2008年12月27日

トウゴマ

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ふだんは車で通りすぎるだけの道をふと歩いたら、見たこともない木だか草だか判らないものに出会った。道ばたの荒れ地なのか、近くの家の庭の続きなのか、どっちつかずのところに背よりも高く茂ってかなり目立つ。植えたものなのか、たまたま種がこぼれたのか、ともかくすっかり野生化している。

ヤツデのような大きな葉、刺だらけのウニを思わせるような実、そしてその上を真っ赤な肉質のヒトデのようなものが、あたかも這い回っているかのようだ。じつに奇妙だが思い当たるものがある。アカメガシワの花に似ているのだ。だいたいこんな変なものはトウダイグサ科だろうと図鑑を調べたら、すぐにトウゴマが見つかった。

この部分は雌花で、ヒトデは柱頭なのだろう。これはきっと風媒花で、こうして手を広げて風に飛ばされてくる花粉を捕まえようとしているのだ。下の方には薄い黄色の葯が無数に見える。こちらが雄花で、花弁もあって普通の花の形をしている。しかし雄しべの数がひどく多く、珍しいことに枝分かれまでしている。風まかせのために、たくさんの花粉を飛ばす必要があるのだろう。雌花が上の方にあるのは、自分の花粉で受粉してしまわないようにする工夫だろうか。

別名がヒマで、種を絞ってヒマシ油を作るのだそうだ。ヒマシ油とは懐かしい、そう思ったほど子供の頃は身近にあった。私は飲んだ覚えはないが、下剤として多くの家庭で普通に使われていたようだ。また戦時中は燃料にするために盛んに栽培され、それが野生化して、西日本の各地に広がったそうだ。

この種には猛毒があるという。それも世界五大猛毒とされるほどの成分を含むのだそうだ。そんなものが身近に放ってあるのも不思議な気がする。まあこんな怪しげな植物では、誰も間違っても口に入れようとは思わないだろう。しかし犯罪やテロリストなどに利用されたら恐ろしいことになりそうだ。毒だ毒だと言いふらさない方が良いのかもしれない。
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2008年12月24日

集落のあり方

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山はいつもそこにあり、いつも姿を変えている

私の移住したところは屋久島の南側にある世帯数200ほどの集落だが、そこでは区費が毎月2,400円、それに運動会寄付が半年間300円上乗せされ徴収されている。そして今年は神社修復費が、寄付という名目だが実質一軒一軒回って取り立てに来て、我が家は5,000円出した。1年で合計35,600円が、割り増しの税金のように取られてしまった。経済危機で職や住居すら失った人が大勢出ている今日、この金額は決して半端なものではない。

区費というのは都会で言えば町内会費にあたるものだ。それは確か100円かそこらであったはずだ。私はあちこちに住んだ経験があるが、ここに来るまでこんなお金がかかることがあるとは思いもよらなかった。そして5年以上も住んだ今でもその必要性が判らない。その見返りに何かあったか思いつかないのだ。

集落の人口は400弱。そこに区長が専任でいて常駐の会計もいる。そしてわずかづつだが報酬をもらっている様々な役員や議員が50名くらいいるようだ。もちろん彼らはそれなりに忙しそうなのだが、私はそのお世話になったことなどまずないので、何をしているのかさっぱり判らない。ただ日本中ほとんどの地域で、こんな大組織など無く人々は暮らせているのだから、本当にすべて必要なことをしているとはとても思えない。

昔の屋久島は各集落が孤立していて、水道や電気をはじめ何でも自分たちでやらなければならなかったという。まさに集落は運命共同体であり、お金を出し合い組織を作る必要があったのだろう。それが今、多くのことが自治体の単位で行われるようになったにもかかわらず、組織だけが連綿と温存されてきてしまったのだろう。とっくにその見直しが必要だったのだ。細々やることは効率が悪いし、本当に隣近所で助け合わなければならないこと以外は、できる限り自治体の行政サービスにまとめるべきなのだ。

