2007年02月27日

テリハノイバラ

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海岸を歩いていたら、遠くの岩場が白く光っているように見えた。あそこに行けば何か良いことがあるような、そんな気をそそる輝き方だ。近づいてみるとテリハノイバラの花だった。岩を覆い、瓦礫を覆い、焼け付くような日差しの下で、純白の大きめな花をたくさん咲かせていた。


塩気や日差しに耐えるため、葉はてかてかと硬くなっている。その濃い緑はなかなかきれいだ。ほとんど土など見えないところで、岩の割れ目に深く根を下ろしているのだろう。とんでもなくたくましい木である。


ところで我が家の庭は土質が悪く、何を植えてもなかなか育たなかった。そんな中でバラの苗はすくすくと育って、大輪の花がたくさん咲いた。花の繊細さと、その木のたくましさとの大差に驚かされた。園芸のバラは台木にノイバラの類を使っているという。確かに根元がこの木ならばと納得する。


茨という言葉はバラ科だけでなく、一般に鋭い刺のある低木を総称するそうだ。旧約聖書ではアザミも含まれているという。アダムとイブがエデンの園から追放されて、自ら大地を耕やさなければならなくなった時、これら刺だらけの雑草で人間がさらに苦労するよう神が作ったものだそうだ。なんとも西洋の神は厳しいのか、意地悪なのかと思ってしまう。しかしこのきれいな花とうっとりするような香りは、それでも神に情けがあったということだろうか。


周りの黄色の花はヤクシソウで、本来は秋に咲く花だ。テリハノイバラも初夏の花のはずだ。どちらも狂い咲きというのでなく、当然のようにこの時期たくさん咲いている。もともと出会うはずのない花たちが、この島では当たり前のように重なり合って咲いている。
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2007年02月25日

メジロ

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メジロは誰が見てもかわいい鳥だろう。白い輪で囲まれた目をくりくりさせて花の蜜を吸っている愛くるしい姿など、昔から絵に描かれたり写真に撮られたりしている。しかしこんな大口を開けた、はしたないところなぞ、あまり写されたことはなかったのではないか。櫨(ハゼ)の実を飲み込もうとしている瞬間だ。ちょっとのどにつかえて目を白黒させているみたいだ。


こんな大きなものを飲み込むとは思わなかった。一つ食べただけでおなかがいっぱいになりそうだ。しかしメジロは見る間に少なくとも三つは食べた。櫨の実は中に入っている種もかなり大きい。飲み込んでみたものの、体のどこかに詰まってしまわないかと心配になるくらいだ。しかし彼らは元気に飛び去っていった。


この島にはメジロはたくさんいる。特に冬は、おびただしいと言っていいくらいに多い。我が家の周りではほぼ一日中、チーとかピーとかいった澄んだかわいらしい声がしている。時折チュイチェイチュイといった感じの早口で長々とまくし立てている。


メジロは夏は山にいて、冬になると人里に下りてくるのだそうだ。この島はほとんどが山だから、そこに散らばっていたら相当の数だ。それが狭い里に下りてきたら、なるほどこんなに密集するのももっともだと思う。ところで屋久島にいるのは亜種のシマメジロなのだそうだ。しかしどこが違うのかよくわからない。


目白押しという言葉がある。木の枝にぎっしり押し合って並んでいたりするからだという。そのような光景はスズメでは時に目にするが、メジロでは見たことがない。彼らは落ち着かず、ぴょこぴょこいつも動き回っている。仲間が来ても、押し合うどころかすぐ飛び立っていってしまう。もしこんなきれいな黄緑色の丸っこい体が押し合いへし合いしていたら、とんでもなくかわいい写真が撮れるのにと思うのだが。
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2007年02月23日

キツネアザミ

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この明るく淡い赤紫は、なんだか夢の中のような色だ。ぽかぽかと日の当たった草原に、ぽつんぽつんと突っ立ている。お日様に向かって精一杯背伸びしているような感じだ。モシャモシャ頭もいたずら小僧のようでかわいらしい。


アザミの名が付くが、実際はアザミの仲間ではない。花の感じは似ているが、アザミのような雄しべ雌しべの筒(葯筒)はない。葉もトゲトゲでなく柔らかい。キツネの名はニセモノということで付けられたそうだ。しかしふと見た時、何となく子狐がぽかんと空を眺めているような感じがした。


