2008年08月30日

リュウキュウアサギマダラ

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林を抜けて開けたところに出たら、一羽の蝶が上空をゆったりと舞っていた。ひらひらと少し羽を動かすと、次には静止したまま紙飛行機のようにすうっと滑っていく。淡くはかなげな緑がかった薄い藍色が、幻のように薄曇りの青空に溶け込んでいく。

浅葱色といわれるこんな色の蝶では、アサギマダラをよく見かける。しかしこれはそれよりだいぶ小さめで、地色はほとんど黒く、アサギマダラのような赤みもない。動きもずっとゆっくりで、花に止まるとまるで標本にでもなってしまったかのように、羽を開いたままじっと動かない。蝶は蜜を吸っている間も、羽をひらひらさせているものが多いのだが。

どこか南国風のこの蝶はリュウキュウアサギマダラだった。アサギマダラの変種のような名前だが、実際は属も違っている。奄美大島あたりから南に分布し、成虫で集団越冬する珍しい習性で有名だった。思い起こせば今年の春早く、やはり林の切れ目で梢をゆっくりと舞うこの蝶を見ている。渡ってきたとも、羽化したとも思えぬ季節だったから、きっと越冬したのだろうと思ったものだった。

この個体はどこから来たのだろうか。羽の痛みを少ないし、この島で生まれたものかもしれない。食草のツルモウリンカは海岸近くにたくさんある。最近いろいろな生き物が北上している中で、この蝶も屋久島に定着し出したのかもしれない。温暖化は地球の危機のように騒がれているが、たくましい連中はそれを好機として新天地を切り開いて殖えていくのだった。
posted by 夜泣石 at 06:40| 生きもの | 更新情報をチェックする

2008年08月26日

ハマナデシコ

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焼け付くような日差しの夏の浜辺にハマナデシコが咲いていた。花は小さめだがいくつも房になっているし、色も濃いピンクでよく目立つ。だいたいこんな厳しいところには、ほかに赤いものなど見あたらない。いつかも切り立った崖地に、岩にしがみつくようにして咲いていたのが感動的だった。


ナデシコの名前はかわいらしい。実際かわいい子を撫で撫でするという意味の撫でし子が語源ではないかと言われている。日本女性のほめ言葉の大和撫子は、カワラナデシコのことだそうだ。カワラナデシコは淡くはかない色で、花びらが細かく裂けてレースのようになっている。繊細で良家のお嬢さんの感じがする。それに対してこちらは素朴な可憐さで、田舎娘といったところか。肉厚で堅めの葉がつやつやとして、全体の感じもたくましい。


昨秋、種を採ってきて我が家の庭にまいた。他の雑草など生えない砂礫地だったが、しっかり芽を出して濃い緑のロゼットになった。春になって葉は茂ってきたが、そのまま夏になってもロゼットのような格好のままだ。もしかしたら海辺の強烈な日差しが欠けているためかもしれない。


ただそのうち一株だけが春に茎を伸ばし、6月くらいから咲き始めた。大きめの房になってしばらくの間たくさん咲いた。そうして結実して茶色くなっていたが、突然、黒い種の詰まった果実の残骸の間から、新しい蕾が伸び出した。今はまた元のような花の房に戻っている。花盛りを何度も迎えられるとは、思いがけないたくましさだった。
posted by 夜泣石 at 06:52| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年08月23日

ニホンカナヘビ

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大きなお腹のカナヘビが切り株の上でじっと動かない。こんなところには獲物の虫などいそうにない。それどころかイソヒヨドリなど獰猛な連中が、このあたりの空をよく飛んでいる。そんな目立つところにいたら、まるで食べてくれと言わんばかりだろうに。しかし構わないでくれといわんばかりに、じりじり照りつける日を浴びて、ただじっとしている。ふと太古の恐竜になった夢でも見ているような気がしてきた。


嫌われ者の多い爬虫類の中で、最も身近で親しまれているのがこのカナヘビだ。かわいらしいから「愛蛇(カナヘビ)」なのだという説がある。もっとも褐色だからとか、かな(金属)色だからといった説の方が有力らしいが。ともかく人家の周りに多くいて、あまり人怖じもしないから、子供の頃はよく捕まえて遊んだものだ。


頭の方から手を出すと、ぱくっと指に噛みつくことがある。歯はないから別に痛くもないがびっくりさせられる。攻撃してきたのではなく、獲物と間違えるためらしい。カナヘビもおかしいと思うのか、あわてて口から放して目をぱちくりさせたりする。また尻尾をつかむと切れてしまう。切離された尻尾だけがミミズのようにのたくっている様子はあまり気持ちの良いものではない。ともかく結構すばしっこいし、ちゃんと捕まえるのはそれなりに上達が必要で、子供の遊びとしては楽しいものだった。


