2008年04月30日

センダン

(107475)s.jpg


初めて屋久島に来た時、あちこちの道路脇や庭などに薄紫の雲をたなびかせたような大木があるのに目を奪われた。それがセンダンだった。それまでも植物園などで見たような覚えはあったが、自然の中ではひときわ気品があり、まるで違ったもののように感じた。


花をよく見ると、ちょっと変わった形をしている。細い5枚の花びらはほとんど白で、真ん中に濃い紫色の筒が立っている。これは10本の雄しべがくっついたものだそうだ。無数の花を遠くから眺めると薄紫に見えるが、それはこれら二つが混ざったもので、濁りのない鮮やかな点描になっている。


花にはかすかによい香りがする。しかし「栴檀は双葉より芳し」という栴檀は全く違う木のことだった。もともとこの木の名は楝(おうち)で、万葉集や枕草子にも出てくるほど昔から人々に愛でられていた。それがなぜセンダンと呼ばれるようになったのかは不明だそうだ。


葉は深く切れ込んでさやさやと涼しげな感じだ。夏になってもあまり茂らず、大木の下で見上げても空が透けて見えて、明るくさわやかな木陰を作っている。なぜかクマゼミに好かれて、幹に行列ができるほど集まってくる。夏の朝はこの木の周りはとんでもない騒音にあふれてしまう。秋には丸い果実が無数にぶら下がる。葉が落ちてもたわわに実っていて、冬の日に黄金色に輝いてきれいだ。有毒だそうで、鳥や猿に好まれないようだ。しかしヒヨドリだけは別で、いくつも丸呑みにしているのを何度も見た。彼らは中毒しないのだろうか。


センダンは屋久島には多く、とんでもないような大木もあちこちにある。この島では一年中あまり変わり映えしない照葉樹が普通だから、四季折々に違った姿を見せるセンダンは存在感がある。この地を第二の故郷にする、というよりここで朽ち果てるつもりで移住して5年、この木を振り仰ぐとなんだか懐かしいような思いがして、もう心の中で故郷の木になったかのようだ。
posted by 夜泣石 at 06:58| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年04月28日

ハマウド

(107467)s.jpg


春まだ寒い頃、海岸近くの道路脇や草地で、大きな葉が低く地面を覆っていた。密生した深い緑の切れ込んだ葉はいかつく異様なほどだった。それが暖かくなると急に伸び出し、あれよあれよという間にすさまじいほど大きくなった。太い茎には赤い縞模様が入って、不気味な感じがするほどだ。そのうちどの枝先にもカリフラワーのようなかたまりが付いた。やがてそれらがはじけるようにぱっと開いて、今は黄緑がかった白い小さな花が一面に咲いている。


一つ一つの花はさえなくても、これだけ集まると見事だ。淡い色で、かすかに青臭いにおいがするだけだが、いろいろな虫がよく来ている。やがてこれらがみんな実って、無数の小さな種が風に飛ばされることになる。


ハマウドという名だが、別名のオニウドや属名のシシウドの方が、この大きな草の感じには合っている。浜辺のウドということだが、ウドはウコギ科でこちらはセリ科だから縁はない。見かけが似ているそうだが、ウドを見た覚えがないのでよく判らない。ただ、大きいくせに役に立たないものをウドの大木というが、その点ではこのハマウドも同じようなものだ。食べられないし、人の背丈よりも大きいのに草だから木材として使えない。近縁種のアシタバが山菜として有名だから余計にがっかりさせられる。


東京近くの海岸でも時々見たし、そう珍しいものではない。しかし屋久島ではその数と大きさが桁外れのようだ。海近くの茂みにはたいていどこにでもあり、場所によってはにょきにょきと林のようになっている。その壮観さは南国の海辺にはお似合いと言えそうだ。
posted by 夜泣石 at 06:58| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年04月26日

エゴノキ

(107402)s.jpg


春から初夏にかけて、里でも山でもあちこちでエゴノキが咲いている。咲き始めたのはもう一月以上も前だったが、まだまだ蕾の木もある。ぱっと咲いてぱっと散っていくが、並んでいる木でも咲く時期にずいぶん違いがあって長い間楽しめる。


