2008年01月31日

マルバグミ

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防風林の一角から飛び出した枝に、グミの実が鈴なりについていた。幅広の大きめな葉でマルバグミだとわかる。屋久島にグミは多いが、その中で海岸近くによくある最もありふれた種類だ。


果実は多くのグミのように真っ赤にはならない。表面を微細な毛が覆っていて白っぽく見える。それでも熟しきれば濃い橙色が透けておいしそうになるが、そういうものはほとんど見られない。そうなる直前に、目ざとく鳥が見つけて食べてしまう。


グミという言葉には郷愁を誘う響きがある。童謡にもよく歌われているし、子供の頃に山野で摘んだ思い出もある。しかしたいていは口に入れても吐き出していた。グミはかなり熟しきらないと渋みが抜けないのだ。こんなものをよく鳥は食べられるものだと思った。


昔の思い出のグミは野原や土手にぽつんと立っていた。屋久島のグミはたいてい防風林に混じって我がもの顔に枝葉を広げている。そこからしなやかな枝を目いっぱいに道の上に突き出しているから、なんだか化け物じみた姿だ。


しかし葉は濃い緑と銀色の表裏の対比が美しい。秋には小さな花を一面に咲かせて、甘くうっとりするような香りを漂わせる。そうして四季折々に通りかかる人たちを楽しませてくれる。
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2008年01月29日

トビ

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モッチョム岳の麓を悠然とトビが舞う。我が家の書斎からいつも見える。年中どこにでもいるありふれた鳥だが、翼を大きく広げてゆったりと漂っている姿に引かれて、ついぼんやりと眺めてしまう。


この空にはよくサシバも飛んで来るし、他の形の良い鷲鷹類も通り過ぎる。しかしトビは彼らよりずっと高いところを、地上の喧騒から遠く離れてゆっくりと飛び続ける。なんだか王者の風格すら感じさせる。


しかしこの王は案外弱く、見掛け倒しのようだ。時々カラスに追いかけられているのを見る。カラスはたいてい数羽で取り囲むが、時には一羽で飛び掛ったりもする。トビはずっと大きいし鋭い嘴もあるのだが、いつも戦いもせず逃げ回る。


カラスが強いのは迫力の差なのではないか。ならず者が喧嘩に強いのは、すべてをそこにかけられるからだろう。さまざまな思いや迷いがあれば、どうしても動きに制約が出てしまう。だからスポーツなどでも、根性や大和魂などが強調されることになる。


ところで大和魂とはなんだろうか。猛々しさが日本の伝統なのだろうか。いや農耕民族は戦いをするのではなく、地道に根気よく自然と一体となって生きてきたはずだ。時には耐え忍びながら、しかし自然に包まれて安らぎや喜びを感じてきたのではないか。本来の大和魂はそんな穏やかな優しいものであると思う。いつのまにかよそから来た風潮や権力ある人々の扇動で、自分たちの本質を見失ってしまったような気がする。


トビは信じられないくらいかわいらしい声で鳴く。鳥が鳴くのは縄張り宣言か異性を呼ぶためといわれている。しかし今はこの広い空に一羽きり、ただ大空を舞うのが気持ちよくて、思わず声が出てしまったという感じなのだ。
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2008年01月27日

サクラツツジ

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冬の最中というのに、屋久島の里ではサクラツツジが咲き出した。ほんのりと桜色に染まった小さめの花が二つ三つ、陽だまりでくっつき合って咲いている。清楚さを通り越して無垢な美しさすら感じさせる。寒さで黒ずんだ常緑の葉に囲まれて、よけいに透明感を際立たせているようだ。


南国のツツジで、四国や九州に飛び地はあるが、だいたいは南西諸島に分布しているそうだ。中でも屋久島にはたくさんある。里の周りでも川沿いなどに多く、地元の人は川桜と呼んでいる。上側の花びらにある斑点が、奄美や沖縄では鮮やかな赤で目立つようだ。屋久島では緑がかった淡い色のものが多く、ずっとおとなしい感じがする。


植物というものは普通、環境ごとに住み分けている。野と山と高山では、それぞれ種類が違っている。しかしサクラツツジはそのどこにでもある。高山のヤクシマシャクナゲは里に植えたら、枯れはしないがほとんど花をつけない。しかしサクラツツジはどこであってもかなりの大木になり一面に花を咲かせる。


高山では5月の末から6月、シャクナゲと共に山を彩っている。ではそのあたりのその頃の気候が、里の真冬に相当するのだろうか。いやいくら1000mを越える山といっても南国だから昼間はそれなりに暑くなる。花はその時の気温でなく、ある期間の温度の積算によって咲くのかもしれない。いつも涼しい高山の日陰など、真夏になってもちらほら咲いていたりして山歩きを楽しませてくれる。
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2008年01月25日

