2009年04月29日

タカブシギ

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水田のコンクリート製の畦の上にあまり見かけない鳥がいた。茶色っぽくて目立たず、それにじっとしているので気がつきにくい。ふとセキレイのようにお尻を上下に振ったので目にとまった。シギであることはすぐ判るが、この仲間は似たようなものが多くて判別が難しい。写真を幾枚も撮って、図鑑で調べてやっとタカブシギと判った。タカブとは何のことだと思ったら、背中のまだら模様が鷹の羽の模様に似ているから鷹斑なのだそうだ。

最初は首を短くしていた。図鑑の写真などどれもそうだから、それが普通の姿なのだろう。しかし水の中に入ったら、ぐっと首を伸ばして細くすらりとした形になった。なんだか同じ鳥とは思えないほどだ。本来はこんなに長い首を、普段はどうやって縮めて、体の中にしまい込んでいるのか不思議に思えてくる。

旧大陸に広く分布し、インドやアフリカで冬を過ごし、夏にシベリアの方まで行って繁殖するのだそうだ。そんな大旅行の途中にこの島に立ち寄って一休みしているのだろう。そのうち水田の中を歩き出して、泥の中にくちばしを突っ込んで何かをしきりについばんでいた。

屋久島には今の季節、こうした旅鳥たちがたくさん来る。しかしこの水田はせいぜい一月ほど前に水を張ったもので、あまり食べ物などありそうにない。一年中水を張っておいてくれたら、たくさんの生きものであふれて、鳥たちも安心して旅ができるのにと思うのだが。農業の事情はそれを許さないのだろうか。
posted by 夜泣石 at 06:27| 生きもの | 更新情報をチェックする

2009年04月26日

町長候補の人材を探す

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ヤクシマカラスザンショウのアラベスク

屋久島町長告訴は、被告側の引き延ばし策に苦しめられてはいるが、しかしいくらなんでももうそんなに長引きはしないだろうという気もしている。いくら悪魔に魂を売ったような弁護士といえども、煙の中からいつまでもガラクタを出し続けるわけにはいかないはずだ。だいたい煙はもう消えかけて、無残な真実が白日にさらされつつあるのだから。

現町長は敗訴になったら辞任する旨、議会で発言している。といってもこの人は、以前も町長選にはもう出ないと言い続けたあげく、皆にぜひにと推されたのでやむを得ずと言い訳して立候補した。その言葉通りならそんな意志薄弱な人を選ぶ町民も町民だが、しかしそんな町民といえどもさすがに今回は見限るだろう。辞任しなくとも司直の手が延びる可能性があるし、人々の関心度合いからしてリコールはきっと成立するだろう。

そう遠くないうちに町長選が行われる。それを見据えて、この悲惨な現状を改革し将来を切り開ける人材を早急に見つけて準備しておかなければならない。いったい誰に屋久島再生を託せば良いのだろうか。それには島の外から来てもらうしかない、と私は考えている。

再生のためには、いくつかの先進的な自治体に例があるように、まず役場の徹底的な改革が必須になる。財政改革のためにも意識改革のためにも、給与削減と人減らしは避けて通れない。私は屋久島町の職員の給与を見て驚いた。国と同じ水準なのだ。この島では、企業の正規の従業員でも年間所得100万円台の人がざらにいる。それでも食べていけるどころか、暮らしぶりは都会の人々と比べて特に貧しいということはない。そんな環境で都会並みの給与をもらっているから、ここでは役人が特権階級になってしまっている。当然のように働きぶりは悪いし無駄な要員も多く、そして町は借金まみれになっている。人々の所得は全国平均の半分くらいなのだから、給与はまずそれに合わせる必要がある。

しかし島の人にそれができるだろうか。狭い島の中の濃密な人間関係の中で、親しい人の首を切ったり給与を下げたりするにはとんでもない勇気がいる。そしてどんなに公正に評価してやったとしても、親しい人からは恨まれ、そうでない人からは差別だ依怙贔屓だと言い立てられるだろう。これが外から来た人なら、そうしたしがらみがないから私情を疑われる心配もなく、冷静な決断が可能になる。

同様にすべての事業や補助金なども根本から見直さなければならない。それらにも利害関係や既得権がついて回る。この島の人間関係に関わりがなく、個人的な利害もない人でないと思い切った切り捨ては難しい。