白い花は下を向いてびっしりと鈴なりに咲く。ほとんど一斉に咲いて、どんどん散っていく。満開の木の下に立つと、天井に一面、小さなシャンデリアが輝いているかのようだ。そして足もとには白い絨毯が敷き詰められたかのようだ。ほのかに品の良い香りも漂ってくる。若い頃、愛しい人を是非ともここに連れてきたいと思ったことが懐かしく思い出される。


小さな砲弾のようなつぼみもかわいらしい。また花の後、薄緑の丸い果実がたくさんぶら下がっているのもきれいだ。エゴノキの名を初めて聞いたとき、自分のことを言われたような気がしたが、じつはこの果実をかじるとひどくえぐいのが語源だそうだ。これには毒があり、つぶして川に流して魚を浮き上がらせて捕らえたという。そんな実であっても、エゴノキはこんなにあちこち生えているのだから、鳥が食べてばらまくのだろう。図鑑にはヤマガラの好物と書いてあった。ヤマガラはえぐくないのだろうか。


東京あたりでも雑木林の主要な樹種の一つだった。屋久島でも全く同じ様子だが、ふと、エゴノネコアシが見当たらないことに気付いた。それは虫こぶで、小さなバナナのような形のものがびっしり丸く集まって、ちょっと猫の足先に似ていて面白かった。東京のエゴノキには当り前のように付いていたが、なぜか屋久島では見かけない。この虫こぶを作るアブラムシは成長の途中で寄生先を変えるという不思議な習性があって、エゴノキに来る前はアシボソというイネ科の草に寄生しているのだそうだ。東京の雑木林はたいてい明るく、近くには草地も多くイネ科の草はたくさんあった。屋久島では林は薄暗く、あたりに草地は少なく、あっても丈の高い草が旺盛に茂っている。周りにアシボソが育つ環境がないのかもしれない。気楽な散歩の中で、こんな疑問も少しづつ解き明かしていけたらと思っている。
posted by 夜泣石 at 06:59| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年04月24日

ヤマザクラ

(107408)s.jpg


屋久島ではもう朝晩の気温もあまり下がらず、天気が良ければ半袖姿もよく見かけるようになった。里の風景からは春の感じはすっかり消えている。しかし前岳を越えて奥岳に行ってみたら、山々はまだ満開のヤマザクラに彩られていた。こんなに桜があったかと驚くほど、山腹の上から下まで、あちこちが白やピンクに染まっている。もう夏になったような海辺から車で30分も走れば春の盛りの風情を楽しめてしまうのが、この島の暮らしの楽しいところだ。


道脇にちょうど見頃の大木があった。花はほとんど白だが、若葉が鮮やかな赤なのでピンクに染まって見える。若葉は緑から赤まで木によってずいぶん違うが、この木は特に赤みが強いようだ。若葉の赤は、花や紅葉の赤よりもずっとみずみずしく深みがある。こんなに美しい桜は初めて見たような気がする。一面に淡く霞むようなソメイヨシノなどと違って、濃淡の点描が力強く迫ってくる。


屋久島の里では本州のような見事な桜並木や花のトンネルなどはまず見られない。あちこちの公園や道路にソメイヨシノも植えられているが、木は育っても花はかわいそうなほど貧弱なことが多い。花芽は一度低温にさらされないと成長を始めないためのようだ。今年は春先に寒い日が続いたのでそれなりにきれいに咲いたが、例年ではきっかけをつかめないのか、ずいぶん暖かくなってからぼつぼつ咲き出し、そのままだらだらと咲き続けていたりする。


ヤマザクラは屋久島に自生する唯一の桜で、この地の気候に慣れていて見事に咲く。桜といえばソメイヨシノと思い込まず、公園の植樹や街路樹などヤマザクラを植えればよいと思う。特に葉の赤みの強い木を選んだら、各地の桜の名所に負けない豪華な桜並木が出現するだろう。少々派手すぎるかもしれないが、南国の春には合っているように思う。
posted by 夜泣石 at 06:59| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年04月22日