セイヨウエンゴサク

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ミカン畑の隅を一面に覆う薄赤い下草を、最初はムラサキケマンだと思っていた。花は1cmほどと、東京で見慣れたものの半分くらいしかなく、草全体もずいぶん華奢だが、きっとまだ冬で成長が悪いだけなのだろう。しかしなんだか気になって図鑑を調べたら、はっきりした違いを見つけた。ムラサキケマンの果実はインゲン豆のような細長い鞘で、中に種がいくつも並んでいるが、こちらはまん丸な果実で種が一つしか入っていない。


そんなものは普通の図鑑には載っていない。もしかしたらと帰化植物図鑑を見たらカラクサケマンというのを見つけた。ヨーロッパ原産で明治の終りごろ日本に来たものだそうだ。全体によく似ているが、説明を読んであれっと思った。萼が2〜3mmと書いてあるが、こちらのはずっと大きいのだ。白い半透明の膜のようなものが、まるで魚の鰭のように細長い花の横にくっついている。


ネットでカラクサケマンを調べたら、なんとニセカラクサケマンというものもでてきた。それはさらによく似ているが、今度は逆に萼が大きすぎるようだ。近縁種にセイヨウエンゴサクというのが載っていたので、そちらに飛んだら今度はまさにぴったりだった。両者は名前からは無関係のようだが、実際はほとんどそっくりだ。それでも萼の大きさ、花の色の濃さ、また葉の形や果実の付き方などに微妙な違いがあって間違えることはない。


セイヨウエンゴサクもヨーロッパ原産で、まだ日本に入って日が浅く、あまり広がっていないそうだ。植物好きの人たちにもそれほど知られていず、これらの種類は混同されていることが多いという。そんなものがどうやってこんな離島にまでたどり着いたのだろう。またこれらのうちどの種類までここに来ているのだろうか。


それはともかくこんな細かな違いなどどうでもよいだろうと言われそうだ。しかしなぜか見れば見るほど気になってくる。どの分野においても、そういうこだわりが人間の本性としてあるように思う。
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2008年01月23日

アキノキリンソウ

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これはどう見てもアキノキリンソウだ。しかしなぜ今頃咲いているのだろうか。本来は名前の通り秋の花だ。秋に咲いた名残ならともかく、最近咲き出したばかりのようでまだ蕾も多い。それにこのあたりは畑の雑草を見にいつも通っていた場所だが、今まで気付いたことはなかった。一株だけの狂い咲きならともかく、見回すといくつもある。


屋久島でアキノキリンソウを見たのはこれが初めてだ。ただ昔から見慣れたアキノキリンソウとどうも少し様子が違う。花は穂状になっていたはずだが、これはほとんど枝先にまとまって咲いている。葉は幅広で丸みがあり、厚くごわごわしている。表面がでこぼこしているので光沢感はないが、どうも海岸植物といった風情だ。屋久島にはシマコガネギクという名の変種があるそうだからそれかもしれない。残念ながらそれがどんなものか、どこにも記述は見当たらなかった。


この仲間には変種や雑種が多いのだそうだ。屋久島にはイッスンキンカという変種も山に登ると普通にある。高地に適応して、花も葉もずいぶん小さくなったものだ。そういえばひところ全国の空き地を埋め尽くしていたセイタカアワダチソウもこの近縁種だ。この仲間はしぶとくたくましいものたちなのだろう。


アキノキリンソウは東京などでごく普通のありふれた花だった。花の一つ一つは小さくどうということもないが、道端の荒地に日を浴びてたくさん咲いているのは、秋の山野に欠かせない感じだった。あちこち出かけて行って珍しい花を見つけるのはうれしいものだが、こういう当たり前のものに出会ってなんだかほっとするのも、花を見る楽しさのように思う。
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2008年01月21日

ホトケノザ

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草ぼうぼうの畑の一角がピンクに染まっていた。ホトケノザが咲き出したのだ。一面に咲いているもきれいだが、近付いて見る小さな花もとてもかわいらしい。頭は赤いビロードの帽子のようだ。大きく口を開けて、突き出した下唇には赤い斑点が並んでいる。口の中にはあざやかな朱色の花粉がのぞいている。