役員が忙しい理由の一つに、様々な伝統行事があるようだ。しかし私は村祭りを見に行って、ドラえもん音頭などやっていたので興ざめしてしまった。ここは都会の団地などでなく、しかも子供会でもないのだ。屋久島の人たちは本当にこんなものを踊りたいのだろうか。また祭りや運動会などの大勢人集めする必要のある行事では、必ずといっていいほど様々な賞品を用意した抽選会があるのにも驚いた。行事本来の魅力でなく、こういうことで人を釣るしかないのなら、そんなものはもう止めた方がいい。ましてこんな賞品や、行事の後の飲み会に公共のお金を使うなど、もう世の中では許されなくなってきているのだ。

時代の移り変る中で、伝統だからといって何でも存続させていく必要などあるのだろうか。人々の心が離れてしまったものが廃れてしまうのは、良い悪いではなく歴史の必然だろう。そういうものを無理に続けようとするから余計な人もお金もかかるのだ。今住民に自ら積極的に参加したい行事のアンケートを取ったら、残るものはほんのわずかになるのではないか。それでもどうしても残したいと思う人たちがいたら、その人たちで保存会を作って、賛同する人の寄付を募って続けていくしかないだろう。

ところでこの集落では、区費を下げる、少なくとも値上げを抑えるというもくろみで、数年前に管理組合を作って土産物の販売所を開いた。それなりに売上げは上がっているが、しかし詳しい人に聞くと、物品の販売は厳密には実質赤字になっているのだそうだ。観光客の極めて多いところで、普通なら大変な儲けが期待できるはずなのだが。

その理由は私も出品しているので判る。季節性のない商品なのなのだが、観光客が一番多い夏休み時期に売上げが顕著に下がる。行ってみると戸をぴたっと閉め切っていて、年配の客が入り口が判らずおろおろしていたりする。そうして多くの観光客が素通りしていく。冷房の効いた店内で店員たちは座り込んでおしゃべりしている。客を呼び込もうなど全くしない。彼らは固定給だから、客が来ない方が楽でいいと思っているかのようだ。

在庫がなくなっても連絡はない。売る気があったら欠品というのは一大事と思うはずなのだが。商品はたいてい客がいじったままでぐちゃぐちゃになっている。きれいに並べておかなければ購買意欲は削がれてしまうはずだが。決められた営業時間の20分前には店を閉めてしまう。店員の全員がそうだというわけでないが、全体としてはどうみても売ろうという意欲に乏しい。

管理組合の役員が14名もいるのに、いったい何を管理しているのだろう。だいたいここは山の上で平地よりずいぶん涼しい。冷房など、たとえば温度計を置いて外気温28度以上になったら入れる、といった規則を作るだけでも、その運転時間は激減するだろう。そうして戸を開けておくだけでも、かなりの売上げ増と経費削減が期待できる。そもそも小売業は売り方次第で何倍も結果が違ってしまう世界だ。赤字を放ったらかしたまま給料をもらっている人たちは、集落の人々からお金を盗んでいるようなものなのだ。管理組合長などには、損害賠償を請求してもよいくらいだ。

しかもこともあろうに管理組合長と専務は、こうしたことを放って置いて、別途自分たちの商売として似たような店を新たに作った。直営の売店と競合になるからと強硬に反対する人もいたが押し切られてしまったそうだ。何しろ組合長は現職の町議、専務は区長なのだから。

土地建物は集落の共有財産を借りている。驚いたことにその貸借料は売上げの1%だけだそうだ。個人の営利事業なのだから、まず近隣の相場に見合った定額を払うべきだろう。その上でさらに売上げの10%くらいは上納すべきだ。また「はらの里やまんこ売店」という名前も集落の共有財産のようなものだ。勝手に使うことは許されず、ちゃんとブランド使用料を払うべきだろう。

地産地消の推進を図るなど、この売店は本来とても良い試みだと思う。それなのになぜもめ事を起こしてしまったのか。あの店には絶対行かない、と言い切る集落の人が幾人もいる。そもそもこういう事を始めるのなら、まず集落の役職から離れて、けじめを付けてからにするべきだったと思う。私は内実を知らないので、もしかしたら何もやましいことはなかったのかもしれない。しかしたとえそうであっても、この人たちは「李下に冠を正さず」という言葉を知らなかったのだろうか。

