2007年03月31日

落葉樹の新緑

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山の道を車で走っていると、ところどころ目も覚めるような新緑に彩られていた。だいたいは紅葉もきれいだったヤクシマオナガカエデだ。出始めはみずみずしい赤で、だんだん生気あふれる鮮やかな緑になっていく。それらの色が重なって、華やかに山の春を演出している。


昔、東京近辺の新緑は、枯れ山にいっせいにさまざまな緑が芽吹いて、それはそれはきれいだった。あのような景色は、照葉樹林に覆われたこの島では見ることはできない。それでも崩壊地などにすばやく芽生えた落葉樹が、あちこち大きな塊を作っている。そうして黒々とした常緑樹の中に、さわやかな明るい緑が点在することになる。その対比で、新緑はいっそう輝かしく見えて、それなりに魅力的だ。


屋久島には新緑の季節が2度ある。今山を彩っているのが落葉樹の新緑で、これから始まるのが常緑樹の新緑だ。同じ新緑といっても全く違った感じがする。もう平地は初夏の陽気で、常緑樹林もすっかり明るくなっている。そろそろ山を登っていき、もうじき全山むせ返るような緑に包まれていくことだろう。
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2007年03月29日

オキナワチドリ

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海辺をイワタイゲキが華々しく彩る頃、もう少し陸側でもオキナワチドリが花盛りを迎えている。といっても芝草に隠れるように足元に小さくひっそりと咲くし、普通こんなところにランがあるとは思わないから、その気になって探さなければまず気が付かない。


ちょうど手足のような切れ込みがあって、まるでおさげ髪の人形みたいだ。淡いピンクのはかなげな色が、楽しそうにも寂しそうにも見える。オオゴカヨウオウレンが森の妖精なら、オキナワチドリは海辺の妖精だろう。


大きな岩の割れ目にぽつんと咲いていたりすると、より可憐に見える。しかし実際にはこんな栄養不良のような雑草の間に生えていることの方がずっと多い。たまに地面がぽっと明るく見えるほどたくさん咲いていることがある。地下に球根があり、そこから根を伸ばして、その先にまた球根を作って新しい芽を出すので群生するのだそうだ。


オキナワチドリの主産地は屋久島、奄美大島、沖縄で、それより北にも南にもほとんどないそうだ。少しずつ形が違っていて、屋久島産は細長くて、一番人の形に似ていてかわいいように思うのは欲目だろうか。
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2007年03月27日

イワタイゲキ

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赤茶けた海辺に菜の花畑のような黄色が広がっている。夏のような日差しを浴びて、遠くからでも明るく鮮やかに見える。別に目的はなくても、そんな輝かしいところにはつい行ってみたくなる。


大きな花がたくさん咲いているように見えるが、実はこの花びらのようなものは葉であった。茎の上の方の何層もの葉が、こんなに黄色くなって小さな花を目立たせている。そのおかげかこんな海に近いところなのに、どこから来たのか黒い小さなハエがたくさん集まっていた。


トウダイグサ科の花はとても不思議な形をしている。丸いものが飛び出して、うなだれている様子はなんだか動物の頭みたいだ。これは雌しべが受粉したあと、根元の子房ごと飛び出したものだそうだ。普通は花の付け根でそのまま果実に成熟するのだが、この花は周りをがっちり固められているため飛び出さざるを得なかったのではないか。その後、成熟が進むとぶつぶつのかぼちゃのような形になって頭をもたげてくる。


雌しべの周りに雄しべが何本か見える。それらは花弁も萼も持っていないが別々の花だそうだ。つまり1個の雌花と数個の雄花が合わさっている。そのかたまりが総苞と呼ばれる、何枚かの葉の合着したもののへこみにしっかりはまっている。雄しべの外側に見える数個の細長い楕円形のものは総苞の先端で、腺体といって蜜を出す器官だそうだ。


