2008年02月28日

モグラ

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ついにモグラを捕まえた。泥んこになっていたのでゴム手袋をして掴んで洗ってみた。かわいそうにぐしょぬれになってしまった。モグラはずいぶん細い隙間も通るのでもっと小さいかと思ったら、わりと長さがあって意外に重量感がある。これほどの大きさの動物が我が家の庭の地下にいるとは不思議な気がする。


大きな手と長い爪がちょっと不気味だ。かなりの力でもがくから、ゴム手袋をしていないと怪我をしそうだ。ピンクの鼻をひくひくさせて、伸ばしたり縮めたりするのが不釣合いにかわいらしい。この鼻の嗅覚と、周りのひげの触覚が頼りで、目はほとんど退化しているそうだ。


モグラにはこれまで散々困らされてきた。もうほとんどあきらめの心境だったが、先日たまたま地元の古い雑貨屋でモグラ捕りの罠を見つけた。その店は博物館にでも飾っておけそうな昔ながらの道具など売っていて、時々覗いて楽しんでいた。その薄暗い棚の隅にほこりまみれになった罠が3種類もあった。


一つをさっそく買ってきた。レバーに触れるとガチャンと閉じてはさんでしまう仕掛けだ。しかし試してみたがモグラはレバーをよけたり、より深く穴を掘ったりでなかなかかからない。もう一度行って、今度は筒型の、入ったら出られない扉の付いた罠を買ってきた。これにもなかなか入ってくれなかったが、いろいろ置き方など工夫しているうちについにかかった。それから立て続けに3匹も捕まえることが出来た。あれほど苦労してきたのが、こんなに簡単に片付くとはうそのようだった。


しかもこれらの道具はかなり安い。特に最初に買った仕掛けは、鉄板を微妙にねじって組み立て、しっかりしたばねを仕組んだものだ。村の鍛冶屋といった人が、一つ一つ手作りしたのではないか。説明書も荷札のようなものが付いているだけだ。ともかくこんな値段では手間賃にもならない。もうずいぶん昔のものが当時の値段のまま置き忘れてあったのだろうか。ほとんど流通もしていないだろうし、いまどきこんなものを作る人などいそうにない。すばらしい骨董品の掘り出し物を手に入れてしまったようでうれしくなる。


モグラは殺してしまいたいほど憎たらしかったが、捕まえてみるとなかなかかわいい生きものだった。少し遠くまで持っていって、雑木林の中に放してやった。庭では毎朝、モグラ穴を踏みつけて平らにするのが日課だったが、やっとそれから解放された。あのでこぼこを作っていた悪戯小僧どもはもういない。しかし毎日何の変化もないと、妙にしんとした感じがする。なんだか庭が死んでしまったようで、かえって寂しいような気がしてきてしまった。
posted by 夜泣石 at 06:56| 生きもの | 更新情報をチェックする

2008年02月26日

コシダ

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一面に茂った草むらから奇妙なものが突き出している。春に先駆けてコシダの若葉が芽吹いたのだ。先がくるっと巻いていて、横から薄緑のひらひらした葉のもとがはみ出ている。奇怪な感じだが、どこかユーモラスでもある。


しばらくするとじゃんけんでもするようにグーがパーに変り、鳥が羽を開くように新葉が展開する。二枚の葉が向かい合わせに並び、そこから二つの枝が伸び、また二つの葉と枝に分かれ、そんな律動感ある造形が面白い。櫛の歯のように細かく切れ込んだ葉は、かさかさした硬めの紙のような感触で作り物のようだ。


コシダは日本各地の暖地に普通だが、屋久島には特に多い。海岸近くから山の方まで、乾燥した荒地を一面に覆いつくしている。どんどん新しい葉を高く伸ばしていって、根元には枯れた古い葉がびっしりと積み重なる。そうなるとかき分けることなどできず、とても中には入っていけない。他の植物も育たないので、コシダの群落はそのままいつまでも続く。


