2008年11月29日

オオスズメバチ

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いかにも恐ろしげな顔だ。大きな目でにらみつけられると、ぞくっと背筋が寒くなる。頑丈そうな口はペンチのようで、噛まれたら酷いことになりそうだ。しかし無表情な仮面のような顔は、角度によっては笑っているようにも見える。

虫にしては大きな体。5cm近くもありそうだ。黄色と黒の目立つ縞模様は万国共通の危険物の標識だが、このハチでは黄色が橙色に濃くなってもっと恐ろしげだ。でっぷりした腹はとんでもない毒液の注射器だと思うと、もう見かけただけで逃げ出したくなる。

日本では最も恐ろしい人殺しだそうだ。スズメバチによる死者の数は、熊や毒蛇などよりずっと多いという。中でもこのオオスズメバチはその毒の量がずば抜けている。普通、ハチで死ぬのは2度目に刺された時のアレルギー反応によるショック死だそうだが、オオスズメバチは1度目でも、その毒だけで死ぬこともあるそうだ。

こんな恐ろしいハチに、なぜスズメバチなどという名が付いたのか。愛くるしい雀とどこも似ていないのに。どうもこれは虫のくせに小鳥ほどもある、とその大きさを誇張したかったようだ。そして最も馴染みの小鳥が雀だったわけだ。雀にはいい迷惑だが。

肉食で、大きな虫やその固い殻などばりばりとかみ砕いてしまう。しかしそれは幼虫の餌にするためで、自分は逆に幼虫が分泌する栄養液で養ってもらっているとのことだ。それが不足する時、樹液や花の蜜をなめて補っているという。体が大きいためか寒さに強いようで、秋遅く花に来るのはオオスズメバチとホシホウジャクなどのスズメガくらいだ。どちらも爆撃機のような羽音を響かせて飛んでくるので、花の写真など撮っている時はいつもびくっとする。屋久島には普通にたくさんいるが、実はこの島が分布の南限だった。

ヤッコソウが咲き始めて一月ほど、そろそろ種でもできていないかとまた見に行った。近付くとオオスズメバチの羽音がする。今年は何度も見に来たが、いつもこの羽音にびくびくさせられた。そっと見ていたら、地面に降りてヤッコソウの間を歩き回っている。奴さんの手の付け根にたくさん蜜がたまっているのをじっくり吸っている。それからまた次の花に歩いていく。触覚でヤッコソウをまるで触診するかのようにさわっている。雄性期だったら花粉の出るあたり、また雌性期だと柱頭のあたりだ。あとで写真を見て、触角に花粉らしい白いものが付いているのに気付いた。ちょうど雌花に触れている時だが、花粉は近くの雄花で付けてきたのだろう。

ヤッコソウのポリネーターはスズメバチとかメジロとかいろいろ言われていたが、これでオオスズメバチがそのひとつであることはほぼ間違いない。前から気になっていたので、やっと宿題が片付いた気分だ。写真を撮ろうとぐっと近付いた時、大あごをかちかちさせて今にも飛びかかってきそうな感じだった。たぶんたっぷりある蜜の誘惑が勝って襲ってこなかったのだろう。その時はこちらも写真に夢中だったが、後で考えるとぞっとする。
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2008年11月25日

イイギリ

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輝くような黄色の葉陰に、真っ赤なブドウのような実が見え隠れする。イイギリが一番きれいになる時を迎えていた。南国では葉の色付く木は多くなく、それもたいていだらだらと変わっていくのだが、この木だけはほとんどいっせいに黄葉する。しかも大木で大きく横に枝を広げているからとても目立つ。

しかし黄葉がついている時間は短い。じきにはらはらと落葉し、赤い実の房だけが枯れ枝にずらりとぶら下がる姿になる。冬の青空を背景に、それもまたとてもきれいだ。赤い実はいつまでも減らず、また黒くなったりもせず、冬の間ずっと枯れ木を飾っている。