ソクシンラン

(107445)s.jpg


道ばたの草むらに、膝ほどの高さの花の穂がたくさん出ていた。こんな感じに咲くものにはネジバナやニラバランなどがあるから、これもランかと思った。しかし小さな花をよく見ると普通の形をしていて、ランのような変わったものではない。葉がノビルやツルボなどに似ているのでそのあたりを図鑑で見ていって、結局ユリ科のソクシンランであることが判った。


白い小さな花は米粒をちょっとふくらませたくらいしかない。先っぽだけがちょんと赤くなっているのがかわいらしい。花にも茎にも細かな毛が密生しているのが、逆光に透かしてみるとよく判る。中をのぞくと思いがけず鮮やかな紅色の葯が並んでいる。ともかくあの派手なユリの花とはかけ離れている。といっても今の時期、畑にたくさん出ているネギ坊主もユリ科の花だから、それに比べればまだこちら方がましかもしれない。


根元には細長い葉が束になって密生している。その真ん中から花茎がすっと伸びているので束芯という名がついたという。ランではないが、花茎の姿がある種のランに似ているのでそう呼ばれたようだ。関東より西に、南西諸島にかけて広く分布しているそうだが、東京あたりでは見たことがなかった。特に目立ったりきれいだったりするわけではないので見落としてしまったのだろうか。


屋久島に来て、やっと落ち着いて周りをよく見ることができるようになった。何でもないような道ばたにも、目をこらせばいろいろなものがあるのに気付く。その気になればいくらでも楽しみは見つかるものだとつくづく思う。
posted by 夜泣石 at 06:59| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年04月20日

セイタカシギ

(107397)s.jpg


東京にいた頃、海に近い下町に住んだことがあった。よく運動がてらに自転車で海辺の公園に出かけた。ある日、頭上近くを一羽の鳥が飛び去るのを見た。真っ白な体から真っ黒な翼が水平に出て、真っ赤な細い足がまっすぐに垂れ下がっていた。一瞬、鳥とは思えなかったほど、この世離れした不思議な美しさだった。それがセイタカシギとの初めての出会いだった。


それ以来、海辺に行くたびにいつも探した。たいてい池の中を歩き回って、針のような嘴で泥をつついていた。赤く長い足が水面に映ってよく目立った。かつては珍しい旅鳥だったそうだが、ちょうどその近くで初めて繁殖が確認された頃で、だいたいいつも見ることができた。


屋久島に来て数年、田植えの終わったばかりの田んぼで赤い足の鳥が一羽目に入った。遠くからでもすぐセイタカシギだと判った。懐かしい人に思いがけず出会ったような気持ちがしてうれしかった。しかし渡りの途中にちょっと羽を休めていただけのようで、翌日からは探しても見つからなかった。今年になって先日、久しぶりに近くの田んぼで目にした。数日後、だいぶ離れた田んぼでまた見つけた。うれしいことにどうも飛来する数が増えてきているようだ。


くりっとした丸い頭、ずいぶん細く長い嘴、小さめの体に不釣り合いなほど長い足。どこかぎこちなく、竹馬にでも乗っているような感じがする。足がもつれてしまわないか、あるいはちょっと強風が吹いたら折れたり倒れたりしてしまわないかと心配なくらいだ。しかし意外に素早く、水の深いところでもすっすっと歩き回る。「水辺の貴婦人」と呼ばれたりするそうだが、こんなに華奢でかわいいから、婦人ではなく少女か妖精といった方が似合っている。


ところで鳥の足を見ていると、なんだかおかしな感じがしてくる。曲がり方が我々の感覚とは逆なのだ。これだと骨が折れてでもいるような気がしてしまう。実は膝だと思うところが我々のくるぶしに当り、長い足先でつま先立ちをしているのだった。そう判っても、特にこんなに長いと、どうしてもおかしな感じは消えていかない。
posted by 夜泣石 at 06:57| 生きもの | 更新情報をチェックする

