尿酸が多いというなら、きっと体に何か目的があってのことだろう。

調べて判ったことは、尿酸というのは極めて効果的な酸化防止剤だった。そして体の酸化が、老化や癌化の原因というのが今では定説になっている。実は尿酸はほとんどの動物がそれを分解する酵素を持っているが、ヒトはそれを失ってしまったのだそうだ。ヒトが他の種に比べてずば抜けて長寿なのに関係があるのではないかと言われている。

そもそも痛風にはある種の性格の人がかかりやすいという極めて不思議な特徴があるそうだ。活動的、精力的で責任感が強い完璧主義者ということで、それは今の世ではともかく、長い間世界中で美徳とされてきたものだ。アレキサンダー大王やミケランジェロなど、痛風で苦しんだそうだ。

まだ確かめられているわけではないが、暴飲暴食のためでない本態的な痛風の人は、老化が遅れ若々しく長寿かもしれないと言われている。もし医者の勧めに従って尿酸値を下げる薬を飲み続けたら、私は人生で最も大切なものの一つを失っていたかも知れない。もちろん痛風の発作は耐え難い痛みだから、それからは逃れたい。今までの経験と知識で、どういう生活をすれば発作が起きにくいか判っているのでそれを実践している。

ところで、このところずっと、ニュースのトップはインフルエンザの話題になっている。大々的に水際作戦を展開したが、その甲斐なく国内に入り込んでしまった。実はインフルエンザは水際対策では防げない、というのは最初から世界の専門家の一致した見解だったのだ。それが実証された訳だが、日本政府は世界的に特異なことをして、国民に多大の負担をかけ迷惑をかけてきたことに対し、何の反省も謝罪もしていない。

そもそも騒ぐほどのことだったか。たとえば世界の人口の1割がかかり、死亡率が30%などというなら大騒ぎも判る。しかし今、世界中で患者は1万人、死亡は百人以下。そんな程度の病気など他にいくらでもある。だいたいインフルエンザの流行など、人類の長い歴史上、毎年繰り返されてきたのだ。新型などと言われると、とんでもない病気が新規に発生したような錯覚を起こさせるが、ウイルスなど進化が早くてしょっちゅう新型になっているのだ。人の体はそれとずっと闘い続けて、ここまで滅亡せずに来ているのだ。

さすがに騒ぎ過ぎだという声も上がってきたが、今は弱毒だがいつ強毒に変異するか判らないからと、騒ぎを続けさせようとする専門家も多い。しかしそれなら弱毒である今のうちに大いに流行させておいた方が良いのだ。そうして免疫を付けておけば、強毒になった時に罹らずに済む。今なら何も治療などしなくても、数日じっとしていれば自然に直る。健康な人なら自覚症状すらないかも知れない。抵抗力に問題のある少数の人の救済を図るのは当然としても、一般には何もしないというのが国家的に見て最良の方策だろう。病気は常にあることを受け入れ、無用な対策や医療費の無駄使いを止める。日本にはもっと優先度の高い問題や、税金を投入したら何倍かになって返ってくる投資効果の高い案件などいくらでもあるのだから。

こんな騒ぎが何で起きてしまったか、それはこれで誰が利益を得るかで推測できる。どうも厚労省、特にその中の一部の部局が権益拡大を図ったためのようだ。それにメディアが悪のりしてしまった。日本のほとんどの役人は世界や国家という大所高所からの見地を捨て、自分や所属部署のためだけに働いている。そしてなまじ優秀だからなおさら始末が悪い。それでも国民が自分の頭で考えることを忘れさえしなければ、これほど不用意に振り回されずに済むのだが。
posted by 夜泣石 at 10:44| 世の中のこと | 更新情報をチェックする

2009年05月16日

コモウセンゴケ

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何年か前、コモウセンゴケを見たいと言ってきた学生がいた。この島ではあちこちにあるよと連れて行ったが、どれもモウセンゴケばかりでコの付くほうではなかった。私はそうした違いのあることを知らなかったので、それからは気をつけて見るようにしたが、やはり見つかるのはモウセンゴケばかりだった。全国的にもモウセンゴケが普通で、コの方は南方系とのことで数も少ないようだ。