この赤い実は見た目はよいが、堅くおいしくはなさそうだ。鳥はほかの食べ物がなくならない限り、これには手を出さないようだ。しかも食いしん坊のヒヨドリぐらいしか、この木に集まっているのを見たことがない。

屋久島でこの木は山の奥では見かけない。平地や低山の川沿いに多い。西部林道に行くとあちこちにあるのは、たくさんいる猿や鹿が食べて種をまき散らしているからだろうか。何年か前の冬、見事に赤い模様が続いていたことがあった。それ以来、あんなに実っている情景を見たことがない。気候の変動か何かが影響しているのだろうか。今年こそはと期待して、毎年見に行っているのだが。

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posted by 夜泣石 at 06:54| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年11月22日

言論の自由?

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きっと世界は美しくなる

少し前、テレビのニュースで懐かしい言葉を聞いた。「言論の自由」。子供の頃、議論、というか口げんかで追い詰められた時など、捨て台詞のように言ったりしたものだった。それ以来、もうずっとこんな気恥ずかしい言葉など、まず口にすることはなかった。

そんな子供の頃と同じような言いぐさで、テレビの中で大の大人が何度も言ったから驚いた。もとよりこの言葉はそんな日常で使うような軽々しいものではない。それは権力と闘う人々をその弾圧から守るためのものだろう。だから航空幕僚長などという国家権力の中枢にいる人にはもともと無縁のはずだ。

もし立場もわきまえず、周りのことも気にせず、それがどんな結果をもたらすか考えもしないで、ただ思ったことをそのまま口にすることを「言論の自由」というなら、大人になればそんなものは世の中で通らないことに気付く。会社でも何でも、組織に入れば上司、同僚、部下それぞれに気を遣い、常に結果を気にしながら発言しなければならない。まして外部に対してはさらに慎重にならなければならないことは駆け出しの若造でも判る。

「日本は良い国」という言葉にも驚いた。良い国と悪い国。やはり小学生の頃、日教組の先生がそんなことをしきりに言っていた。日本や米国は悪い国、ソ連や中国、北朝鮮は良い国。我々の世代では大学に行ってもまじめにそう言う学生がいた。この人もまた子供の頃の教えを純粋に受け止め、抱え込み、そのうちいろいろ知るにつれ逆に反発心を募らせたのかもしれない。普通なら世の中が、そんなマンガか何かのように善悪二元論で割り切れるものでないことは次第に判ってくるはずだが。自衛隊という隔離された環境では幼児性が温存されてしまうのかと思うと、子供に武器を持たせているようで恐ろしくなる。

そもそも良い風土、良い国民性などはあっても、良い国家などまずないだろう。国家というものはその起源において、支配や侵略とは切り離せない。そんな悪との戦いが、近代の民主主義ではなかったか。しかしその理想は今もって世界中どこでも成し遂げられてはいないだろう。

日本は悪くないとこの人は主張する。しかしたとえどんな理屈があったとしても、戦争を仕掛けておいて、内外のこれほど多くの人を殺しておいて、悪くないということはないだろう。日本も悪かったが相手も悪かったというならそれは当然だが。欧米各国が世界中で残虐非道を働いてきたのは周知の事実だ。それらに比べれば、確かに日本のしたことなど小さいものに見える。しかしそれはただ後から欧米のまねをして、ちょっと手を出したところで叩きのめされたというだけなのだ。

アジアの諸民族を解放をしたという主張は、それは米国が最近のイラク戦争で、イラク民族を圧政から解放したと弁明するのと同じだ。それではなぜもっと圧政や飢餓に苦しむ国があちこちあるのを放っておいて、曲がりなりにも平和だったイラクを攻めたのか。そこに石油があったからだろう。そうして何十万もの死体の山を築いてしまったのだ。しかし今やその米国の中で、ずっとあの戦争に反対してきた人が新しい大統領に選ばれている。国として悪いと認めたわけで、これはすごいことだ。国を自慢できるとしたらこういうことだと思う。