話がそれてしまったが、今、集落が取り組むべき最大の課題は、人口の減少と老齢化であるはずだ。それは日本中共通の問題なのだが離島は特に酷い。我が家の周りのミカン畑を持っている人はみな老齢だ。後継ぎもいないようで、もうあと5年もすれば放棄されるだろう。10年もすれば一面原生林に戻っていることだろう。多くの家庭では子供たちを都会に出してしまって、島に戻って来ることなど期待していない。人がいなければ集落も何もかも成り立たない。国や自治体の取り組むべき問題ではあるが、人任せにして何かしてくれるのを待ってなどいられない。若者が働いて金を稼げる場を作ること、親たちが戻ってこいと言える集落にすること。伝統とか格好付けの村おこしなどを振り回していないで、本当に実のあることに集中しなければならない時だと思う。
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2008年12月20日

カイツブリ

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大きな川に行くとカイツブリが泳いでいた。ざぶんと潜ると、少ししてだいぶ大きな魚をくわえて浮き上がってきた。上を向いて必死で飲み込もうとする。頬がふくれ、次に首がふくれていくのが判る。くっくっとのどがつかえたような仕草をしばらくしていたが、やがてすっかり胃袋に収まったようだ。おいしかったというより、ほっとしたといった顔をしばらくしていた。

カイツブリという名前は、意味は通じないが何となくかわいらしく、この小柄でずんぐりした水鳥によく合っている。語源は、足で掻いて、水に潜るということのようだ。確かに足は体の割にはずいぶん大きく、それを掻くというよりぐるぐる回転させて素早く泳ぐ。一度潜るとずいぶん長く水中にいて、突然とんでもないところに浮き上がってくる。今度はどのあたりかなと、当てっこするようなつもりで見ているのはなかなか楽しい。

東京にいた頃は、緩やかな流れの川や湖沼でよく見かけた。群れていることはまずないが、それでも何羽か近くにいることが多かった。急流だらけの屋久島ではめったに見かけない。たまに遠くの水面に一羽だけが、小さくぽつんと浮かんでいるのを見つけるくらいだ。夏は体全体が黒っぽく首筋がきれいに赤くなるのだが、屋久島では色褪せたような薄い茶色の冬の姿しかまだ見たことがない。葭原などに浮巣を作ることで有名だが、そんなものはこの島では一気に海に流されてしまうだろう。越冬のためだけにここに来るのだろうか。しかしこのいかにも貧弱そうな羽で、はるばる海を越えて渡って来れるのだろうか。

魚を食べ終えたカイツブリは、少しすると足の動きを止めてぼんやり遠くを眺めているようだった。さざ波の立つ速い流れにどんどん押し流されていく。見る間に視界から消えていき、何もいない澄み切った川面が冷たくきらきらとするだけだった。
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2008年12月17日

屋久島町議会に変化の兆し

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道はなくとも彼方を見つめて歩く

12月15日、屋久島町議会で渡辺博之議員が一般質問に立った。進行中の屋久島町長告訴に関連して、疑惑の土地の売り主の(株)昭栄の石川社長との関係を問いただした。町長は、金銭の授受や選挙の応援など一切ないと言い切った。議員は、土地購入後に行われた町長選の当選祝いで、万歳の音頭を取っていたのは石川社長だったと追求した。町長は、もしそうなら大変なことだ、絶対にそんなことはない、と断言した。

しかしこんな事実は、当時の写真とか証言とか、すぐに立証されてしまうはずだ。それに本当に違うという自信があるなら、事実無根の噂をふりまいた、名誉毀損で訴えると、その場でいきり立ってしかるべきだ。町長はこんな事で墓穴を掘るのでなく、確かに石川社長だったが、それはたまたま居合わせた中で最も社会的地位のある人だったので、自然な流れでそうなっただけで、何もやましいことはないくらいに開き直ればよかったのだ。たぶん痛いところを突かれて、そんな言い訳を考える余裕もなかったのだろう。