横から見ると、人が手を前に出してひらひらさせているようで、それらが輪になって並んでいるから盆踊りか何かのようだ。この仲間をオドリコソウ属というのもうなづける。近縁にヒメオドリコソウという草があるが、それはもっと小さな花でこんなに立ち上がってもいない。姫踊り子という名は、このホトケノザにこそふさわしいように思う。ホトケノザの名は、花の下に平らに広がった葉を仏様の台座、蓮華座に見立てたものだという。なお春の七草のホトケノザは黄色の花のコオニタビラコのことで、そちらはロゼットの形が似ているからだそうだ。


ホトケノザはタンポポなどと共に、東京郊外では春の花として普通だった。そうした懐かしい花に屋久島ではめったに出会うことがない。ヒメオドリコソウやオオイヌノフグリなど、どこにでもあるはずの帰化植物もまだ一度も見たことがない。


ホトケノザも先史時代に帰化し、日本の農耕の周期に合わせて生活してきたのだそうだ。秋に刈入れの終った田畑に芽生え、冬を地面にへばりついて過ごす。そして早春、人々が戻ってくる前にいち早く花茎を伸ばし花を咲かせ種を作る。種はやがて始まる耕作によって土の中に混じり、また秋を待つ。


しかし屋久島では畑作は冬が最盛期だ。夏から秋まで、暑さや虫害で露地では野菜はほとんど作れない。秋が深まってから耕作され、冬にみずみずしい緑の野菜が畑を埋め尽くす。これではホトケノザの出番がない。日本の伝統的な農耕に伴う里の雑草たちにとっては、ここはあまり住みよいところではなさそうだ。
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2008年01月19日

ツワブキ

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冷たい雨に濡れてツワブキが咲いている。この花が咲き始めたのは秋の終り頃だった。冬に入っても暖かい日が多く、日差しの中で豪華にたくさん咲き続けた。年が明けて、屋久島では不順な天気が続くようになった。薄暗いしぐれ模様の中で、しかしツワブキの咲く一角は、かえって明るく輝いているようにも見える。


ツワブキの花はずいぶん長持ちする。また並んで生えていても、なぜか株によって咲く時期にかなりの違いがある。さすがに今頃ではもう多くは種をつけて、ちょっと汚れたような薄茶色の綿毛になっているが、まだまだ蕾のものもあちこちにある。花はよく、はかないもののたとえに用いられるが、この花にはそんな感じはない。


本州の東北南部から南西諸島にかけて広く分布しているそうだ。しかし東京などでは庭に植えられてはいても、自然の植生は見たことがなかった。屋久島に来たら、優勢な雑草となってそこらじゅうに生えているのに驚かされた。種は風で広く撒き散らされるし、大きな根茎ができてしっかり根を下ろす。我が家の庭でも最初は大事にしていたが、次第にやっかいな雑草扱いになってしまった。引き抜いて放り投げておいたりすると、いつの間にかそこで根を下ろして花を咲かせていたりする。


ツワブキの若葉は春の山菜として喜ばれている。葉柄を煮たものはそれほどとは思わないが、小さな葉をてんぷらに揚げたものは、しっかりした厚みがあってとてもおいしい。数日前、道端でどこかのおばさんがつわを引いているのを見た。ああ今年ももうそんな時期になるのかと思った。月並みな感想だが、最近は年中そう思ってばかりいるような気がする。
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2008年01月17日

オオミノトケイソウ

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冬の庭で、花はあっても小さなものばかりの中で、場違いに大きく派手なのがオオミノトケイソウだ。熱帯植物のはずだが、夏場はあまり元気がなく、涼しくなると盛んに蔓を伸ばし、寒くなる頃たくさんの花を次々に咲かせる。もしかしたら熱帯といっても高地のもので、昼と夜の寒暖の差の激しい今どきの気候が合っているのかもしれない。


花は手のひらほどもあり、持ってみるとかなり重さもある。下向きに蔓からぶら下がっているが、イソギンチャクが触手をゆらゆらさせているようでなかなか奇妙だ。下からのぞいてみると、色合いといい形といい毒々しいくらいで、ますます海の不思議な動物のような感じがする。


このずらりと並んでいる太目の糸は花びらの変形したものだろうか。いや外側にピンクの花びらと緑がかった萼が5枚ずつちゃんとある。また真ん中にある噴水のようなものは間違いなく雄しべと雌しべだ。ということは普通の花なら、このあたりは何もないはずのところだ。それがこの花では何もないどころか糸状の突起が、房飾りのようなものから刺のようなものまで何重にもびっしりと生えている。


こういうものは副花冠と呼ばれているそうだ。水仙の花の中ほどにある黄色や赤のひだ状のものがその例とのことだが、たくさんの花の中であまり多くの例はなさそうだ。ともかくこんなに派手なものはこの花ぐらいだろう。