北海道を除く全国に分布しているという。図鑑の写真ではもっと濃い色をしているので、この白っぽい色は当地の特徴かもしれない。日に褪せたというわけでもなく、咲き始めからこんな色をしている。花期も五、六月だそうだが、このあたりでは寒いさなかの一月から咲き始める。


都会の雑草にもなっているとのことだが、東京ではあまり見たことがなかった。それでも見つけるとどこか懐かしいような感じがするのは、何気なく昔からあちこちで目にしてきたからだろうか。
posted by 夜泣石 at 21:26| 花草木 | 更新情報をチェックする

2007年02月21日

鹿猟の復活を

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西部林道で出会ったヤクシカ(2006年10月)


屋久島には固有種のヤクシカが海岸から山頂まで全島に生息している。最近急にその数が増えた。いたるところで見かけるし、あまり人を恐れなくなって目の前で草を食べていたりする。特に西部林道には多くいて、下草などきれいに食べつくされて、林の中はすっかり明るくなってしまった。


今、屋久島の全家庭にヤクシカに関するアンケート用紙が配られている。内容は被害状況の調査と、駆除に関する意見の収集だ。前者はともかく後者はあまり意味のあることとは思えない。それに選択肢の中には「屋久島からシカを根絶する」などという非常識なものもあり、これなど公共の印刷物に書いてよいことではないと思う。


ともかくそれなりに費用をかけて調査するのは、今いろいろと問題が起きているからだろう。それならばまず、その問題点をきちっと説明することから始めるべきだ。現実に対する共通認識もないまま、情緒的な意見を集めても何にもならない。もし鹿がかわいそうだからそのままにしておいてという意見が多かったら、問題があっても何も対策を取らないつもりだろうか。


実際には問題は差し迫っている。行政や研究機関は、どのくらい差し迫っているか説明する義務があると思う。そして緊急の対策案を提示しなければならない。それを島民に説明して、もし反対者がいたら、なぜそうしなければならないか粘り強く説得することが必要なのではないか。


今回の調査用紙では鹿による被害は、農作物を荒らすこと、希少なシダやランを食べてしまうことの2点しか触れられていない。そんなことだけなら、その部分を柵で囲えばよいはずだ。鹿は地上にしかいないから、猿を防ぐよりずっと容易だろう。だいたい希少なシダやランなどと騒ぐのは学者の身勝手のようにも取られかねない。一般の人にとっては、そんな見たこともないちっぽけな草より鹿の方がよほどかわいいだろう。


実際には鹿の被害はそんな軽いものではないはずだ。鹿が増えるとすべてを食べつくしてしまうことが大問題なのだ。食べつくされて草がなくなれば、地面は砂漠化し土壌が流出してしまう。林では木々の根が露出して枯れたり倒れたりする。それだけでなく、鹿は枝葉や樹皮まで食べて樹木を枯らしてしまう。せっかく生えた実生苗も食べてしまうから森林は再生しない。つまり長い目で見た時、森林や草原が喪失し、土石流などの土地崩壊が引き起こされてしまうのだ。鹿は自分で自分の首を絞めるだけでなく、島に住む人も猿も、あらゆる動植物がその巻き添えをくってしまう。


ではどうしてこんなに増えてしまったのだろうか。森林を切り倒して道路や更地を増やしたため、そこに雑草が繁茂して鹿の餌になったという説がある。また地球温暖化で草木が繁茂したためと言う人もいる。どれも正しいと思うが、それだけならある程度増えるだけで終るはずだろう。現実には、とどまることなく増え続けている。


もともと草食動物は、常に肉食動物の餌食になってきたから、それをカバーする繁殖力を持っている。何らかの理由で捕食者がいなくなった結果、大繁殖して環境破壊を引き起こしてしまった例は世界中にある。


今、屋久島には鹿の捕食者はいない。この島は7000年ほど前に近くの海底火山の大噴火で焼き尽くされたことがある。鹿は辛くも生き残ったが、捕食者は死に絶えてしまったのだろう。その後自然の回復と共に鹿は増えた。しかしやがて人間がやってきて島に移り住んだ。


険しい山岳島で、農地も少なく良港にもあまり恵まれていないこの島では、鹿は貴重な食料の一つだったのではないか。それから何千年もの間、人が捕食したおかげで、鹿の数は均衡を保ってきたのではないだろうか。近年になって道具が進歩し捕獲数は激増したはずだが、鹿はそれに耐えて絶滅などしなかった。また人間の連れてきた犬も鹿の抑制になったのではないか。


