2006年12月30日

オオツメクサ

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柔らかな光を浴びて白い小さな花が一面に咲いています。心地よい風に乗ってなんだか甘い香りも漂ってきます。ここに寝転んだらさぞかし気持ちのよいことでしょう。でも花たちはつぶれてしまいます。想像するだけの花園のベッド。風船のような私があそこに横になって空を眺めている。もし心の底の何もかも、捨て去ることができたなら、あれが本当の私になるかもしれません。



ヨーロッパ原産のナデシコ科の一年草。日本の全土に帰化しているそうだが、私はこの島に来るまで知らなかった。花はせいぜい8oほどの純白でなかなか清楚だ。松葉のような葉も涼しげで良い感じだ。


当地では冬枯れの畑を一面に覆い尽くす。優勢な雑草だが嫌われているようには見えない。冬の間、畑地の乾燥や土の流出を防いでくれているようだ。丈も高くならないし葉も茎も柔らかいので、春の耕作時にはトラクターで簡単に土の中に鋤きこまれてしまう。その時たくさんの種がばら撒かれて、半年後の秋遅くいっせいにまた芽生える。


本来は初夏に咲くものだそうだが、屋久島では初冬に咲き、春まで咲き続ける。花は天気のよい日の昼過ぎになってやっと開く。閉じている時は褐色の萼にしっかりと隠されて、花があるようには見えない。日中の散歩で、行きに緑と茶色しかなかった畑が、帰りには隅々まで白い花で埋め尽くされていてびっくりしたりする。なんだか近頃はやりのマジックでも見ているような気分だ。夕方早くまた花はしまわれて、本日のショーは終りになる。
posted by 夜泣石 at 10:25| 花草木 | 更新情報をチェックする

2006年12月27日

町の合併

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散歩道での夕日


屋久島には二つの町がある。島をほぼ南北に仕切って、北側が上屋久町、南側が屋久町である。人口はそれぞれ7000人弱と規模はほぼ同じだ。


この島では海岸沿いに集落が点在し、昔はそれぞれを結ぶ道路もろくに無かったという。集落ごとに孤立していたから、それぞれの独立心や団結心は強い。しかしそれらの集落を二つの町に括るということには必然性を感じられない。おそらく分断したほうが支配しやすいという作為的な線引きではなかっただろうか。島民にとっては非合理で無駄の多い体制だと思う。


そして平成の大合併の時機になった。昨年2月、両町で住民投票が行われ、屋久町では絶対多数で賛成、上屋久町では31票の小差で賛成だった。ところが上屋久町議会は住民投票結果に反して合併議案を否決してしまったのであった。当然それで収まる訳はない。否決議員への解職請求の住民運動が起り、否決議員辞職、再選挙、賛成派多数となり合併議案議決へと進み、やっと屋久島地区合併協議会で来年3月31日に合併と決めるところまでこぎつけた。


ところがそれで終らなかった。上屋久町では合併問題に対して未だ説明が不十分ということで合併期日を10月まで延期したいという要求が出て、その住民投票が行われ賛成多数となってしまった。それに乗じて合併反対派が、今度は推進派の議員の解職請求手続きを始め、また合併の賛否を問う住民投票を再度実施するよう請求したりしている。そんな中でともかく一昨日、合併協定書の調印がなされ2007年10月1日に屋久島町が誕生する運びとなった。このまま順調にいって欲しいと思うがどうだろうか。


世界遺産の島でのこのような泥仕合は、外から見たら意外だろう。これほどまでの堂々巡りなど見たこともない。そもそも議論が尽くされていないとか、十分説明がなされていないとかいうのは、言い逃れの常套句だ。どこまでいったら十分になるのか、誰もが納得できる客観的な基準がないのだから水掛け論にしかならない。そんなことをして小さな町に無駄な費用や時間を使わせ、混乱させ続けているのだ。


住民投票で民意を問うという。では小さな町での民意とは何だろうか。今の日本の田舎町ではたいてい、最高の就職先はお役所であり、最大の産業は建設業である。合併の大きな目的の一つは役場の人員削減だから、減らされる立場の人は内心では反対だろう。また公共工事で食べている建設関係の人たちも体制の変化は不安だろう。そういう人たちやその家族、その親戚、友人と数えていけば、小さな町の人口の半分くらいすぐ集まってしまう。


ものごとに完全なものはない。どんなことにも、あら探しすれば問題点などいくらでも見つかる。先に自分の利害や感情によって合併反対と決めれば、その理由は後からどうとでも付けられる。しかし島の将来を一体となって切り開こうと目標を定めたら、今度は解決できない問題などないことに気付くはずだ。人にはそのくらいの知恵はある。頭を後ろ向きに使うのでなく、前向きに使いさえすれば道は開けてくる。美しい屋久島の中で、人も美しく生きられないものだろうか。
posted by 夜泣石 at 09:54| 屋久島町の動き | 更新情報をチェックする

2006年12月24日

ヤクシマオナガカエデ

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久しぶりに島を一周した。今年は11月になっても観光客が多かったが、さすがにこの時期にはいない。静かな西部林道をゆっくり走っていたら、きれいに紅葉したヤクシマオナガカエデが一本だけ残っていた。


オナガの意味は何だろうか。葉が普通のカエデのように切れ込まず、丸く、先がすっと尾のように伸びているからだろうか。それともたくさんの花や実が房になって、尾のように垂れ下がっているからだろうか。


この島では代表的なパイオニア植物である。地面が崩れたり工事で壊したりするとすぐ入り込んで大きくなる。だから林道沿いや崖崩れのあった沢の斜面などに一面に生えていたりする。やがて百年も経つと優占種である常緑の照葉樹に置き換わってしまうそうだ。