シダは湿ったところに生えるとされている。それは有性生殖の時に、精子が泳ぐための水気が必要なためだ。しかし受精して芽生え、ある程度成長してしまったら、硬い葉のためか他の雑草などよりずっと乾燥に強かったりする。屋久島の里ではカラカラ天気が長く続き、コチコチの痩せ地も多い。しかし年に何度か、うんざりするような湿った日々が続く時期がある。そういう時に根をおろしてしまうのだろう、ススキすら生えないようなひどいところをコシダが緑化してくれている。
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2008年02月24日

スイゼンジナ

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海岸近くの雑草の茂みの中に朱色の花を見つけた。西日が当って鮮やかに輝いている。ひょろひょろした茎の先にまばらに咲いて風に揺れている。根元の方で、葉の裏側がべったり濃い紫色になっているのが目に付く。


スイゼンジナだった。このあたりではハオラマとかハンダマと呼ばれる山菜だ。もともとは熱帯アジア原産で、中国を通って野菜として日本に持ち込まれたそうだ。今でもところどころで栽培もされているが、暖かい地方ではあちこちで野生化してしまっているようだ。


だいたいはおひたしで食べる。硬めで厚みのある葉はしっかりゆでても歯ごたえがある。ぬめりも出てなかなかおいしい。栄養面でもかなり優れているようで、最近健康食品として注目されているという。おいしい食べ方をいろいろ開発したら、特産品として販売できるかもしれない。なにより他の野菜のなくなる真夏にも負けないで一年中採れるのが良い。


きれいな花なので折り取って小びんに挿して食卓の上においた。ちょうど食事が焼き魚だったが、何となく生臭いので古いのかなと思った。ところが片付けた後でも臭う。鼻を近付けて探っていったらこの花に行き着いた。こんなひどい匂いとは予想外だった。地面にあるうちはそれほどでもないが、切り取って挿しておくとどんどんきつくなっていくようだ。


腐臭を出す花の多くは、花粉の媒介にハエの類を呼び寄せているのだそうだ。そういうものはだいたい見かけもハエの好きそうな奇怪な色や形をしている。しかしこの花はこんなにきれいなのだから、その違和感ははなはだしい。


この花はアサギマダラの誘引植物でもあるそうだ。そういえばきれいな蝶の中には、汚水や動物の糞などを吸うものがいる。人間にも信じられないような嗜好の持ち主がいたりするが、どうも自然の本性というのは一筋縄ではいかないようだ。
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2008年02月22日

リュウキュウイチゴ

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この2月はいつになく寒い日々が長く続いた。それでももうあちこちの茂みでキイチゴがたくさん咲いている。このあたりで早々と咲き出すのはオオバライチゴとリュウキュウイチゴだ。どちらの花びらも真っ白で薄紙のようだ。ミツバチが来て足をかけたりすると、すぐ破れたりはらはらと散ってしまったりする。


オオバライチゴは大きめの花が正面を向いて咲いている。リュウキュウイチゴはそれよりだいぶ小さく、いつもうつむいている。かたや刺だらけなのに対しこちらは刺がない。イチゴが実ると真っ赤なのに対し、こちらは黄色がかった橙色だ。しかしこの上品な色合いのイチゴは、ほどよい酸味や風味があってとてもおいしい。


こんな色のイチゴには思い出がある。幼い時、我が一家は静岡の街中の母の実家の別邸に引っ越しをした。いろいろなものが植わっている庭の片隅の小さな木に、それがたくさん実っていた。母に「これはキイチゴでおいしいよ」と教えられた。木になるイチゴ、黄色のイチゴ、と幼い頭の中にしるされた。今から思えばあれはきっとモミジイチゴだっただろう。花や実はこのリュウキュウイチゴを一回り小さくしたくらいでよく似ている。