イワタイゲキのあるのはイソマツイソフサギの生えている同じ岩場のもう少し陸側のところだ。ここからやっと土のある地面が始まるといったあたりだ。それでも波風の荒れる時にはどっぷり潮をかぶる。そのわりにはそんなに特殊な形はしていない。普通に大きくなって、しなやかな葉をたくさん茂らせる。それらは冬になるとすべて枯れ、春になると茶色の根元から明るい黄緑の芽がまた出てくる。それからぐんぐん大きくなって、日差しが強まる頃いっせいに花を咲かせる。南国の海辺の季節感を一番感じさせてくれる花だ。
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2007年03月25日

オオゴカヨウオウレン

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屋久島の山を1,000mほども登ると、そこは雲霧林地帯で、地面も岩も大木の幹も、あたり一面びっしりコケに覆われている。その薄暗い、ぐっしょり濡れたコケの上で、点々と小さな白い花が咲いている。コケもこれだけびっしりはびこると、魔力か霊力を持つようになって、その秘めた思いを形に表すことができるのかもしれない。そんな気にもさせられる、もののけの世界の妖精のような花だ。


この花をよく見た時、その構造が判らなかった。真ん中の緑色は、すでに果実の形を持った雌しべだろう。その周りにある白いかたまりは花粉だから、これは雄しべだ。では次の黄色の耳掻きのようなものは何だろう。へこみに蜜が溜まって、てかてか光っている。こんなものは今まで見たことがなかった。後で図鑑で調べて驚いたのだが、実はこれは花びらであった。そして外側の白い花びらのように見えるものは萼なのだ。


キンポウゲ科の多年草で屋久島の固有種である。といっても、本州の山地にあるバイカオウレン(ゴカヨウオウレン)とそれほど大きな違いはない。寒冷期に分布を広げてこの島に来たが、温暖期になって山に逃げ込み、それ以来隔離され、屋久島の山奥で独自化したのだろう。南の島でありながら、このような寒冷地の植物が生き残っているのがこの島ならではの特徴だ。


珍しい植物はたいてい見るのが大変なことが多い。深山幽谷に分け入って、それでもなかなか見られなかったりする。しかしオオゴカヨウオウレンなら2月から3月に屋久島を訪れる人は誰でも見ることができる。多くの山で500mも登ればあちこちで目にする。観光地のヤクスギランドなら、車から降りて5分も歩けばそこかしこに咲いている。


しかしほとんどの観光客はさっさと通り過ぎてしまう。小さく目立たないし、だいたい花などありそうもないところに咲いているから気が付かないようだ。立て札でもあればきっと注目されるだろう。しかしそうするとすぐにみな、なくなってしまうことだろう。人知れず咲かせておいた方が良さそうだ。
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2007年03月23日

キヌラン

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冬枯れの目立つ芝生の中に白いものがたくさん散らばっていた。かがんでよく見たら、小さいながらもランであった。全体に赤みがかって人肌のような温かみのある色をしている。中から覗く黄色の舌のような花びらがちょっと異様だ。


植物好きの仲間にはランというと興奮する人が多い。ある意味では最も進化した種類だから、特別な思い入れがあるようだ。極めて変化に富むが、個体数はだいたい少なく、思わぬところで出会ったりするから、宝探しをしているような気分にもなるのだろう。鮮やかな花は多くの人をひきつけるが、このような地味な野生ランを好む人も少なくない。


キヌランは別名がホソバランで、確かに芝草にまぎれそうな細い葉だ。あまり緑色でもなく、この葉で作った養分だけで、これだけたくさんの花を咲かせられるだろうかと心配になる。どういう生活史なのか気になるが、それに言及した資料は見つからなかった。


九州南部から熱帯にかけて分布しているそうだ。屋久島では時々見かける。カラカラに乾いた荒れ地に、やっと生えている背の低いイネ科の雑草に混じっていることが多い。たぶん多くの人は気付かず踏みつけてしまっていることだろう。それにもめげずに、毎年そっとたくさんの花を咲かせている。
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2007年03月21日

