2009年02月28日

入島制限の怪

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屋久島の皆既日食観光対策が始まっている。船便の予約を一括管理し、しかも負担金を取るというもので、実質的に「入島制限」と言われている。しかし予約センターの電話は繋がらない、そこを通さなくても入島できる、負担金は不明朗で不平等など、いくつもの問題を抱えて混乱が続いている。

これは一体どうしたことだろう。皆既日食は観光における目玉となるもので、島が豊かになる絶好の機会のはずだ。その対策というものは、常識では次のような手順になるだろう。まず現状における受け入れ可能人数を算出する。そしてその上にどこまで上乗せできるか検討する。テント村や仮設住宅の設置、公民館や体育館などの開放、一般家庭への部屋提供の呼びかけなどいくらでも方法はある。それらとライフラインの容量などとの兼ね合いで最大受け入れ人数を決定する。次にそれだけの人数の輸送方法を検討する。そうしたすべてに渡った必要業務と経費を確定し料金を算出する。観光振興策とはこういうことのはずだ。

しかし今回、屋久島の「対策協議会」は、客を増やそうという努力は全くしていない。最初から島を守るために客を制限するという発想なのだ。だから現状の上限を算出したら、もうそれ以上入ってこないよう制限する方策だけを考えたようだ。

まあ島民はもう十分豊かで、これ以上の観光振興などいらないというのならそれでも良いかもしれない。しかしそれなら確実に制限できて混乱が抑えられるというのでなければならない。ところが取られた対策は全く入島制限になっていないのだ。単に予約を管理して優先者を決めているだけで、席に空きがあれば船はいくらでも客を乗せることができる。しかも飛行機は対象外になっている。つまり全く入島者数に制限はなく野放し状態なのだ。

では「対策協議会」は何をしようとしているのか。ただ便乗して金を取ろうとしているだけのようだ。それも取りやすいところから取るだけで、抜け穴だらけだ。その金をどうしようというのか。一人あたり3700円のうち2700円は予約業務などに使われるという。つまり自分で、自分のためだけの不必要な仕事を作ったというわけなのだ。残りの1000円は観察場所の仮設トイレ設置などの費用だという。しかし皆既日食は島中で見られる。島の周りの人気のない海岸など絶好の観察場所だ。そうして広く人々が散らばれば環境への負荷は減るし、仮設トイレなど設置することもない。

そもそもこんな大事なことを誰がどうやって決めたのだろうか。本来なら観光振興のビジョンを描いた基本法案が議会で可決され、それに基づいて実行されていなければならない。また議会では専門の常任委員会でも作って、常時監督や監視を行わなければならないはずだ。しかし実際にはこんな大事なことが、議会でほとんど議論などされてこなかったようだ。縄文杉登山の規制もそうだが、公の議論が為されないまま、一部の人たちだけでどんどん勝手に決められているようなのだ。

まずは即刻、こんな百害あって一利なしの入島制限など中止させるべきだ。予約をやりにくくしたり金を取ったりするイヤガラセで、来るのをあきらめる人は確かに出るだろう。しかし熱狂的なマニアがそんな穴などすぐ埋めてしまう。このままでは屋久島の愚かさを天下に知らしめ、世界遺産としてのせっかくのブランドを貶めてしまう。実質的に野放しなら、何もしない方がまだましだ。幸いまだ予約を受付けているだけだから、今ならすぐ止めることができる。

幸か不幸か、離島だからそう闇雲に人は入って来られない。そして各交通機関は、ゴールデン・ウィークや夏休み時に、毎年ほぼ満杯になっている。そういう実績からすると、野放しのままの数値がだいたいこの島の入り込み可能人数なのだ。日食時には人々は様々な努力や無理をするから、当然これまでのピークよりは増えるだろう。しかしそれは今までの何倍というのでなく、せいぜい数割り増しが物理的に限度だろう。