2008年04月18日

アスパラガス

(107388)s.jpg


激しい風雨の翌日、横倒しになったアスパラガスにびっしりと水滴が並んでいた。みんなきれいに丸くなり、どれもが大きな世界を小さく逆さまに映し出している。新緑も曇り空も魔法にかけられたように透明な玉の中に閉じ込められている。


小さな黄緑の花がいくつもぶら下がっている。これがあの華麗なユリの仲間とは思えないほど地味な花だが、よく見ると形は似ている。雄株と雌株と別だが、こんな花でもちゃんと虫が来て花粉を運んでくれるようだ。秋には真っ赤な玉のような果実がたくさんできて、レースのような葉との取り合わせが美しい。ところでこの葉と見えたものは、じつは茎が細かく分岐したもので、本来の葉は痕跡くらいになってしまっているそうだ。


アスパラガスは好きな野菜だから、屋久島に来てすぐに種をまいた。寒い地方の作物かと心配だったが順調に育った。ただ若芽はぽつぽつとばらばらの時期に出てくるので、株はたくさんあるのにまとめて収穫することができない。南国では四季の区別がはっきりしないためではないだろうか。適当な長さのものを見つけると折り採ってその場でぽりぽりと食べる。ほのかな甘みとすっきりした味わいがあって、調理などしてしまうのはもったいないような気がする。


今の季節、雨後の竹の子などまどろっこしいほど早く伸びて、つい食べ頃を逃してしまう。そのままずいぶん高くなり、そのうち倒れて通路をふさぐ。何本もの葉が絡み合って収拾がつかない。また茂ってもあまり日を遮らないから、根元あたりにもたくさん雑草が生えてくる。なかなか手入れがしにくくて藪のようになってしまう。


大きな根の固まりを作るから、畑は深く耕しておいた。そういうところはモグラが大好きで縦横にトンネルを掘ってしまう。そうすると夏など土が乾ききって枯れてしまうので、仕方なく別なところを耕して移植した。しかしモグラはすぐ気付くようで、数日もするとやってきて新しい畑をぼこぼこにしてしまう。その繰り返しで何度も移植したので、株が大きくなっていない。


モグラはやっと罠で捕まえることができて、一時いなくなった。しかしすぐにまた出てきた。捕まえても捕まえても、まるで地から湧いてくるかのようで、もう10匹を数えてしまった。ここ2週間ほど、11匹目と格闘している。これはしぶとく、何度も罠に入ったが、なぜか大量の土を運び込む癖があって、そのため扉が閉まらなくなって逃げてしまう。周りの土をどけて石を敷き詰めるなど、いろいろ工夫しているが、今のところずっと裏をかかれている。朝晩、罠を見回って仕掛けを直したりして、モグラとの知恵比べが楽しい日課になってしまった。
posted by 夜泣石 at 06:58| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年04月16日

チュウサギ

(107334)s.jpg


屋久島ではそろそろ田植えの時期になり、干からびていた田んぼに水が張られている。小魚などいるわけではないのだが、溺れた虫でも食べるのか、白鷺たちが集まってくる。今の時期、羽が真新しい白になり冠羽を生やしたりしてとてもきれいだ。


コサギがバシャバシャ水田をかき回している向こうに、いやに気取った格好をしているサギを見つけた。サギには背や胸に飾り羽があるが、こんなに見事なレースだったとは知らなかった。しかもそれを見せびらかすように思いっきり胸を反らしている。抜き足差し足ゆっくりと歩いているのだが、まず頭を前に突き出し、次にそれを空中に固定したまま体を前進させるので、最後は頭が取り残されたような形になってしまう。まじめな顔でこんな動作をするから、とても滑稽な感じで見ていて楽しくなる。


白鷺には大中小の3種類がいる。コサギは一年中嘴が黒いからこれは違う。ダイサギはもっと大きく首が蛇のように長かったはずだ。きっとチュウサギだろうと調べてみたら間違いなかった。嘴の先が黒く、体の割にずいぶん短めという特徴が合っている。またこのポーズもチュウサギの癖のようだ。あまり水に入らずあぜ道などを歩くという習性もぴったりだった。