雄しべと雌しべの形も変っている。しかしどこかで見たようだと思ったらホトトギスの花がこんな感じだった。ホトトギスも初めて見るとびっくりするほど奇妙な花で、やはり雄しべ雌しべが噴水のようになっている。もちろんそれは目的があってのことで、その下でハチなどが蜜を求めて動き回ると、背中に花粉が付く仕掛けだそうだ。


オオミノトケイソウも同じだろうか。しかし葯や柱頭の位置が高すぎて普通の虫では背中が届かない。そもそも虫など来ているのを見たこともない。芳香はあるのだが、このたくさんの糸のカーテンは花には見えないのだろうか。それとも原産地では、この花に惹かれる大きな虫がいるのだろうか。


虫が来ない理由はすぐ判った。蜜が出ていないのだ。いや花の奥のくぼみには甘い蜜がたっぷり入っている。しかしその上に、逆さになってもこぼれないほどしっかり蓋がしてあるのだ。この蓋はミツバチの力ぐらいでは開きそうにないし、蝶のストローなど差し込む隙間もない。


この花の大きさや蜜の量からして、これは鳥媒花ではないだろうか。中南米原産だからハチドリがたくさんいるはずだ。あるいは鼻先の長い小型の哺乳類やコウモリかもしれない。彼らの力なら蓋を開けて中のご馳走を存分に楽しめるだろう。この派手な飾りも彼らには、我々と同様魅力的に見えるかもしれない。


我が家のオオミノトケイソウの株は屋久島に来る前、東京の大きな園芸店で手に入れた。普通のトケイソウより桁違いに大きな実がなり、ものによっては2kgを越えると聞いて楽しみだった。しかし思いっきり茂ってたくさんの花が咲くのに実ることはなかった。自家不和合性が強いのだそうだ。何度も人工授粉しているうちに、昨年やっと一個だけ実った。普通のトケイソウの実より淡白でクセがない。失望することの多い熱帯果樹の中で、トケイソウは間違いなくおいしいし樹勢も強い。今年は違う系統をもう一株植えて、ゆくゆくたくさん実らせてみたいと思う。
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2008年01月15日

アオサギ

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暖かな日差しの下でオオツメクサが一面に咲いている。甘い香りがむっとする中を、アオサギが一羽ゆっくりと歩いていた。なんだかひょうきんな顔をして、どこかのおじさんが背中を丸め後ろ手で、のんびり散歩しているかのようだ。


アオサギというからきれいな青色かと思うと、実際はほとんど灰色に近い。考えてみると日本語でアオというのはずいぶん幅が広いようだ。アオバトやアオゲラなどきれいな緑色をしている。古来、白でも黒でもなく、また赤のように鮮やかでもない、淡くあいまいな色はすべてアオだったと何かで読んだことがある。湿気が多く、だいたいいつも霞んでいる日本の風景は、ほとんどがアオなのだろう。


アオサギはサギの仲間では最大だそうだ。群れも作るが、一羽で悠然としている姿を見ることが多い。鳥はだいたいよく動くものだが、これは首すらも動かさず置物のようにじっとしていたりする。日本全国に分布し、近頃数も増えているそうだ。水辺によくいるが、屋久島では畑で見ることも多い。たぶんバッタでも食べているのだろう。我が家の庭にも来て、突然こんな大きな鳥が飛び立ってこちらの方がびっくりした。


サギの仲間を見るたびに不思議に思うことがある。首の途中がかくっと折れ曲がっているようなのだ。なんだか骨折してずれてしまったような感じだ。彼らは口に入らないほどの大きな魚でも丸のみするが、あそこで引っかかったりしないかと心配なくらいだ。首の長い鳥は、他にツルやハクチョウなどいるが、それらの首はすらっと美しい曲線を描いている。


ツルなどが飛んでいる姿は、首をまっすぐに伸ばして優雅な感じだ。しかしサギは首を折りたたんで、まるで首がないかのような姿で飛ぶ。広い平原でなく、林のそばなど障害物の多いところではその方が有利なのかもしれない。あれだけ折りたたむには、変曲点が不連続にしか設計できなかったのだろうか。
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2008年01月13日

スミレ

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年が明けて、少しずつ日が長くなってきた。すると庭では春の花が次々に咲き出した。暖まりやすい地面近くで、普通よりもちょっと背を低くして、小さな花が色とりどりに咲いている。まだこれから寒い日も来るだろうが、もう春に向かって弾みがついてしまった感じで、庭中に花が広がりつつある。