さてこの空軍の大将の話の続きでは、自衛隊員は、悪い国と教えられて元気をなくしているのだそうだ。しかし過去をいたずらに美化してそれにすがるよりも、失敗や反省をバネに二度とそんなことはしないと決意した方が、ずっと元気になると思う。自衛隊の皆さんには、普通の日本人以上に過去のあやまちを自覚し、真に国民のためになる軍隊にしてみせるという理想に燃えてほしい。

ところでこの国の大将である首相もいかにも軽率だ。「そりゃ言論の自由はあります」などと軽々しく言うのでなく、「言論の自由とは、そういうことではない」と切り捨ててほしかった。いやこの人自身が失言ばかりしているのは、同じように「言論の自由」を曲解しているのだろうか。一国の最も上に立つ人にそんな自由などあるはずはないのだが。そもそも将たるものの言葉は重い。言葉に慎重でない人は将であるべきでない。

考えてみれば日本はずっとこんなお粗末な首相ばかりだ。この人について行こう、将来を託そうという気になどとてもなれない。一国のリーダーがこんなに貧弱なのは世界でも珍しいだろう。それでも国がつぶれないのは、それだけ国民が成熟しているということなのか。それともこの先にとんでもない落とし穴が待っているのだろうか。
posted by 夜泣石 at 06:49| 世の中のこと | 更新情報をチェックする

2008年11月18日

ミゾカクシ

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水を抜いて放置されたままの田んぼに、一面ミゾカクシが咲いていた。田の畦などに日本中どこでも生えている雑草だが、この変った形の愛らしい花は昔から好きだった。溝を隠すほどに繁茂するからミゾカクシというのだそうだが、この細長い小さめの葉が折り重なっている様子は筵の目のようで、別名のアゼムシロの方がぴったりのように思う。東京近辺では夏から秋の花だったが、屋久島ではやっと涼しくなった11月頃が一番きれいに咲き誇るようだ。

花はほとんど真っ白なものから、薄い赤紫を帯びたものまでいろいろある。たくさん咲いている様を上から見ると水鳥たちが群れてでもいるような感じだ。アップで見るとなんだか楽しげで、テレビで見た踊っている極楽鳥を思い出した。これがもう少し大きかったら人々は捨ててはおかなかっただろう。しかしせいぜい1cmほどしかないから、ほとんど顧みられることはない。

鳥などを連想してしまうのは、普通の花のように放射相称でなく動物のように左右相称だからだろう。それにちゃんと頭までくっついている。こんな形の花には、他にクサトベラがある。これらは別々の科だが、あんまりそっくりなので、別個に進化したようには思えない。

こんな変った形にはきっと深い意味があるのだろう。調べてみたら近い仲間のサワギキョウで研究されていた。この頭の部分は雄しべが互いにくっついて筒になったもので、中に雌しべが入っている。葯は筒の内側にあり、中に花粉がたまる。それを雌しべが下から押し上げている。虫が来て、蜜標に導かれて頭を花の中に突っ込むと、背中が筒の先にある毛を押し下げる。すると花粉があふれ出て背中に付く。

やがて花粉が出尽くした頃、雌しべは筒の先からぐっと伸び出し、そして柱頭が開く。別の花の花粉を背中に付けた虫が来ると、ちょうどそこに触れて花粉を受け取ることができるという仕組みだった。つまり虫の背中というポイントをおさえたのがこの形のミソだった。背中なら虫が体をきれいにしようと思っても、手足が届かないから花粉を落とされる心配が少ない。

雌しべが飛び出してくる仕掛けは、雌しべが伸びるのでなく、雄しべの筒が縮むためということが写真を見比べて判った。それはキク科によくある仕掛けだ。ミゾカクシはキキョウ科なのだが、これらは近縁だそうで同じものを受け継いでいるのだろう。