そして特にこの島に絶対に欠かせないものは将来のビジョンだ。今この町には精神論やかけ声ばかりで具体的な将来像がない。言葉だけが空しく並べられていて数字がない。そもそも何で食べていくのかの具体的な計画がない。計画のないまま、闇雲に補助金に飛びつく。それで何かを作る。作りっぱなしで放ったらかしになる。こうして次々に廃墟の山を築いてきてしまっている。

行政とは本来経営なのだ。いくら金が入り何に使うべきか、どこにいくら投資すればどのくらい収入が見込まれるか、将来にわたって何に使うのが最も効果的なのか。家庭でも企業でもそうしたことが生き延びていくための根本であるはずなのに、驚くべきことにこの町にはそんな計画がどこにも作られていないのだ。しかしそうした将来像や長期計画の作成となると島の人たちは苦手のようだ。都会の厳しい経済競争の中を闘ってきた経験がないと、なかなかこのような能力や感覚は身につかないのだろう。

以上結論は、かなりの規模の企業の経営経験があり、島に何のしがらみもない人を町長候補に招くしかないということだ。選挙で当選するためにはそれなりの有名人か実績のある人でなければならないだろう。金と人間関係の田舎選挙で票を取るのはよそ者には難しいが、町長選ともなると浮動票が期待できる。数百票で決まる議員と違って、すべて有力者が牛耳る訳にもいかないだろう。実際に各地でタレント首長が続々と登場しているご時勢なのだ。

こんな小さな町に、本当に有能な人が来てくれるだろうか。しかし幸いここは世界遺産の島だ。この名前は重く、改革に成功した暁には世間に喧伝されることだろう。そもそもは国の政治自体が悲惨な状態なのだが、それを支え作り出してきたのは全国の田舎政治だ。その根もとにおける改革は日本の国そのものの改革のさきがけになるのだ。真の憂国の士ならば、きっと判ってくれると思う。そんな人材を探し出して徹底的な支援をしていく同士を募りたい。
posted by 夜泣石 at 06:49| 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2009年04月22日

コマツヨイグサ

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花壇の中などを瞬く間に覆ってしまうやっかいな雑草がある。根本で何本にも枝分かれして、それらが放射状に地面を這っていく。荒れ地でも耕地でも、見る間に他の草を圧倒してしまう。そしてそのたくましさからは信じられらないような清楚な花を咲かせる。

これほど純粋な黄色も珍しいのではないか。しかし夕方の薄明かりの中に咲くので、派手ということはなく、とても品良く感じられる。わざわざ誰もいない時間に咲くこともないだろうにと思ってしまうが、それは人間の勝手な思い込みだ。夜飛ぶ虫、夜の蝶ならぬ夜の蛾を呼び寄せているのだった。暗がりでも判るようにこんなに目立つ色をしているのだった。夜が明けて日が差せば、柔らかな花びらはすぐにしぼんでいく。その時なぜかぐっと赤みがさしてくる。

せいぜい百年くらい前に入ってきた帰化植物で、今では全国の海岸近くの荒れ地などに増え広がっているという。東京にいた頃もよく見かけたが、それらはもっと小さく貧弱な感じだった。屋久島では花は4cmを超えて別種かと思うほどきれいに咲く。茎は1m以上も這い、葉も長いものでは10cmほどもある。そして真冬の一時期を除いて、ほぼ一年中咲いている。

この花を見るとオオマツヨイグサを思い出す。そっくりな花だが倍以上も大きく、草は背丈ほども高かった。昔、海岸とか川の土手などで群落となって一面に咲いていた。夜道でそのあたりがぼんやり明るく、何とも言えない甘い香りが漂っていた。その一輪を取って髪に挿した少女のいたことを思い出す。日本女性の黒髪にはとても似合った。何のてらいもなく自然にそんなことができた年頃がまぶしく懐かしい。

あれほどどこにでもあった夢のような花は、なぜかそのうち全国から消えてしまった。今もどこかで細々と咲いているのだろうか。思い出が遠く薄れていくのに合わせるかのように、だいぶ小さなよく似た花が、今はとぼとぼと歩く足もとでそっと咲いている。
posted by 夜泣石 at 06:45| 花草木 | 更新情報をチェックする