昨年暮れ、家の近くを散歩していて、崩れかけた崖にいやに赤い小さな丸いものがあるのに気付いた。何だろうと近寄って見ると、それは寒さに縮こまって真っ赤になったモウセンゴケだった。ただ葉の形が違う。見慣れたものは細い柄の先が丸くふくらんだスプーンのような形なのだが、これは徐々に広がっていてしゃもじのような感じだ。それは図鑑で見て覚えたコの特徴だ。ああやっと見つけたと小躍りしたくなるような気分だった。

気がつかなかった訳は生える場所が意外だったからだ。モウセンゴケはだいたいぐしょぐしょの湿地などにある。だからそんな所ばかりを探していた。ところがここはちょっと湿っているくらいのほとんど垂直に近い崖なのだ。コの方はモウセンゴケに比べてかなり乾燥に強いようだ。またここは粘土を押し固めたようなところで、根も張れず養分も乏しいからか、ほとんどほかの植物は生えていない。そんな裸地でもしがみつきさえすれば生きていけるのは、虫を捕まえて養分にする食虫植物だからだろう。

それから折にふれ覗きに行った。少し暖かくなったらだいぶ葉が広がってガガンボが捕まっていた。そのうち花茎がぐんぐん上に向かってまっすぐに伸びてきた。長いものは20cmほどにもなり、その先が犬の尻尾のようにくるっと丸まっている。その外側に沿って、ピンクの蕾が一列に並んでいる。ところがいつまでたっても咲き出さない。

図鑑を調べてまた判った。晴れた日の午前中しか咲かなくて、ちょっと日が陰っただけでもすぐ閉じてしまうのだそうだ。それではと快晴の日の昼前に行って、やっときれいに咲いているのを見ることができた。栄養状態に依るのだろう、大きい株と小さい株とでずいぶん違う。大きい方は花の直径が1.5cmくらいあり、葉の長さも2cmを超えている。小さい方はその半分もない。

こんな可憐な花だからいろいろ虫も来て、花粉の媒介をしてくれるのだろう。そんな恩ある虫を食べてしまうのだから、見かけによらず恐ろしい植物と言えそうだ。葉は日当たりが良いためか、いつまで経っても赤い。毛氈の毛の先に虫を捕らえる粘液が粒になってきらきら輝いている。内に秘めた残酷さのためか神秘的にきれいだ。

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posted by 夜泣石 at 06:31| 花草木 | 更新情報をチェックする

2009年05月13日

テッポウユリ

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テッポウユリが花盛りだ。道路脇の防風林の下とか土手の中とか、あちこちで大きな群落を作ってたくさん咲いている。大きな花は筒の先が開いただけといった単純な形で、色もひたすらに純白だ。こういう小細工のないところは、きれいというよりどこか神聖といった感じがする。花を正面から見ると、オレンジ色の花粉が小さな唯一の飾りになっている。最近、これが服を汚すとかで切り取ったり花粉の出ない品種を作ったりしているそうだが、なんだか味気ない気もする。

テッポウユリは園芸種かと思ったら、この屋久島あたりから南西諸島にかけて分布するれっきとした野生種だった。江戸時代に日本に来た西洋人に見初められ、彼の地でたちまちもてはやされ、もともとあった白百合を駆逐してしまったそうだ。仏教には蓮や菊が付きもののように、キリスト教には白百合が欠かせないようだ。そうして向こうで品種改良され、もう一度日本に戻ってきたりするのはアジサイと同じだ。またどう見てもラッパのような形なのになぜ鉄砲なのかと思ったら、これはラッパ銃というものに形が似ているためとのことだ。ラッパ銃など日本では馴染みはないから、この名も西洋で付けられたのかも知れない。