石川夫妻を接待したことがあるか、島外で会ったことがあるかなど問いただされて、だんだん化けの皮がはがれてきた。島外で会った時は、石川社長が屋久島に畑を持っていたので、その様子を報せたという。もしそんなことで町長ともあろう要職の人がわざわざ会っていたなら、その関係は容易なものではない、と思うのが普通だ。

もう一歩追求すれば立ち往生する、そんなところまで追い詰めておいて、渡辺議員はその手前で追求を止めることが多かった。きっとこれが議員の手練手管で、じわじわと苦しめながら追い詰めていくつもりなのだろう。

町長は、コスモ出版も渡辺議員も、何ら証拠もなく流言蜚語を振りまいていると苦し紛れに言い放った。しかし議員から、何の手段も執らず、何も立証しようとしないのはあなた自身だろうと切り替えされて返す言葉もなかった。

進行中の裁判で日高十七郎個人の弁護に、公費から弁護士費用が出ているのはおかしくないかと質問され、即座に、自分も心苦しく思っている、弁護士と相談して対処したい、と返答した。ところでこれは、数日前に提起したばかりの問題点だ。まるで予期していたと言わんばかりの対応をしたことは、もしかしたら町長もこのブログを読んでくれているのだろうか。もしそうならありがたいことだ。また私は議会の始まる前に、見知らぬ議員の何人かにずいぶん親しげに挨拶されて面食らった。もしかしたら人相書きでも出回っているのだろうか。

中心市街地活性化事業の補助金や過疎債の返還を求められる恐れのあることも、町長は何とかしなければならないと認めていた。渡辺議員は、最善の対処は町長が辞職することだと迫った。しかし町長は、辞職すれば返還しないで済むようになるのかと切り返した。これは全くその通りで、霞ヶ関に行ってお役人の目の前で切腹でもしないとお目こぼしはもらえないかもしれない。

ところで、議会の雰囲気が様変わりしているのに驚いた。以前ならやれやれまたか、いい加減にしないか、といっただれた感じで、あちこちで私語が交わされていた。今はみんな真剣に聞いている。しんとして空気が張り詰めている。町長も、以前は薄笑いすら浮かべていたが、もうそんな余裕などなく真剣そのものだ。この様子から逆に、裁判が順調に進行している、それに皆が多大の関心を持っていることが伺える。そしてこの町長にくっついていたらやばいことになりそうだと、多くが思い始めているように見える。

そんな引き締まった雰囲気のおかげか、このあとゴミ処理施設の問題で議会は大紛糾し、大幅に時間を延長したそうだ。数億円の案件でも、質疑なし異議なしで数分で通してしまうようなどうしようもない翼賛議会だったが、もしかして本来の役割に目覚めつつあるのかもしれない。裁判の結果がどうなるかはまだ判らないが、こんな影響が出始めていることは一つの重要な成果のように思う。
posted by 夜泣石 at 06:40| 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2008年12月13日

屋久島町長提訴、じわり前進

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小さな果実を一つ一つ、確かに摘んでいく
(アスパラガスの実)

屋久島町長提訴の第3回公判が12月10日にあった。被告側は準備書面で、「出訴期間の徒過」という前回退けられたはずの主張を、言葉を換えて蒸し返してきた。また新たに「監査請求期間の徒過」を主張して、結論として、本案に入る前に訴えを却下するよう裁判所に求めてきた。

住民訴訟には様々な関門があるが、特に以下のような期間による制限で退けられることが多いのだそうだ。
1)監査請求期間:訴訟を起こす前に監査請求をする必要があるが、それは事件があってから1年以内でなければならない。ただし正当な理由のある場合は除く。
2)出訴期間:訴訟は監査請求が却下された後、1ヶ月以内でなければならない。

本案に入れば、わざわざ住民訴訟を起こすくらいだから悪事は明確で、被告にはまず勝ち目がない。だから悪徳弁護士は上記の規制で門前払いにしようと躍起になるわけだ。それは犯罪者が必死になって時効まで逃げ回ろうとするのと同じだ。