屋久島に来て、懐かしい相手が庭にたくさんいるのがうれしかった。ニホンカナヘビは日本固有種で、このあたりが分布の南限だそうだ。もっと南に行ってもカナヘビの仲間はいるが、緑色をした種類などになってしまう。カナヘビの尻尾はもともと長いが、屋久島産は特に長いような気がする。また横から見た時、首からお腹にかけての黄色の筋がずいぶん鮮やかなものが多いようだ。


時々とんでもなく小さな個体を見つける。卵からかえったばかりなのだろう、黒っぽくて頭でっかちで、まだよたよたしている。あたりを走り回っている蜘蛛にでも見つかったら食べられてしまわないかと心配になる。カナヘビは卵を産みっぱなしでまったく世話はしないそうだ。そして意外に長生きで7年ぐらいも生きるという。子供から大人、それに子持ちのものまで、庭に出れば必ずといってよいほど出会う。しかしこの隣人たちがどんな一生を送っているのか、案外判っていないのだそうだ。
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2008年08月19日

ツルモウリンカ

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海岸の崖地に薄黄色の小さな目立たぬ花がたくさん咲いていた。形はいかにも星形、あるいはヒトデ形で、中心が赤茶色に盛り上がっている。もう少し大きければ、ちょっと動物じみた奇妙な感じで人目を引くと思われるが、せいぜい7mmくらいでは普通は気付かず通り過ぎてしまう。


一目見てガガイモ科と判断した。全国に分布するイヨカズラに似ているが、それは膝ほどの高さに立ち上がって先の方だけ蔓状になる。これは最初から蔓状で、クズのようにあたりを這い回っている。花の色合いも中央部がずいぶん違う。いろいろ調べてやっとツルモウリンカと判った。九州あたりから南に分布するそうで、あまり馴染みのない花だった。


といっても、ある人たちにはとてもよく知られている草だった。リュウキュウアサギマダラの唯一の食草なのだそうだ。また渡りをすることで全国で有名なアサギマダラにはいくつかの食草があるが、ツルモウリンカもその主要な一つなのだそうだ。蝶屋さんはいろいろ栽培に苦心しているという。しかしこんな海岸の厳しい環境に生える草だから、過保護にしなければいくらでも殖えそうに思えるが。


ところでモウリンカとは変わった名前だが、元になった植物は何なのだろうか。漢字では毛輪花で、原産地のインド名を音写した当て字だそうだ。別名マツリカ(茉莉花)でこれも同様という。マツリカはモクセイ科のジャスミンの仲間で、花には強い芳香がありジャスミン茶の原料になっている。しかしその花とこれとでは、小さめで白く5弁というだけで、あまり似ていない。だいたいこれには香りもない。まったくふさわしくない名前だ。


花はよく判らない構造をしている。真ん中に平らな柱頭が見えるが、その周りが複雑なのだ。雄しべ雌しべは合体してずい柱というものになっていて、それを守るように5個並んでいるのは副花冠だそうだ。花粉はランと同じような花粉塊という構造物になっているという。ガガイモ科はラン科と並び、虫媒花の進化の一つの頂点に立っているとのことだ。虫を呼びたいなら大きな花、派手な色、強い香りなどが有効と思うのだが、進化はそんな単純な発想だけではないようだ。もしかしたら少ない機会を確実に捉えようと構造を複雑にした方が、投資効果の上でよかったのかもしれない。
posted by 夜泣石 at 06:52| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年08月16日

カバマダラ

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庭のフウセントウワタに付いていた蛹からカバマダラが羽化していた。明るい橙色に黒と白の縁取りでとても人目を引く。名前にある樺色というのは赤みの強い茶色とのことで、ゆっくりと羽を動かすと前翅の縁にその色が見え隠れする。マダラチョウの仲間は体が黒白のまだらで爬虫類か何かを思わせる。全体にいささか気味が悪いほど派手なのは、体に毒があるのでわざと目立たせているとのことだ。


半月ほど前、ぽつんと生えた一本の株に、幼虫が5匹も付いているのに気付いた。大変な食欲で、蕾も茎もかじって枯らしてしまいそうだった。白、黒、黄の輪を連ねたような、すさまじいほどの体をしている。黒の部分は幅が広く、黄色の斑点が二つずつ並んでいる。前と後ろ、中程の3カ所から長めの真っ黒な角が2本ずつ生えていて、その根本は真っ赤だ。これでは空腹の鳥でも、とても食べる気にはならないだろう。