花は小さく何気なく咲いているのに似合わず、そこに隠された秘密は巧妙で奥が深い。それを知れば知るほど、単にきれいで可憐というだけでなく、とても魅力的に思えてくる。
posted by 夜泣石 at 06:51| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年11月15日

屋久島の素朴な?人々

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なにもかも美しくなる一瞬がある

屋久島の人は誰にも優しく親切で欲がないと褒める人が多い。忘れ物はいつまでたってもなくならないし泥棒などいない。都会ではふつう家を空けておけば物がなくなるのに、ここでは逆に増えると笑って話す人もいる。誰かしらやってきて、余った作物など置いていってくれるのだという。私も実際そんな経験をしている。

ではここはそんな素朴で高潔な人々の理想郷かというとどうも違う。地元の人の間には、いつも様々な良からぬ噂が飛び交っている。役場や公共機関で、使い込みなどしょっちゅうのことだそうだ。また公共事業などもずいぶん食い物にされているようだ。そもそも公共事業はそれが必要かどうかなど関係なく、国や県の補助金が出ると聞けばみんな我先に群がるとのことだ。

どうも人々は個人的に付き合うには高潔だが、相手の顔の見えない公の場になると、とたんに意地汚くずる賢くなるようだ。いやこういう両面性こそ素朴ということかもしれない。公金横領でも、見つかったら返せばよいくらいの感覚だそうだ。そしてまたこれも素朴なためか周りに厳しさが欠けるから、都会だったら間違いなく告訴され懲戒免職になるようなことでも、最悪辞職するくらいで済んでしまっているという。

公共事業に絡んで、特に問題にもなっていないが、どのように食い物にされるかよく判る事例が身近にあった。

私の住んでいる地区の真ん中を走る道路は、途中にカーブがあり、またそのあたりから少し狭くなっていた。といっても大型車でもちょっと速度を落とせばどうということもない道だったが、近くに小学校もあり、地元から拡幅工事の陳情が出されたそうだ。それが受付られて数年前に工事が行われたのだが、出来上がってみると両側にそれぞれ巾3mもある広い歩道の付いたびっくりするほど立派な道路になっていた。

小学校のある側は通学路でもあり、これくらいの歩道は当然だろう。しかし反対側の歩道は陳情になかったものだそうだ。だいたいその歩道は300mほどのこの工事区間だけで、片端はガソリンスタンドの壁にぶつかって、反対側は橋のたもとで終わっている。連続していない歩道など利用価値が低く、また近辺はほとんど老齢化の進んだ古い住宅地だから、いつ見ても歩いている人などめったにいない。

町道には両側とも歩道のないようなところもあちこちあるのに、それらを放って置いて、なぜここだけこんな行き過ぎたものになってしまったのか。全体の予算の中で、実際の工事費の占める割合はごくわずかだったそうだ。集落の中だったために多大の立ち退き料が必要となり、巨額の予算になったという。そうして道路に沿った古屋がすべてきれいに建て替えられている。

もし地元の陳情通り片側だけの歩道であったなら、立ち退かなくてよかった家、つまりきれいに建て替えられるはずのなかった家が何軒かある。そのうちの一つは日高十七郎屋久島町長のごく近い親戚の家、もう一つはこの町長と組んで、今訴訟になっている事件も含めて数々の疑惑の出費を遂行した役場の元収入役の親戚の家だった。

当然こんないきさつは地元では誰でも知っていることだから、人々は口々に噂していた。しかしじきに沙汰止みになっていった。まあずるい連中だと思っても、誰か損をしたわけではないということなのだろう。しかし考えてみれば、彼らの受け取ったお金の出所は我々の払った税金なのだ。ということは、彼らは見えない形で我々から盗んだことになるのだ。

誰がどのように絡んでこのことが実行されたか知らない。ともかく噂を聞いていると、この島の行政はこんなことばかりのようだ。もちろんここの人たちがみんな裏では意地汚くずる賢いという訳ではない。それどころかほとんどの人は素朴に清廉潔白なのだと思う。その素朴さが裏目に出て監視の目が弱すぎるのだろう。それが一部のあくどい連中をいいようにのさばらしているのだと思う。
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2008年11月11日