母がお嫁に行ったのは、近くに夜泣石の伝説のある山深い宿場町だった。戦争の続いた時代だし、大きな商家のお嬢さんだったそうだから、いろいろ辛いことも多かったようだ。やっと都会に戻れて、それこそどうしようもないくらいにうれしかったことだろう。しかしそんな日々は長く続かず、数年後には入院し、まだ30少しで亡くなってしまった。


私は幼かったから、あまり思い出もなく、寂しいと感じたかどうか覚えもない。ただやがて自分が子を持つ年頃になって、こんな時に死んだのではさぞかし無念だっただろうと思った。


あれからまた倍近い年月が経ってしまった。長く生きたからといって、ことさら良いこともないなと思いながら、しかしまだまだ生きるつもりでいる。母のことは写真など手元にないのですっかり面影も薄らいでしまった。故郷から遠く離れて墓参りなどすることもない。といっても死んだものはお墓にもどこにもいるわけではない。ただ生きているものの心の中にしまわれている。何かの折に思い出すことが、せめてもの供養かなと思っている。
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2008年02月20日

キブシ

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キブシが咲き出していた。小さな豆のような花だが、たくさん連なって垂れ下がり、それが何列、そして何重にも並んでいるので見ごたえがある。薄い黄色の目立たない色だが、早春の淡い光にはよく合っている。その明るい帳をかき分けたら、その向こうに、何かすばらしいものがひそんでいるような気がしてくる。


東京にいた頃、まだ枯れ果てた山野でいち早く出会えるのがうれしかった。冷たい風の吹き抜ける山の切通しを歩くと、脇の崖の上でひときわ明るく輝いていた。しかしこの木に気付くのはそうしたわずかな期間だけだ。花が終るとたいして特徴もない低木だから、雑木林の中に埋もれてしまう。


屋久島ではあまり見かけない。冬になっても山野はいつも緑なので気が付かないだけなのか。あるいは分布の南限は奄美大島あたりだから、暑いところは苦手なのかもしれない。温暖な我が家の近くでは貧弱な一本だけしか見つけていない。今度見たのも島の北側の一番寒い里の近くだった。


屋久島にあるのは花穂が長く、葉も大きめなナンバンキブシという変種だそうだ。しかしキブシには変異が多く、また変化は連続的で、区別は明確ではないようだ。もともとは日本全国、同じものが一様に分布していたのだという。それが今から数万年ほど前の最終氷期に、寒さに追われいくつかの比較的温暖な地にばらばらに逃げ込んだ。分断されて各地で独自に変異していった。そして一万年ほど前から始まった間氷期に、それぞれが再び分布を広げていったのだそうだ。


最近の遺伝子の解析によると、関東から東海地方のものは、見かけは違っても系統的には近く、房総半島南端あたりに逃げ込んだものの子孫ではないかという。屋久島のものは独自な系統で、ここ以外には長崎あたりに飛び離れて分布するだけの少数派のようだ。何気なくある路傍の草木だが、それぞれにはそれぞれの歴史があるのだと改めて感じさせられる。
posted by 夜泣石 at 06:46| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年02月18日

タイミンタチバナ

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山の寒々とした林の中で白い花を見つけた。細い枝先に小さな花がびっしりと付いている。よく見ると厚みのある蝋細工のような花びらには赤紫の斑点もあってきれいだ。大きな葯が弾けたように付いているのは、小さな花火でも見たかのようだ。雌しべが見当たらないから、雌雄異株でこれは雄花の方だろう。


ヤブコウジ科のタイミンタチバナだった。ここでは珍しくもない木だが、花を見るのは初めてだ。冷え冷えした薄暗いところに生えているから、まさかこんな寒い時期に咲くとは思わなかった。枝の先端には薄緑の新葉も飛び出していて、もうこんなところにも春が訪れようとしているのに驚く。


千葉県あたりから南の暖地にずっと分布しているそうだ。海岸近くの照葉樹林を形成する樹種の一つということだ。しかしなぜか屋久島では少し山を登らないと見つからない。ヤブコウジの仲間には小さな木が多いが、例外的に大きくなるものに、このタイミンタチバナとモクタチバナがある。そのモクタチバナは海岸近くから集落の周りなどに多い。暖かいところを占有して、タイミンタチバナを山へ追いやっているかのようだ。