東京あたりでコサギはたくさんいたし、ダイサギも珍しくなかった。しかしチュウサギはあまり見た覚えがない。かなり数は少なく、また他のサギは一年中いるのに、チュウサギはほとんどが春にフィリピンあたりから渡ってくるのだそうだ。


渡り鳥は南西諸島を島伝いに渡るから、この時期屋久島ではたくさんの鳥が見られる。しかし春は不順な天候が続くことも多い。一週間ほど前には激しい雷雨で長時間の停電もあった。そんな中をはるばる海を越えて来たとは思えないほど、このサギの羽はきれいだ。この羽を汚したり乱したりすることなく、この先本土にまでたどり着けることを祈りたい。
posted by 夜泣石 at 06:58| 生きもの | 更新情報をチェックする

2008年04月14日

クロバイ

(107377)s.jpg


新緑が山裾を駆け上がっていくとき、その所々に白い模様が混じる。それは春の初めは山桜だったが、今の季節、そのほとんどはクロバイになっている。大木の樹冠が真っ白に染まって、遠くからでもよく目立つ。花は穂になって咲き、それがばらばらの角度で無数に立ち上がるから、もこもこと雲が湧き出ているような感じになる。


一つ一つの花は同属のハイノキクロキによく似ている。しかしクロバイの花が穂になるのに対して、ハイノキは長い柄の先にぱらぱらと咲き、クロキは枝先にびっしりかたまるから、離れてみた感じはそれぞれずいぶん違う。またクロキは低地に多くハイノキは高山に多いのに対して、クロバイは山の中腹に多い。咲く時期もクロキは早春でハイノキは初夏なのに対して、クロバイは春の盛りに咲く。いろいろな面で、おもしろいほどそれぞれの個性を主張している。


クロバイは樹肌が黒っぽいハイノキということで、クロキと同様面白味のない名前の付け方だ。この花の、桜に負けないほどの盛りの様子を形容してくれたらよかったのにと思う。しかしクロバイは大木で葉をびっしりと茂らせるから、ずいぶん薄暗い感じで黒々しているのも確かだ。普段はうっそうとした照葉樹林の中に紛れてしまい、花が咲いて初めて、あそこにもここにもクロバイがあると気付く。


関東地方以西に分布するそうだが、東京あたりでは見た覚えがない。屋久島にはたくさんある。しかしだいたい大木で近付けないような所に咲いていて、目の前で見る機会は少ない。雪でもかぶったような樹冠に望遠レンズを向けてみたら、ちょうど春の不順な天気の続く時期、やっと差し込んだ日差しにまぶしいほど白く輝いていた。
posted by 夜泣石 at 06:59| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年04月12日

ルーピン

(107302)s.jpg


屋久島に来て、春にあちこちの畑が一面黄色に染まるのを見て驚いたものだった。本州あたりでは見たこともなかった。地元の人に聞いたらルーピンだと教えてくれた。早春の菜の花畑よりも、色が濃く大きめの花が縦に段々に咲くから迫力がある。近づくとむっとするほどの甘い香りも漂ってくる。所々にレンゲも混じって色を添えているが、これらは同じマメ科で、空中窒素を固定するので緑肥として作られているのだった。


ルーピンは英語名だが、園芸では普通、ラテン語名のルピナスが使われている。ルピナスには様々な品種があるが、そのうちのキバナルピナスを農業用に使うときは習慣的にルーピンと呼ぶことが多いようだ。農業利用は家畜の飼料として米国やオーストラリアが盛んで、そのあたりから伝わって来たためだろう。ルピナスの名は狼に由来するそうで、荒れ地でもよく育ちきれいに咲く強靱さを狼にたとえたものだという。また葉がマメ科には珍しく手を開いたような形で、あるいは天狗の羽団扇のようなので、ハウチワマメという日本語名がある。あるいは花の咲く様子が藤の房を逆さに立てたようなので、昇り藤ともいわれるそうだ。