そのオーバーした部分をどうやって収容するかの手は打っておく必要がある。今のまま勝手に来た方が悪いと放って置けば、島民に迷惑がかかったり、せっかく来た客に屋久島への悪印象を持たれてしまう。野宿などしなくて済むよう、公共施設の開放とか住民へ呼びかけて一夜の宿の提供などの準備をすすめておく。中には日帰りの人もいるし、あるいは港で徹夜して翌日帰る若者もいるだろう。来島者数に比べたら、意外に必要な宿は少なくて済むかもしれない。

勝手に漁船でもチャーターして来て上陸されると困るので、港などパトロールする必要はあるだろう。しかし船で寝起きして港の周りを歩くくらいなら問題ない。また宮之浦岳で見たい、縄文杉で見たいと一部の人気スポットに集中する恐れがある。これはとんでもないことが予想されるので、思い切って3日間ほど、荒川口と淀川口を完全に封鎖してしまうくらいの手を打つしかないだろう。それでも別ルートから登れるが、そういう連中はかなりの猛者だけだから、混乱はかなり解消されるだろう。

まずは議会が動くことを期待したい。議会は住民のための良識の場であるはずだ。一部の人たちの勝手な行動や役場の怠慢など、真実を明らかにし不正を糾す権限もある。屋久島を守り、今では最重要になった観光産業を育てていくのは、議会の責務でもあるのだから。
posted by 夜泣石 at 07:00| 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2009年02月24日

鳥の被害

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パパイアは前年に咲いて実ったものが、冬を越して黄色く色付いてくる。いつもの年なら今頃は大きな実を毎日のように食べていたものだ。しかし今年は全く食べられない。少しでも色付くとたちまち鳥がやってきて、きれいに平らげてしまうのだ。

まずヒヨドリが鋭いくちばしで穴を開ける。そこからどんどん中をくりぬいていく。それを見つけたメジロがさらに突っつく。小さなメジロは実の中にすっぽり入ってしまったりする。そうして黄色い皮だけが破れた風船のように垂れ下がることになる。昨年まではパパイアは全く鳥たちに見向きもされなかったものだ。どうして今年突然食べ出したのだろう。これがおいしいものだと初めて気が付いたのか。それともそれを知っている鳥が島の外からやってきたのだろうか。

鳥の被害はそれだけではない。ある日10本ほどあるブロッコリーがすべて丸坊主にされていた。どの葉も軸を残してすっかり食いちぎられている。こんな葉っぱなどが食べられてしまうとは思いもよらなかった。犯人はそのあたりにいつもいるシロハラだろうか。しかしいつも枯れ草などひっくり返して虫を探している彼らがこんなものを食べるだろうか。もしかしたら時々やってくるヤマバトかもしれない。ともかくこんな被害も今年が初めてだ。

我が家には熟すとねっとりとおいしくなるグミがある。毎年ヒヨドリに食べられてはいたが、あんまりたくさん生るので人の口にも入った。しかし今年はいろいろな鳥がいつもたかっていて、びっしりぶら下がった実を未だ渋いうちから片っ端から食べてしまう。とても今年は一粒も味わうことができそうにない。こんもり茂ったそこは、鳥たちの楽園といった感じでぎゃーぎゃーけたたましい鳴き声がいつも響いている。

この冬は鳥の数があきれるほど多かった。農道を歩くと、ざわざわと波が起ったかのように鳥たちが飛び出してくる。これは当たり年だということか。それとも年々鳥は増えているのだろうか。このままでは果物も野菜も何も人の口に入らない。彼らは大胆になってきたのか、そっと近付くと1m位の距離でにらめっこしてしまうくらいだ。虫取りの網でも持ってくればきっと捕まえられるだろう。この連中は焼いて食べるとおいしいと聞いた。そのくらいの心構えでないと、この地で農業などやっていけないかもしれない。
posted by 夜泣石 at 06:48| 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする

2009年02月21日

サクラ

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見事に桜林が満開になっていた。一つ一つの淡くはかなげな花とその圧倒的な数。これは本土でよく見るソメイヨシノだろうか。ちょっと赤みが強いように思うが、咲きっぷりは同じように豪華そのものだ。本土に比べたらずいぶん早い満開に、観光客たちが歓声を上げていた。この千尋滝近くの林が、屋久島で一番きれいな桜ではないかと思う。