そこに急に狩猟禁止、愛護精神の徹底、犬の放し飼い禁止、野良犬退治などが立て続けに起こったわけだ。これでは鹿が激増してもおかしくない。それならばその対策は捕食者を復活させるだけのことだろう。つまり島の自然を守るには、昔と同じように人が鹿を捕ればよいわけだ。


ところがそうすると今度は駆除費用の捻出に悩むことになる。鹿は法律で売買が禁止されているから、せっかく捕っても捨てるしかないのだ。こんなもったいないことはない。日本は、世界に向かって鯨が増えてきたからと商業捕鯨の復活を訴えているのに、国内では増えすぎて困っている鹿の、資源としての活用を禁止しているのだ。こんな法律は変えさせなければならない。それが間に合わないうちは、経済特区のような方策が工夫できるのではないだろうか。


資源と見た時、では鹿の価値というのはどのくらいだろうか。食料としての肉、工芸品などの材料としての皮や角など総合すると、いくらくらいになるだろうか。よく判らないが、当たらずとも遠からずで1頭あたり5万円と仮定してみよう。


では年間どのくらい捕れるだろうか。全生息数が数千頭と言われているから、その一割前後としたら数百頭くらいになる。議論を進めるために、ここではまず年間500頭と仮定する。


そうすると年間2500万円の売り上げになる。副業としての猟師なら、十数人がかかわることのできる金額ではないか。さらにその資源を使って料理とか細工物などを作って売ることまで考えれば、経済規模は何倍かになる。それでもあまり大きな金額ではないが、働き口の少ない離島においては、なかなかありがたい数字だろう。


経済性を追求するなら、たとえば観光としての狩猟ツアーなど仕立てたら、一桁上の収入になるだろう。しかし鉄砲を持ったよそ者にうろうろされることは島民の心情からは認められないと思う。


絶滅の恐れを危惧する人もいるが、まずその心配はないだろう。何よりも昔から捕ってきたという、最も信頼できる実験データがあるのだから。生息数の把握が難しいという人もいるが、多額の費用をかけての厳密な数字の把握など必要ないだろう。島の認可された猟師だけで捕るなら、減ってきたら肌で感じ取れるはずだ。その時捕獲数を抑えればよい。いざという時のためには保護区を設けておけばよいだろう。あるいは基本的に全島が保護区で、一部に狩猟許可区域を設けた方がよいかもしれない。


動物の愛護というが、盲目的な愛護は人間にとっても、当の動物にとっても逆効果になりがちだ。自然な状態にしておくのが一番良いはずだ。この島の鹿にとっての自然とは、ある程度の狩猟が常に行われている状態なのだ。
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2007年02月19日

オオバライチゴ

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あちこちで春の花が咲き出している。小さな花を庭や路傍で見つけるのも楽しいが、オオバライチゴは大きくよく目立って、特に春の思いをつのらせてくれる。


真っ白い薄紙のような花びらは、一度しわくちゃにして、また平らに延ばしたかのようだ。普通花びらというものは、すべすべ、てかてかしているものだろう。この花ではなぜこんなにしわが寄っているのだろうか。


小さめの蕾の中に無理やり押し込められて、しかたななくしわくちゃになってしまったのか。それともしわしわの方が何か良いことがあるのだろうか。たとえば光を乱反射して遠くからでもよく見えるのだとか。まだまだ虫の少ないこの時期、そのおかげかどうか、何匹ものミツバチがせわしなく飛び回っている。


数ヶ月もすると真っ赤なイチゴがいっぱい実る。見かけによらず水っぽくて大味だが、まあまあおいしい。鳥はよく食べるのだろう。庭のそこらじゅうから芽生えてくる。


花も実もきれいで食べておいしいのなら申し分なさそうだが、実際には嫌われ者だ。茎にたくさんの鋭い刺があるためだ。それで潅木などに寄りかかって蔓植物のように伸びていくのだが、うっかり触るととても痛い。服を引っ掛けて破れてしまったこともある。草取りをしていて、小さな苗を気付かずに掴んだ時は飛び上がるほど痛かった。


房総半島以西の暖地に生えるそうだが、東京に居た頃は見たことがなかった。屋久島の里にはどこにでもある。あちこちで大きな茂みを作っている。一月の終わりごろから咲き始めて、夏になるまでずっと咲き続ける。
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2007年02月17日