九州のあるところでは海岸沿いが黄色の絨毯を敷いたようになり、観光客を集めルーピン祭りも開催されているそうだ。屋久島でも南部の畑で一面に咲いてきれいなところがある。花畑の向こうには尾之間三山の威容が間近に迫り、アルプスかどこかの高原かと思うような風景が広がっている。


そのあたりは旧屋久町が多額の借金をして、新たに畑地を開発してきたところだ。山から海に向かって段々にたくさんの畑が広がっている。この季節、ここを一面ルーピン畑にしたらすばらしい観光名所になると思う。費用もあまりかからないし、有機農業のためにもなり、一石二鳥を狙える。それだけでなく、海や前岳の美しさを同時に観賞でき、奥岳や縄文杉に集中する屋久島の観光を里地に広げる一助にもなるはずだ。そういう総合的な計画を屋久島の行政に期待したい。


ルーピンには意外に大きなエンドウのような実ができる。茶色くなったものを振ると、中の豆が堅い鞘にぶつかって、マラカスのようにチャッチャと音がして面白い。この豆は栄養豊富で、大豆の代替になるそうだ。もともとは有毒なのだが、今では食用になるまで無毒化した品種が作られているという。穀物価格がどんどん上昇している昨今、荒れ地でも平気なルーピンは救世主になるかもしれない。ルーピンで作った味噌とか豆腐など、屋久島の新しい特産品に育てられないものだろうか。
posted by 夜泣石 at 06:53| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年04月10日

イスノキ

(107357)s.jpg


半月ほど前に照葉樹林の中で、ありふれたのっぺりした葉の茂った木の枝先に、小さな蕾が芽吹き出しているのを見つけた。花を見れば何の木か判るだろうから、どんな花が咲くか楽しみだった。最近また見に行ったら、赤い粒々になっていた。これはいったい何だろう。花だとしたら、どこがどうなっているのか。それともまだ蕾なのかなと割ってみたが、中には花のような構造など何もなかった。


後でこれがイスノキの花だと判った。屋久島に自生する唯一のマンサクの仲間で、前から見たいと思って探していた。しかし図鑑の写真では判りにくく、初めて見た時には結びつかなかった。マンサクらしい細いリボンのような花びらはなく、雄しべ雌しべがむき出しになっている。赤く膨らんでいるのは雄しべの葯で、一番上に見える2本の糸のようなものが雌しべの柱頭だった。雌しべがあるのは先頭の花だけで、下の7個ほどの花には雄しべしかない。マンサクの仲間とはとても思えないほど貧弱で、これでは虫など来そうにない。どうもこれは風媒花で、余分なものを捨てるように進化したのではないだろうか。


数日後にまた行ってみると、もうほとんど花は終っていた。赤い葯は開いて花粉を出し終わり、すっかり黒ずんでいた。この花を見られる期間はほんのわずかのようだ。そもそも大木だから、花ははるか頭上で咲くことになる。こうして見られたのは幸運といえそうだ。


屋久島のとある公園に、幹が横に寝てそこから急に立ち上がっている大木がある。そこにイスノキの名札がかかっているのがなんだか面白い。知らない人は、この木はみんなこんな形になるから「椅子の木」なのだと思うかもしれない。あるいは「椅子の木」というのは種名でなく、この木だけのあだ名だと思うだろうか。ともかくイスノキは古くはユスと呼ばれていて、それが訛ったものというから椅子とは関係なさそうだ。しかしユスの語源はわからないという。


別名にヒョンノキとあり、それはこの木の葉に大きな虫こぶができ、それを子供が笛にして遊んだからという。そんなものはまだ見たことがないし、この花盛りの木にも付いていなかった。木を覚えたし、これからまたそれを探す楽しみができたようだ。
posted by 夜泣石 at 06:56| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年04月08日

クスノキ

(107322)s.jpg


屋久島の山裾を覆う照葉樹林が一面の新緑の季節を迎えている。山笑うという表現がまさにぴったりの情景が島中に展開されている。そのさまざまな色と濃淡の入り混じる中で、ひときわ鮮やかに輝いているのがクスノキだ。去年の葉が真っ赤になって落ちつつある一方、明るい紅色の新葉があふれるばかりに芽吹いている。その先にクリーム色の小さな花が無数に咲いている。