島の中に、桜はあちこちに植えられていて、それなりに巨木の並木もあるのだが、どこもこんなに見事に咲くことはない。南方系のヒカンザクラ、山に自生するヤマザクラを除けば、本土で普通の品種にとっては冬の寒さが足りないようだ。たいてい、いつ咲けばよいか判らないといった感じで、だらだらと咲いてだらだらと散っていく。しかしここは山の中腹で朝晩の冷え込みはかなり厳しいから、咲き時を間違えないですむのだろう。

私が子供時代を過ごした本土の町では、4月初めに大きなお祭りがあった。沿道にはたくさんの出店が並び、神社の境内ではお化け屋敷や見せ物小屋が建った。そこから背後の山まで、何百か何千か桜の巨木が満開だった。厳しい冬の過ぎ去ったうららかな日和、そして新学期の始まる前、なんだかうきうきした気分で、一日、祭りの町をうろうろしたりしたものだった。

あんな春のくすぐったいようなうれしい気持ちは、この島で味わうことはできない。ここでも冬はかなり冷え込む日もあるが長くは続かない。冬のさなかにもびっくりするほど暖かい日もあるし、ちょっと春めいたと思うと、あっという間に半袖になりたいくらいの陽気になる。とても春の風情を楽しむどころではない。それでも桜が咲いたと聞くと、何はともあれ見に行きたくなるのは、幼い頃から刷り込まれたこの国の文化風土のためだろうか。
posted by 夜泣石 at 06:51| 花草木 | 更新情報をチェックする

2009年02月17日

スモモ

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農道を通りがかりに白いものが見えたと思ったら、スモモの林が満開になっていた。こんな風景はまるで北国のようだ。やっと雪が溶けて遅い春が来ると、また雪かと思わせるくらいに一面真っ白に花が咲く。信州や東北ではそんな景色がはるかに遠くまで広がっていた。残念ながら屋久島では、郷愁を思い起こすのがやっとくらいの小さな林しかない。

バラ科の果樹は、リンゴ、モモ、スモモ、アンズ、ナシ、サクランボなどいろいろある。どれも果物としておいしいが、それだけでなく早春の花の風情がとても良い。思いっきり華やかなのに、どこかはかなく寂しげなのだ。だから我が家の庭には、移住してすぐそれらを取りそろえて植えた。それから6年、どの木もそれなりに大きくなった。しかしごくまれにしか花は咲かない。実が生ったのはネクタリンが一度きりだ。

バラ科には、花芽が成長を始めるためにある程度の低温にさらされる必要のある種類が多い。我が家にあるのはどれも高級品種で、産地である寒い地方で品種改良されたものだった。南の島では寒さが足りなかったようだ。葉もいつ芽吹いたものか判らず、真夏の暑さになった頃やっと茂って、今度は落葉の機会がつかめず、年を越しても青々としていたりする。

この島で育つスモモは奄美スモモと呼ばれるもので、台湾原産の花螺李(ガラリ)という品種らしい。見た目は濃い赤で、実の中まで真っ赤でおいしそうだが、実際はあまり甘くない。それどころかかなり酸っぱい。小粒で堅く生食には向かない。しかし加工用には、たとえばリンゴジャムに昔の紅玉が向いているように、かえってこの方が良いようだ。これで作ったプラムジャムはとてもおいしかった。また本土で昔、多くの家庭で梅酒が造られたように、ここでは今でも盛んにスモモ酒が造られている。

こんなものでも完熟させるとびっくりするほど甘くおいしくなるのだそうだ。しかしそうなるとほとんど日持ちしないから、島の中でも出回らない。もはや我が家の庭のバラ科の果樹はすべて切り倒して、奄美スモモに切り替えた方が良さそうだ。しかしせっかくの高級品種、そのうちだんだんこの島の風土に慣れて、いつか花を咲かせるようになるかもしれないと一縷の期待も捨てられず、なかなか踏み切れないでいる。
posted by 夜泣石 at 06:41| 花草木 | 更新情報をチェックする