木の芽流し

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新緑の広がり出したモッチョム岳


2月の終りから3月にかけて、南西諸島では前線が停滞し雨の降り続くことがある。ちょうど木々の新芽の出始める時期なので、この島では「木の芽流し」と呼んでいる。冬越しの深く暗い森の中で、芽吹き始めたばかりの鮮やかな新緑を、いつくしむかのように雨が洗う。四季の変化があいまいな南国で、数少ない季節感を感じさせてくれる言葉だ。


その雨が今年はうんざりするほど続いてしまった。2月の後半からすっきり晴れた日がほとんどない。しかもこの一週間ほどは連日雨が降っている。それもしばしば豪雨になり、風も台風並みに吹き荒れる日が多かった。船や飛行機が何度も欠航していた。


いつもの年なら時々晴れ間があって、青空を背景に新緑がまばゆく輝やいたりするものだ。日差しはもう十分強いから、山や海に出かけて夏を先取りしたような一日を楽しめたものだった。


今年は雨だけでなくひどい寒波も来てしまった。真冬なら冷え込んでも、だいたい天気は良いから昼間はぐんぐん気温が上がる。しかしこの春は連日雲が厚く日が差さない。体感的には真冬よりも厳しい毎日になってしまった。


島のあちこちで春休みに屋久島に来た若者の姿が目立つ。大きな荷物をしょって歩いていたり、自転車で回ったりしている。この雨と寒さでどんなに大変なことだろうと同情してしまう。まあ彼らにとっては屋久島=雨のイメージだろうから、それなりに楽しんでいるのかもしれないが。


今日はやっと薄日が差したが、夕方からまた雨が降りだした。木の芽流しが終るのは来週になりそうだ。しかしひとたび天気が安定すれば、島中があっという間に乾いて、今度は乾燥注意報が出続けたりする。集落中のスピーカーから「火の元に注意してください」という放送が何度も繰り返される。若者たちは屋久島の意外な一面も楽しむことになるだろう。
posted by 夜泣石 at 22:08| 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする

2007年03月19日

ミヤコグサ

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鮮やかな黄色が広がっていた。といっても黄色本来の色はもっと濃く重い感じのものだろう。また菜の花畑の一面の黄色はもっと淡く、どこか寂しげな気配すらする。そんな中でこの花の黄色は楽しげで、どこまでも明るくさわやかな感じがする。


黄色は子供たちには好かれるが、大人になると次第に好まれなくなる色の代表なのだという。文化によって違いはあるのだろうが、確かに黄色の服など普通に着ている人は少ない。しかし景色となると別で、目の前に広がる一面の黄色には多くの人が惹きつけられるだろう。


この花はいかにもマメ科といった立体感のある顔をしている。下の2枚の花びらに隠されて、次の2枚の花びらが合わさってできた船のへさきのようなものがある。その中に雄しべ雌しべが入っている。へさきの先に小さな穴が開いていて、さわると花粉がふき出てくる。その仕掛けで、もぐりこもうとするハチのお腹に花粉をこすりつけようというわけだ。


花粉を出し終わると、やがてその穴から雌しべが顔を出す。別の花で花粉を付けられたハチがやってくると、今度は雌しべに花粉がつけられることになる。こんな仕組みは、ハナバチだけに来てもらって効率よく送受粉してもらうための戦略なのだそうだ。


ミヤコグサの名前は昔京都に多かったからだという。もともと古い時代の帰化植物だそうだが、最近新たに数種類も帰化してきているとのことだ。屋久島の里も帰化植物だらけだから、これもその中のどれかだろうと調べてみた。しかしどの種の特徴も、当てはまったり当てはまらなかったりして、一つに絞ることはできなかった。


ここでは芝生の雑草として広がっている。東京の公園などではクローバーが広がっているはずのところだ。そういえばクローバーはあまりこの島では見かけない。やっと見つけたものを、見慣れた花が懐かしくて庭に移植してみたが、しばらく花を咲かせはしたが、いつの間にか消えてしまった。東京ではクローバーは退治できないくらいはびこるものだが、もしかしたら暑さが苦手なのかもしれない。今度は代わりにミヤコグサを移植してみようかと思う。
posted by 夜泣石 at 22:10| 花草木 | 更新情報をチェックする