しかし今回の被告側の準備書面は、できの悪さが一目で判るような代物だった。訴状では被告は屋久島町長という行政機関になっているが、補正書では日高十七郎という個人になっている。したがって全く趣旨が違うと書いてあった。しかしそれは訴状の書き方がよくなく、ひねくれて読めばそのようにも取れるというだけなのだ。けれどももしそう読んだら、訴状は「屋久島町が、同じ屋久島町に損害賠償を請求する」という訴えになり、全く筋が通らなくなる。あくまで損害賠償の請求先は日高十七郎個人であり、補正書はそれが明確になるよう書き改めたに過ぎない。

また監査請求期間の徒過に関しては、当該土地について「相当の注意をもって調査すれば知ることができたはずだ」としか書かれていない。これではとてもプロの弁護士の仕事とは思えない。法廷では具体的に何のどこに書いてあると証拠を示さなければ通るはずがないのだ。

裁判が始まって、裁判官は事務的な話の後、いきなり被告側に、原告の提出した証拠資料の会議録や議決謄本のどこにも当該土地の記述は見あたらないがどこかにあるのかと聞いた。弁護士の答えは別な資料を捜しているとのことだった。裁判官は、では次回提出してくださいとあっさり片付けて、続けて小公園設置などの件については反論はないのかと尋ねた。弁護士はあいまいにうなずくだけだった。重ねて裁判官は、本案である請求の原因についての反論も準備するようにと前回言ったはずだがそれはどうなったかと聞いた。弁護士はさらにあいまいにうなずいただけだった。

被告側がさんざん書いてきた出訴期間の徒過に関しては一言も触れない。そして話題はその先にどんどん進んでしまっているから、これはもう裁判官は今回の被告の主張は全面的に却下したということなのだ。そしてなにより、これからは補正書に基づいて進めますと言ってくれた。それに対し被告側からは何の反論も出なかった。

ところで私は言いたいことを山ほどメモして臨んだのだが、それらはだいたい裁判官が先に言ってしまった。ということは裁判官は我々の訴えを全面的に理解してくれているということなのだが、何の議論もなく何も言わせてもらえなかったので、勝利感に浸るどころか、何かむずむずするような思いだった。

主な話がすべて片付いた後、やっと裁判官はこちらを向いて、何か言いたいことはあるかと聞いてくれた。私は待ってましたとばかりに、被告側の準備書面の提出の遅れを追求した。それが提出されたのは公判の前日の夕方5時過ぎだった。それではこちらは何の準備もできない。公判は次回の予定を決めるだけに終ってしまいかねない。はるばる海を越えて、高い交通費とまる一日をかけて来たのがすべて無駄になってしまう。だいたい前回の公判から実に40日もの期間があった。たった3枚のこんな書類を作るのにそれだけの日数がかかったとはとうてい思えない。それも我々が裁判所に何度も電話してせっついたあげくだ。わざと引き延ばしているとしか思えない。そうやって我々を疲弊させるような汚い手を使うのは止めてほしい。

すぐ裁判官に、故意にではないはずだとたしなめられてしまった。喧嘩や感情的になることは法廷にふさわしくないとの配慮だと思う。しかしそこで信じられないことが起こった。弁護士が立ち上がって申し訳ありませんと頭を下げたのだった。捜している資料がなかなか見つからなくて、今度の準備書面は未完成のまま出さざるを得なかったのだという。

私「資料など、我々もさんざん苦労して捜しているので、これ以上のものはもうないと思う」。弁護士「いや確かにあると聞いている」。私「たとえ資料が見つかっても、それが一般町民の目に触れらるようになっていなかったら意味がない。また永遠に探し続けてもらうわけにはいかないので、どこかでけりを付けてほしい」。弁護士はそんなイロハは教えてもらわなくても判っているよといった風に苦笑していた。

ふと思ったのは、彼らはどこからか眠っている資料を引っ張り出してきて、それを議員に渡したと言い張るかもしれない。当該議員にも、もらったと偽証させるかもしれない。するとそこまで追いかけなかったのだから町民が知る努力を怠ったのだ、という理屈も成り立つかもしれない。偽造偽証は日高十七郎の常套手段だそうだから、我々はこのあたりに注意する必要がありそうだ。