2009年02月14日

ドンベア・ウォリッキー

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我が家の庭に春の花たちが続々と咲き出した。中でも最も華やかなのがドンベア・ウォリッキーだ。屋久島に移住した年に通販のカタログで、香りの良い木と書いてあったのに惹かれて買った。庭に植えたらぐんぐん大きくなって、翌年の春からすぐに花が咲いた。

明るいピンクなのだが、派手というより優しく暖かな感じがする。一枚の花びらは2cmほどと小さめの花だが、それが何十個も、大きな塊では100個以上もぎっしり寄せ集まっている。そんな半球状のものが、数十個もあちこちの枝先からつり下がっている。ケーキかアイスクリームのような甘い香りが漂い、大量の蜜があふれ出ている。

最初の年はずっときれいに咲いていた。ミツバチがたくさん集まってきて、羽音で木全体が唸っているようだった。しかしそのうち鳥たちに気付かれてしまった。まずメジロの群れが襲いかかり、ウグイスまでもが蜜を吸いに来た。今ではすっかり覚えられて、花がまだ咲ききらぬうちからやってくる。何十羽もが花や蕾に爪を引っかけてぶら下がって蜜を吸うから、この柔らかな花びらはひとたまりもない。ひっかき傷だらけですぐに茶色く変色してしまう。

葉はごわごわしていて、手をいっぱいに広げたよりも大きい。アオギリ科だそうだが、アオイの仲間の葉に似ていて、付く害虫も同じようだ。彼らは葉を丸めて中に潜むので鳥などに食べられることなく大発生する。秋の終りには大きな株全体が丸坊主になってしまい、枯れてしまったかと思うほどだ。しかし冬になって虫がいなくなると新葉が萌え出てきて、なにごともなかったかのように木全体がまた緑の塊になる。そうして年を越すとつぼみが付き、1月の末くらいから咲き始める。

マダガスカル原産だそうで寒さは苦手で、本土の植物園では温室に咲いているという。しかしこの島では路地で冬の終りに咲く。頑強な木でどんどん大きな茂みになっていく。青虫のおかげで、少しはこぢんまりとおとなしくさせられているくらいだ。しかしなぜか種ができないので、島のあちこちに広がっていく心配はない。移入種がはびこらないのは喜ばしいことなのだが、こんなきれいな花を見るとちょっと残念な気もしてくる。
posted by 夜泣石 at 06:48| 花草木 | 更新情報をチェックする

2009年02月10日

諸悪の根源は屋久島町役場(2)

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公判の二日後、面会の約束を取って屋久島町役場で副町長と総務課長に会った。総務課長は元の上屋久町の人で、あまり状況をよく飲み込んでいないようだった。当事者でしか判らないこと、隠していることなど山ほどあるはずだからそれは当然だろう。副町長は、我々が違法と訴えている屋久町公共財産取得等審査委員会のメンバーだったそうで、いわば首謀者の一人になるから、話し合いはほとんどこの副町長だけが相手になった。

面会の直接の目的は、役場は速やかに仕事をして欲しい、証拠書類などすぐに探し出して裁判を長引かせないようにして欲しいという申し入れだった。それに対して、なぜ資料が出ていないのか担当者に聞いてみる、役場としても速やかに終わらせたいと思っているとの返事だった。ではその意向を弁護士にも伝えて、引き延ばし作戦などしないよう依頼人として申し入れることをお願いした。

ところで私は、もっと本質的なことで聞きたいことがあった。それは原告としてでなく一町民の立場で、役場のやっていることに納得できないということだ。そもそもこの裁判は、形式的には屋久島町長を訴えているが、実質はそうではない。屋久島町役場という組織に対し、ある仕事をして欲しいと要求しているに過ぎない。その仕事というのは、旧屋久町が被った1億2千万円ほどの損害を取り戻して欲しいというものだ。役場がその仕事を拒むのなら、それ以上の価値あるものが別にあり、それが失われるからというのでなければならない。ではそれはいったい何なのか。