このかわいげな葉や花とは不釣合いに、クスノキはいかにも大木といった堂々とした姿をしている。やがて葉は濃い緑になり、いっぱいに茂って夏には心地よい日陰を作る。花は小さな丸い果実になり、それらは秋になると熟して黒真珠のように輝く。地面にたくさん落ちて、踏むと樟脳の香りがたちこめる。匂いがきついためか、鳥たちはあまり食べようとしない。ただ食いしん坊のヒヨドリだけは、ハーブの香りを楽しむかのように貪り食う。


クスノキの葉にはダニ室があることで有名だ。葉の裏の、三行脈の分岐点あたりに2個、小さな膨らみがあって、粉のようなダニを住まわせている。そんなものを持っている理由には諸説あるが、寄せ餌、あるいは撒き餌説が面白い。ダニ室の中でダニが増えてあふれ出てくると、それを食べようと捕食性のダニが集まってくるという。彼らは当然あたりにいる他のダニも食べる。クスノキの葉には病変を起こしたり虫こぶを作ったりする有害なダニもいるが、それらが退治されることになる。


熱帯にはアリ植物といって、アリを住まわせている植物の一群がいる。アリを用心棒に雇って、毛虫などをやっつけてもらっているそうだ。クスノキは餌を養殖することによって用心棒を呼び寄せるという、さらに手の込んだことをしているわけだ。まったく自然はどこまで奥深いものだろうか。


クスノキは昔は樟脳を採るためにずいぶん伐採されたそうだ。しかしそれにめげることなく、いたるところで大木になっている。本土ではクスノキは自生でなく人が持ち込んだものではないかと言われているが、屋久島ではそれは考えにくい。それほど島の自然の中に溶け込んで、照葉樹林を構成する優先種の一つになっている。
posted by 夜泣石 at 06:58| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年04月06日

キダチハマグルマ

(107315)s.jpg


海岸に行くと黄色の菊があちこちに咲いていた。春とはいえ日差しは強烈で潮風もきつい。花は少しいびつで傷んでもいるが、よく見ると意外にきれいだ。ツワブキに似て、また小さなヒマワリのようで、整った普通の菊に見える。


しかし葉は分厚くごわごわしている。太い蔓が蛇のように延びている。それは岩や潅木を這い登り、また垂れ下がり、その先は砂浜を這い回る。そうしてあたりをすさまじいくらいに覆う。


このような菊はこの島の海岸に何種類かある。葉が小さめでひどくざらついていて、茎の先に花が一つならネコノシタ、三つまとまって咲いていて、少し大きめなのがオオハマグルマ、またもっと大柄で、葉の基が丸めで鋸歯の多いのがキダチハマグルマだそうだ。オオハマグルマは砂浜が得意のようで、伸ばした蔓の先から根を下ろして増えていく。一方キダチハマグルマは岩場や海岸林に多く、茎は木質化してずいぶん高くまで這い登る。このあたりの海辺はだいたい岸壁だからキダチハマグルマだらけだ。また屋久島にあるのはオオキダチハマグルマという変種だそうだ。


少し内陸に入ると、葉が少し細めで柔らかめの同じような菊があたりを覆っている。それをクマノギクだと思っていたが、実はほとんどアメリカハマグルマという帰化植物だった。葉の中ほどの鋸歯が大きく張り出していることで見分けられる。土壌保護のために植えたのが野生化してしまったのだそうだ。


キダチハマグルマの花の終った跡が面白い。花びらや柱頭が枯れ落ちた後、黄色く縁取られた緑色の鱗片が重なって、小さな松ぼっくりのようになっている。こんなものをこの仲間以外に見た覚えがない。見慣れた身近なところに意外なものを見つけると、たわいもなく嬉しくなる。
posted by 夜泣石 at 06:57| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年04月04日