サシバ

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書斎の前の木の上に、ばさばさと茶色の鳥が降り立った。またチョウゲンボウかなと思ったら、今度はサシバだった。なかなかこわもての顔で地上をにらんでいる。この下は道路と草地なので、何か地を這う獲物の気配がするのだろうか。


冬の屋久島に一番多い猛禽類はこのサシバだ。我が家の周りなど毎日のように舞っている。ピックウィーといった、顔つきからは想像もできないようなかわいらしい鳴き声があちこちから聞こえてくる。


この島に移住して最初の秋、庭仕事をしていて、ふと羽音がしたような気がして目を上げると、夕暮れ空をたくさんのサシバが飛んでいた。これが話に聞く鷹の渡りなのかとちょっと感動した。東京の鳥好きの人たちなど、これを見に、はるばる伊良湖岬なんぞに行ったりするのだ。それを我が家で居ながらにして見ることができる。


彼らはヒヨドリやセキレイのようなまとまった群れではなく、またカモたちのような隊列でなく、三々五々といった、ばらけた感じで渡って行く。ゆっくりだが次々と百羽以上が通り過ぎていった。山の森の方に向かっていったので、そこで一晩を過ごすつもりなのだろう。一日飛び疲れて、なんだかふらふらしているようにも見えた。


一休みしたら、またもっと南に向かって旅立つのだろう。しかし一部の者はもう旅を止めてこの島で冬を過ごす。それは旅を続けられない弱い者たちなのか。それとも強い者が最初に居所を決めて、弱い者をもっと南に追いやるのだろうか。


一冬が過ぎて、もうじき暖かくなって、サシバもだんだんいなくなる。なぜか春の渡りというのは見たことがない。北に行くときはばらばらに飛び立つのだろう。多くの渡り鳥が越冬地で番の相手を見つけると聞いた。それならば彼らも夫婦単位で旅立って行くのだろうか。
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2007年02月15日

キケマン

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この島のキケマンを初めて見た時、どうも様子が違うなと思った。東京近郊などで見慣れたキケマンは、全体にずっと繊細な感じで、花も細く小さかった。だいたいこんな茶色模様などもなかった。図鑑で調べたら、実はこちらが本来のキケマンで、東京あたりに多いのはミヤマキケマンだった。


近づいてよく見ると、とても奇妙な形をしている。なんだかワニが口をあけているかのようだ。口の中には白い半透明の舌まで覗いている。この花がケシの仲間と言われてもちょっとピンと来ない。ヒナゲシなどとてもきれいで、いかにも花らしい形で大違いだ。しかしこの花も作りはケシと同じ4枚の花びらからできていた。口の上側と下側で2枚、それに舌は左右の2枚の花びらがくっついたものだ。


この舌の中に雄しべ雌しべが隠されている。虫が蜜を求めて無理やり口をこじ開けて入ると、この舌が下がり中から雄しべ雌しべが出てきて送受粉が行われるのだそうだ。そして虫が入り込みたくなるように、花の後ろはスミレのような距になっていて、そこに蜜がたくさん出ている。


押し入ることのできるのはハナバチの仲間だけだそうだ。他の虫を排除して、効率の良い送粉者にだけ来てもらうための花の巧妙な仕掛けなのだという。そんな自然の物語を実際に見てみたいと思ったが、しかしここはまだ真冬の風の吹く海辺、一匹の虫の姿も見えなかった。


ミカン畑の雑草としてもよく見かける。しかし海辺の方が早く咲き株も大きくなる。波しぶきのかかる石だらけのところに、抱えきれないほどの巨大な株がいくつも並んでいた。大きな葉は切れ込みが多く、みずみずしくさわやかな感じだ。ちょっとおいしそうにも見えるが、臭いがきつく有毒なのだそうだ。花期は長く、1月末には咲き出して、夏になってもまだ咲いていたりする。
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2007年02月13日

キンギンナスビ

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海岸近くの崖の茂みの中に、鮮やかに目を引く赤い実がたくさんぶらさがっていた。ちょっとトマトを思わせるような実は、同じナス科のキンギンナスビだった。観賞用に熱帯アメリカから導入されたそうだが、今では関東地方より南の暖地のあちこちで見つかるという。