2009年04月19日

行政訴訟にこそ裁判員制度を

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屋久島に咲き乱れるエゴノキ

屋久島町長告訴の第5回公判が4/17に鹿児島地裁で開かれた。本来なら1ヶ月前の3/11の予定だったが、被告側が調査に手間取っていると言うことで延期になったものだ。前回が2/4だったから、2ヶ月半ほども開いてしまった。当然これだけの時間があれば十二分の調査が可能だっただろう。実際、被告側が事前に出してきた資料は、今までのような木で鼻を括ったようなものでなく、それなりに丹念に経緯の一つ一つを追ってはあった。しかしそれでも、そのどこにも特別時間のかかりそうな事柄は見あたらなかった。旧屋久町の当時の担当者に聞けば即座に判るはずの内容でしかなく、1ヶ月以上も引き延ばす必要があったとはとうてい思えなかった。

今回、裁判官の来室が遅れたので、その間被告側弁護士と雑談することができた。私はさっそく、この内容のどこに時間がかかったかと尋ねた。弁護士の返事「自分は単なるメッセンジャーではない。ある人に聞いた話を別な人に確認したり関連資料をチェックしたりする。それで時間がかかるのだ」。あれ、確か以前は「自分はただ依頼人の話をまとめているだけだ」と言っていたのだが、と思いながら「では、あなたがちゃんとチェックしたというなら、添付資料が後で改変されたものであったり、覚書の署名がいい加減であったりするのはおかしいと思わなかったのか」と聞いた。弁護士「そうは思わない」。私は「この馬鹿者」と言いそうになったが、その前に裁判官が入ってきてしまった。

4月の人事異動で担当が変ったので、挨拶と言うことか勉強のためか、本来予定でなかった裁判長が出席された。まだ若く話しやすい感じの人だった。まず事務的に今までの書類が確認され、これ以外にさらに出すものはあるかと双方に聞いた。私は「本筋のものはすべて当初から出してある、あとは被告が次々に付けてくるいちゃもんをやっつけているだけだから(その場ではもう少し上品な言い方をした)何も追加はない」と答えた。被告側もこれだけ時間をかけているのだからもう終わりだろうと思っていたら、あろうことか、まだあると言い出した。私は一瞬耳を疑った。

崖下の公園の設計書か建築許可証か探して、安全であることを立証したいとのことだった。私はすぐ「あの公園はこの訴訟の本筋ではない。現状立ち入り禁止になっているのだから危険であることは明白だ。被告の言う資料は不必要だ」と裁判長に訴えた。すると弁護士は「立ち入り禁止は政治的な配慮のためで、本来は安全だ」と言った。私「ではなぜ議会で、しっかりしたバリケードを作って立ち入り禁止を強化する必要があるなどの申し入れがされるのだ」。このことは準備書面2ですでに詳述したはずのことだから、私はこの卑劣な弁護士の青白い顔をひっぱたいてやりたいような怒りを覚えた。

弁護士は黙ってしまったが、裁判長がまあまあと割って入った。今回は自分も勉強する時間が必要だから認めてやってくれとのことだった。同じようなことは以前にも何度かあったが、もしかしたら裁判官には、私が弁護士をいじめているように見えるのかもしれない。本当は逆なのだが。

裁判長は次回は5/27でどうかと聞いた。弁護士「連休もあるので間に合わない」。ではということで6/5に決まった。私はなぜ裁判官が「たった一枚の書類を探すのにそんなに時間がかかるはずはない」と言ってくれないのかともどかしかった。そもそもなぜそれしきの資料が今回に間に合わなかったのだ。これに限らず、裁判官は一度も、もっと早くするようにと言ったことはない。弁護士の勝手がすべて許されてしまう。ここでは社会の常識が通用しないのだ。こうしてどんどん時間がむなしく過ぎてしまう。不要、無価値な崖地が不法に購入されているのは誰が見ても明白なのに、こうしてぐずぐずと先延ばしされてしまい、いつまで経っても先が見えないのだ。

もちろん弁護士のこんなやり方は裁判官の心証を悪くはするだろう。しかしもし、もう勝てそうもないと判断したらそんなことはどうでもよくなる。次々にくだらないことを小出しして裁判を引き延ばせば、困るのは原告だけだ。その間、被告の地位は安泰だし、長引けば長引くほど弁護士は給料をもらい続けることができる。

