2007年04月30日

ツバメチドリ

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夕方、買い物帰りに田んぼの中の道を通ったら、サギやツバメがたくさん飛び交っていた。ふと、休耕田に見慣れぬ鳥がいるのに気付いた。ムクドリくらいの大きさで、地面の上でじっと動かずにいる。嘴の根元が赤く、目の下から黒い線が下っている。それが喉の周りを四角く縁取りしていて、ちょっと奇妙で愛嬌のあるような鳥だ。


後で調べてツバメチドリと判った。日本には旅鳥として少数が飛来するそうだ。しかし最近各地で夏鳥として繁殖するものも見つかっているという。この個体もすっかり夏羽になっているし、このあたりで子育てするつもりだろうか。


ツバメの名は翼が細長く尾が二股になっているところが似ているためだという。飛び方も似ていてすばやく、空中で虫をとらえるのだそうだ。飛んでいると翼の下が赤いのが目立つという。残念ながら夕暮れの中に飛び去ってしまって、それらを確認することはできなかった。


翌日また探しにいったが見つけることはできなかった。畑地や荒地の開けたところが好きなのだそうだ。そういうところは我が家の近くにもずっと広がっているから、散歩の途中など注意していればきっとまた出会えるだろう。連休に旅行に出かけるなど絶えてないが、田舎暮らしは楽しみが向うからやってきてくれるのがうれしい。
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2007年04月28日

ヘゴ

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薄暗いところに何か怪しげなものがあると思ったら、ヘゴの芽吹きだった。10cm以上はある巨大ぜんまいで、茶色の巣の中で白い幼虫でもうごめいているかのようだ。太い軸に白い点線の模様も蛇か何かのように見える。


ヘゴは高さ4mにもなる木生シダだ。といっても普通の樹木のようにしっかりした構造の幹ではないから、どうやってその高さまで水や養分を運ぶのか不思議だった。ヘゴの幹は分厚くびっしりと細かい不定根に覆われている。どうやらそれで空気中の水分を吸っているらしい。またそこに水分を溜め込んで、いわば幹の上に自ら土壌を作り出していると言える。それは保水性と通気性に優れているから、ヘゴ板として園芸資材になっている。


そんなわけでヘゴは空気の乾いたところでは生きていけない。暗く湿った杉林の中や谷川の近くなどに生えている。数百メートルもの山にもあるから案外寒さには強いようで、本州の暖地にも分布しているそうだ。しかし開発と盗掘でほとんど絶滅状態であるという。


屋久島の気候にはよく合っているようで、ごく普通にたくさんある。我が家の庭の川沿いでも、2mもある大きな葉を怪鳥の翼のように広げている。葉の裏には虫の卵のような小さな丸い胞子嚢がびっしり付いている。そしていつの間にか近くに二本目が生えていた。


昔、西表島で郷土料理として、近縁のヒカゲヘゴを食べたことがあった。鉈で断ち割ってぜんまいの付け根あたりの白いところを取り出した。さくさくして淡白な味わいで、わさび醤油によく合った。今ではとてもそんなことはできない。ヘゴはおいしくないのか、食べたという話を聞かないのが幸いだ。
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2007年04月26日

ショウベンノキ

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照葉樹の薄暗い雑木林から白い花の塊が突き出ていた。小さな5oほどの花で、萼も花弁も全体が丸っこくてなかなかかわいらしい。それに甘いような魅力的な香りもする。


照葉樹はだいたいが深い緑ののっぺりした葉をいつも茂らせているから皆同じように見えてしまう。花が咲いてやっと調べる気になった。


ミツバウツギ科のショウベンノキというのだった。おかしな名前なので記憶にあった。最初聞いた時は冗談かどこかの地方の俗名かと思った。それがちゃんと図鑑に載っている正式の名前であると知って驚いたものだった。人は品のない言葉は口にはしても、文にする時にはそれなりに節度を守るものなのだが。


春先などに木を切ると大量の樹液が出るからだという。樹液がたくさん出るのなら、「旅人の木」など夢のある名前のものもあるのにと思ってしまう。タビビトノキは実際には水気のあるところに生えていて、旅人がのどを潤すことはないそうだが。


ショウベンノキは四国より南の暖かい沿海地に分布するとのことだ。わりと珍しい種類だそうだが屋久島の里には普通にある。秋になるとオレンジ色の丸い小さな果実をたくさん付けて、もう一度変化に乏しい照葉樹林を彩ってくれる。
posted by 夜泣石 at 22:18| 花草木 | 更新情報をチェックする