マツバウンラン

(107301)s.jpg


なんだかふわふわと浮かんでいるような、ひらひらと舞ってでもいるような花だ。薄い紫色と白、はっきりしない不思議な形。ほとんど葉も枝もない細い茎が、針金を地面に挿したようにすっと伸びて、その先にぱらぱらと咲いている。そんな針金細工が無数に並んでいるから、空き地は一面、紫のもやに覆われてでもいるようだ。


マツバウンランという北アメリカ原産の帰化植物だった。70年ほど前に京都で初めて見つかったのだそうだ。それから急に拡がって、今では九州から北関東あたりまで、かなり普通に見られるという。しかし東京にいた頃は見かけたことがなかった。また南西諸島ではほとんど見つかっていないようだ。屋久島では何年も前に一度見たきりだったが、数日前、たまたま我が家の近くで咲いているのに気が付いた。


ゴマノハグサ科でウリクサスズメノトウガラシが同じ仲間だ。確かに花はちょっと似ている。しかしそれらの花はわずかでも開いていて雄しべくらいは見えるが、これはぜんぜん隙間がない。これでも虫が来て受粉の媒介ができるのだろうか。花びらを掴んで引っぱってみたが、ほんの小さくしか開かない。たぶんかなり小さなハナバチしか入れないだろう。それでもこんなにはびこっているから、自家受粉しているのかもしれない。


葉は松葉に似ているというが、コケのようなものが地面に伏せるように小さく拡がっているだけだ。それでもなぜかここには他の雑草が生えていないから、それで日射は足りているのだろう。どこもかしこも華奢で、作り物めいた花だけが空中に漂っているかのようだ。そして突然一面に咲いたかと思うと、次の年には忽然と姿を消してしまったりするそうだ。とてもかわいらしいが、奇妙で謎めいた感じもして、魅了される人も多いという。我が家の庭にも来て欲しくて、そっと一株掘り取ってきた。
posted by 夜泣石 at 06:56| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年04月02日

ベニバナトキワマンサク

(107267)s.jpg


花も葉も真っ赤で、木全体があたかも燃えてでもいるようだ。細いリボンのような花びらが風に吹かれて、炎のように揺らめいている。ベニバナトキワマンサクのこの情熱的な色は、南国の春にはよく合っている。


東京にいた頃、早春の山野でいち早く黄色に染まるマンサクを見つけるのはうれしかった。残念ながら屋久島にはない。数年前、園芸店で見つけたこの花は、色は違うが形はそっくりで、マンサクの名前も懐かしく、その場で買い求めた。中国南部原産で暖地なら庭植えできるとのことだった。


家の基礎の盛り土の粘土質の荒地に植えた。近くで見たかったし、こじんまりと花を咲かせてくれればよいと思った。しかしそんな酷い土地にもかかわらず、いやに成長が早い。膝ほどもなかったのに、あっという間に背丈を超えてしまった。調べてみたらこの木は大木になるとのことだ。それでは家が陰になってしまう。しまったと思ったが、いまさらどうすることも出来ない。


後になってあちこちの庭や垣根に植えられているのに気が付いた。この島の気候によく合っているようだ。これならそのうち、人里の周りで野生化してはびこるかもしれない。この島にはそんな園芸植物が多い。ハイビスカス、ブーゲンビリア、シコンノボタン、バンマツリ、ポインセチア。またバナナやパパイヤなどの果物も、道端や空き地でよく見かける。どれもすっかり里の風景の一部になっている。


屋久島には自然遺産という看板もあることから、外来のものを嫌う人がよくいる。最近はびこりだした帰化植物について、ある専門家に尋ねたところ、そんなものに興味はない、と馬鹿にしたように言われてしまった。しかしそういう人が尊ぶ自生のものといっても、そのほとんどはいつの時代かによそからやってきたものだ。最近来た、人が持ってきたからといって、なぜ差別するのか。ここの環境に合い、この島にすっかり溶け込んでいるものは、それもまた自然の一部と見てよいのではないか。昔から生きものは出たり入ったりを繰り返している。それらは気候の変動などとともに栄えたり滅んだりきた。そうして移り変っていくのが自然の姿であると思う。
posted by 夜泣石 at 06:58| 花草木 | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。