スミレがいたるところに咲いている。可憐とか清楚などの言葉がぴったりだから、昔から人々に愛されてきた花だ。全国どこにでもあるのだが、屋久島に来たら、それこそそこらじゅうに咲いているのがうれしかった。


しかしちょっと感じが違うのも気になった。調べてみたらこの島にあるのはアツバスミレという変種だった。暖地の海岸沿いに分布し、葉が厚めで少し光沢がある。なぜか花びらの先がへこんでハート型になっているものをよく見かける。これは変異なのだろうか、それとも蕾の時に先端に傷でも付いただけなのだろうか。


スミレの花をこんなに目にするのは、この花が見かけによらずしぶといからだ。普通に花を咲かせ種を作るだけでなく、夏など閉鎖花を付けて効率的に種を量産する。種ができると、ぱちんと遠くに弾き飛ばす仕掛けもある。さらに種にはアリの好む物質が付いていて、それでさらに遠くに運ばれていく。こうして道端のちょっとした隙間など、思いがけないところから芽生えてきたりする。宿根草だから年々根を広げていくし、大株になると少々のことではへこたれない。


スミレの名は花の形が墨入れに似ているからだという。これは花の後ろに距が伸びているためで、特に咲く前の蕾が面白い形でよく似ている。墨入れは昔の大工さんが大事そうに持っていた。ただ線を引くためだけの道具だが、大工さんの思い入れのためか、なんともいえない曲面で形作られて、魔法のランプか何かのように思えたのが懐かしい。


しかしスミレの名は万葉集にもあるが、墨入れがこんなしゃれた形になったのはせいぜい江戸時代からだろうという反論がある。別の説として、相撲取りがいわれだという人がいる。スミレの別名として、相撲取草というのが各地にあるそうだ。これは子供がスミレの距を引っ掛けて引っ張り合って遊んだことからだという。そういえばそうやって遊ぶ花にジロボウエンゴサクというのがあり、この次郎坊に対してスミレは太郎坊と呼ばれていたそうだ。ともかくこうした古い名前や昔のことなどに触れると、失ってしまった故郷の思い出のようで、そこはかとない郷愁がこみ上げてきたりする。
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2008年01月11日

オオイタビ

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冬になる頃、散歩道に小さめのイチジクがよく転がっているのに前から気付いていた。大方、誰かが規格外のイチジクを放り投げたものだと思っていた。ある年ふと防風林を見上げて、かなり高いところにそれらがいくつもぶら下がっているのに気付いた。ああこれが話に聞いていたオオイタビかとやっと判った。つる性の木で、岩や大木にはりついて上っていき、上の方に行くとつるとは思えないほどしっかりした枝を横に張り出したりしている。


まん丸な玉は4cmくらいで、大きめだと5cmくらいのちょっと細長いものもある。最初はきれいな緑色で、だんだん濃い紫色になっていって、そのうちぱかっと割れる。よく熟れた実を手に取ると、先端にある小さな穴からゼリーのようなものが、チューブから押し出すように出てくる。栽培種のような濃い味でなく、さわやかな甘みでなかなかおいしい。


イチジクの仲間の花と実の生態はとても複雑で面白い。まずこの実のようなものはいわゆる果実ではなく、花や果実を包み込んだ袋で、花嚢と呼ばれるものだ。もともとは茎の先にたくさんの花が付いていたものを、茎が膨らんでひっくり返って花の面を内側に包み込んでしまったのだという。花は袋の中でどうやって受粉するのかと思うが、小さなイチジクコバチが先端の穴から出入りして花粉を運んでくれるのだそうだ。ハチはイチジクの種類ごとに特定化されているとのことだ。


オオイタビには雌株と雄株がある。雌株には雌花しか付かないが、雄株には雄花だけでなくなんと雌花まである。しかしこの雌花は種子を作るためでなくハチの幼虫の餌としてあるのだ。まずハチが雄株の花嚢にもぐり込んで雌花に卵を産み付ける。孵った幼虫は花の子房を食べてしまうのでこの花が実ることはない。そうして成長して蛹になり羽化する。成虫はすぐ交尾し、雌バチは次の卵を産むために外に出て行くが、そのとき穴の周辺には雄花がたくさん咲いているので花粉まみれになる。


雌バチが次に行き着いたのが雄株の花嚢だったら何も問題はない。また同じことが繰り返されて子孫を残すことが出来る。しかし不運にも雌株の花嚢だったらそうはいかない。こちらの雌花は少し形が違っていて花柱が長く、小さなハチの産卵管では子房にまで届かず卵を産めない。ハチは花粉を運ぶだけのただ働きだが、しかしオオイタビの方はおかげで受粉できてしっかり種子を作ることができる。