2007年04月24日

ゼンマイ

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薄暗い林の中に茶色の物体が立ち並んでいた。木漏れ日が当たると赤っぽく輝いて、まるで炎のかたまりのようだ。ふと仏像の光背を思い出す。ここは小さなお宮に続く道だ。その脇に点々と神様への道しるべみたいに並んでいる。


これらは山菜として有名なゼンマイの胞子葉だった。近くで見るとぷちぷちした感じでカズノコに似ている。さわるとかさかさしていて弾力がある。振ると胞子が煙のように空中に漂う。膝ほどの高さでこれだけの葉があるから、胞子の数はすさまじいものだろう。こんなに撒き散らす必要がどこにあるのかと思ってしまう。


シダの仲間は何が何だかよく判らない。このような目立った特徴のあるものはほんの少しで、だいたいは似たような葉がただいつも茂っているだけだ。そして見た目がそっくりなのにぜんぜん違った種類だったり、逆にずいぶん違うのに同じ仲間だったりする。


判るというのは特徴と名前を丸暗記することではなさそうだ。何か共感できるものが必要な気がする。花の咲く植物の場合、花と昆虫は共進化してきている。昆虫は我々とはずいぶん違った生きものだが、それでも「おいしそうに食べているな」とか「警戒しているな」など気持ちが通じるように思う。そんな昆虫たちの気を引くように進化してきた花だから、我々の気を引くことになっても不思議はない。シダは自分だけの緑の静寂の中に生きているようだから、共感できるようなところがなかなか見つからない。


屋久島は世界でも屈指のシダ天国だそうだ。シダと親しくなれたら、さらに奥深い自然に触れることができそうな気がする。そろそろシダとしっかり付き合ってみたいと思う。いつか私の心も緑の静寂に染まって、なんでそこでそんな葉を広げているのか、共感できるようになれるかもしれない。
posted by 夜泣石 at 21:58| 花草木 | 更新情報をチェックする

2007年04月22日

景色を独り占め

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この春は不順な天候が続いたが、やっと屋久島の里山の照葉樹林も新緑の真っ盛りとなった。鮮やかな緑から黄緑そして赤緑と、さまざまな緑の諧調が山を染め上げている。暗い緑は手入れされていない杉の植林だ。その死の世界と戦うかのように、生き生きとした緑があらゆる隙間を埋め尽くしている。


ここは全長172mもある屋久島最長の橋の上だ。高さも50mはあるだろう。1000m級の山々から川が流れ下ってきている。反対側を眺めるとすぐ近くに海があり、その向うに種子島が横たわっている。橋の上に車を止めて折りたたみ椅子を並べて空中で弁当を広げる。上に下に鳥が飛び交い、あたりにたくさんの鳴き声が響いている。


こんなことができるのも、この立派な橋を通る車などほとんどないからだ。県道沿いの集落から車で5分ほど上がっただけのところだが、この先にあるのは牧場ぐらいだから用のある人などまずいない。いつでも好きな時にこのすばらしい景色を独り占めできる。


人のいない自然を寂しいとか怖いという人がいる。この島に来る登山客の多くは団体だし、だいたいは人が大勢いる有名なところにしか行かないから、そうした感覚の方が普通かもしれない。


私は人といるのがどうも苦手だ。それは長い会社勤めでも治ることはなかった。人とうまく付き合えるかどうかは子供の時いかにみんなと遊んだかによると思う。残念ながら私はそういう育ち方をしなかった。気の置けない同好の人たちと一緒にいるのは楽しいが、それでもだんだん一人になりたくなってくる。


一日人と会わないでいることが苦にならない。しかし一日家に閉じこもってはいられない。豊かな自然の中に身を置き、歩き回りたくなる。いたるところにすばらしい景色があり、いつも静かに独りで楽しめる、それは私にとって最高の贅沢と言えるかもしれない。
posted by 夜泣石 at 23:29| 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする

2007年04月20日

ノアザミ

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「あざみの歌」という唱歌が昔あった。今は歌われることも少なくなったようだが、敗戦後の混乱した時代にずいぶん流行ったそうだ。私もかすかにその時代の記憶のある世代だから、アザミにはどうも特別な思い入れを持っている気がする。あの頃、暗く貧しかったがこれからどんどん良くなっていくと信じられた時代でもあった。いつのまにか、その信じていた未来も終りにさしかかる頃になってしまって、郷愁だけがとても切なく物悲しい。