副町長の返事はだいたいこんなものだった。「俺たちは一生懸命仕事をしているのに、それにケチが付けられた。争うのは当然だ」。「では1億2千万よりも役人の名誉の方が大事ということですね」と私は畳みかけた。副町長は「そんなことは言っていない」とはぐらかした。しかし残念ながら私は町民としてだけでなく原告の立場もあり、この場ではこれ以上の追求はあきらめざるを得なかった。

もう一つの問題点に移った。被告側弁護士は屋久島町役場の代理人であるから、弁護士の出してきた書面はすべて屋久島町役場の公式見解ということになる。しかしその中には、役場が税金を使って為した公の仕事としては、とうてい許し難い嘘・偽りが書かれている。個人日高十七郎が嘘をついたりどんなに悪あがきしてもそれは知ったことではない。それこそ裁判で決着を付けるだけだ。しかし役場が虚偽を並べるのは見逃すわけにはいかない。それは裁判以前の問題であり、町民の公僕としてあるまじきことだし、公務員の服務規程にも反するだろう。

その許し難い例として、住所の「新治山」が「番屋峯」と間違って契約書に書かれてあるのを、そのあたりが「番屋峯」と呼ばれていることは屋久町住民の周知の事実だ、と言い張っていることを挙げた。すると副町長は、そうそう、あのあたりは番屋峯だとすっかり思い込んでいたから気がつかなかった、と言い出した。なるほどこれを弁護士に書かせたのはこの副町長だったかと判った。私は「何人もに聞いたが、番屋峯がどこか知っている人などほとんどいなかった」と言った。さすがに副町長も、まあそうかもしれないと言葉を濁した。

もう一つの例として、本件土地が「エコタウン あわほ」の敷地になっていると強弁していることを挙げた。すると副町長は、航空写真と地籍図を重ねてみれば使われていることが判ると言い出した。実はこれは先日の公判で弁護士が言った話と同じだ。その時は、これから航空写真を撮るとのことだったので、そんなことに税金の無駄使いなどするなと申し入れるのも今回の目的の一つだったが、副町長の話ではすでに写真はあるとのことだった。

しかしこの主張はこちらもすっかり判っている。本件土地が「エコタウン あわほ」の擁壁に一部引っかかっているのだ。しかしそれは全体のわずか1%にも満たない部分だ。たとえば1坪しか使わないのに、いらない2000坪の土地を買う人などいるだろうか。もともとわずかに設計変更すれば引っかからずに済んだことだし、そもそもその土地を購入する以前に、つまり他人の土地に勝手に工事を施してしまっているという信じがたい事実もあるのだ。この話を持ち出せば、悪行がますます暴露されてしまうことに副町長は気付いていないのだろうか。

副町長は、そもそもあのあたりの土地はすべて込みでなければ買えなかったのだから仕方なかったのだ、と結論めいたことを言った。同じようなことを町長も議会で答弁している。しかしそのような論理は、弁護士の出した書面には一切載っていない。こんな言い訳はいくらでも反駁できるし、たぶん弁護士も判っていて、依頼者から言われてもいくらなんでもそこまで書けなかったのだろう。

弁護士費用に血税を使っていることに対して、あの日高十七郎でさえ、実際には何の対処もしていないのだが、少なくとも口では「心苦しい」と議会で発言している。しかしこの副町長は、公務のことなのだからすべて公金を使って当然だと言った。しかしそれでは、たとえどんな汚職や犯罪であっても税金で守られてしまうことになる。本来この裁判では、屋久島町の弁護士と個人日高十七郎の弁護士の両方が出てきて当然なのだ。裁判官も、屋久島町の弁護士に「被告知人の弁護士は来ないのか」と聞いていた。副町長にはそんな発想は微塵もなかったようだ。

屋久島町の弁護士は個人日高十七郎の弁護までしてはならない。屋久島町の公式の見解だけしか言うべきでなく、それは多くの町民の納得するものでなければならない。しかし現実にはその区別がされていず、どんどん個人の弁護に公金が使われてしまっている。残念ながら屋久島町役場には自覚も自己規制も足りず、放って置けばいくらでも勝手なことをしてしまうようだ。