フカノキ

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平地の林の所々を黒々と覆うのはフカノキだ。大きめの葉がぎっしり放射状に並んでいるが、これらは小葉で、全体で一枚の葉だった。そんな複葉が、かなりの大木の上から下までびっしり付いている。

同じウコギ科のヤツデに似ているが、葉の量が多いためかずっと暗い感じだ。これでも鉢植えにして観葉植物にするそうだが、とてもこんなものを家の中に置きたいとは思わない。しかしもしかすると、環境が違えばずっとおとなしくこぢんまりとしたものになるのかもしれない。なにしろ屋久島の自然は多くの植物をとことん暴れさせる。

そんな図体に似合わず、秋の深まる時期、5mm程の小さな花を咲かせる。一抱えもある花序をぐっと突き出し、細かな白っぽい花をたくさん総状に付けているが、たいしてきれいでもない。しかしぐっと目を近付けると、意外にかわいらしいのに気付く。

花に比べてずいぶん大きめの真っ白い葯が5個飛び出している。5枚の花びらが星状にぴんと張っている。緑の柱頭が、そこが真ん中である目印のようにちょこんと付いていて、その周りの平らなところが蜜で光っている。こんな小さな花でも虫たちはめざとく見つけるようで、アリがよくたかっているし、ヒラタアブも来ていた。

春になると小粒の黒い玉のような果実がびっしり実る。鳥たちはよく食べるようで、そうして種子をばらまくから至る所から生えてくる。たまに幼木で桑のような切れ込んだ面白い形の葉を付けるものがある。これは何?と珍しいものを見つけたと思っても、このあたりの掌状複葉はたいていフカノキだ。

防風林の中などに混じって一番もさもさしている。あんまりありすぎてうんざりするようになったが、本州などにはないから移住した当初は、ああ南国に来たなといった思いを強めてくれたものだった。あの頃は何を見ても感動したなと、今では懐かしいような気がしてくる。
posted by 夜泣石 at 06:35| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年11月08日

シマサクラガンピ

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久しぶりに西部林道を通った。ここは自然遺産地域として有名で多くの観光客が来る。しかしずっと似たような照葉樹林が続くだけだから、いつも出没する猿や鹿を見る以外は、たいていの人は車でさっと通りすぎてしまう。しかしどこでもよいから車を止めて出てみると、あたりを埋め尽くす木々の緑や深い森林に漂う香気に、とても気持ちの休まる思いがする。

センダンカラスザンショウの大木が青空を覆っているのが見事で、ふと車から出たところで、目の前に見たこともない木があるのに気付いた。たくさんの枝が放射状に吹き上げた感じで、それぞれ流れるようにびっしり葉を付けている。その先に小さな黄色の花のかたまりが見える。一目でジンチョウゲの仲間と見当は付いた。後で調べてシマサクラガンピと判った。樹皮が桜に似たサクラガンピという木が伊豆箱根周辺にあり、それに似ていて屋久島で見つかったのが名前の由来だという。

樹皮はかなり赤く、確かに桜に似ている。折れた枝があったので試しに引っ張ってみたが、とても強く引きちぎることはできなかった。またこの花を見て当然合弁花だと思ったら離弁花の方に入っていた。この黄色の花びらに見えるものは実は萼であって、花弁はないのだそうだ。香りを期待したが全く匂わなかった。

四国の限られた地域と九州の一部に少しずつ見つかる珍しい種類だそうだ。それでも昔はこの樹皮が雁皮紙の原料にされたというからそれなりに生えていたはずだが、取り尽くされてしまったようだ。屋久島ではわりとあちこちで見つかるそうだから、たぶんここでは製紙業は盛んでなかったのだろう。