歌の中ではアザミを愁いやかなしみを秘めたものとして捉えている。赤紫の淡い色がそんな感じを持たせるのだろう。普通の花のように目立つ花びらで飾り立てることなく、糸くずを寄せ集めたような形が繊細な感じを与えるのだろう。


たくさんのアザミのある中で、春に咲くのはこのノアザミだけだ。東京でも普通に見られたが、なぜか屋久島が南限だそうだ。多くの春の花に先駆けて3月には咲き出すから、ちょっと寒いくらいが好きなのだろう。いまだやわらかな春の光の中で、いっとき、愁いなど忘れたようにやさしげに咲いている。
posted by 夜泣石 at 22:36| 花草木 | 更新情報をチェックする

2007年04月18日

マンゴー

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枝の先から赤い花軸が出て、それが枝分かれし、さらに枝分かれした先に1pくらいの花をたくさん付けている。一つの花序だけで数千個はありそうだ。しかしこれだけ花が咲いても、果実はほんの数個ほどしか実らない。


花は全体が薄い黄色で花びらには赤い縦筋の模様がある。これが蜜のありかを示しているのだろう。平らに開いている花はハエやハナアブを呼び寄せるのだそうだ。アリがよく来ているので蜜もそれなりに出ているようだ。少し淡いがシイの花のような香りもする。


これだけの仕掛けをもっているのに、なぜわずかしか実らないのだろうか。花をよく見るとほとんど雄しべがない。痕跡のようなものはあるが、伸びて赤い葯を付けているのは一本あるかないかだ。花は両性花と雄花、雌花が混ざっているそうだが、我が家の花を見る限りみな雄しべが足りない。どうも熱帯にはおおらかで不完全な花がよくあるような気がする。


マンゴーは屋久島ではみなビニールハウスで栽培されている。気温の問題でなく雨除けなのだそうだ。花は上を向いているから、もともと少ない花粉など雨に当たればすっかり流されてしまうだろう。


我が家では庭木の一つと考えているからそのまま地面に植えてある。それでも一昨年2個実った。成長すると30mもの大木になるそうだから、そのうち我が家で楽しむくらいは偶然にでも実るようになるだろう。熱帯果樹でも何でも、今では店に行けば売っているが、それらはみな早取りしたものだ。樹上完熟させたもののおいしさは自分で育てなければ味わえない。
posted by 夜泣石 at 21:46| 花草木 | 更新情報をチェックする

2007年04月16日

リュウキュウコケリンドウ

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小さな花といっても、これは思いがけない小ささだ。小さいものを米粒ほどという言い方があるが、これはせいぜい3oくらいと米粒より小さい。高さも地面から2cmほどで、コケにも埋もれてしまいそうだ。花の好きな人なら、たとえ小さくともたいていのものは歩いていて気が付くが、しかしこれはここに花があると教えられなければまず判らないだろう。


こんなに小さいのにちゃんと花の形をしている。ごまかしも省略もなく、確かにリンドウの花だ。そしてきっとこれに来るやはり極小の虫がいるのだろう。花は多くの時間閉じている。太陽が真上に来てカンカンに照らす時、人知れずそっと開く。


リンドウというと秋に山野に咲く花というイメージが強いが、これは春に海辺の芝原に咲く。潮風の強い、嵐の時など波に洗われてしまうようなところだ。日差しも強烈だが、体を小さくすることで苛酷な環境に耐えているのだろうか。あたりにはオキナワチドリが、もう日に褪せて白骨のようになりながらまだ咲いていた。
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2007年04月14日

ヒナギキョウ

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芝生の上に小指の爪ほどの淡い青紫の花がたくさん咲いていた。細長い茎が風に揺れると、まるで小さな星が一面にまたたいているかのようだ。古い日本の懐かしいような色合いと、すっきりした飾り気のない形は、遠い昔の思い出の花のようだ。


桔梗はその清楚な美しさで古くから人々に愛されてきた。それをそのままずっと小さくしたような花だ。小さなものに姫と名づけることは多いが、雛というのはずっと少ないのではないか。この花のかわいらしさにはとてもふさわしいと思う。


東京では幻の花だったから、屋久島に来てきれいに咲いているのを見つけて感激したものだった。そのうちそこら中にあるのに気が付いた。農道脇のとんでもない荒れ地などにも群落を作っている。こういう自然の破壊された場所には強靭な帰化植物がやっと生えるぐらいだが、そんな中に混じって一人気を吐く大和撫子だった。