我が家から見るモッチョム岳は大雨のときなどすっかり雲に隠される。その雨雲や霧は標高200mを少し下がるくらいで、それより下に来ることはまずない。そしてそのあたりでタイミンタチバナとモクタチバナは、はっきりと住み分けているようだ。目には見えない自然の境界があるのを、いつも不思議な気持ちで眺めている。
posted by 夜泣石 at 06:35| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年02月16日

タブノキの虫こぶ

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タブノキの葉の裏に、小さなとっくりか臼のようなものがいくつも並んでいた。薄緑のものが多いが、日の当る高いところには、こんなに赤くきれいに色付いているものもある。つやつやしていて半透明で、まるで古いガラス工芸品のようだ。


これを「タブノキ ハ ウラ ウス フシ」と言うのだそうだ。タブノキの葉の裏の臼のような形の虫こぶという意味だった。「タブ ウス フシ タマバエ」という3mmほどのハエが卵を産みつけ、孵った幼虫がこんなものを作り上げるのだそうだ。


割ってみると、底の厚い葉肉の中にとても小さな黄色のウジムシが一匹入っていた。それが何かの化学物質を出して、葉の細胞をこんな形に増殖させたのだそうだ。トックリバチが泥をこねて似たようなものを作ったりするが、こちらは植物を操って作らせている。ぶくぶくしただけの塊なら人でも作らせることが出来るが、こんなきれいな形にすることなど見当も付かない。遺伝子操作でもして、この部分だけ別種の植物に仕上げてしまったような感じだ。幼虫は内側の部分を食べて大きくなる。自分で増やしたのだから、これも一種の農業と言うべきか。


虫こぶは秋から春にかけてよく目に付く。その頃が幼虫の生育期間のようだ。ネットで調べたら、成虫は春に羽化し、すぐに新葉に産卵するそうだ。屋久島ではタブノキは、ちょうど今いっせいに花芽が開いて花が咲き始めている。もう一月もすると真っ赤な新葉が春の日に鮮やかに映えるようになる。それに間に合うためには、幼虫はそろそろ蛹になる時かもしれない。


蚊のようなきゃしゃな体の小さなハエが、この口から出てくるところを見たいと思って一枝折り取ってきた。水に挿しておいたが、だんだんしなびてきてしまった。やはりこの臼は、ガラスのように見えても植物の体の一部で生きているのだった。幼虫たちをみな殺してしまったかと少し気がとがめる。
posted by 夜泣石 at 06:53| 生きもの | 更新情報をチェックする

2008年02月14日

亡国の道

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我が家から車で数分のところに数年前バイパスが出来た。ハイウェイと言ってよいほど立派な道路で時速100kmなど簡単に出せる。それに普段は前後にほとんど車も見かけない。旧道には大きなカーブがいくつかある。しかし大型バスでもちょっとゆっくり走れば全然問題ない程度だ。だいたい車が5台もつながれば渋滞だと思うようなところになぜ新しい道路が必要だったのか。


今、道路建設をめぐって国政がもめている。政府与党や地方政治家が日本にはまだまだ道路が必要だと主張している。しかしこの国は今、人口が減りつつあり経済成長もほぼ止まっている。ガソリンも値上がりし、今後も変動はあってもますます上がっていくことは目に見えている。運ぶ人も物も手段も減り始めている時、大切なお金を使って道路という不毛の地を増やすなど、正気の沙汰とは思えない。


地球温暖化の脅威が世界中で騒がれているが、日本ではたいした対策もとられていない。まあ多くの国に比べて日本での影響は当分緩やかだろうから仕方ないかもしれない。しかし気象の異常は世界の穀倉地帯を直撃しつつあるのだ。そして我々は食料の多くをそのようなところに依存している。温暖化は他人事では済まされない。


