2008年10月28日

カネタタキ

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夜、机の上をすすっと動くものがいた。よく見るとなつかしいカネタタキだった。1cmくらいと小さく、それに平べったい体つきだから、どこかの隙間からでも入り込んだのだろう。雌には羽はなく、雄も鳴くためだけの小さな羽で、どちらも空を飛ぶことはできない。明かりに誘われて2階のここまで壁をずっと這い登ってきたのだろうか。

鳴き声が鐘の音のようだといっても、ゴーンでもカーンカーンでもない。鐘を鳴らすのではなく、仏具の小さな鉦を叩く音だ。軽く指を振るようなリズムでチン、チン、チン、チンと鳴き続ける。秋の派手に歌い騒ぐ虫の多い中で、耳をすまさなければ聞き取れないような音。しかし雑踏の中でも親しい人の声は聞き取れるように、一度聞き分けると、騒がしさの中にいつもか細げに響いているのに気がつくようになる。

この音色は昔から日本人の心を捉えたようで、歌や句にも多く詠まれている。枕草子にも、蓑虫が「はかなげに鳴く、いみじうあはれなり」と書かれてあるが、これはカネタタキの声で、蓑虫が鳴いていると間違えられたものだという。同じようなところにクサヒバリもいて、よく共に鳴いているが、あの澄んだ明るい音色は蓑虫とはとうてい結びつかない。ぼろのような蓑の中で悲しく泣いているというのは、カネタタキの鳴き声にふさわしい。また寒くなって他の虫がすっかり鳴りを潜めた後も、どこからかかすかに響いてくるのも余計に寂しげな感じがする。

鉦叩坊主という言葉がある。昔、家々の門の前で、鉦を鳴らしながらお経を唱え、施しをもらっていた乞食僧のことだ。いつからかすっかり見かけることもなくなったが、昭和の半ば頃まではそれほど珍しくなかった。あれはどういう宗派のどういう人たちだったか知らないが、子供にとっては異界の人のような近寄りがたさと、どこかもの寂しさを感じたものだった。そんな思い出とその音色に惹かれて、若い頃はこの名を自分のハンドルネームに使ったこともあった。

カネタタキは毎晩机の近くで鳴いてくれた。家の中だと反響して大きく、音色にも深みが出る。見つけたらそっと捕まえて外に出してやろうと思っていたが、毎晩の鳴き声がいとおしくて特に捜そうとはしなかった。残念ながら何日かして聞こえなくなってしまった。食べ物にありつけなかったか、あるいはたくさんいるクモに捕まってしまったか。無理にでも捜してやればよかったかなと、ふと思う。
posted by 夜泣石 at 06:44| 生きもの | 更新情報をチェックする

2008年10月25日

グンバイヒルガオ

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青い空、白い雲、それらを写す海、まぶしく熱い砂浜。そんな南国の海辺に点々と赤い彩りを添えているのがグンバイヒルガオだ。淡いピンクに赤紫の筋が星形に通る。朝露に濡れる朝顔の風情だが、昼間の浜辺の炎熱の中で咲いている。それでも真夏には午後になると縁の方から丸まって萎れかけていた。ずいぶんしのぎやすくなった今頃は一日中形を保つようになって、夕方など秋草の花のような趣すらある。

2枚に折りたたまれた分厚い葉はだんだん開いて軍配形になる。色も形も感じがよい。太い蔓が長々と這い、途中に岩などがあってもよじ登りまた下る。それに沿って整った形の葉がずっと一直線に並ぶ。そして節々に花を咲かせていく。

この島でヒルガオの仲間はよく見かけるが、この花はヒルガオと名が付いても、実はサツマイモの仲間だそうだ。毒はあるが弱いので、飢饉の時は食べることもあったという。花はずっと小型だが色の似ているホシアサガオや、園芸種のアサガオもみな同じサツマイモの仲間だった。サツマイモは我が家の庭ですっかり雑草化していて、うっかり見落とすと、たちまち大きな葉であたりを覆い尽くしてしまう。この仲間は弱々しげな花からは想像も付かないほど強靱のようだ。火山で焼け尽くされた島に最初に根を下ろしたのがグンバイヒルガオだったという報告もある。

蔓のあちこちに実ができていた。朝顔のそれとよく似ているがずっと大きい。それがぱっと割れると4個の種が出てくる。今度は朝顔とは全然違って毛むくじゃらだった。それで水をはじき、また中に空気が入っていて軽いので、海に浮かんで遠くまで流れて行くのだそうだ。