鈴なりの赤い実は確かにきれいで見栄えもするが、この刺のひどさはとても庭に植えたくなるようなものではない。茎にも葉にも、全身鋭い刺だらけで近寄る気にもならない。これほど敵意をむき出しにしているとは、赤い実がかわいらしげなだけに、よけいにおぞましいような気がしてくる。


しかもこの草は有毒で、畑に侵入されうっかりつぶすと作物を汚染されて大変なのだそうだ。一般に果物は、動物に食べられて種子を散布してもらうためのものだから、熟れても毒があるというのも変な話だ。もしかしたら解毒能力を持った特定の種類と契り合っているのかもしれない。そんな動物まで日本には来ていないだろうから、この実は茶色くしなびても、いつまでも枝に付いたままになっている。それでも各地に広がるのは人間が採って放り投げるからだろうか。


本来は夏の終り頃から咲き始め、秋遅く実るそうだが、この島のナス科の雑草はたいてい夏から冬までずっと咲き続け、次々に実を付ける。この害草も長い間茂みをきれいに彩って、離れて見る分にはなかなか愛らしく楽しませてくれる。
posted by 夜泣石 at 21:13| 花草木 | 更新情報をチェックする

2007年02月11日

サツマイナモリ

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この島に来て最初の冬、寒々した山道を歩いていて、薄暗い谷間に真っ白な花が一面に咲いているのに出会った。思わず息をのむほど美しい情景だった。それ以来、サツマイナモリは最も好きな花の一つになって、毎年冬になると山に見に行くのを楽しみにしていた。数年後、ふと気が付くと我が家の近くの農道沿いなど、あちこちに普通に咲いていたのだった。


たくさんの純白の筒型の花が、みんなこちらを向いてうつむいている。かがんで中を覗くと、ピンクの雌しべの頭がとてもかわいらしい。ところがほかを見ていくと、ピンクでなく黒っぽいものが見える花も多い。何が違うのかと思ったら、実はこれは異型花柱性の花だった。


つまり雌しべが雄しべより長い花と、その逆に雄しべが雌しべより長い花の二つの型がある。片方で蜜を吸ったハチが、もう片方の花でも吸おうと口吻を差し込むと、先ほど花粉の付いた位置が、今度はちょうど柱頭の位置にくる。そうして他家受粉になるよう工夫しているのだった。


アカネ科の常緑多年草。房総半島以西の暖地に分布しているそうだ。しかしこのようなみごとな群落は、この島に来て初めて見た。図鑑によると、屋久島にあるのは変種のナガバイナモリソウらしい。当地では寒さの盛りの一月には咲き出す。次々と咲き続けて、春の終る頃でもまだ咲き残っていたりする。
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2007年02月09日

山採りの阻止を

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葉陰で鶴が踊っているようにも見える。つぼみのナンゴクウラシマソウだ。これは去年の今頃撮ったものだ。そこは古いお宮のようなところで、参道に沿ってテンナンショウの類がたくさんあった。みごとな大株もあって、毎年訪れるのが楽しみだった。


ところが今年行ったら何もなかった。それこそ一株も見つからない。厚く敷きつめていた落ち葉も散らされ、土砂が流出していた。根こそぎ盗掘されてしまったのだ。


ここまで徹底してやるのは専門の業者だろう。それにしても、こんなものまで商売の対象になってしまうことに驚く。かつて屋久島には希少な蘭など多く、盛んに山採りされていたという。産地の土は篩いにかけられ、ひとかけらも逃さなかったという話も聞いた。高値で売れて蘭で御殿が建つほどだったという。今は採り尽くされて、ほとんどが幻になってしまった。それで今度はこのような山野草が狙われているのだろう。だんだん山野草もブームになってきているとも聞く。


ここは国立公園などの保護された場所ではない。またこれは種の保存法などで保護された希少種でもない。しかし法律違反ではなくても、これでは自然や国民に対する犯罪行為だ。そもそも今の法律の、希少種だけ列記するやり方に問題がある。世の中では次々と新しい商売ねたが探されているから、新たに狙われたものは法律で指定される前に絶滅に追いやられてしまう。それに生き物は互いに関係し合っているから、どれかが欠ければ美しい自然全体が破滅していく恐れがある。


今、鳥獣はすべての種が保護の対象になっている。植物も本来はそうすべきなのだろう。しかし植物は種類も量も桁違いに多い。生活上排除しなければならない雑草などもたくさんある。それも時と場所によって大きく異なるから保護と駆除の境は引けそうにない。