日本には豊かな国土があるから、やろうとすれば食料は自給できる。しかしそれは、石油に依存しない農業にしなければ真の自給にはならない。今の石油漬けの農業から脱却するには時間も投資も必要だ。早急にお金をこちらに回さなければならない。飢えから逃れることと道路とどちらが大事か言うまでもないだろう。


石油は化学工業などの原材料として貴重なのだから、燃やしてしまうなどとんでもない。国として石油を使わないエネルギー供給体制を作ることも、喫緊の課題の一つだろう。今の技術水準でも、すべての家の屋根に太陽電池パネルを取り付けるだけで、ずいぶんと石油は節約できるはずだ。いまだ高価なため個人ではなかなか投資できないが、国が設置の補助や電力会社の電力買取への支援などすれば、普及を促進できるだろう。そうすれば技術も進歩し単価も下がるから普及に弾みがつくはずだ。こんなことはやろうとすれば今すぐ出来る。国家百年の計、いや十年二十年先のために、貴重なお金はこういうことに使うべきだろう。


国を亡ぼすようなことにお金が使われてしまうのは政治家が悪いからか。いやそもそも国民が悪いのだ。日本には道路はすでに十分にあると判っていても、自分のところにだけはもっと欲しいと思うのだ。日本のあり方や将来を説く人でなく、自分に目前の利益をもたらしてくれそうな人に投票するからだ。選挙の時しか我々には、業界と官僚そして政治家の癒着を断ち切る機会はないというのに。


いやもっと根本に、我々が素朴に信じている民主主義という仕組みが悪いのかもしれない。世界を見ても、各地で選挙をめぐって暴動が起き、多くの人が殺されている。米国の大統領選など巨額の金を使ったコマーシャルの物量合戦のようだ。本来なら候補者の書いた詳細な政策をじっくり読み比べて判断すればよいのであって、お祭り騒ぎとは無縁であるべきはずだ。日本では民主主義は他国の力で強制的に導入されたが、それからずっと右肩上がりの繁栄が続いたのでその欠陥が隠されてきたようだ。しかしそんな幸運な時代は終りつつある。本来ならここで人々の英知を集めて新しい国のあり方を定め直す時だろう。しかしとてもそんなことはできそうにない。


しかしいずれとんでもない災厄が我々の目を覚まさせてくれるだろう。危機は最初はゆるやかに現れ、ある日突然破局が来る。食糧難や石油の枯渇、そして経済の破綻など、少なからぬ兆候はすでに出てきているような気がする。


いやその前に外から災厄が押し寄せて来るかもしれない。温暖化の危機や環境破壊などは外国の方がよほど深刻なのだ。今、中国ではかつてないほどの大雪に困窮している。そしてそんな異常気象が、これから続けて起こる可能性がある。かつての農業国なら難民を国内で吸収できただろうが、工業化、都市化の進んだ今の中国では対応しきれなくなるかもしれない。難民が海にあふれ出て、多くは台湾に行くだろうが、日本にもかなりの数が来るかもしれない。いや中国よりも先に、北朝鮮が崩壊する可能性がある。武力で攻められたら武力で応じられるが、難民に武力は使えない。数十万、もしかしたら百万を越える難民が押し寄せてきたら、我々はどう対処すればよいのだろうか。


いやいや何よりも、絶対に起こる危機は東京の大地震だ。今年か来年か、十年先かは判らないが、我々の多くが生きているうちにだろう。いったい何万、あるいは何十万の人が死ぬだろうか。生き残ったとしても何百万の人々が、長い間悲惨な生活を強いられる。そして首都機能の麻痺で日本は大混乱に陥るだろう。そもそも江戸の町ならともかく、あの地に大都会を作ること自体が間違っていたのだ。どんな地震対策でも救える人はわずかだろう。それが判っていても、しかし強権を発動し人々を東京から分散させることは、この民主主義の世の中では出来そうにない。