ずいぶん流されて東北地方の海辺でも花を咲かせたりするという。しかし寒さに弱いから冬は枯れてしまう。次の夏に新しく流れ着いて、花を咲かせてまた死滅する。そんな命の無駄遣いのようなことを繰り返す生きものはいろいろあり、魚では死滅回遊魚としてよく知られている。昆虫にもウスバキトンボをはじめ、何種類もあるようだ。しかし近年の温暖化で死なずに済むところはだんだん北に広がってきているそうだ。グンバイヒルガオは最近まで宮崎県が北限といわれていたが、今では四国でも冬を越しているという。大変な犠牲は、いつか来る好機を捉えるために必要だったということのようだ。
posted by 夜泣石 at 06:47| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年10月21日

ハマアズキ

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10月も後半になったといっても、真昼の浜辺はまだまだ日差しが痛いくらいだ。そんな灼熱の中では、いろいろな花がたくさん咲き残っている。黄色の花はキク科のハマグルマの仲間、それにツルナ科のツルナ。赤い花はヒルガオ科のグンバイヒルガオとマメ科のハマナタマメ。紫色はクマツヅラ科のハマゴウ。それぞれに居場所を違え、またあるときは折り重なって、みんな先を争うかのように、海に向かって懸命に蔓を伸ばしている。

そんな中にいかにもマメ科らしい花があった。海岸のような厳しい環境では、こんな普通の形をしているのを見ると、かえって意外な感じがしてしまう。豆がアズキに似ているのでハマアズキと呼ばれている。熱帯、亜熱帯の海岸に広く分布し、この屋久島あたりが北限だそうだ。しかしそんな海岸植物に多い、厚いコルク質に守られた種子でなく、こんな当たり前の豆が長い海流の旅に耐えられるのだろうかとふと心配になる。

花びらにはよく見ると半透明の縁取りがある。どうもこれは花びらが分厚いために、しっかり縁を付ける必要があったということのようだ。この花は、さすがに海岸に咲くだけあって、見かけによらずがっしりしていた。ちょっと風が吹いたくらいではびくともしないし、花びらを引っ張ってもなかなか千切れたりしない。

あたりに小さな蝶がたくさんいた。ひらひらと舞い上がっても離れていかないのは、この花が目当てなのだろう。よく見たら幼虫が豆を食べるウラナミシジミだった。では豆はどうなっているかと探したら、何とほとんど見あたらない。緑の鞘もないので、みんな未熟のうちに食べられてしまったようだ。屋久島では海岸にも猿と鹿が来るが、ここは岬の先で、さすがに彼らを見かけたことはない。鳥がたくさんいるからたぶん彼らの仕業だ。秋の渡りの季節、南に帰る多くの鳥がこの島に立ち寄って栄養補給をしている。ハマゴウやハマナタマメの実はいかにもおいしそうでないので、どうしてもこのアズキに近い豆は狙われてしまうのだろう。それにまるまるしたウジ虫も付いているし。

少し離れた川岸の土手の茂みで、やっと茶色になった鞘をたくさん見つけた。中を見て驚いたことに、ほとんどの豆は真っ黒で、穴が開いて中身がすっかり食われていた。これはウラナミシジミの仕業だ。なるほど蝶がたくさんいるわけだ。ハマアズキは苦労して実らせたところで、いろいろな連中にほとんど食べられてしまうようだ。そんな被害にあいながらも、それでもあちこちで大群落を作っている。
posted by 夜泣石 at 06:57| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年10月18日

シマイボクサ

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屋久島の夏は、例年なら晴天が続いてカラカラになるのだが、今年は数日もおかず雨が降った。そしてそんな天気が秋になってもまだ続いている。おかげで庭では雑草が我が物顔にはびこって、刈っても刈ってもすぐに膝や腰の高さになってしまう。しばしば草刈りを繰り返したところも、背の低い雑草が地面をびっしり覆っている。

なかでも湿ったところの好きなシマイボクサのはびこりようはすさまじい。それが夏の終わり頃からたくさんの花を咲かせている。ほとんど白に近い薄紫の単調な色合いだが、日差しに輝いて一面に咲いている様子は、思わず目を奪われるほど華やかだ。

せいぜい7mmくらいの小さな花だが、ぐっと近くで見てまた驚く。白いかわいらしい形をした飾りが付いている。これは仮雄しべだそうだ。完全な雄しべは緑がかった紫の不思議な色の葯を付けている。なぜかそのあたりを細かな毛がうすぎぬのように覆っている。