ところで人は、個人で楽しむ分には節度を守るものだ。本当に好きな人は、山採りするとしても、それが根絶やしにならないよう十分に気を配る。それが商売になると人は見境がなくなる。趣味でなく経済活動となると、金がすべての尺度になって根こそぎ採って持っていってしまう。


だからまず商売から切り離せばよいはずだ。採集の阻止は困難だが、販売を禁止すれば採集量は劇的に減るだろう。どんな植物でも山採り品の取引は一切禁止にするのだ。山野草の販売は栽培したものしか認めない。業者には施設がありちゃんと栽培しているかどうか査察する。


山採り品は愛好者に珍重されるから、個人で採ってきて売る人もいる。その流通は主にネットで行われる。Yahoo!オークションなどでは、堂々と山採り品と銘打って採集前の現場写真まで付いて出品されている。このような良識に反する出品は一切禁止するべきだ。ネットでの規制はやろうとすればすぐにできるはずだ。


ところで学者とか研究者も希少種を絶滅に追いやっている張本人である。彼らも商売人と同様、深山幽谷に分け入ってより珍しいものを探し出すことに血道を上げる。そして見つけた証拠として標本が必須だ。良い標本を作るために根こそぎ採っていってしまったりする。絶滅しようがしまいが、彼らにとっては標本の方が大事なのだ。


研究という名目のもとで野放しになっている犯罪行為を取り締まるべきだと思う。まずは植物学会などで、標本の採集の前後の写真の添付を義務付け、絶滅しないよう配慮したかどうか審査したらどうか。そもそも今や植物研究も、枯れ草などを後生大事に奉る時代ではないだろう。生態写真や、ひとかけらの試料からのDNA鑑定などで種の同定をするなど、変革するべき時に来ているのではないか。
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2007年02月07日

ナンゴクウラシマソウ

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奇妙というか、奇怪というか、ずいぶん変わった花が地面から直に飛び出している。何に似ているかといえば蛇、それもエラの張ったコブラが鎌首をもたげている姿か。そして舌は長く空中に弧を描いて地面にまで届いている。


これを浦島太郎の釣り糸に見立ててウラシマソウというわけだが、ではこの花は何を釣ろうとしているのか。釣竿の基の方は太めの棒になっていて、そこに小さな花がたくさん付いている。花粉を運んでくれる虫をおびき寄せるための工夫であることは間違いないだろうが、何かがこれにまとわりついているところなど見たことがない。調べた限りどの本にも触れられていない。この謎解きを毎年の春の課題にしておこうか。


サトイモ科テンナンショウ属。本州に分布するウラシマソウとよく似ていて、細かく見ないと区別が付かない。感覚的には一回りくらい小さく少し細めのような気もする。しかし実際には何年もかかってだんだん大きな花を付けていくので、本当のところは判らない。花期は晩春のはずだが当地では二月初めには咲き出す。


この仲間の花はだいたい同じような姿をしている。正しく言えばこの奇妙な形のものは花ではなく葉(仏焔苞)で、その筒の中に小さな花が隠されている。全体に食虫植物に似ているが、実際に虫を捕える種類もあるそうだ。虫は受粉を手伝わされた後、逃げ道がなくて死んでしまう。見かけ通りの怖い花である。ナンゴクウラシマソウではどういう仕組みになっているか調べてみたい気もするが、花を分解するのに気が引けてまだ確かめることができないでいる。


屋久島では海岸近くの林の縁あたりでよく見つかる。花のない時でも、一枚だけの葉が左右に形よく広がって、鶴が翼を広げたような感じで目を引く。秋に実が熟すと、毒々しいほど真っ赤でよく目立つ。育つ条件はあんがい限られているようで個体数はあまり多くない。華やかさに欠ける照葉樹林の中で、見つけるとちょっとうれしい気分になったりする。
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2007年02月05日

ヤクシマザル

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屋久島には哺乳類の種類が少ない。リスもウサギもイノシシもいない。しかしそれを頭数で補って余りある。特にヤクシマザル(ヤクザル)はたくさんいて、海岸から高山までほとんどどこでも見かける。動物はだいたい夜行性でなかなか姿を見せないのだが、猿ならばいつでも出会うことができる。


猿という動物を、私はあまり好きではなかった。あまりに自分たちに似すぎているからだろう。顔やしぐさからつい誰かしら連想してしまう。それもあまり思い出したくない人だったりする。しかし見慣れてくると親近感も湧いてくるものだ。林道など通っていて猿が出てこなかったりすると、今日はどうしたのかなと寂しく感じたりする。