2007年03月17日

ヒメハギ

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翼を広げて、春風の中に今にも飛び立とうとしているかのようだ。赤紫の濃淡の色合いも、白い珊瑚のような飾りもとてもきれいだ。夢とか希望とかいう言葉を形にしたら、こんな感じになるかもしれない。見過ごしてしまいそうなほど足元で小さく咲いているが、よく見るとほかでは目にしたことなどないような個性的な花だ。


翼のようなものは萼だそうだ。花びらは3枚がくっついて筒のようになっている。その中にミツバチが頭を突っ込んでいるのを見たことがある。この不思議な形はタツナミソウなどと同じで、やはりハナバチたちと特別の関係を作るためのもののようだ。


しかしこの翼はハチを呼ぶよりも、どうも自分で空を飛びたがっているような感じがしてしまう。白い房飾りも、花びらの先が変化したものだそうだが、ハチのためより自分がおしゃれをしたかったかのように見える。なんだか花全体で何かの虫か鳥に化けているかのようだ。


日本全土に分布しているという。しかし東京に居た時には、高尾山のかなり奥に一ヶ所自生地を見つけただけだった。毎年春になると何度もはるばる見に行った。崩れかけた崖に危うくつかまっている感じで、絶えてしまわないか心配だった。


屋久島に来て、あちこちにたくさんあるのに感激した。石ころだらけの道際やカチカチの荒れ地など、ふつう花などありそうもないところで咲いている。舗装道路の真ん中のアスファルトの裂け目で、きれいに咲いているのを見つけて驚いたこともある。花に似合わず、茎や根は針金のように強靭だった。
posted by 夜泣石 at 22:24| 花草木 | 更新情報をチェックする

2007年03月15日

タツナミソウ

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春になるとあちこちの木陰で、淡い紫の小さな花がたくさん咲き出す。青白い頭がにゅっと突き出ている様子は、なんだかお化けか幽霊が地面から湧き出てきたような感じだ。もちろんかわいくひょうきんな化け物だが。


みんなこちらを向いているのが面白い。タツナミソウという名は海の波が立ち砕ける様子に似ているからだという。たしかに砕ける直前の一瞬のありさまはこんな感じかもしれない。こんな小さな花から雄大な景色を思い浮かべるとはすばらしい想像力だと思う。


ところで何でこんな形をしているのだろうか。この細い筒の中に入れる虫などいないだろう。花の中を覗いてみると、雄しべも雌しべも花の付け根からずっと伸びてきて、丸い頭の裏側に収まっている。ハチがやってきて、花の中に頭を突っ込んで口を伸ばして根元の蜜を吸おうとすれば、ちょうど背中に花粉が付くということのようだ。


この花の広い下唇のようなところはハチの止まり場にちょうどよさそうだ。そしてこの斑点模様は、この先に蜜があるぞという合図なわけか。花たちはみんな立ち上がってこちらを向いているので、小さな花であっても遠くから虫に見つけられそうだ。


花は長い筒になっているので、花の中にもぐりこんで長い口吻を伸ばすハナバチの仲間ぐらいしか蜜を吸えない。つまりこの奇妙な花の形は、優秀な運び屋だけを呼び寄せて効率的に花粉を運んでもらうための仕掛けなのだった。


タツナミソウの仲間は本州をはじめ日本に広く分布している。昔よく行った東京の高尾山でも、木陰や岩陰などにひっそりと咲いているのを時々見かけた。屋久島では畑の隅や雑木林の縁など、いたるところで目にする。場所によってはたいへんな群落になって一面に咲いていたりする。ほぼ一年中花は見られるが、特に春にはいっぱいに咲き乱れる。


花が落ちた後も面白い。花の付け根に縦に付いている蕚が、だんだん膨らみながら横に寝てくる。真ん中がへこんでいて、厚めのお皿か浅いお椀のようだ。それらが上下左右に十何枚も並んでいる。雨でも降れば全部に水がたまりそうだ。この姿かたちにどんな意味があるか、見当も付かない。
posted by 夜泣石 at 21:36| 花草木 | 更新情報をチェックする