刑事事件においてなら、犯人はクロかシロかのどちらかだ。しかし行政訴訟では灰色の部分が広い。たとえば役場が土地を、正当な価格の1.1倍とか1.2倍ほどで買ったとしたら、そのくらいだと失政とは言えても罪にはならないだろう。しかし1.5倍とか2倍とかになったら、責任者に賠償請求すべきだと多くの人は思うだろう。しかし罪かどうかの境目は決して明確ではない。しかもそこにはたいてい議決の裏付けがある。実際には議会を騙して議決させたことは常識的に見れば明らかでも、それを立証するのは難しい。どこか見えないところに注釈があったりして、ちゃんと説明したなどの言い訳ができてしまうのだ。

こうして法の迷宮の中でさまようばかりで、そのうち闇の中に消えてしまう。世の中にはこれほど多くの不正が横行しているのに、行政訴訟の勝訴率は10%もないというのも、もっともだと思う。このような世界においてこそ良識による判断が必要なのだ。そのためには硬直化した司法の世界にどっぷりつかった専門家たちでは駄目で、良識ある一般住民の参加が必須なのだ。

刑事訴訟において裁判員制度が始まりつつある。最初これを聞いた時は何といやなこと、とんでもないことだと思ったが、いろいろ話を聞いていくうちに、もしかしたら今の裁判のあり方を改革するためには必要悪かもしれないと思うようになった。もう内部努力ではどうしようもなくなってしまっているのだ。そして刑事訴訟以上にそれが必要なのが行政訴訟ではないかと思えてきた。

刑事事件ではもし真犯人なら、すでに拘束されているからさらに犯罪を犯すことはできない。少々長引いても、本人にとってはともかく社会に悪影響はない。しかし行政事件においては、審判が下るまでは犯人はそのまま社会的に重要な地位にとどまり続けるのだ。我々の税金から高給を受け取り続け、そしてさらなる犯罪を犯す可能性があるのだ。これほどスピードが要求される分野はなく、そのために適切な作業内容や時間など、良識による判断が不可欠なのだ。行政訴訟における裁判員制度が導入されない限り、この国の金まみれの悪徳政治の改革は不可能ではないかと思わずにはいられない。
posted by 夜泣石 at 06:56| 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2009年04月11日

タニウツギ

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我が家の庭で目も覚めるような鮮やかなピンクの花が咲いている。つぼみがまたとても深みのある濃い赤で、それらが枝葉を覆い隠すほどびっしりと付いているから、息を呑むほどの華やかさだ。この花には似たようなものがいくつかあって名前がわからなかった。葉の裏の毛の生え方などという無粋な観察でやっとタニウツギと同定した。そのなかでもこれはきっとベニウツギと呼ばれる、色鮮やかなものを選抜した園芸種なのだろう。

つぼみの時は濃く、開くと白っぽくなるのはヤクシマシャクナゲも同じだ。いったいどういう原理なのだろう。こういうので時々あるのは表と裏の色違いで、花びらの外側が濃く、内側が淡いというものだ。しかしこれは内も外も同じ色で、つぼみがふくらむにつれてだんだん淡くなり、開きかけるとあっというまにピンクになってしまう。これとは反対に、初めは白く咲いて次第に赤くなっていくニシキウツギなどの近縁種があるのも不思議だ。

タニウツギは北海道西部から日本海側を中国地方にまで分布しているそうだ。見事な花だし低木なのでよく庭にも植えられているという。ここでも誰かが植えたのだろう、道路沿いに咲いていたのを通りがかりに見つけて、一枝折り取ってきた。とても強靱なようで、地面に挿しただけでたちまち根付いた。そして見る間に大きくなって翌年にはもうきれいに咲いた。普通の木のようにまっすぐには伸びず、根本から何本も細い幹が斜めに出て開くように伸びていく。

サオトメバナとかサオトメウツギなどの地方名があるそうだ。田植えの時期に咲くからという。長い冬の終わった雪解けの喜びと共に咲くのだろう。冬の短い屋久島では今ちょうど田植えの時期。こんな遠い南国に連れてこられても咲く時期を間違えずにいる。我が家にはスモモを始め多くの春咲きの果樹が植わっているが、多くはいつ咲けばよいのか判らないようでまだ枯れ木のままだ。この花のようにきちっと季節を告げてくれるのに出会うと、なんだかうれしく思ったりする。
posted by 夜泣石 at 06:58| 花草木 | 更新情報をチェックする