この島ではこの後もしばらく所々で白百合が咲き続けるが、それは台湾原産のタカサゴユリだそうだ。花はよく似ているが、花被片の外面が赤紫色を帯びることで区別できるという。テッポウユリとは簡単に交雑し、さまざまな段階の雑種ができているそうだ。大きな株の花をよく見たら、蕾に赤い筋が入っているのでそんな雑種なのかも知れない。

純粋なものは海岸に行けば見られる。隆起珊瑚の風化した芝原のあちこちに、一足早く4月くらいから咲き出す。焼け付くような日差しと潮風の吹き付ける中、草丈は30cmにも満たないのに、大丈夫かと心配なくらいに大きな花を咲かせている。

テッポウユリはすばらしい香りがするのだそうだ。しかし写真を撮りに近付いても気がつかなかった。東京近辺の山で出会うヤマユリは近くを通っただけでもうっとりするほど匂うのだが。調べてみたら、何と夜になってから香るのだそうだ。そうやって夜の虫を集めるのは、こんな厳しい海辺では昼間は虫も飛べないためなのだろう。残念ながら夜に出歩いたりしなくなったので、まだ香りをかいだことがない。密かな香りを楽しむためには庭に持ってくるしかないようだ。

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posted by 夜泣石 at 06:53| 花草木 | 更新情報をチェックする

2009年05月09日

ヒメコバンソウ

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道脇の草地がずっと、もやっと霞でもかかったように見える。ヒメコバンソウが一面に咲いているのだった。といってもイネ科だから花だか実だか区別が付かない。よく見ると焦げ茶色の花粉を出していて咲いていると判る。まっすぐに突っ立った茎、そのまま続いてまっすぐに伸びた葉、そこから吹きこぼれるようにあふれ出ているたくさんの小粒な小判。一つ一つ細いよじれた糸の先につり下げられて、風が吹くと涼やかに揺れる。なんだかとてもきれいで、見ているとうれしいような気分になる。

小判といっても形はいびつな三角形で、あまり小判らしくない。これは近縁種にコバンソウがあり、それより小さいからヒメということだそうだ。コバンソウはずっと大きく楕円形で、乾いて黄金色になると本当に小判によく似ている。昔東京にも群生地があって、通りかかるとつい一枝を折り取ってきたものだ。屋久島にはないようだが、当時の東京では見かけなかったヒメコバンソウは至るところに生えている。空き地荒れ地に真っ先に入り込む雑草の一つで、冬が終るとすぐに咲き出す。どちらもヨーロッパ原産だそうで、今では世界中の畑地や牧草地に広がっているという。

振ると小判同士がぶつかって音がするのでスズガヤとも呼ばれるそうだ。やってみたが、かすかなかさかさした音で、これでは馴染みの貧乏人の財布の音だろう。ぺんぺん草の音の方がまだましな気がする。生け花の花材に使ったりドライフラワーにしたりもするそうだ。しかし乾くとばらばらになりやすいから始末が大変そうだ。やはりこうやって日を浴びて輝いている姿を楽しむべきだろう。

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posted by 夜泣石 at 06:42| 花草木 | 更新情報をチェックする

2009年05月06日

ニラバラン

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移住したての頃は島のあちこちをずいぶん見て回ったものだが、ある時墓地の横の芝生広場に、細い棒のような花茎がたくさん出ているのを見つけた。東京あたりでこんなものはネジバナしかない。これが咲いたら一面ピンクに染まるだろうとうれしくなった。それから時々見に行ったが、いつまでたっても色付いたりしない。なんだかオオバコのお化けのような感じになってきてしまった。そこでやっと気がついた。これはニラバランだ。まったくさえない花だが、がっかりするどころかかえってうれしくなった。東京近辺では実に珍しく、ほとんど見たこともなかったのだ。それがこんなに一面咲いているのだ。

根元から一枚の細長い葉と、そのちょっと上から一本の花茎だけが出ている。葉がニラに似ているというのでニラバランだが、ニラのように平べったくなく、丸みがあって細ネギとかノビルに似ている。ともかくそこら中の雑草に紛れて、とてもランとは思えない。花もせいぜい2〜3mmで、色も緑から黄緑とぜんぜんきれいではない。花だと教えられてぐっと目を近付けでもしない限り、まず気がつかないだろう。