2007年03月13日

ウラナミシジミ

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サヤエンドウを収穫していたら、蝶が一羽、ひらひら舞ってきて花に止まった。お尻を花に押し付けて卵を産み付けている様子だ。羽の裏側が波模様になっているのでウラナミシジミと呼ばれている蝶だ。表側は多くのシジミチョウと同じ淡いスミレ色、つまりシジミ色をしている。大きさは普通のシジミチョウよりふた回りくらい大きく、飛び方もだいぶ速い。


厳しい冬を越した割りにはきれいな体だ。しかし羽の後ろが破れている。そこには黒い目玉模様が二つと、尻尾のような小さな突起がついていたはずだ。それらは複眼と触角に似ていて、ちょっと見にはそちらに頭があるかのように見える。だまされた鳥がそこに食いついても、羽の先が破れるだけでまんまと逃げおおせるわけだ。つまり今この姿は、鳥をみごとに欺いた証拠ということになる。


ウラナミシジミは渡りをする蝶として有名だ。もともと熱帯や亜熱帯の蝶だが移動性が高く、暖かくなると北へ広がっていく。行く先々で卵を産み、新しい蝶が生まれ、そうして数を増やしながら、どんどん北上していく。ついには北海道にまで届くそうだ。しかし彼らはアサギマダラのように南に帰ることは知らない。もともと熱帯や亜熱帯で年中発生しているので、卵や蛹で越冬する方法も知らない。やがて寒くなってくると、結局行った先々ですべて死に絶えてしまうそうだ。小さなかわいらしい蝶なのに、なかなか壮絶な生き方だ。


子供の頃、手伝いでエンドウの莢むきをしたことがあった。たまにウジ虫が入っていて豆を齧っていた。あれがこの蝶の幼虫だった。今産み付けられている卵も、じきに孵って豆を食べて大きくなり、やがて羽を持つと海を越えて本土へと飛んでいくのだろう。その先には死滅しかない旅路。しかしその繰り返しはいつかは報われそうだ。この温暖化で、そのうち死なずに東京などにも定着するものが出てくるのではないだろうか。
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2007年03月11日

ウグイス

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ピンクの花にぶら下がっているのはメジロでなくウグイスである。ウグイスが花の蜜を吸うとは知らなかった。図鑑などを見ても、主に虫を食べて、冬場には植物の種子なども食べると書いてあるだけだ。蜜吸いの鳥はだいたいメジロかヒヨドリぐらいで、蜜を消化できない鳥も多いと聞いたこともある。しかし今、我が家の庭ではしじゅうこの木にウグイスが来て、花の中に嘴を突っ込んでいる。


ピンクの花はドンベア・ウォリッキーといってマダガスカルの原産だそうだ。甘い香りがむっとするほどで蜜もたくさん出るから、冬のうちからミツバチがたくさん集まっていた。その羽音で木全体がウォーンと唸っているかのようだった。この蜜は何か特別なもので、日本の花など見向きもしないウグイスまでも引き付けてしまうのだろうか。しかし花は虫用にできているから、鳥が止まるには柔らか過ぎる。ウグイスは危なく引っかかって蜜を吸うが、すぐ落ちて、また飛びつくことを繰り返している。おかげで花びらはぼろぼろになってしまった。


我が家の周りでは冬の間ずっとチャッチャという鳴き声が聞こえていた。おおかたミソサザイだと思っていたが、二月半ばにホーホケキョと聞こえてきたのでウグイスも混じっていたようだ。今では明け方など毎日のように聞こえる。まだちょっと鳴き方はたどたどしいが、いつも二羽一緒に行動しているので、早々と番の相手を見つけたのだろう。


昨年までは遠くから聞こえてきただけだった。やっと我が家の木も、鳥たちを引き寄せられるほどには大きくなったようだ。ウグイスたちは蜜を吸い飽きると、我が家の周りを茂み伝いに飛び交っている。トケイソウ、ハイビスカス、バナナ、パパイア。どれも外国から来たものばかりだ。それらの間からホーホケキョと聞こえてくるのは、春のその声は極めて日本的なものと思っていたから、なんだかとても不思議な感じがする。
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2007年03月09日