ツユクサの仲間だから一日花だ。しかし茎の先には次から次へと蕾ができてくるから、長い間咲き続けているように見える。花が開く時刻は遅く、ほとんど昼頃になってからだ。先ほどまで何もなかった一角が、しばらくしてまた行くと一面花畑になっていてびっくりする。そして日がかげるとすぐにしぼんでしまい、花畑は跡形もなくなる。

シマイボクサは南西諸島に分布し、屋久島が北限だそうだ。本州などには代わりに近縁の赤みがかった花のイボクサがある。イボクサの名は、葉の汁を付けるとイボが取れるという言い伝えからだそうだ。この草はどこをちぎってもオクラのようなねばねばした汁が出てくる。患部に付けたらなんとなく薬効がありそうな感じだ。

この草は見かけによらずとても退治の困難な雑草だった。湿り気のあるところが好きだが、一度生えると乾燥にもとても強い。葉は厚く茎も太く水分をしっかりため込むためだろう。雑草を引き抜いて山にしておくと、いつの間にか枯れ草の隙間に根を下ろして緑の山にしてしまう。そこから葉をぎっしり付けた茎が横に這って、途中からも根を下ろして、あたりの地面をびっしり覆っていく。
posted by 夜泣石 at 06:30| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年10月14日

日の出の時

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日の出の赤い世界が広がり出すと、いつも誘われるかのようにデッキに出る。作り物のような太陽がゆっくりと昇っていくのをじっと眺める。世界は恐ろしげな赤黒さから、さわやかなだいだい色に刻々と移り変わっていく。

昔は日の出を見ると気分が高ぶったものだった。何か願い事をしたり、希望を抱いたり、今日一日の誓いを立てたりしたこともあった。そういうことは若さの特権であったかもしれない。今はもう何も心に浮かんだりしない。何も考えず、ただじっと見入っている。

若く必死に働いていた頃、徹夜明けのある朝、すばらしい日の出を見たことがあった。ここに誰かがいてくれたらと切に思った。この感動を分かち合いたかった。自分一人なのが無性に寂しかった。今はもうそんな気持ちがこみ上げることもない。それは年を取って、人それぞれの違いを知って、分かち合うことの難しさが判ったためもあるだろう。

今は静かで誰もいない。しかしふと気配を感じて見回すと、すぐ近くの屋根の上にイソヒヨドリの影があった。朝日の方を向いてじっとうずくまっている。思わず「よう」と小さく声をかける。軽くこちらを振り向き、しかし何も言わずまた朝日の方を向いてしまう。

この鳥は我が家の周りでいつも見かける。よくデッキの手すりに止まっていて、すぐ近くを出入りしても平然としている。野生動物と過度に親しくならないようさりげなくしているが、それこそ手を伸ばせば届きそうなところにいたりする。

鳥も美しいと思っているのだろうか。自然の与える感動は、すべての生きものに共通なのか。何も言うことなく、無関係な一人と一羽が赤い光の中に並んで、ただじっと昇ってくる太陽を眺めていた。
posted by 夜泣石 at 06:46| 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする

2008年10月11日

ソナレムグラ

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夏の後半から秋にかけて、海岸のごつごつした岩肌のちょっとしたくぼみに、気がつくと白い花がそっと咲いている。5mmもない小さな花だが、純白で十字に開いた単純な形はとても清楚だ。花らしい構造が見あたらず、いやにすっきりしているのは、真ん中が細い毛でふさがれているためだ。この下は筒状になっていて、中に雄しべ雌しべが隠されている。潮風はきついし日差しは強すぎるから、それらを保護する必要でもあったのだろうか。

だいたいここには植物など育ちそうな土壌などない。岩の割れ目のわずかな土くれに深く根を下ろして、やっと生きているのだろう。厳しい環境に耐えるために、花びらも萼も葉も、どこもかも厚ぼったい。おかげでどれも小さくふっくらしていて、なんだかかわいらしい。

ソナレムグラというちょっと変わった名は、この花にはあまり似つかわしくない。ソナレは磯馴で、潮風の強い岩の上などでねじれ傾いて生えている松の木などを形容している。そしてムグラは葎で、ぼうぼうに空き地を埋め尽くす雑草や、荒れ果てた家を覆う蔓植物のことだ。ひっそりと耐えて咲くこの花とはずいぶん違っている。

悪環境に強いということで屋上緑化に使えないかと試験した話があった。しかしあっけなく枯れてしまったそうだ。隙間でそっと暮らすにはとても我慢強いが、広いところで表だって生きるようなことはできないのだろう。
posted by 夜泣石 at 06:39| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年10月07日