今は町民による厳格な監視が必要なのだ。裁判そのものでなくそれ以前の、役場の対応の仕方や関連業務において正さなければならないことが山ほどある。その活動をこれから「不当な土地購入に対する損害賠償請求裁判を支援する会」がやってくれることになった。会では裁判費用のカンパもお願いしている。心ある人は会長の山口昌之(0997-47-2277)さんに連絡をとって頂きたい。できれば会員になって共に活動されることをお願いしたい。
posted by 夜泣石 at 11:45| 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2009年02月07日

諸悪の根源は屋久島町役場(1)

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屋久島町長提訴の第4回公判が2月4日にあった。それに先立つ1月31日に被告側から準備書面3が届いた。約束の期日にぎりぎり間に合い、内容も裁判所からの指示通りに、本案の項目すべてに反論を並べたものだった。しかしその内容はかなりお粗末で、項目の半分くらいはただ「否認する」とあるだけで何の理由も書かれていなかった。

この裁判の争点は補正書にあるよう、本件土地の(1)価値が低い(2)利用されていない(3)決定過程が違法である、の三つに括られるが、(1)に関しては不知、(2)に関しては「エコタウン あわほ」の敷地になっていると木で鼻を括ったような回答、(3)に関してはかなり力を入れて違法性はないと細かく論理を展開していた。さらにもっと力を入れていたのは相変わらずの監査請求期間の徒過で、一年を過ぎた正当な理由がないから訴訟は不適法で速やかに却下するよう求めていた。その理由の中には、住所の「新治山」が「番屋峯」と間違って契約書に書かれてあるのを、そのあたりが「番屋峯」と呼ばれていることは屋久町住民の周知の事実だから判ったはずだという暴論まであった。いったい住民のうちの何人が「番屋峯」などという場所を知っているのだろうか。

当方には3日の猶予しかなかったが、すべてに渡って反論し、4000文字を越える準備書面2を書き上げて公判前日にはファックスした。書きながら、反論などよりこんな書面を作った弁護士をとっつかまえて、問題の崖地に連れて行って、これが目に入らぬかと顔を押しつけてやりたいような気分になった。なにしろ、たとえば閉鎖されている崖地の下の小公園について「客観的にはその利用に危険性はない」と何の根拠も示さず断言するなど、嘘と欺瞞で塗り固めたような書面なのだから。また違法性の議論は、私にはよく判らないところもあり、「くまもとTODAY」の久我実さんに改めて教えてもらったりした。そして結論として以下のようにまとめた。

「本件土地はそこに一切の施設などなく、ほとんど人の立ち入ることさえできない所である。それを敷地として利用されていると被告側が強弁することは、現場を見たこともなく、原告の提示した図面や写真すらもまともに見ていないという証拠である。争点の土地そのものを理解しようとしないのなら一切の議論は成り立たない。また多くの項目で何ら理由も挙げずにただ「否認する」とだけ繰り返すのは「問答無用」と言っているのと同じである。これでは真剣な議論を尽くすべき司法の場を冒涜し、国家国民を愚弄するものであるとすら言える。

また監査請求期間の徒過については近年、「自治体が公金や財産の管理を怠った際には1年ルールは適用されない」との判断が最高裁でなされている。それにもかかわらず、あいかわらずこのことに拘泥し続けるのは、本案においては反論ができないからであろうと思われる。

こんな弁論をこれ以上続けても何ら進展する見込みはなく、長引けば屋久島町の政治の浄化は遅れ、それぞれに本業を持つ原告らは疲弊し、さらに裁判にかかる税金の無駄使いになるだけなので、速やかに補正書の第1 請求の趣旨通りの判決を求める次第である。」

さて、公判は今回から小法廷に移った。膝つき合わせてやり合うものかと、議論好きな私は手ぐすね引いて待っていたのだが、裁判官は淡々と事務的な話を続けるだけだった。一通り終わった後、私はたまらず、言いたいことが山ほどあるが議論はしないのかと聞いた。答えは、それらはすべて文書にして出しなさいということだった。公判というのはそれら文書や証拠書類の確認と事務的打ち合わせの場で、そもそも裁判所は議論する場ではないというのだった。まったく肩すかしを食らったような感じで、何のために海を越えて一日かけてはるばるここまでやってきたのかと、もうがっくりといった思いだった。