ヤクシマザルは本土のサルに比べて小柄でずんぐりしている。それもかわいらしく感じる理由だろう。小猿などの愛らしさは、きっと孫でも見ているようなものだろう。また若い母親が赤ん坊を抱いていたりすると、そのけなげな懸命さに、思わず頑張ってと声をかけたくなるくらいだ。


猿はこのごろずいぶん目にするようになった。杉の植林で山に食べ物が減って里に下りてきたのだとよく言われる。しかしそれは何十年も前からのことだ。大きな流れとしてはその通りだと思うが、ここ数年、急に目に付き出した理由にはならないのではないか。


私の勝手な実感としては、犬の放し飼いが減ったことが大きいような気がする。この島にはたくさんの犬がいる。数年前までは勝手にうろうろしている犬をよく見かけた。しかし今や離島でも都会並みに犬は繋いでおかなければならなくなった。


邪魔者がいなければ猿はなわばりを広げる。里におりて作物の味を知って、近くに住み着いてしまったのだろう。この島の主要作物はみかんだから、猿の被害はたいへんだ。おかげで島中いたるところ無粋な電気柵で囲まれてしまっている。


猿には人の怖さを教えた方がよいかもしれない。里では皆、猿用の武器を携行し、猿に会ったらどんどん使うようにする。熊用にあるというトウガラシ弾など開発できないものだろうか。あるいは猿なら攻撃するが人は絶対に襲わないよう訓練した犬に標識を付けてパトロールさせる。いずれにせよ屋久島は人の住んでいないところが大半だから、猿にはそちらに行ってもらえばいい。


島の西側には人家も畑もないので、野生のままの群れがいる。野生の猿は基本的に人を無視するようだ。かなり近づくまで勝手に行動している。舗装道路の上は日当りがよく快適なのか、たくさんの猿が群れている。車が来ても道の真ん中に寝そべったままだ。徐行して近づくと、やっと仕方がないといわんばかりにしぶしぶ道を空ける。


この日、小猿たちだけが集まってみんなで遊んでいた。昔、人間の子供たちも同じようにいっしょに遊んでいたものだった。今、子供の問題がいろいろ騒がれている。その解決には個々の問題への対応ではなく、まずはこのような姿を取り戻すことだと思う。
posted by 夜泣石 at 21:46| 生きもの | 更新情報をチェックする

2007年02月03日

霜が降りる

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記録的な暖冬が続いていたが、今朝はそれを帳消しするかのように冷え込んだ。外気温は6℃だったが、我が家の川沿いの庭に霜が降りた。霜などまず見ることがないので、朝早くから写真撮影を楽しんだ。


南の島といっても、大陸の寒気はこのあたりまでは届く。そして九州一の高山地帯だから大雪の方も九州一となる。早朝から山の観光道路の通行止めが放送されている。平地も寒気だけでなく、山からの冷気でさらに寒い。そのおかげで寒さにあわないと花芽が分化しない柿なども実る。


それでも山々に季節風が遮られて、我が家のある島の南東側は風もなく穏やかである。これが北西側になると寒風がまともに吹き付ける。当地では北に行く時、服を安房で一枚、宮之浦でもう一枚着るという。それぞれ車でわずか20分づつのところなのだが。おかげで狭い島の中で同時に違った自然が楽しめる。


北国から来た人が屋久島の冬は寒いと言う。それは予想外だったということもあるが、それだけでなく家の作りのせいだと思う。我が家を建てる時、大工さんに東京並みの断熱構造をお願いしたが断られてしまった。考えてみれば本当に寒い日は数えるほどしかないから、その時暖房を入れればよいだけの話だ。家に金をかけるよりもよほど経済的だろう。


西高東低の気圧配置が安定すればこのあたりは快晴が続く。我が家では海に日が昇ればそのまま部屋の奥まで差し込んでくる。南国の日差しは強いからぐんぐん室温は上がる。結局今朝も暖房なしで済んでしまった。
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2007年02月01日

さくらさくらを国歌に

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カンヒザクラ(寒緋桜)


冬の桜が満開になった。毎年見慣れてはいても、桜が咲き出すと必ず見に行く。きれいというだけでなく、桜を見に行くのは季節の行事として、日本人の心に刷り込まれてしまっているような気もする。そしてそれにぴったりの歌がある。「さくらさくら、やよいのそらは・・・」と思わず口ずさんでいたりする。