ヒメウラナミジャノメ

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薄茶色の小柄な蝶が、草むらの上を低くひらひらしているのを見かけた時は、あまり気にもとめなかった。しかし花に止まると、大胆な目玉模様が突然現れて驚かされた。いくつものまん丸い目が縦に並び、大きな黒い瞳にはブルーの星さえ宿っている。

ヒメウラナミジャノメだった。羽の裏がさざ波模様で、蛇の目をもっていて、近縁種よりも小型という、その姿を忠実に表した名前だ。この仲間は結構な種類がいて、いろいろな目玉を持っているが、その中でこれは特に目立つ方だと思う。その脅し効果で、こんな開けたところでのんびりしていられるのだろうか。北海道から九州の全国に分布し、南限がここ屋久島だそうだ。

幼虫の食草はイネ科やカヤツリグサ科だそうだ。この島ではイネ科の雑草が空き地など瞬く間に覆い尽くし、背丈より高くなったりする。もっと食べてくれたらと思うが、残念ながら個体数は多くないようで、この蝶にはあまり出会わない。普通年3回発生し、4月から9月に見られるという。この個体はとてもきれいで生まれたばかりのようだから、きっと10月になって4回目の羽化をしたのだろう。南国ではやっと今頃が半袖半ズボン姿から長いものに着替える時期だ。

写真を撮ってじっくり見て、おやっと思ったのは足が4本しかないことだ。調べてみたら蝶好きの人たちにはよく知られた話で、1対が退化しているのだそうだ。昆虫の足は6本と子供の頃から教えられていたので、4本足がいるなどとは思いもよらなかった。蝶は歩いたりしがみついたりすることのほとんどない生活だから、そんなに足はいらないということだろうか。今までの蝶の写真をひっくり返したら、もちろん6本足の方が多いが、よく見かけるアサギマダラや我が家で羽化したカバマダラは4本足だった。先入観が強いと、こんな明らかな特徴にも気がつかないものなのだ。
posted by 夜泣石 at 06:48| 生きもの | 更新情報をチェックする

2008年10月04日

ボタンボウフウ

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屋久島の海辺にはセリ科の草が多いようだ。春にはハマウドが怪物じみた姿で並んでいた。その時、近くの岩の上などに、三つほどに切れ込んだ形のよい葉がこぢんまりと固まっているのが目についた。それも同じセリ科のボタンボウフウだった。

そのまま鉢に植えて窓辺に飾ってもよさそうな感じだったが、それが夏になると急に大きくなって1mを超えてしまったりする。そうして一月ほど前には、こんもり茂った頂きに白い花を一面に咲かせていた。ただ白いだけの小さな花だが、これだけ集まると豪華な感じすらする。夏の終わりの人気ない海辺を思う存分飾り立てていた。

花のかたまりを上から見ると花火が弾けた瞬間のようできれいだ。小さな花の一つ一つはほんの数mmしかない。ぐっと目を近付けてみると思いのほかかわいらしい。子供が描いた花のようで、ちょっといびつな花びらが5枚並び、やはり5本の雄しべがぴんと伸びている。真ん中のクリーム色の部分は花柱の下部がふくらんだものだそうで、目をこらしてみるとそこからごく小さな突起が二つ飛び出していた。その先が柱頭のようだ。

最近また行ってみると、花はすっかり終って実になっていた。あんなに咲いた小さな花の一つ一つがすべて実って、茶色の果実がびっしり並んでいる。よく見ると殻にはしゃれた縞模様があって、なんだか小さな生きものがひしめき合っているかのようだ。すでに葉もだいぶ茶色くなっている。常緑多年草と図鑑には書いてあるが、実った後はこの大きな植物体の大部分は枯れてしまうようだ。

ボタンボウフウのボタンは、葉が牡丹のそれに似ているからだそうだ。ボウフウは防風で、中国で風邪を防ぐのに用いたからという。実際これは薬草で、沖縄などでは長命草と呼ばれていたそうだ。ビタミンなどいろいろ含まれているだけでなく、抗酸化作用が強いので老化防止などに効くという。それで健康食品やサプリメントとして売られているそうだ。南西諸島のいくつかでは特産品にして島興しを図っているとのことだ。

ここでも栽培して商品化しているそうだ。屋久島産と銘打てば、東京近辺に生えているものと同じでも、なんだかありがたみがありそうな感じもする。しかしこの島の人たちがこれを食べている様子はない。誰も採らないからこれほど海辺に繁茂しているのだろう。効き目があるのなら昔から人々が利用してきてよかったはずだが。いやこの島では、いちいち薬草などに頼らなくても、ここで暮らすだけで十分長命になるからだと思いたい。
posted by 夜泣石 at 06:37| 花草木 | 更新情報をチェックする
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