それでもよく見ると丸い帽子が並んでいるようでかわいらしい。その下に2つヒレのようなものが付いていて、なんだか空中に泳ぎ出ていこうとしているみたいだ。小さすぎてよく判らないが、花はちゃんとランの構造をしているのだそうだ。しかしこんな花で空飛ぶ虫を呼べるのだろうか。これに止まっていたのはアリしか見ていない。黒い中くらいのアリが花の中に頭を突っ込んでいた。アリが花粉を運ぶのだろうか。しかし花茎はどれも垂直に突っ立ていて、アリが別の株に移るのは大変なことだからあまり意味はなさそうだ。

千葉県あたりから南に分布するそうだが、本州各県ではだいたい希少種とか絶滅危惧種になっている。しかしこの芝生ではもっとも優勢な雑草の一つだ。根の先に新しい球根ができて、無性生殖で増えるというから、こんなにびっしり広がったのだろう。一本掘り採ってきて我が家に植えてみようか。庭の飾りになるわけではないが、珍しいものがあるというのは、何となくうれしい気分になるものだから。あまり真似する人もいそうにないし、ここでは絶滅の心配もなさそうだ。
posted by 夜泣石 at 09:31| 花草木 | 更新情報をチェックする

2009年05月03日

私物化の横行する島

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誰が付けたかヤブジラミ

屋久島にはいくつもの集落があるが、それらは区と呼ばれ自治組織がしっかりしている。その区民総会が先日あった。私は移住当初、直接民主主義の場とはどんなものかと興味を持って出てみたが、すぐに愛想が尽きた。だらだらと形式的なことが続き、数字の読み上げはあるが、なぜそうなったか、その結果がどうなるのかなどの説明はほとんど無い。質問者はごく一部に限られ、区長などは意見異論を積極的に取り上げるのでなく、いかに押さえ込むか、言い訳するかに腐心する。そうして原案が修正されることなどまずない。

今年、私が問題視している事を追求する動きがあると聞いた。区長も替ったのでどんな人か興味もあり、久しぶりに出席してみた。問題というのは区が運営する売店に関することだ。私もささやかながら出品しているのだが、いろいろおかしいと思うことが多く、また嫌な思いをさせられることもたびたびあった。といっても自ら発言するつもりはなく、もともとの住民の皆さんがどう思っているのか聞いてみたかった。

さてその議題に入り、売店を運営する管理組合の組合長が、事業が好調である旨、誇らしげに報告した。ところがその後、期待した質問が出ない。議長にせかされるようにして、やっと一人が雑収入の項目の内訳について質した。それは問題の核心に触れることなのだが、その回答にずいぶん時間がかかり、やっと数字が示されたところで、なんと質問者は引き下がってしまった。私はたまらずその後を引き取って質問を始めた。

もともとこの事業は、物品の販売とトイレチップの二つの収入源がある。先ほどの質問は後者の金額を明確にするものだったが、それは100万円を超えていた。ところで、この事業から区の会計に組み入れられた金額は63万円なのだ。この金額も、実は数字のごまかしのようなものなのだが、それはともかく、単純に見ても物品販売の方は赤字ということになってしまうのではないか。

組合長よりも前区長が多く答えた。トイレチップは売店があってのことなので、両者を切り離して考えることはできないというのだ。しかしこれはおかしい。切り離せないものでも、何らかの仮定を設けるなりして無理にでも仕分けして、実態を分析するのが経営の基本なのだ。しかし私は準備してこなかったのでなかなか追求しきれず、納得できないことをあれこれ並べるのがやっとだった。ぐずぐずしているうちに、業を煮やしたのか会計士である理事の一人が突然立ち上がって、販売業務は実質赤字であると明言してくれた。もっともこの人の真意は、それでもこの事業には意義があると言いたかったようだ。それは当然で、私もこれを止めろなどという気は全くない。ただ業務の改善を望んでいるだけだ。それはともかく、これで組合長と前区長の隠蔽がばれてしまった。区というのは島では運命共同体くらいのものなのだが、その仲間を彼らは騙していたのだ。