2009年04月08日

ハマヒルガオ

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砂浜にハマヒルガオを見に立ち寄った。思った通り一面に咲いていた。南国の海辺には派手な色が多いが、これは淡く悲しいような桃色だ。それでも真ん中の星形の部分の純白が、清楚な美しさを醸し出している。日本中に分布するそうだから、北の浜辺の、夏でも冷たい風の中で咲いていた方が似合うかも知れない。

花に比べると、かなり小さめの葉がかわいらしい。丸く広がって、スミレの仲間にこんな形の葉があったのを思い出す。しかし見かけと違って、この葉は分厚くごわごわしている。吹きすさぶ潮風に耐え、かんかん照りに耐えるためだろう。根も掘ってみると、とんでもなく大きく、砂の底深く伸びているのだそうだ。

屋久島は岩場ばかりで砂浜は少ない。私が子供の頃遊んだ海辺はたいてい砂浜だった。白い浜辺が延々と続き、波打ち際は黒々としていた。この島の浜は、乾いても濡れても薄茶色だ。手にすくってみるとザラメのようで、半透明の大きめの粒がさらさらとこぼれていく。これは花崗岩が風化したものだそうだ。野ざらしの骨が砕けたような真っ白な粒は珊瑚のかけらだろうか。

時間を隔て、距離を隔て、ずいぶん違った風景の中で同じ花が咲いている。季節はもう日差しがじりじりするほどだが、海からの風はどこか冷たい。おだやかな波音のしんみりと響く浜辺で、懐かしげに、何かを問いかけるかのように、はかなげな花が咲いている。
posted by 夜泣石 at 06:55| 花草木 | 更新情報をチェックする

2009年04月04日

ミカン

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シーカーサーの花

今の季節、このあたりのどこを歩いても、甘くうっとりするような香りが漂ってくる。ミカンの花が咲いているのだ。我が家の庭でも幾本もが花盛りになっている。厚みのある真っ白な花びら。オレンジ色の花粉。やはりオレンジ色の大きな柱頭。そしてなによりこの香りと、いかにもミカンの花という感じがする。

「みかんの花咲く丘」という歌は、戦後の復興期に大ヒットしたそうだ。ミカンという馴染みの、しかも南国風の果物、それに海、船、母さん、そして今は一人と続く歌詞は、童謡といっても演歌と同根で、日本人の心の琴線に触れたのだろう。しかしミカンが咲くのは南の暖地だけだから、実際に花を知っていたのは、歌った人の中で半分もいなかったのではないか。この花を見て、特にこの香りに包まれたら、もっともっとこの歌が好きになったのではないだろうか。

私は静岡の生まれで、この歌の詞の作者は同郷だった。だからこのような情景そのものの中で育ってきた。そして故郷を離れて何十年にもなって、初めて屋久島を訪れた時、実に懐かしい景色に出会ったと思った。ここでもミカン畑が続き、その先に真っ青な海が広がっていた。すぐに移住を決意し、その場で土地を買ってしまったのも、そういう心情に動かされた面もあったのだろう。

ミカンの花はよく見ると花びらが2重になっているような感じだ。じつは内側の方は、雄しべがくっついて筒のようになったものだそうだ。またミカンの果実の構造は、植物の変幻自在さを実感させてくれる。我々が食べる橙色の部分は、ジュースを詰めた小さな短いチューブがぎっしり並んでいるように見える。実はこれは子房の内側の毛が肥大したものだそうだ。そうして普通の果物で食べる部分は、ミカンでは皮とほろの間にある白いわたの部分になってしまっているそうだ。

我が家の庭では、秋の初めから春の終わりまで順々に実るようにと、たくさんの種類を植えてある。土質が悪くてなかなか大きくならなかったが、気候は合っているので何年もかかってやっと花が咲くほどになってきた。中でも野性味の強いシーカーサーは小柄な花がびっしりと咲き、とてもきれいで香りもさわやかだ。小さな果実はオキナワレモンとも呼ばれ、食酢用途のミカンの中では一番まろやかで香り高い。

今年やっと花を付けた土佐文旦は、だいぶ大きく柱頭が緑がかってあまりかわいげのない花だった。ハッサクは中間くらいで、かわいらしさも中間くらいだ。花と果実の間に、大きさや形に特に関係はないはずだが、それがこのように律儀に対応してくれると、ふと納得してしまう自分がおかしくなる。
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左が土佐文旦、右が八朔。実物は左の方が一回りは大きい。
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2009年04月01日