我が家の庭にも気が付いたらそっと咲いている一輪があった。草取りの時抜かないでおいたら、いつの間にかあちこちに広がっていた。ほぼ一年中咲いているが、さわやかな風の吹く春と秋にすっきりときれいになるようだ。
posted by 夜泣石 at 22:23| 花草木 | 更新情報をチェックする

2007年04月12日

ナナフシ

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朝、戸を開けるとナナフシが遊びに来ていた。全身をいっぱいに伸ばしてべたっと張り付いている。それから何時間もそのままの格好でびくともしなかった。そっと掴んで手のひらに載せるとゆらゆらと動き出した。近くの木の葉の上に置いて、数時間後見に行ったらまだそこにいた。しかし葉にはかじられた跡があった。


いかにも木の枝といったような姿で、昔から好きな虫だったが、東京ではめったに見ることはなかった。それがこの島に来たら家の周りにたくさんいた。爪の先ほどの小さな子供から、手よりも大きなものまで、なぜか我が家の網戸などによくとまっていたりする。図鑑を見るとアマミナナフシという種類らしい。


欧州などではナナフシが一番好まれる昆虫だそうだ。チョコチョコ動き回るものは最初はかわいいが、長い付き合いの中では煩わしく感じることもある。その点ナナフシはいつもゆったりとしていて、疲れている時などなんだかほっとさせられる。決して暴れたりしないから扱いやすいし、餌もそこらの葉だけ与えておけば十分だ。単為生殖のものも多く雌だけで卵を産んで増える。これほど飼いやすい生き物も少ないだろう。


木の枝にとまっていると枝葉にまぎれてなかなか見つからない。突っついたりすると風に吹かれる小枝のように体を左右にゆらゆらさせる。それからゆっくりと動き出す。周りに溶け込んで姿を現さず、争いや思い煩うことなどのない仙人のような暮らし。あらゆる欲望など削ぎ落としてしまったかのような細い体。私もそんな生き方にあこがれて南の島に移住したのではなかったかと、太り気味のお腹をさすってみたりする。
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2007年04月10日

マンテマ

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淡いピンクの花が儚げに咲いている。透明の長い毛が濡れたような感じできれいだ。南国などより、冷たい霧にけぶる北の大地に似合いそうな花だ。


ヨーロッパ原産のナデシコ科だそうだ。慎ましやかな女性を褒めて大和撫子という言葉があるが、こんな花を見ると、それは日本女性に限らないような気がしてくる。


マンテマという語感も、ちょっと意外な響きでしゃれている。語源はよくわからないそうだ。ところでこれはシロバナマンテマといわれる種類のようだ。マンテマそのものは花びらがもっと幅広く、大きな濃い赤の斑がある厚化粧の花だ。


茎に触るとネバネバする。近い仲間のムシトリナデシコと同じだ。別に食虫植物ではないが、蟻を登らせないための工夫だと聞いたことがある。この長い毛もあわせて蟻やアブラムシを寄せ付けないための仕組みかもしれない。


江戸時代に観賞用に持ってこられたのが野生化して全国に広まったそうだ。この島でも畑の脇などで多くの雑草たちよりちょっと背を高くしてたくさん咲いている。か弱そうだが芯が強いのも大和撫子と同じなのだろう。
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2007年04月08日

シマイズセンリョウ

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春先に枝のあちこちに薄茶色の毛の塊のようなもやもやしたものを付けていた木があった。どことなく怪しげで不思議な感じだった。そのうちだんだん毛の太さが増してきて、先が膨らんで白くなった。そうして今や小さなたくさんの花の塊になっている。


防風林の間や雑木林の陰の薄暗いところで、枝の上から下まで一面に花を付けるからなかなかきれいだ。厚くて大き目の葉はかなりごつい感じで、せいぜい3oほどの小さな花との対比が面白い。だいたいが低木で目の高さに咲いてくれるのもありがたい。


しばらくすると真ん丸い茶色の果実がたくさんできるが、冬の頃に白くきれいになってもう一度楽しませてくれる。白い果実など東京に居た頃は珍しいものと思っていたが、この島にはシラタマカズラを始めいろいろある。もともとありふれたものなのか、それともこの島が変わっているのか、何が常識なのか判らなくなる。


シマイズセンリョウの名前は、イズセンリョウに近縁で南西諸島にあるからだそうだ。イズセンリョウは伊豆半島に多いからとのことだ。しかしセンリョウの名ではあるが実際はヤブコウジ科でセンリョウとはかけ離れている。