スギナ

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冷え込んだ朝に庭に出ると、スギナの節々から小さな水玉がたくさん出ていた。水玉はほかの雑草たちもそれぞれのやり方で付けていたが、スギナが一番粒ぞろいできれいだった。スギナには水孔というものがあり、水分が余るとそこから捨てるのだそうだ。


我が家のスギナは東京から木の苗にくっついてきてしまったものだ。今では庭の一角を占領してしまっている。この地では冬になっても枯れずに青々としている。しかしこれだけ広がっても、不思議なことに一度もツクシを見たことがない。


スギナは冬になると枯れ、根だけが残り、そこから春になると真っ先にツクシが出て来るものだった。もしかしたら寒さで茎が枯れないと、ツクシはできないのかもしれない。


この島では自然に生えているスギナをまだ見たことがない。図鑑によるとトカラ列島までは分布しているが、それより南にはないそうだ。この島もぎりぎりのところだから、生育にあまり適していないのだろうか。


スギナは何億年もの昔に栄えた種類の生き残りという。当時はたいへん温暖で、こんな姿の植物が数十メートルの高さになって茂っていたそうだ。そんな血筋なのに、亜熱帯では生きられないというのも不思議だ。寒さに適応して生き残ったら、逆に暑さは苦手になってしまったのだろうか。


我が家のスギナは子孫は作らなくとも、どんどん根を伸ばして分身を作っていく。邪魔なところは引き抜くが、ぜんぜんへこたれることなくいくらでも生えてくる。もしかして、いつかツクシが出てくることを期待して、できるだけ自由に生えさせておこうと思っている。
posted by 夜泣石 at 21:04| 花草木 | 更新情報をチェックする

2007年03月07日

タブノキ

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雑木林の間を歩いていると、真っ赤に染まった葉が突き出していた。薄暗い照葉樹林の中で、逆光を受けて、血潮のたぎっているかのような輝き方だ。同じ赤でも秋の紅葉は滅び行く美しさだが、これには新しく生まれ出るもののきらめきがある。


タブノキは照葉樹林の代表的な木だ。照葉という言葉がぴったりの、なめし皮のようなつやつやの葉を付ける。少しくすんだ濃い緑だが、出初めの一時、こんなに赤く色づくのだ。


この木は巨木になる。太い幹の上に、太い枝を横に張り出し、その先にまた次々と枝を出してたくさんの葉を付ける。緑の塊の上にまた塊が重なる感じで、いかにも大木といった堂々とした姿だ。


屋久島には多い。潮風が当たっても強風が吹いても、何事もなかったかのようにどっしりと構えている。そして夏になると数え切れないほどの実を付ける。それを小鳥たちが食べて種を撒き散らすから、そこら中から芽生えてくる。薄暗い林の中でも、小さな株がたくさんある。


この木は日陰にも強いそうだ。頭上を覆う他の木々の足元で、小さな株のままじっと耐えている。いつか周りの木が枯れたり倒れたりすると、差し込んだ日を浴びて急に成長する。そして大木になってしまうから、もうほかの木を寄せ付けない。タブノキが林立しているのは、この辺りの林の最後の安定した姿なのだという。


我が家の庭にも川沿いに大木がある。いつも変わらず堂々としている姿を、朝な夕なに眺めている。なんだか守り神がそこにいてくれるような安らぎを感じる。
posted by 夜泣石 at 21:45| 花草木 | 更新情報をチェックする

2007年03月05日

アオモジ

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屋久島の里に春を告げるものといったら、まずこのアオモジの花だ。淡い黄色の明るい花が、枝という枝ににびっしりと咲く。落葉樹で、葉が出る前に一斉に咲くから木全体が花に覆われる。