こうしてオオイタビはハチを育て、またハチに助けられている。もはや互いに相手がいなければ子孫を残すことが出来なくなっている。進化は前もって計画されたものでなく、虫と植物との丁々発止のやり取りから、次第にこんな筋書きが出来上がっていったものだ。一歩一歩を跡付けてみれば不思議はないのかもしれないが、そうであればあるほど、さらにその上の自然の神秘さを感じないではいられない。またこんな自然の秘められた姿は、一部始終をずっと見られるわけではない。断片的な事実を寄せ集めて、こんな物語を組み立てた学者の感性と想像力にも感嘆させられる。
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2008年01月09日

ホソバワダン

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海岸の崖に黄色の菊が咲き乱れている。海が荒れれば強風の吹きすさび、潮もかかるようなところだ。晴れれば日差しは冬でもじりじりするほど強い。何よりここは岩場で、豊かな土壌などどこにもない。よくもここでこんな弱々しげな花が咲くものだと思う。


根元を見ると太い木の根のよう根茎になっている。花からは想像も出来ない程ごつごつと無骨でたくましそうだ。そんなものが岩の割れ目にしっかりとはまり込んでいる。きっと風に飛ばされてきた種が、たまたまここで芽生えて割れ目に深く根を下ろしていったのだろう。ここまで根茎を太らせるには、いったい何年かかっただろうか。厳しい環境を生き抜いた秘密がこの根元にあるようだ。


花は農道沿いなどに無数に咲いているヤクシソウにそっくりだ。しかし葉は、海岸植物らしく厚くしっかりしている。そして不釣合いなほど大きめのへら状の葉が根元に何枚も重なっている。ヤクシソウにもこんな根生葉があるのだが、花の咲く時期には枯れてしまっている。両者の違いは明白なのだが、雑種が多くて戸惑うこともある。


ホソバワダンは台湾から南西諸島を北上して、ずっと四国まで広く分布しているそうだ。それより北にはアゼトウナが伊豆半島あたりにまである。さらに北にはワダンが房総半島まで分布している。これら3種は葉の形に違いはあるが花はよく似ていて、かなり近縁だそうだ。きっと黒潮の流れに沿って北に分布を広げていくうちに、少しずつ形を変えたものだろう。


ホソバワダンという名は、ワダンに似ていて、それより葉が細いということだ。そうすると語感からはワダンが本家本元のような感じだが、実際はその逆だろう。沖縄では昔からンジャナと呼ばれていて、ホソバワダンなどという本土の植物学者が勝手につけた名前など通用しないそうだ。ンジャナはニガナ、つまり苦菜の訛りで、ゴーヤのような苦い野菜としてよく食べられているという。なおワダンはワタナ、つまり海菜の訛りだそうで、こちらも食用になる。ワダンという名には異国の何かのような響きがあってよいが、ホソバワダンにも独自の南国的な名前でも付けられたらよかったのにと思う。
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2008年01月07日

ハマニンドウ

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海岸近くを散歩すると、防風林に絡みついたハマニンドウに花が咲いていた。本来は初夏の花だが、別にこれだけが狂い咲きしたというのではなさそうだ。あちこちに咲いているし蕾も多い。ニンドウは忍冬と書き、冬も耐え忍んで青々と葉を付けていることからだそうだ。しかしいくら耐えられるからといって、花まで付けることはないだろうに。ともかく毎年のことなのか今年が特別なのか、今まで気を付けたことがなかったので判らない。


ハマニンドウは全国で見られるスイカズラに近縁で、中部地方以南の暖地の海岸近くに分布するそうだ。花はよく似ていて、花びらがめくりあがるように開いて、雄しべ雌しべを長々と突き出している。何となく龍の火を噴いている顔を連想する。さしずめ雌しべの先に付いている薄緑のものは龍の玉か。花は夕方開いて1日ぐらいは白で、次の日には黄色くなる。開いたばかりには甘ったるいような、とてもよい香りが強くする。


雄しべ雌しべが長く伸びているのはチョウ・ガ媒花の特徴だそうだ。チョウやガは長いストローで蜜を吸うからほとんど花に触れず、そのため受粉の助けにならない。そこで雄しべ雌しべを長く突き出して、彼らの体に届くようにして、花粉の授受を可能にしたというわけだ。


この花の形は変っていて、花びらがほとんど上側にしかない。これでは虫は止まることができない。しかしスズメガならば止まらずに空中に静止して蜜を吸うことができる。看板のように立っている花びらは、横から来る彼らにはとても目立つはずで、その下に蜜があるぞという合図なのだろう。香りが強いのも、色が白いのも、夜飛ぶ彼らを誘うためだ。余分なものを捨て、必要なものだけをしっかりそろえて、スズメガ媒花としてとことん進化した花なのだろう。