さらに私は、理由も挙げずにただ「否認する」というのは、子供がヤダヤダと駄々をこねているのと同じで、一般社会では通用しないと続けたが、あっさりと裁判ではそれは認められていると言われてしまった。社会常識とは違うのかと改めて聞いたところ、そうしたすべてを含めて裁判官が判断しますから、とのことだった。しかし問題点は徹底的に議論しないと本当のことは判らず、裁判官の判断も狂うのではないかと思うのだが。

ところで被告側は、書面の中でいくつか証拠に触れていたが全くそれを提出していなかった。裁判官は提出が必要である、いつになるかと聞いた。被告側弁護士の返事は一月後だった。では次回の公判は一月後ということになって、また私は怒りを覚えた。その中には前回も捜していると言っていたものがあり、弁護士は一月半後の今日を約束したのだった。いったいどういうつもりかと詰め寄ったが、相手は困ったような顔をしているだけだった。

私はさらに、あなたはあの場所を自分の目で見たことがあるのかと聞いた。弁護士は「ありません」としれっと答えた。そして自分はただ依頼人の話をまとめているだけなのだ、遅れるのは依頼人側に担当者が大勢いてなかなか捕まらなかったりするから、資料もなかなか出してくれないから、と言うのだった。

そこで目から鱗が落ちた。弁護士というものは、自分でいろいろ調べて考えをまとめ、裁判をリードするものだと思っていた。だからこの嘘つきめと怒っていた。実際は嘘、欺瞞を重ねていたのは依頼人である屋久島町役場だったのだ。公僕であるはずの役人たちが、税金を使いながら悪知恵を絞って町民を裏切っていたのだ。この裁判を速やかに決着させるためには、諸悪の根源になっている屋久島町役場に乗り込んでいくしかない。早速それを実行することにした(続く)。
posted by 夜泣石 at 11:36| 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2009年02月03日

レウィシア

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正月明けに花屋を覗いたら、ちょっと気になる鉢があった。肉質の葉が重なり、その間から花茎が伸び出て、桜でも思わせるようなきれいな花が一つ二つ咲いていた。こんなものは今まで見たこともない。それなりに珍しいもののようだが、放ったらかしになっていて、葉にはだいぶ茶色のシミができ、売れ残りの半額セールになっていた。

どこか高山植物を思わせるような感じに惹かれて買い求めた。窓辺において、毎日様子を見ながら日照や水やりに注意していた。それから半月、新しく出てきたつやつやした葉がきれいに揃い、そしてこれでもかと言わんばかりにたくさんの花が咲いた。蕾ばかりの鉢を買ったので、こんな鮮やかな色だとは思わなかった。それからまた半月ほど、ずっと咲き続けて窓辺を飾っていてくれた。

レウィシア・コチレドンという名であるらしい。北アメリカ西北部の乾燥して寒冷な岩場や荒地に生えるのだそうだ。スベリヒユ科というのも、この姿や花からは予想もしなかった。マツバボタンやポーチュラカなどとはだいぶ感じが違う。よく見ると花弁などの数にばらつきがある。花弁は9枚、雄しべは7本のものが多い。そんな奇数の花というのもあまり例がないように思う。

屋久島に来てこんな花を買えるとは思わなかった。といってもこの島には意外なほど花屋が多い。専門の花屋が何軒もあり、そうでなくても店先に花を置いてある店などあちこちにある。地元の人は信心深くて、お墓や仏壇に花を絶やさないから花屋が繁盛するのだと聞いたことがある。ここでは都会のように本とか服とかの店を覗く楽しみはないが、花屋には四季折々にきれいなものや珍しいものがあって結構楽しむことができる。
posted by 夜泣石 at 22:20| 花草木 | 更新情報をチェックする
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