危機に臨んで、それを乗り切るための強力な指導者は日本にいるだろうか。いやこの国の体制はそういう人物の登場を許すようには出来ていない。政権内部の駆け引きや議会で堂々巡りをしているうちに、人為的な被害も増大しそうだ。しかしそれでも日本人の一人一人は賢いから、個々の努力で破滅は免れるだろう。そうして耐え残った人たちが、失敗を教訓に新しい国を作り直せばよいのだ。


今、非力な我々が個人として出来ることは何だろう。災厄から遠そうなところに前もって逃げ出すのはどうだろうか。自分勝手のように見えても、そうすることが生き延びる人口を増やして再生を支えることにつながる。そうして新しい社会のあり方を、じっくりと考えていればよいのではないか。
posted by 夜泣石 at 07:00| 世の中のこと | 更新情報をチェックする

2008年02月12日

ヤンバルハコベ

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冷え込んだ朝、庭の雑草が露まみれになっていた。葉は放射冷却でどんどん冷たくなるから、それに触れた空気の中の水分が凝結する。葉の表面は水をはじくから、水滴はみんなきれいな玉になる。また植物には体内の余分な水分を水孔と呼ばれる穴から排出する機構がある。その水滴も葉のふちなどにきれいに並ぶ。


この丸みのある葉が二枚、向かい合っているのはヤンバルハコベだ。今はちょうど花の時期、天気の良い日にだけ暖かな日差しの下でそっと開く。とても小さく弱々しい花だが、一目でハコベの仲間と判る。白い花びらには深い切れ込みがあり、5枚のはずがまるで10枚あるように見える。


かわいらしいし、草丈も低くひ弱な感じだから、増えても邪魔にはならないだろうと最初は思った。びっしり畑を覆えば、乾燥対策や他の屈強な雑草よけにちょうど良いような気がした。しかし後悔するのにそれほど時間はかからなかった。見かけによらずたくましく、茂り方が尋常ではないのだ。そして作物などに寄りかかって、けっこう高いところまで伸びていく。激しく茂る分、養分を取ってしまうのか作物が負けて元気がない。


さっそく引き抜くことにしたが、青臭さがかなり鼻につく。そして小さな果実が柄ごと外れて、手や腕にびっしりと付く。ネバリハコベという別名があり、べたべたしていて感じが悪い。けっこううんざりさせられる雑草だった。


熱帯の植物で、古い図鑑には分布は奄美大島までとなっている。しかし奄美大島にもヤンバルにも、何度も行ったことがあるがこの草には気付かなかった。屋久島に来て初めて知った。ここには近年北上してきたようで、今のところ屋久島が北限だそうだ。よほどこの地に合っているのか、畑や道端などいたるところで繁茂している。
posted by 夜泣石 at 06:42| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年02月10日

ハルタデ

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このところ寒波が全国を襲って各地から雪便りが聞こえる。南国の屋久島でもさすがに冷え込んでいる。雪こそ降らないが天気もずっとぐずつき気味だ。そんな中、たまたまの日差しを喜ぶかのように、休耕の畑にタデの花がたくさん咲いていた。


秋によく見るイヌタデにそっくりだ。昨年からの咲き残りだろうか。それにしては鮮やかで咲き出したばかりのようだ。田植えの頃に咲くサナエタデだろうか。細かく調べてやっとハルタデと判った。これらはみんなよく似ている。


図鑑などではハルタデの特徴として、葉の真ん中辺りの黒っぽい斑紋を上げている。しかし濃い薄いの差はあっても、どのタデにもこんな斑紋はある。決め手は托葉鞘のふちの毛だった。ハルタデは短いが、イヌタデは長くサナエタデには毛がない。ともかくこんな普通の人には判らないようなことで、わざわざ区別などしなくてもよいのにと思ってしまう。いやいやこれは単に見分け方であって、これしか違いがないということではなさそうだ。そもそも咲く時期に違いがあるのだから、生理的な差など、見かけ以上に大きいのだろう。