彼らは、この事業は営利を追求するだけのものではないといった言い訳をした。しかしそれはいくらなんでも区民は納得しない。屋久島一高い区費を、こうした収益によって下げていこうというのが、この事業開始のそもそもの目的だったのだ。また組合長からは、事業は儲かっていなくても、それをすることによって個々の出品者の懐が豊かになっているから良いではないかといった説明もあった。

実はこれは私が問題点の一つと考えていたことだった。すかさず出席の区民全員に向かって「では皆さんの中で、これで自分が豊かになったと思っている人は手を挙げてください」と聞いた。一人も手を挙げなかった。そもそも出品者は減り続けて、今は18名しかいないのだ。これは区の世帯数の一割にも満たない。しかしその時、前区長が「こんなところで手を挙げる奴なんかいるわけないじゃないか」などと訳の判らないことを口走った。顔を見るとすっかりぶち切れているようだ。

もう潮時だった。そもそも私は「よそ者は黙れ」といったヤジがいつ出てくるかと楽しみにしていた。案の定「いい加減にしろ」と、皺だらけの顔を私に向けてぐちゃぐちゃ言い出した人がいた。後で聞いたらこの人は役場職員だそうだ。なるほどこの町の役場にはふさわしい。しかしすぐに周りの人にたしなめられて黙ってしまった。なにより新区長が、穏やかな顔で黙って聞いていてくれた。ああこの人はちゃんと受け止めてくれそうだと安心感を持った。

翌日、この問題点に関して資料を出してもらった。それは個人別の売上げ実績だ。ここでは多くがタンカン、ポンカンのミカン農家だから、その出品は競合するわけだ。出品者は10人いた。驚いたことにほとんどが20〜30万円の売上げなのに、2名だけ100万円をはるかに超えていた。なんとこの2名は売店の販売員なのだ。ミカンはみな同じものなのだから、全出品者が同じ売上げになるよう運営しなければ区民のための売店とは言えない。

そのうち一人は「懐が豊かになった」と言った組合長の奥さんだ。この一家は、組合長としての報酬、販売員としての給与、そして多額のミカンの売上げと、なるほど豊かになった訳だ。その裏では、他の出品者はどんどん辞めていき、そして売店は赤字経営になっている。総会の場で組合長から、みんなに出品を呼びかけるとかそのための説明など一切無い。これでは儲けを独占しようとしているとしか思えない。典型的な私物化であり、それによって区民の財産を食い物にしているのだ。

そもそも競合商品は、不公平にならないよう、有利な立場の組合長とか販売員は出品しないとするのが常識だろう。組合では前区長も含めて、14人も役職者がいて、その半分ほどはずっと居座り続けている。彼らは気がつかなかったのだろうか。もし知らなかったというなら職務怠慢だ。きっとすべて判っていて協力していたのだろう。何しろこの組合長はこの区を代表する町議会議員なのだから。なんだか既視感とかいうものにとらわれてしまった。これは屋久島町長の疑惑の構造と同じだ。この島では上から下までこんな原理で動いているのだ。

総会が終わった後、何人かの人が「言っていることは正しい、みんなそう思っている」と声をかけてくれた。あちこちでのうわさ話でも、ほとんどが好意的なものだったそうだ。みんな判っていても言えない、というのが実態のようだ。

狭い島の中では逃げ道もなく、また協力し合わなければみんな生きていけなかったから、悪いことでも目をつぶらざるを得なかったのだろう。それに誰も貧しかったから、悪巧みといってもたいしたことはなかった。そのうち日本が豊かになって、悪事はもはや目に余るものになってしまったのだが、人々の考え方や風土は急には変らなかったのだろう。しかし今回、私のこうした突飛で非常識な言動が拒絶されなかったことは、人々がすでに気付き、変り始めている証だと思う。それがすみやかに広がって、この集落、そして島全体の改革に繋がっていくことを期待したい。
posted by 夜泣石 at 06:48| 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする
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