和紙は昔、コウゾ(楮)かガンピ(雁皮)で作られたとのことだ。雁皮紙の方が薄く丈夫で、またきれいで、今年ブームになっている源氏物語をはじめ、平安文学はみな雁皮紙に書かれているという。原料になる木は何種類かあるが、どれも栽培は困難で、その後中国から入ってきた近縁のミツマタが主流になったのだそうだ。今では雁皮紙は最高級の幻の紙になっているという。

本来は真夏に咲く花のようだが、なぜかずいぶん涼しくなった今頃、狂い咲きというよりほとんど花盛りといった感じで咲いている。花など期待していなかったのに、こんな珍しいものが道路脇に何の気なしに見つかる。そんなことがこの島で暮らす楽しみになっている。
posted by 夜泣石 at 06:47| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年11月04日

屋久島町長提訴、却下を免れる

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雨の残した宝物

7月末に起した日高十七郎屋久島町長提訴の裁判は、10月31日の公判で危うく却下を免れ、次回12月10日からやっと本題に入ることとなった。この3ヶ月ほどは、素人集団が味方であるはずの専門家と自称する人に騙され、法律の条文に翻弄されるドタバタ劇であった。

躓きのそもそもはNPO市民オンブズマン鹿児島の代表理事という人を信用してしまったことだった。訴状はすべて書いてあげる、裁判の時はいつも付き添うから、原告は数人が代わりばんこに出ればよい、この裁判はほぼ確実に勝てる。素人集団はそんな甘い言葉にすっかり乗せられて、軽い気持ちで裁判に入ってしまったのだった。

しかしこの人の書いた訴状は、いろいろなことをばらばらに書き連ねただけで論理性に欠けていた。日本語としても稚拙で、常識的にもできの悪い文章だった。しかし今まで訴状など見たこともない我々は、司法の世界とはこんなものなのかと思ってしまった。しかしそんなことはありえなかった。どこに行っても悪いものは悪いのだ。そしてそもそも訴状の最初の肝心の項目の「請求の趣旨」が全く法律の定めに則っていなかったのだった。

ここを被告側弁護士につけ入られてしまった。もとより法律の定めにない訴えなど取り上げられるわけもない。告訴は即却下になって当然だった。しかし極めて幸運なことに、裁判官はズブの素人に優しかった。住民が行政に関心を持つのは良いことで、住民訴訟は大事にしなければならないと言ってくれた。そして補正書を提出する権利のあること、そこで専門家とよく相談して請求の趣旨を書き改めること、また監査請求が却下されているが、その却下理由に対する反論を書く必要のあることなどを諭すように言ってくれた。

ほとんど首の皮一枚でつながったような思いで、それから3週間ほど、必死で補正書を作った。補正書といっても実際には訴状を一から書き直したものだ。A4判5ページにわたりびっしり書き連ねて、新たな証拠書類を60枚ほど添付した。それを次の裁判の日程より2週間も前に提出できた時は、これでやっと本当の裁判に入れると思った。

しかし被告側弁護士がぎりぎりになって出してきた反論は木で鼻を括ったようなものだった。補正書で書き直した請求は「追加的に併合された請求」になるが、元の請求が違法であるから追加的併合もまた違法になる。またもし追加的併合でなければ新たな請求となり、するとその提出期日は、監査措置請求が却下されてから1ヶ月以内という期限を超えている。したがって訴えは却下されるべきであると主張していた。

我々には一日の猶予しかなかったが、何か反論できなければこれで万事休すになってしまうかもしれない。相手の文面は法律用語の羅列で理解するだけでも苦しかったが、なんとか反論を考えて準備書面1として書き上げた。補正書の請求は追加的併合でも新規でもなく、あくまで元の請求の補正であると主張し、速やかに内容の審議に入ることを訴えた。