被告側は次の準備書面を作るのに1月いっぱいかかるという。原告側はどうかと聞かれたので、書面を受け取って2、3日あれば十分だと答えた。次回の公判は、2月4日になった。また今までは大きな法廷を使っていたが、次回は小法廷にするという。裁判官も3人だったが、これからは1人になるそうだ。それが何を意味するのか、こちらにとって良いことなのか悪い兆候なのか、素人には見当も付かない。

ところで、この裁判の被告は屋久島町長だが、内容は「行政機関屋久島町が個人日高十七郎に損害賠償を請求せよ」ということであり、それは屋久島町にとって利益になることなのだ。つまり住民と屋久島町、原告と被告は一心同体であるはずなのだ。それがなぜ、屋久島町は公費で弁護士を雇い、かつ自らの利益を潰そうとするのか。ひとえに日高十七郎が町長であるからであり、行政機関屋久島町と個人日高十七郎が一心同体になってしまっているためだ。そしてこれが日高十七郎がどんな汚い手を使っても町長職にしがみつく理由なのだろう。裁判官も屋久島町の雇った弁護士に、日高十七郎の弁護士は来ないのかと聞いていた。きっとこのあたりの事情がわかっているのだろう。ともかくこんな公私混同を許さないためにも、まず議会で屋久島町に対し、公費で弁護士を雇うことを止めるよう追求していただきたい。
posted by 夜泣石 at 10:29| 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2008年12月02日

フウセントウワタ

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12月に入って、我が家のある屋久島の南岸もすっかり秋らしくなった。モッチョム岳の中腹にも紅葉の彩りが赤い斑点のように見える。庭ではいろいろな花が、真夏の暑さが過ぎた頃からひとしきり咲いていたが、それらもほとんど終ってしまった。そしてもっと涼しいのが好きなバラや地植えした洋蘭などが、そろそろ花盛りを迎えている。

そんな中で、早春から晩秋まで、真夏の間もずっと咲き続けているのがフウセントウワタだ。真冬はさすがに花は付けないが枯れることはない。ただ冬越しすると、春になって思いっきり咲いて、たくさんの果実が鈴なりに生る。そのあと疲れ切ったように枯れる。だからここでは2年草のような生活史になる。

南アフリカ原産で、日本には昭和の初め頃に入ってきたそうだ。近縁種に赤い花のトウワタがあるが、それはあまり見かけない。しかしこちらは道路際など島のあちこちの空き地で、2mもの草丈の上から下までぎっしり花を付けていたりする。強健というだけでなく、きっとこの島の温暖湿潤な気候が原産地に似ているのだろう。

花はせいぜい2cmくらいと小さめでうつむいているが、のぞき込んで見るとその複雑な作りに驚く。真ん中の5角形のものが雌しべで、その側壁に5本の雄しべがぴったりくっついている。一番目立つ5個の動物の爪のようなものはガガイモ科によくある副花冠で、普通の花にはないものだ。そのくぼみから蜜がたっぷり出ていて、しずくになって落ちたりする。反り返ったような花びらはまぶしいほど真っ白で、細かな毛が縁飾りのように付いている。ただ虫を呼ぶだけのために、ここまでの細工が必要だったのかと不思議な気がする。

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果実がまたこの花から想像も付かないほど変っている。粗く毛の生えた風船で、大きなものは10cmくらいにもなる。華道ではおなじみの花材というが、面白いとは思うが上品な感じではなく、ずいぶんグロテスクなものだ。

そのうちそれが二つにぱかっと割れると、黒褐色の種がびっしり固まって鎮座しているのが見える。この形もなんだか動物っぽいと思う。じきにそれは上の方からばらけてきて、たくさんの真っ白な長い毛が広がって、やがて風に吹かれて遠く広く飛んでいく。

そうして雑草に混じってあちこちから芽生えてくる。しかし庭ではよほど邪魔な場所でない限りできるだけ残しておく。明るい緑の柳のような葉もきれいだし、花も実も異国的な面白さがある。それになにより、南国の蝶のカバマダラがこれに卵を産むという楽しみもあるからだ。
posted by 夜泣石 at 06:44| 花草木 | 更新情報をチェックする
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