皆既日食対策のでたらめさ

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海辺を彩るイワタイゲキ

屋久島皆既日食予約センターの受付予約の抽選日は3月20日(金)ということだったから、もうその結果が出ているはずだ。私の知人にも申し込んだ人がいたが、何も言ってこないからやはり駄目だったのだろう。果たしてどのくらいの人が喜んでいることだろう。「当選した人のみ連絡をする」ということなので、公表通りの当選者がいるのか、あるいは公平な抽選が行われたのかなども皆目判らない。

皆既日食屋久島町対策協議会の報告書を借りてきた。一読、こんな文書では普通の企業だったらまず通らないなと思った。プロジェクトの企画書の体をなしていないのだ。改めて見ればもともと対策協議会、いわば災害対策ぐらいにしか考えていないようだ。

まずこういうものはプロジェクトのコンセプトがあり、全体像や目標などが述べられていなければならない。そこからいくつかの基本方針が導かれ、具体的な施策に展開されなければならない。しかしこの報告書にはコンセプトがないのだ。そして前後の脈略も相互の関連もなく、いきなり基本方針が並んでいる。

まず「皆既日食だけではなく、屋久島・口永良部島のすばらしさを伝えます」とある。これをするためには日食当日だけでなく、前後にそれなりの期間滞在してもらって、さまざまな島内ツアーなりを企画しなければならない。しかしそのような施策は一切ないから、これは口先だけの格好付けでしかないことは明白だ。それとも日食を大過なく見られたら、それで島のすばらしさが伝わったことになると考えているのだろうか。

この後には「自然環境を守る」「住民生活を守る」「住民・来島者の安全を守る」と並んでいる。これは本心としては、客に来るなと言っているに等しい。そして突然「受入可能人数 4,500人」と書いてある。やはりこれは災害対策報告書なのだ。

4,500人がどのように算出されたのか何も書いてない。こういうことで一番重要なのは実績との比較だ。例年のゴールデン・ウィークや夏休みなどのピーク時よりどのくらい多いのか。それが判らなければ根拠ある安全対策など考えようもない。実際にはふだんのピーク時並の人数しか想定していないのだから、もし特別な対策が必要というのなら、毎年安全は守れていなかったということになってしまう。

観測場所の設定も不可解だ。日食は島中で見られるし、始めから終わりまでは何時間も続くのだ。多くの住民は、わざわざ人混みに出かけたりせず自宅近くで見ることだろう。北部にいる若者の一部が、皆既の時間の長い南部へ移動するくらいだろう。それなのに人数計算では、宮之浦や安房の広場に大勢が集まるという前提で、簡易トイレをたくさん設置するようになっている。

さらにおかしいのは日食のPRポスターなど作っていることだ。この報告書のどこにも客を増やすという目標はない。それどころか入島制限を前面に打ち出してさえいるのだ。それなのに他方では宣伝などに大事なお金を使っている。これは関連業者にお金を配ることが目的なのだろうか。

入島制限の怪」で述べた、実質的に制限になっていないことや、不公平で不明瞭な負担金についてはほとんど触れられていない。そもそもこれらのことは島民の間で関心は薄く、ほとんど話題にもなっていない。議会でもたいして追求もされず、簡単な経過報告が一方的に為されただけだ。

もし皆既日食を観光振興の起爆剤にしようと企むなら、やらなければならないことはたくさんあった。しかし今この島は何もしなくても観光客の増加に悲鳴を上げている位だ。また交通機関の制約から、受け入れ不可能なほどの人数は入って来れそうにない。何もしなくてもよいと判っているから、いい加減な仕事をしているのだろう。そしてどさくさに紛れて、一部の人がちょっと儲けようとしているのだろう。

しかし迷惑を被るのは観光客だ。今の状態は独占企業の悪徳商法と同じだ。それは外から袋叩きにあわなければ目が覚めそうもない。なぜもっとマスメディアが騒がないのか。日本にとってのせっかくの世界遺産、せっかくの世紀の皆既日食が台無しなのだ。島民に取っても、長い目で見れば大事な財産と絶好の機会を生かせなかったことは大きな損失になるのだが。
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