そのうちいなくなったと思ったら蛹が一つぶら下がっていた。あのイモムシに比べると驚くほど小さく、ドングリのようなきれいな形をしている。全体が明るい緑で、細い金色の首飾りが付いている。幼虫時代の色からは想像もできない。それにしても他の連中はどこに行ったのだろうか。以前、コンクリートの壁にいくつもぶら下がっていたのを見たから、たぶんどこか好きな場所を探しに行ったのだろう。コンクリートに付いた蛹は灰色だった。幼虫も成虫も警戒色なのに、蛹だけが保護色なのはなぜだろうか。どれも同じ毒を持っているのだから、極彩色の蛹でもよかったはずなのに。


蝶はひらひらと優雅に飛ぶが、とりわけカバマダラは風に逆らわず頼りなげに舞う。風に乗って遠くまで行くためだろうか、よく似た種類が南北アメリカを除く全世界の熱帯亜熱帯に広く分布しているそうだ。日本では奄美大島以南が生息地とされているが、夏は本州でも時々見られるという。屋久島ではしばしば見かけるが、ここで世代を重ねているかどうか定かではない。初冬に見つけた蛹が翌春空になっていたので、蛹で越冬した可能性はある。


蛹から出たばかりの蝶は息を呑むほど美しい。すべてこの一瞬の輝きのため、あのイモムシの時代を耐え忍んできたかと思うほどだ。蝶の研究家やコレクターは幼虫を飼育して、このきれいな瞬間を標本にするのだという。確かにすばらしい標本ができることだろう。だが私には、そういうことをする人たちが本当に自然を愛しているとはとうてい思えない。
posted by 夜泣石 at 06:38| 生きもの | 更新情報をチェックする

2008年08月13日

ニクイロシュクシャ

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この色をなんと表現すればよいのだろうか。橙色、朱色、緋色、薄紅色。名前にある肉色というのは、間違ってはいないがあまり感じが良くない。まあサーモンピンクということなら当たっていると思うが。ともかくきれいな色だ。なぜか真っ黒なミヤマカラスアゲハだけがしばしばやって来て、ちょうどよい引き立て役をしてくれている。


しかし花の構造がよくわからない。雄しべは普通、花びらに囲まれているはずだが、全然別個に飛び出している。そこで分解して調べてみた。まず萼は根元を包む苞の中に隠れていた。すると次にある3本の、絡み合った紐のようなものが花弁になる。その根元からオールのような形のものが2本と、いびつなハート型のものが一つ飛び出している。花びらに見えるこれらは、実は雄しべの変形したものだそうだ。ハート型の方は2本合着しているのだという。雄しべは一本だけが正常で、長く突き出した先に大きな葯を持っている。では雌しべはどこにあるかというと、雄しべの下側に溝があってその中を細い釣り糸のような花柱が通っていた。そして葯の先にちょっと顔を出している薄緑色のものが柱頭だった。


この構造はショウガ科の花の特徴だという。白花のジンジャーリリーと、見た感じはずいぶん違っているが、それぞれの部品は大きさが違うだけで形はよく似ている。これはジンジャーリリーの園芸種だそうだ。残念ながらあのすばらしい香りはほとんどしない。


昨年、農道沿いの雑木林の一角にたくさん咲いているのを見つけた。誰かが捨てたものが増えたのだろう。ひとかけらを掘り採って我が家の道脇に埋めておいた。それがこんなにきれいに咲くようになった。屋久島に来ていろいろな草木を植えたが、元気をなくして雑草に埋もれてしまうもの、消えてしまうものも多い。そんな中でショウガの仲間はどれもどんどん増えていく。よほどここの気候に合っているのだろう。ちょっと変わった花はきれいだし、常緑の葉の感じも良い。自生のものではないが、ここを第二の故郷として栄えている彼らを、この地の風土を代表する花のように思う。
posted by 夜泣石 at 06:47| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年08月10日

屋久島町財政破綻の危機

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右側の巨大施設はほとんど使われていない


前回お知らせした屋久島町長提訴で問題としているのは、「エコタウンあわほ」建設のため取得した土地の一部についてだけだ。もっと前の屋久島町長の疑惑記事では、そのプロジェクト全体の疑惑について触れておいた。コスモ出版の「くまもとTODAY」7月号は、それについて徹底的な追求をしている。


「エコタウンあわほ」は政府の中心市街地活性化構想に基づく補助金により建設されている。その申請の条件として、事業主体はTMO(Town Management Organization)が担うこととなっている。つまりこの場合は地元安房の商工会が中心となって構想を練り、事業計画を作り、そして運営していかなければならなかったわけだ。