10月31日の公判はそれこそ固唾を呑む思いで臨んだ。裁判長は事務的ななことをしばらく話してやきもきさせた後、突然、被告側弁護士に向かって、これは補正と認めるので次回までに内容の審議のための準備をするようにとぽろっと言った。こちらの主張を全面的に認めてくれたものだった。激しい議論を予想し、前日は夜も眠られず様々な理屈を考えてきただけに、勝ったとかほっとしたとかいうより、がくっと気の抜けたような気分だった。弁護士はいくつか負け惜しみのようなことを言っていたが、そんなものはもう通らないだろう。最初の時とは打って変わった硬い表情がそれを表していた。

その後また我々は裁判長に諭されてしまった。今回は原告5名中2名が出席したのだが、実際には原告全員が出席しなければならないということだった。これも自称専門家の指導とは違っていた。原告は5人もいるので全員となると予定を合わせるだけでも難しい。今回は公判成立にするが今後どうするかと聞かれて、逆にどうすればよいかと指導を仰ぎ、原告中3名は訴訟を取り下げることにした。そして裁判長が被告側の了解も取り付けてくれた。

これでやっと市民オンブズマンとかいう人のもたらした災厄から抜け出ることができた。彼は、本人は意図していないとは思うが、実際は権力の手先になってしまって、こうして住民運動を潰して歩いているように思えてならない。ともかくこれからやっと本当の裁判が始まる。素人集団にとってはよい勉強にはなった。

ところで私は最初、この訴訟に至る活動に関し、頼まれて名前を貸しただけだった。私の名前などでも役に立つなら、利用してくれればよいと思った。名前を貸したぐらいで、静かな隠遁生活が乱されることもないだろう。そうして監査請求の時、でき上がった書面にサインし印を押した。それが却下され裁判になっても、すべて専門家がやってくれる、何回か鹿児島に顔を出せばよいくらいの気持ちでしかなかった。そして実際、ほとんど何の手伝いもしてこなかった。訴訟を報せる記者会見にも出ていない。

初めての裁判の日、予想もしないことが起こった。専門家と自称する人は傍聴席にいて、我々ズブの素人だけが原告席に座らされた。そして裁判長から、訴状はできが悪すぎる、このままでは裁判にならないと告げられてしまった。私はたまたま並びが筆頭になっていたため、すべての責任を背負わされたような感じだった。恥ずかしさと騙されたという気持ちで、みるみる顔が赤くなった。なによりこんな公の場に、軽い気持ちで出て来てしまった迂闊さを悔やんだ。

しかしもう後には引けない。このままでは有志の人たちの今までの努力が無駄になるばかりか、逆に町長を利して屋久島の改革はさらに遠のいてしまう。町長が追求されるたびに「幸か不幸か裁判になっているので司法の判断を待ちたい」と言っていたのは、勝ちを確信していたからだと判った。もう自分が頑張るしかない、その瞬間に決心した。

仲間の人たちはこれから弁護士を頼もうと言っていた。しかしそんなお金があったら最初から頼んでいたはずだろう。そうすればこんな偽者などに騙されることもなかった。ともかく弁護士というものは金次第で正義の味方にもなるし悪の守護神にもなる連中だ。そしてたくさん金を積んだ方が優秀な弁護士を雇えるだろう。そんな競争に金のない我々が勝てるわけがない。だいたい弁護士に任せて、もし負けたらもっと良い弁護士を頼めば良かったと悔やむだけだ。そもそも今回の不手際はすべてを人任せにしすぎたことにある。とことん自分の責任で進めたら、たとえ失敗してもその経験を次の戦いの糧にすることができる。実は後になって弁護士とはそんな連中ばかりではなく、無償で我々を支援してくれる人にも出会ったのだが、そういう人は忙しすぎてとても引き受けてもらえるはずもなかった。