全国的には分布は限られているそうだが、この島にはそこら中にある。道路沿いや人家の周りなど切り開かれたところに特に多い。雌雄異株で、雄花の方が色が濃く、大きくたくさん咲く。緑濃い照葉樹林の中で、ひときわ鮮やかに輝いている。


花の咲き出す前の枝は生け花に使われる。薄緑の真ん丸いつぼみがたくさん鈴のようにぶら下がっていて面白い。その玉の中に五つくらいの小花が入っている。それらがぎっしりくっついて咲くからより豪華に見える。


花の香りはないが、つぶすとレモンのようなさわやかな匂いが強く出る。樹皮も強く香るから、材から爪楊枝が作られる。一般的なクロモジと違う香りで、お菓子によって使い分けたら良さそうだ。果実も同様の匂いで、香料の原料になるそうだ。


遠くから見る分には数週間も山すそを彩っている。しかしよく見ると、花の中は早々と茶色くなってきてしまって、きれいな時期は短い。この花が咲いている間に屋久島はいっきょに暑くなる。咲き終わる頃にはもうほとんど夏の陽気になっている。
posted by 夜泣石 at 21:32| 花草木 | 更新情報をチェックする

2007年03月03日

ハマダイコン

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春の気だるいような日に、このはかなげな淡い赤紫の花を見ると、春愁という言葉が思い浮かぶ。そして万葉集の大伴家持の歌を思い出す。


うらうらに照れる春日にひばり上がり
心かなしもひとりし思へば


春霞の空からの日差しは優しく、あたりはぽかぽかと暖かい。そんな中で一人、ふともの思いにふけっていると、なぜか切なくなってきてしまう。心の底の寂しさが、どうしようもなくにじみ出てきてしまうかのようだ。


ハマダイコンは、いまだ寒いうちからあちこちの海辺で咲き出す。頼りなげにぽつんと咲いていたり、一面の花畑になっていたりもする。そうして暑くなる頃までずいぶん長く咲き続ける。


栽培のダイコンが野生化したものだという。ダイコンは野菜として地中海の方から渡来したものだそうだ。その来たばかりの原種に近いのだろうか。それとも今各地で栽培されているさまざまな品種も、もし種が海辺にこぼれたら、みなハマダイコンになってしまうのだろうか。


春になると収穫の間に合わなかったダイコン畑が一面花畑になっているのを見かける。ハマダイコンより色が薄く、もっとはかなげな感じだがほとんど区別が付かない。どちらも風が吹くと、愁いなど忘れてしまえそうな、とても甘い香りをただよわせてくれる。
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2007年03月01日

タカサブロウ

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散歩などしていて、ふとこの花に出会うと「あ、タカサブロウだ」と声が上がる。そういう人を何人も知っているので、小さめで目立たない花だが、わりあい好かれているのだと思う。


この色合いは淡いけれども魅力的だ。周りが白で中が薄い黄緑というのは、どことなく気品を感じる。なんだか乱雑に並んだ花びらは、舌状花が2列もあるためだ。それが地味な花を少しにぎやかにしている。


何かいわれのありそうな名前も良い。小さな菊にはボロギクとかハキダメギクとか、かわいそうな名前のものが多い。そんな中で人と同じ名前を付けられているのだ。しかしそのいわれは不明だそうだ。


一説では、貧乏な高三郎さんが、この茎を筆や墨の代わりにしたからだという。この草の汁は空気に触れると黒くなるようだ。茎を切ってそれで紙に書くと、すぐに薄墨で書いたような字が浮き出てくる。筆の代わりになる程たくさんは書けないので、この説もあやしいとは思うが、ともかくこんな名前を聞くと人は何か物語を欲しくなるのだろう。


屋久島ではたまに出会う。本州では群生して膝ぐらいの高さになったりしていたが、この島では数株だけが地を這うように生えていることが多い。田んぼなど湿ったところの雑草なのだが、最近は乾燥地でも平気なアメリカタカサブロウが広く帰化しているそうだ。この島でも意外なところで見かけているので、多分それらは帰化種だったのだろう。しかし今回は水辺で見つけたし、葉の形などからも正真のタカサブロウのようだ。
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