実際に商工会は既存の商店街を活性化させる案を作った。しかし町長はそれを拒否、まったく別なところ(町長の知人の所有地)に新施設を作ることを勝手に決めてしまった。これでは商店街が活性化する訳がないので商工会は手を引き、TMOは地元の参画のない虚偽の組織になってしまった。しかし町長はそのまま申請し、結果として国を騙して補助金の交付を受けることに成功した。


こうして「エコタウンあわほ」が建設されたわけだが、その結果、町長の狙い通りと言おうか、既存の商店街は見る影もなくさびれてしまった。中心市街地活性化事業により中心市街地を衰退させるなど、詐欺師ならば見事な手腕と言わざるを得ない。


では新施設がうまくいっているかというと、企画検討の時間もなく町長の独断専行でできたものなどうまくいくはずがない。併設された特産品加工センターも山芋貯蔵施設もほとんど使用されず老朽化していくままになっている。商業施設も十分な広さがなく採算は厳しいという。総額11億円をドブに捨てたことになりつつある。


問題はそれで終わらない。虚偽の申請、そして施設が有効利用されていないということから、補助金の返還を命じられることはほぼ確実のようだ。それでなくとも屋久島町の経済状態は、疑惑に満ちたでたらめな行政で借金まみれになっている。補助金の返還などに耐えられる訳はなく、一挙に財政再生団体に陥ってしまう可能性が高い。


町民にとっては増税と住民サービスの低下が待っている。そうなっても、自らこんな町長を長年にわたってずっと選んできたのだから自業自得といえるかもしれない。しかし本来行政を監視しなければならない議会は何をしていたのか。役場の収入役をはじめ担当者は、なぜそれぞれの職責においての判断を一切しないで町長の言うままになってきたのか。これら関係者全員にも給与の返還や損害賠償をさせなければならないと思う。
posted by 夜泣石 at 06:38| 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2008年08月07日

屋久島町長提訴

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一億円の崖地


一昨日、NHKが屋久島町長提訴のニュースを流した。訴訟を起こした住民グループの記者会見の様子を時間をかけてしっかりと写していた。昨日の新聞各紙もかなりの紙面を割いて報道している。いろいろ騒がれてきた町長の疑惑も、ついにここまで来たかの感が強い。


訴訟の内容は、日高十七郎町長に対し、安房の崖地の購入費など約1億2千万円は不当な公金支出に当るとして、町に返還するよう求めたものだ。この土地は購入して以来すでに7年ほど経つが、未だ全く利用されていない。というより崖地のため、利用どころか災害防止のため更なる支出が必要になっている。崖地の下にまやかしの小公園が作られたが、危険なため完成と同時に立ち入り禁止になってしまった。土地の時価は地元の不動産3社の見積りでは1千5百万円程度にしかならないそうだ。


朝日新聞によれば町総務課は「町長は出張中で連絡が取れない」とのことだ。一方、南日本新聞には「土地の購入は通常の手続きを踏み、議会でも認められている」との回答が書かれている。しかし実際にはそれがほとんど犯罪行為の積み重ねであったことは以前説明した通りだ。そもそも手続きなどと言う前に、こんな土地を買おうとすること、そんな議案を提出すること自体が非常識だ。町民も議員も前提として、町長は基本的に良識ある人間であると思っているはずなのだが。


しかも新たな疑惑も浮上している。この土地はまず鹿児島県町村土地開発公社(理事 日高十七郎)が所有者から買い取り、1年10ヶ月後、旧屋久町(町長 日高十七郎)に1千百万円以上も高い価格で売っていたことが判った。なぜこんな手順を踏む必要があったのだろうか。しかもこの頃は不景気で地価がどんどん下落していた時代でもあったのだが。


さらにコスモ出版の「くまもとTODAY」7月号では更なる町長の犯罪手口が追及されている。この土地購入の議案は臨時議会で補正予算案として提出されていた。しかし本来このような内容は、あくまで定例本会議で当初予算として審議すべきもので、臨時議会とか補正予算で扱うこと自体が条例違反になるそうだ。私は地方自治法など全く判らないが、何か災害でもあって緊急な対策が必要というならともかく、中心市街地活性化の取り組みなど臨時の思いつきでやるべきでないことなど常識からして明らかだ。町長は無能な議会を手玉にとって、思い通りの議案をどさくさに紛れて通してしまうことを企んだのだろう。