補正書は私が書く、と皆に宣言した。すでにずっと頑張ってきた人たちにより多くの事実が解き明かされているし、「くまもとTODAY」をはじめたくさんの文書がある。それらをしっかり理解し、論理的に組み立てるだけなのだ。素人の書いた書類は司法の場では型破りなものとなるだろう。しかし論理と主張がしっかりしていれば通用しないことはないだろう。久しぶりに張り詰めた日々だったが数日で下書きができた。それを皆に渡して、修正や追加、希望などを出してもらった。それらを組み入れてまた読んでもらう、ということを繰り返して、3週間ほどで作り上げることができた。中には細かな字でぎっしり追加を書いてくれた人もいて、こういう協力を無駄にしてはならないと、思いを新たにした。

このあと、提出した補正書に対する被告側の反論が出て、それに対する再反論を書く時は大変だった。1日しかなく、仲間に八方手を尽くしてもらったが、相手のあげた判例すらその内容をつかむことはできなかった。結局自分一人で考え、日が変る頃になってやっと準備書面1ができあがった。この日、朝から遠来の客を案内する予定があり、また身内に不幸があり、なぜか突然子猫が迷い込んできたりなどなど、こんなに切羽詰まった思いは生涯もう二度としたくない。

次回の公判では、被告側弁護士は「監査請求は事件があってから1年以内」という期限に関して答弁すると言っていた。またまた内容に入ろうとせず、手続き的なことで逃げようとしているのだ。この規定も、今回問題になった1ヶ月期限も、本来は請求が濫用され行政に支障を来たしたりすることのないよう定められているはずだ。しかしそれが今や、悪徳弁護士の悪を擁護し助長する手段になってしまっている。そうして多くの住民訴訟が潰されている。こういう規定は原則の範囲にして、実際それを採用するかどうかは裁判官の判断に任せるというように法律を変えなければならないと思う。

最後に補正書(実際は告訴状)と準備書面1を添付しておきますので、興味のある方、もっと深く知りたい方は下をクリックしてぜひ読んでみてください。
補正書.pdf
準備書面1.pdf
posted by 夜泣石 at 06:48| 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2008年11月01日

ヒレタゴボウ

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初夏に早々と稲刈りされた後、水を抜いてそのまま放ったらかしにされている田んぼが、腰ほどの高さの雑草に埋まっている。そんな中でひときわ鮮やかに咲いているのがヒレタゴボウだ。秋口から見られたが、朝晩寒く感じるようになった今頃が花盛りで、年末近くまで咲き続ける。

3cmほどと雑草にしては大きめで、しかも輝くような黄色だから目立つ。この派手さは日本の花らしくないと思ったら、やはり熱帯アメリカ原産の帰化植物だった。日本ではせいぜい50年ほど前に見つかったばかりだそうだが、今では関東より南の暖地の湿地に急速に広がっているという。屋久島でも気候が合っているようで、あちこちの農地で見つかる。

この名はついヒレタ・ゴボウと読んでしまうが、実際はヒレ・タゴボウだ。タゴボウに似ていて茎にヒレがあるからという単純な意味だった。タゴボウはチョウジタデの別名で、湿地に生えて根がゴボウのようになるからだという。ヒレタゴボウの根はどうなっているかと見てみたが、太めではあるが何本にも分かれていて細根も多く、ゴボウのような直根ではなかった。ともかくヒレタゴボウの名は変わっていて覚えやすい。チョウジタデは日本原産で、似ているけれども小さなさえない花を付ける。似たようなところに生え、この島にも分布しているそうだが、ヒレタゴボウに押されてしまったのかまだ見つけていない。

昨年、花を摘んできて空き瓶に挿しておいたらしばらく咲いていた。花びらが散った後も萼が残り、細長い果実との取り合わせが面白い。しかも紅葉のような赤に色付いてくる。そのままずっと飾っておいたら、いつの間にか茎からたくさん根が出ていた。これなら草刈りされてもどんどん増えてしまうわけだ。温暖化でもあるし、これからますます日本全国の田んぼに広がっていくかもしれない。
posted by 夜泣石 at 06:43| 花草木 | 更新情報をチェックする
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