しかし冬の今は夕方からは冷え込んで、さすがにスズメガの姿はない。しかし日中なら、まだホシホウジャクなどの昼のスズメガが盛んに飛んでいる。花は夏の昼間の日差しの下ではしおれてしまうが、今なら一日中ぴんとしている。こんな時期に咲くのも、屋久島なら決して無駄ではないようだ。
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2008年01月05日

ヒヨドリ

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キーキーとけたたましい鳴き声がする。我が家の目の前のハゼノキにヒヨドリが数羽来ていた。今年は早々と食べごろになったようで、次々と鳥がやってくる。シロハラも近くの枝に止まっている。ヒヨドリが騒いだのもそれを警戒してのことかもしれない。何もない時にはピーとかピョロロといったとてもかわいい声で鳴いていたりするのだから。


ふと、シロハラがヒヨドリの止まっているすぐ下にやってきた。ヒヨドリをじっと見上げている。ただ事ではすまない雰囲気だが、どうもこのたわわに実ったハゼの実を狙っているようだ。ヒヨドリは首をかしげて下を見ていたが、じきに飛び去った。その場所に当然のようにシロハラが止まってハゼの実を食べ始めた。


体はヒヨドリの方が長いし鋭い嘴という武器がある。シロハラはずんぐりしているから体重はありそうだ。好勝負になりそうだが、この二種がけんかしているのを見たことがない。ちょっとにらみ合いをするだけで、いつもヒヨドリの方が去っていく。思うに土着のヒヨドリは、この島の豊かな環境でのんびり育ってきているのだろう。対するシロハラは毎年くり返す長い渡りで渡世の厳しさを知っているはずだ。その迫力の差ではないだろうか。


ヒヨドリも冬近くなると本土から大群が渡ってくる。島のヒヨドリと区別は付かないが、心なし土着の方が大きめで色も濃いような気がする。ミカン畑に群れているのはたぶん渡ってきた連中だろう。ミカンもだいぶやられるそうだが、幸いなことに彼らは一つの実を食べ終わってから次の実に移る。それに対して行儀が悪いのがサルで、食べかけで放り投げて次々にかじって行く。だからその被害は甚大で、食べ散らかした跡の汚さに、どうしようもないほど怒りがこみ上げてくると農家の人が言っていた。ただこの習性は山では喜ばれたりもする。サルが食べかけの木の実をどんどん落とすので、その下にはいつもシカが集まっている。


ヒヨドリはもともと山の奥深い森の住人だったが、この数十年ほどで急に都会に進出して、街中でもごく普通の鳥になっている。東京で暮らしていた頃、リンゴの芯など果物の屑をテラスに出して餌付けをしたことがある。そのうち朝になると窓のところにやってきて催促するようになった。近くで見ると、灰色がかった青や茶色の複雑な色合いがなかなかきれいで、ボサボサ頭もかわいかった。しかしこの島ではもともとの森のヒヨドリのようで、残念ながらそんなに人馴れしてくれない。
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2008年01月03日

ヤクシソウ

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年末年始の日本を襲った厳しい寒波は屋久島にも届いた。山岳の道路は雪と凍結で通行止めになっている。温暖な我が家のあたりでも、しぐれ混じりの冷たい強風が吹き続けた。そんな中でもたくさんの花が咲き続けている。海に近い農道沿いの茂みなど、ヤクシソウの明るい黄色に染まっているくらいだ。


ヤクシソウは全国に分布する黄色の野菊で、東京の高尾山あたりでもよく見かけた。普通は夏の終りから秋にかけて咲くのだが、屋久島では冬を過ぎて春遅くまで、一年の大半を咲き続ける。2年草とのことだが、大きな株が毎年同じところにあるので、ここでは多年草化しているものもあるように思う。


あるいは海岸に生える多年草のホソバワダンとの雑種が混じっているのかもしれない。容易に交配するそうでヤクシホソバワダンというのだそうだ。戻し交配も可能のため、さまざまな程度の雑種ができるとのことだ。あたりの花を観察すると、大きさが1cmくらいから2cm近いものまであり、小花の数も9個から15個までの違いがあった。このうち小さめの花で葉が少し厚めのものが、ホソバワダンの血が濃いのではないだろうか。