これほど愚弄されていても、議会ではいまだ町長支持が大半なのはどういうことだろうか。この訴訟をNHKをはじめ各社がこれだけ報じたということは、信憑性があり報道するだけの価値があると判断したわけだ。それなのに議会では、自らの手で調べようということに対してすら、ほとんどの議員が反対してしまっている。もし調査特別委員会が設置されていたら、その自浄力に期待して、結論が出るまでこの訴訟はなかったはずなのだが。


この裁判は住民運動の専門家などによれば勝つ可能性は極めて高いとのことだ。その時になってやっと多くの屋久島町民は、疑惑の追及が誹謗中傷や反対派の陰謀なのでなく、社会正義を願うものであることに気付くのだろうか。
posted by 夜泣石 at 16:41| 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2008年08月05日

ハグロトンボ

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我が家の庭の脇には、年中涸れることのない清流が流れている。夕方、庭仕事を終えて手足の泥を落としにそこに行くと、ハグロトンボがひらひらと舞い上がった。いつの間にかこの水辺に住み着いたようで、この頃は毎日見かける。体が黒い雌と、緑色のきれいな金属光沢の雄の2匹、ゆっくりと舞って、すぐまた近くの葉に止まる。そのうち真っ黒な羽をゆっくりと開き、そしてぱたっと閉じる動作をくりかえすようになる。そんな様子を見ていると、なんだか催眠術にでもかけられたように、ずっと昔の情景を思い出してしまった。


幼い頃、よく墓参りに行った。我が家の墓地は大井川の中流域の田んぼの広がる近くにあった。用水路が縦横に走り、きれいな水が流れ、そこにたくさんのハグロトンボが群れていた。バスや電車をいくつも乗り継いで、結構不便なところだったはずだが、信心深い祖母に折あるごとにしばしば連れて行かれたものだった。墓参りの習慣と、それにふさわしいような真っ黒いトンボの姿は子供の心にしっかり刻みつけられた。


もし私がそのまま故郷で仕事を見つけそこに暮らしていたら、ずっと墓参りを続けていたことだろう。あるいは東京に出て働いていても、いつも温かく迎えてくれる故郷であったなら、時々墓参りに帰っただろう。もしかしたら定年後はそこに戻っていたかもしれない。そしてまた自分の子供たちに墓参りの習慣を受け継ぐようにしたことだろう。


今、故郷からこれほど遠く離れてしまって、いつかまたあの地を訪れる時があるのだろうか。私は子供たちに墓参りなど教えなかったし、早いうちにばらばらになってしまったから、もう次に受け継ぐことはできない。死んだら何もかも無くなるのだし、墓など残さず、早く忘れ去ってくれてよいと思っている。しかしこの夕べ、昔と同じ静かな水辺で黒いトンボを見ていると、心の底に刻みつけられた思い出が、かすかに古傷のようにうずいてくる。
posted by 夜泣石 at 06:55| 生きもの | 更新情報をチェックする

2008年08月02日

キキョウラン

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海岸の岩場に、濃い瑠璃色の1cmほどの実がたくさんある。南国の海の青さを凝縮したようなきれいな色だ。ずいぶん昔、南西諸島を旅して、初めて見た時には感激したものだった。花は薄い青紫でこちらは空の色だ。すると大きめの黄色の葯は降り注ぐ日光といったところか。南の島の海岸にぴったりの花と言ってよいかもしれない。


キキョウランという名は、この花の色がキキョウに似ているからだという。しかしきっと花だけでなく、この実の色もキキョウを思い起こさせるためだろう。ランの名は葉がランに似ているからだそうだ。確かに厚く堅めでまっすぐ伸びた葉は感じが良く、観葉植物にもなっているという。実際にはユリ科の草なのだが。


花は4月頃、膝や腰ほどの高さに伸びた花茎にいっせいに咲く。そして6月には実がたくさんできる。それぞれの旬の時期、見とれるほど美しい。しかしその期間は短い。飾っておきたいほどのきれいな実は、じきに萎び、ぼろぼろとこぼれ落ちる。その後少しづつ、遅れ花が夏になっても咲き、実もでき続ける。あまり見栄えはしないが、かなり長い間、花と実を同時に楽しむことができる。


紀伊半島より南にずっと分布しているそうだ。屋久島にはいたるところにある。海岸だけでなく、人家の周りにも、数百メートルの山の上にも生えている。といってもどこも海からそんなに離れていないから、海岸の植物と言ってかまわないのだろう。我が家の庭でも、引っ越してきた時にひとかけらの苗を見つけた。縁石の陰に植えておいたら、今では一抱えもある大株になってしまった。こういう思い出のあるものが、いつも身近で見られるのがうれしい気がする。
posted by 夜泣石 at 06:31| 花草木 | 更新情報をチェックする
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