こんな赤い穂を持つタデは全国どこにでもたくさんある。たいていは夏から秋にかけて咲く。派手さはないが、薄暗い秋の暮れに、夕日を浴びていたりするのはびっくりするほどきれいだ。ハルタデは萼の赤みが弱めで花びらも白く、全体に少し濁った感じがする。しかし早春の淡い日差しには、この白っぽさが明るく映えてかえってきれいに見える。
posted by 夜泣石 at 06:43| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年02月08日

ハクセキレイ

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冬の屋久島の里には鳥が多い。我が家の庭でも一日中鳥の姿が見える。車を走らせていると道路際の藪から不意に飛び出してきたりして、ぶつけてしまわないかと冷や冷やする。中でも危なっかしいのが道路上で遊んでいるハクセキレイだ。灰色と白の取り合わせは舗装の色に溶け込んでよく見えない。そして近付いてもなかなか動こうとしない。やっとどいてくれそうになっても、ちょこちょこ走って逃げようとするから、すぐ追いついてしまう。翼があるのだからさっさと飛んでいってくれと思うこともある。


長い尾をいつも上下に振っている様子がかわいく、幼い頃に最初に覚えた鳥の一つだった。全体に黒っぽいのになぜ白セキレイなのか不思議だったが、どうもこれは全身のことでなく、顔が白いということのようだ。あるいはよく似た仲間に黄セキレイがいるから、それと比べての話かもしれない。


昔はそんなに多くなかったが、今は日本全国どこにでもいる鳥だ。東京あたりでは冬しかいなかったはずだが、いつのまにか一年中見られるようになっていた。もともとはずっと北の地で繁殖していたのが、だんだん南下して、今では西日本でも繁殖しているとのことだ。温暖化で北上する生物は多いが、中には逆行するものもいるのだ。あまり人怖じしないし、道に落ちている残り物でも何でも食べるたくましさのおかげだろうか。


屋久島には冬にたくさん渡ってくる。しかし群れていることはなく、たいてい一羽か、広い畑に数羽が散らばっているくらいだ。夕方はねぐらに集まるようで、空港のビルの屋上で数十羽も騒いでいるのを見た。もうあと一月もすると田植えの準備に田んぼに水が張られる。するとそこにたくさん集まってくる。水に追われた虫などを食べているようだ。その頃夏羽に変るようで、背中が真っ黒になっている。それから北の方にどこまで行くのか、屋久島からはいなくなる。
posted by 夜泣石 at 06:49| 生きもの | 更新情報をチェックする

2008年02月06日

レンゲ(ゲンゲ)

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もう半月ほども前から、あちこちの道端や畑の隅でレンゲが咲いている。いつのまにかミツバチも来たようで、雄しべ雌しべの束が隠されていた舟弁から飛び出しているものも多い。何度も来たらしく戻らなくなったもの、すっかり壊れたものなども並んでいる。


どこにでも見られる花なのだが、目にするたびにうれしいような懐かしいような気がしてくる。色も形もきれいだからか。それとも春の来るのを感じさせてくれるためか。いや何よりも、子供の頃の思い出があるからだろう。昔、遠くまで続く田畑のすべてが、一面赤紫に染まっていた。あの頃、日本はまだ貧しく寒さは厳しかったが、人々は懸命に働いていた。やっと暖かくなってきた日差しに照らされた夢のような風景は、幼い心にしっかりと焼きついてしまったようだ。


今はもう肥料にも、家畜の飼料としても利用する人はいないだろう。農業も合成されたもの、輸入されたもので成り立っている。日本の食糧の自給率の低さが問題視されているが、その少ない自給作物のほとんども、原材料や石油など、よそから買ってきたもので支えられている。本当に日本の国土の力だけで育まれたものなど、いったいどのくらいあるのだろうか。もう一度、一面のレンゲ畑を取り戻すことが、真にこの国が豊かになることではないだろうか。