「さくらさくら」を日本の国歌にしようと主張する人たちがいる。私もそれに賛成したい。「君が代」はいろいろな点で国歌としてふさわしくないと思う。と言っても、ある種の人たちのように、戦争の忌まわしい記憶があるからというのではない。国の歴史において忌まわしさは常にあって、我々はそれから逃れることはできない。同じく血にまみれた日の丸は、私は国旗として変えてほしいとは思わない。幼稚園児でも描ける単純明快さと明るさが好きである。


本当のところ今の日本人の多くは、日の丸には親しみを持っても君が代は敬遠しているのではないだろうか。君が代をなにげなく口ずさむことなどまずなく、カラオケで歌う人もいないだろう。もし誰か歌えば周りはそれを冗談だと思うだろう。国歌なのにそれほど国民に親しまれていないのだ。


君が代の曲は西洋崇拝の明治の時代に作られて、専門家によれば本来の邦楽の伝統からは外れているとのことだ。それでも曲だけを取り上げるのなら、それなりに良い演奏はできると思う。しかし国歌は歌うものである。皆が気持ちよく歌えるものでなければならない。それなのにこの曲はたいへん歌いにくい。これはよほどしっかりした音感をもった人でないと歌えないのではないか。私などだと、ただ間延びした唸り声となって、お経としか聞こえないだろう。そしてそれは、君が代を擁護する人たちであっても多くは同様だろう。


曲と歌詞とが整合していないことも問題である。出だしから「君が代は」ではなく「きいみいがあわあよおおうわ」などと歌わなければならない。また「さざれ石」が「さざれ、いし」と切れてしまって意味が通じない。これではとてもまともな美しい日本語の歌とは言えない。


歌詞は天皇の治世が長く続くようにという意味だ。それは民主主義の否定だとか、いや日本の象徴だからこれでよいのだとかの議論がある。この問題は天皇制そのものにかかわるから別途考えたい。


それよりもまず問題なのは、この歌詞に日本の国歌としての内容があるかどうかである。この歌詞は長く続くようにと言っているだけで、ほかに何の意味もない。小石が年を経て岩になったという中国の伝奇譚を持ってきて言葉遊びをしているだけだ。日本の良さも美しさもなく、どこにも日本の歌である必然性がない。そもそも中国の話をありがたがって国歌に戴くというのは、日本が文化的従属国であると宣言しているみたいなものではないか。


大元の歌は「君が代は」のところが「吾が君は」であったという。「あなた長生きしてね」ということで、もしかしたら宴会の戯れ歌のようなものだったかもしれない。そんなものに国歌としての品性や格調を求める方が無理だろう。


翻って「さくらさくら」について考える。この歌詞は極めて単純明快に美しい日本の自然を歌っている。そしてそれを愛でる心を歌っている。


曲も江戸時代に子供用の箏の練習曲として作られたものだそうだ。日本の純粋な伝統音楽でありながら子供でも楽しく演奏できる。リズム感があって歌いやすく、曲と歌詞もだいたいうまく合っている。


曲も歌詞も単純明快で、日本で最も親しまれてきた歌の一つだろう。外国で日本の歌をと所望されて、さくらさくらを歌う人が多いそうだ。すでに国際的にも日本を代表する歌になっているわけだ。同じく単純明快な日の丸と対を成すのに、これほどふさわしい歌はないと思う。


数年前に日本の国歌は君が代であると法律で決まってしまった。一番の問題は、こんな身近な事柄でもまともな議論がなかったことだろう。多くの国民がどうせ上からの押し付けだと冷ややかに見ていた。


今また同様に、愛国心を学校で教えるよう法律が変えられた。しかし愛国心など押しつけられるわけがない。何を言っても仕方がないとあきらめて、多くの国民が選挙で棄権するような国に、愛国心など育つわけがない。


もし日本の国歌には何がふさわしいか皆で議論しよう、世論調査とか国民投票で決めよう、ということになったらどうだろうか。自分たちの意見で国のあり方が変わるのであれば、多くの国民が日本について、その良さ、美しさについて考えるだろう。そういう中から愛国心は自然と湧き上がってくるものだろう。
posted by 夜泣石 at 21:56| 世の中のこと | 更新情報をチェックする
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