キクの仲間は雄しべが筒になっていて、その内側に花粉が放出される。筒の中に雌しべがあり、花が咲くと筒を突き抜けて出てくる。雌しべには微細な毛があり、それで花粉をかき出す仕組みだ。雌しべは筒からかなり突き出てから二つに割れて受粉可能になるから、自花受粉になるわけではない。二つに割れた雌しべの先は羊の角のように丸まってくる。それがたくさん並んでいる様子がかわいらしい。


ヤクシソウは花びらが薄く柔らかく、花を支える花柄もしなやかで、とても可憐な感じがする。じつはこれが受粉のための作戦になっているのだという。弱々しいからミツバチなどがしっかり掴まろうと雄しべ雌しべの束にしがみつくので、花粉の授受が効率的に行えるのだそうだ。ただこの寒さの中ではミツバチはやって来ず、大柄で太目のホシホウジャクが盛んに蜜を盗んでいた。


ヤクシソウの名は厳かな感じでこの花には似つかわしくない。じつはいろいろな薬草が別名で薬師草と呼ばれていて、いわば一般名詞だったようだ。それがこの花の固有名詞になってしまったのは、特別薬効が強かったからというわけではなさそうだ。葉の形が薬師如来像の光背に似ているからとか、薬師堂のそばで最初に見つかったからとか諸説あるが、本当のところは判らないそうだ。ともかくありがたみのあるような名なので、この花がいっそう好ましく思えてくる。
posted by 夜泣石 at 09:50| 花草木 | 更新情報をチェックする

2008年01月01日

知的刺激を求めて

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我が家から見た初冬のモッチョム岳


屋久島生活も6年目に入った。初めての旅行でこの土地を買ってしまったのは、庭の横を流れる澄み切った渓流と、眼前にそそり立つ壮麗なモッチョム岳のためだった。こんな風景に浸って心を奪われていれば、悩みや憂い、そして欲望など忘れ、何ものにもとらわれないゆったりとした毎日を過ごせるようになるかもしれないと期待した。


移住した屋久島にはすばらしい自然がどこにでもあった。真っ青な空と海が果てしなく広がり、そして誰もいなかった。こんな景色を独り占めできる贅沢がうれしかった。しかし1年たち、2年たち、いつか感激は薄れていった。あれほど心を奪われた風景も当り前に思えてきた。どこにも地元の人々がいないわけが判った気がした。


人はどんなものにも慣れてしまうようだ。それは良い悪いとかいうのでなく、どうしようもない人間の本性なのだった。生きていくためには、やらなければならないことが限りなくある。昔は身を守るためにも、いつも周囲を警戒する必要があった。当り前のことにいちいち感激などしている余裕はなかったのだ。新しい物事には早く慣れてしまわなければならない。そのように心は進化してきたのだった。


移住する前はずっと、都会で目の回るような毎日を送っていたから、何もしなくてよい生活にあこがれた。いつもさまざまなことが気の狂いそうなくらい心の中を駆け巡っていたから、何もかも捨てて心を空っぽにしたかった。


移住して無為の暮らしは手に入ったが、しかし心は空っぽになどならなかった。心は思い通りになどならない。それどころか逆に我々自身が、心を作り出す脳の奴隷のようなものだ。そして脳は常に何かで満たされていなければならないようだ。何もなければ、古い記憶でも何でも手当りしだい持ち出してきてしまう。思い出したくもない過去の事々が次々によみがえってきて悔恨に苦しめられたりもする。


何かすばらしいことで心を満たしても、それで終りということはない。どんなことにでもすぐに慣れてしまう。心は常に新しい刺激を求め続けているのだ。だから我々は際限なく仕事に打ち込んでみたり、旅に出たくなったり、人々との付き合いを求めたりするのだろう。人によってはギャンブルとか不必要な買い物とかに散財する破目にもなるのだろう。


隠棲して5年が過ぎたが、悟りを開くことも、仙人になることもできなかった。以前と同様、新しい刺激を求め続けるしか心の平安は保てそうにないのだった。そしてその刺激は、ここでは当然まわりの豊かな自然に求めることになる。何がどうなっているのか、調べたり考えたりする時間が増えていった。改めて学問の基礎から勉強したくなった。何か目的があるのでなく、ただ知的刺激のための勉学がとても楽しいものに思えてきた。


新しいことを知って感激したり、判らなくて行き詰ったりすることで、いつも心を満たしていたい。そうして自分なりの自然との付き合い方を極めていけたらと思っている。ふと目を上げれば、そこにいつも変らぬ雄大な景観がある。すっかり見慣れた景色に、故郷の山に向かっているような親しみと安らぎを覚える。そして知的世界の旅の後では、改めて新鮮な感動がこみ上げてきたりする。
posted by 夜泣石 at 22:48| 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする
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