この花を図鑑ではゲンゲ、別名レンゲソウと記述してある。しかしゲンゲの語感は硬く、この花の愛らしさにはふさわしくない。またゲンゲでネットを検索すると、同名の奇怪な感じの魚の方がたくさん出てくる。そもそも多くの人はこの花を見つけて「あ、レンゲが咲いている」と言うはずだ。ゲンゲとか、わざわざレンゲソウと言ったりする人は十人中一人もいないのではないか。標準和名などともかく、この花はレンゲと呼びたいと思う。
posted by 夜泣石 at 06:51| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

ヤブチョロギ

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道路際の一角がピンクに染まっていた。花は小さく淡いが、萼が濃い赤紫で目立つ。一つ一つは見栄えはしないが、一面に咲いている様子は意外なほどきれいだ。この花の形や、茎が四角いことからシソ科であることはすぐ判る。東京あたりでたまに見たイヌゴマに似ているが、それよりごつい感じがする。


図鑑で調べてもなかなか見つからなかったが、やっと帰化植物のヤブチョロギだと判った。チョロギというのは中国から来た小さな巻貝のような野菜だが、食べた覚えはない。その花など見たこともないが、これに似ているのだそうだ。イヌゴマもチョロギダマシなどという別名があるから、昔の人にとってチョロギは身近な作物だったのかもしれない。これらはみな同属でごく近い仲間だが、根が肥大して食べられるのはチョロギだけのようだ。


ヤブチョロギはヨーロッパ原産で世界中に広がっているそうだ。日本では第二次大戦後に見つかり、今では近畿地方あたりから西に広く帰化しているとのことだ。屋久島では畑の隅などあちこちに生えている。こんな冬のさなかにぐんぐん茎を伸ばしてたくさんの花を咲かせる。そのまま春、夏、秋とぼつぼつ咲き続ける。冬になる頃枯れるが、それもつかの間、すぐまた新しい茎を伸ばし始める。


野の草花を探していてこの花に出会うと、なんだか野暮ったいような感じに、ああまたお前かとちょっとがっかりする。といっても、こちらもいつもこんなところをうろうろしているわけで、まあお互い様なのだろう。
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2008年02月02日

ヒロハフウリンホオズキ

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近くの学校の駐車場の隅にナス科の雑草があるのに前から気付いていた。よくある帰化植物だろうとあまり気にも留めなかったが、たまたま通りがかりにまた覗いてみて驚いた。小さなホオズキがたくさんできていた。


こんなホオズキは初めて見た。明るい緑に黒褐色の筋模様の取り合わせはそれなりにきれいだ。地面すれすれに枝を広げているのは、こんな真冬だからだろう。それにここはひどい荒地だ。もっとよいところに生えればきっと背丈も伸びて、ちょっと変った観賞用として面白いかもしれない。


図鑑やネットで調べたら幾つか似たような種類があった。黄色の花の奥が褐色であることや葉の形から、どうもこれはヒロハフウリンホオズキのようだ。北アメリカ原産で、世界の熱帯から温帯にかけて広く帰化しているとのことだ。


近縁には食用ホオズキがあるそうで、これも食べられるという。袋を開けてみたら、中には輝くような緑の小ぶりの玉が入っていた。それを齧ってみたら、まだ酸っぱいが感じはミニトマトそっくりだ。ちゃんと熟せばかなり甘いとのことだから、それを楽しみに時々覗いてみることにしよう。普通のホオズキのように赤くはならないで茶色になるとのことだ。


今のところ各地で散発的に見つかるくらいだそうだ。屋久島ではまだこの学校でしか見つけていない。もしかしたら誰かが標本か何かとして持ってきて、落したか捨てたかしたのかもしれない。こんなところに生えるくらいだから生命力が強そうで、これから広がっていきそうだ。外来植物は嫌われがちだが、これは見た目が面白いし食べられるのが良い。それにワルナスビキンギンナスビのような刺もない。道路際など植生の破壊されたところを覆ってくれるのは歓迎したい。
posted by 夜泣石 at 06:46| 花草木 | 更新情報をチェックする
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