この仲間にはマンリョウ、カラタチバナなど、冬に赤い実をつけて正月飾りに使わる馴染みのものがある。世界にはたくさんの種類があるそうだが、熱帯、亜熱帯が中心で日本には少ないとのことだ。屋久島の気候には合っているようで、かなり珍しい種類もあるようだ。
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2007年04月06日

アメリカフウロ

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アメリカと名が付くから派手で大きな花かと思うが、これはせいぜい5oくらいの、淡く清楚でどうにも日本的な花だ。葉もたくさんの切れ込みがあってたおやかな感じだ。北アメリカが原産で今では日本各地に帰化しているそうだ。この島でも道際や畑の縁など、あちこちを一面に覆っていたりする。


高山植物などが多いフウロソウの仲間だ。風露草。風と露から連想するのは高原の朝だろうか。形を留めずすぐに消えていくはかなさ。この花も路傍の露といった感じだろうか。


この仲間には民間薬として有名なゲンノショウコがある。アメリカフウロもアメリカ原住民が薬草にしていたそうだ。ゲンノショウコは果実の形が面白く御輿草とも呼ばれる。こちらも同じように縦に裂けて反り返り、御輿の屋根の形になる。


春先から初夏まで長い間、可憐な花と面白い果実を次々に付けている。いつも通る足元でのことだが、ふだんは目にとまることもない。なぜか気持ちの沈んだような時に、こんな小さな花にふと気付いたりする。
posted by 夜泣石 at 21:27| 花草木 | 更新情報をチェックする

2007年04月04日

ルリハコベ

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目の覚めるような瑠璃色に、鮮やかな赤と黄色。宝石か何かのような豪華な色合いは、どう見ても日本の花の感じではない。図鑑によると南ヨーロッパが原産とのことだ。確かに明るく派手な地中海地方にならふさわしい気がする。


海岸近くの道沿いなどにたくさんある。花は1pくらいと小さく、低く地面を覆うように咲いている。同じ海辺に咲く可憐な花でも、オキナワチドリが妖精ならこちらは小悪魔といったところか。あでやかさに誘惑されそうな、いや誘惑して欲しいような気がしてくる。


ルリハコベという名は、葉の形や草むらの感じがハコベに似ているからだそうだ。しかしハコベはナデシコ科だが、こちらはサクラソウ科で花はずいぶん違う。といっても日本のサクラソウの楚々とした雰囲気ともかけ離れている。シクラメンが同じ科だが、華やかな感じに通じるものがあるような気もする。


こんなにきれいだと盗掘されてしまわないかと心配になる。しかしこれは一年草なので、もっていっても夏には枯れてしまう。それより種を蒔けば簡単に育つ。かわいらしい真ん丸い果実ができて、熟すと殻の上側がふたのように外れ、黒い種子がこぼれ出る。


我が家の庭の一角にも蒔いてみたら、放っておいても毎年咲き続けている。別に海岸や砂地が好きというわけでなく、他の草が育たないような厳しい環境にも耐えられるということのようだ。今では世界中の熱帯・亜熱帯の沿岸部に広がっているそうだ。日本でもあちこちの暖地の海岸に帰化しているという。たぶん帰化すると最も歓迎される花の一つだろう。
posted by 夜泣石 at 21:53| 花草木 | 更新情報をチェックする

2007年04月02日

アキグミ

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各地からの桜便りのにぎやかなこのごろだが、桜に負けず一面花盛りになる木はほかにも多い。中でもアキグミは白い星が頭上にちりばめられたかのような鮮やかさでひときわ目を引く。少し黄色がかった白は暖かみがあって優しげな感じだ。甘くうっとりするようなすばらしい香りもあたりに強くただよっている。


花だけでなく木全体が白っぽい。葉の裏など白いうろこで覆われたみたいで、なんだか動物を連想させる。これは乾燥を防ぐための工夫とのことだ。確かにこの木は、草も生えないようなカラカラの荒れ地に茂みを作っていたりする。


そんな所は養分にも乏しい。それで平気なのは、根に根粒が付いていて空気中の窒素を取り入れることができるからだそうだ。そうして厳しい環境を生き抜いているのに、何事もなかったかのように無数の花を咲かせている。


秋には真っ赤な実が鈴なりに生る。十分熟せばおいしいが、それまでに鳥が食べてしまうのであまり手に入らない。たくさん採って果実酒やジャムにする話も聞くが、この島ほど鳥がいないのだろうか。


ところで屋久島に生えているのはマルバアキグミといって、海岸型の変種だそうだ。葉が丸めで厚く、花も実も少し大きめとのことだ。確かにこんなにきれいに咲いているのはこの島に来るまで見たことがなかった。
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