カエデの仲間は日本に多いが、屋久島には2種類しかないそうだ。一つはウリハダカエデで高地に生えていて、ここが分布の南限とのことだ。そしてヤクシマオナガカエデはホソエカエデの変種で屋久島固有種になっている。カエデにとっては南国は照葉樹との競争が厳しく生きづらいのかも知れない。果実が大きめで数もかなり多いので、繁殖戦略を強化してやっと生き残れたように思うがどうだろうか。


昨年気が付いたが、葉が虫食いで穴だらけになってしまっている。木全体がほとんどレース状態になっていたりする。屋久島中がそうで、今年はもっとひどくなったように見える。何か新しい害虫が入り込んだのだろうか。どうも若葉のうちに食べられてしまうようで、気が付いた時にはもう虫の姿はない。


そんな状態になりながらも今のところ枯れたりはしていないようだ。今年の秋も島中あちこちで元気にみごとに色付いていた。カエデには申し訳ないが、レース状の紅葉もなかなかきれいに見えてしまう。
posted by 夜泣石 at 14:33| 花草木 | 更新情報をチェックする

2006年12月22日

シロノセンダングサ

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屋久島で最も多い花を挙げるとしたら、まずこのシロノセンダングサだろう。道路沿いなど島中いたるところこの花だらけだ。少しでも空き地があれば一面に咲いている。しかも一年中咲き続ける。


この花に初めて出会ったのは十数年前の沖縄だった。花びらのないセンダングサの仲間に見慣れていたから、さすが南国のものはきれいだと喜んで写真に撮った。この島に移住した時もあちこちに見かけて南国に来た気がした。しかしそれからわずか数年、この花のはびこりようはすさまじい。そしてそれはここに限ったことではなく、全国あちこちの暖地でも同様だという。


いろいろな面でたくましい植物なのだろう。特にこのタネ(痩果)はすさまじい。花が咲き終わると刺坊主になってしまう。ちょっとでも近寄ればいくらでも服に突き刺さる。それが肌に触って痛い。道端の花など写真に撮った後は、今度は種取りに専念しなければならない。そうして散布に手を貸してしまう。


聞くところによると新芽や若葉はサラダで食べられるそうだ。鶏の餌としても優秀だし、養蜂家にとっては蜜源植物として貴重だという。最近はハーブとして健康茶や食品の原料にもなっているそうだ。いくらでも生えるものがこんなに役立つとは心強い。


コセンダングサの変種で世界中の暖かい地方に分布しているという。日本では戦後になって急速に広がったそうだ。この仲間にタチアワユキセンダングサとかハイアワユキセンダングサなどあるが、どれもよく似ていてあまりこだわってもしょうがないような気になる。


ふと一茎折り取って花瓶に差して部屋に飾ってみた。明るく華やかで園芸植物に負けない。ごてごてしていなくて、かえって清楚で美しいくらいだ。もし誰かが来たら言うかもしれない・・・まあきれい。どこかで見たような気もするけど、どこで売っていたの?
posted by 夜泣石 at 10:05| 花草木 | 更新情報をチェックする

2006年12月20日

ロケット打ち上げ

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麦生海岸から見た「きく8号」打ち上げ


屋久島から種子島は、ボートでも漕いだらすぐ行けそうなくらいに近くに見える。だからロケットの打ち上げは楽しみだ。種子島にいたら真上に上がっていくのが見えるだろうが、ここでは真横から眺めることになる。雲の中にすぐ隠れてしまうような場合でも、ここからだと雲を突き抜けていくのが見えたりする。天気が良くない時は我が家から眺めるだけだが、一昨日は久しぶりの青空だったので近くの海岸まで見に行った。


予定時刻通りに、まずオレンジ色の火の玉が輝き、それがゆっくりと持ち上がる。すぐに速度を増して、真っ白な煙の柱を残しながらどんどん空に昇っていく。やがて横に流れ、火の玉は見えなくなり、飛行機雲だけが長く続いていく。地鳴りのような音がかすかに響いてくる。今回は補助ロケットが今までの倍の4本だったとのことで、光も強く見ごたえがあった。


昔はロケット打ち上げのニュースなど見ると、夢や希望を体現しているようで純粋にうれしかった。今はもう当り前のようになって、気象観測や通信など身近で役に立っている。


米国では、将来月に移住するための開発をするのだという。今それを夢や希望と取るべきだろうか。地球をメチャクチャにして自分だけ逃げ出してもしかたないだろうと思ってしまう。人類にとってはこの地球で長く生き続けることが最も大事なはずだ。宇宙に人を送るためのお金を足元の環境対策に回してくれたら、世界中でどのくらいの人が助かるだろうか。


また、いつか地上に人があふれて新天地を求めなければならないとしたら、それは宇宙よりも砂漠や海中の方がずっと良いだろう。砂漠の緑化や海中都市建設は、宇宙に移住するよりはるかに多くの人を救え、住むにもずっと快適と思われる。しかし現実は、それらにはあまりお金が回っていないようだ。


ロケット技術はすぐに兵器に転用できる。宇宙開発は軍事開発と二人三脚でもある。ロケットの打ち上げは見た目にも華々しく国威発揚の感じもある。報道などもそれを煽っているかのようだ。そうしたことのため不釣合いに多くの予算が回される恐れがある。我々は技術の進歩を純粋に讃えながらも、冷静な目で広く見張る必要があると思う。
posted by 夜泣石 at 11:55| 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする

2006年12月18日

ツクシメナモミ

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初めてメナモミを見た時、これは食虫植物なのかと思ってしまった。何かいわくありげな形をしている。そしてこのネバネバの棒のようなものに、実際小さな虫がくっついていることもあった。


花は別に虫を狙っているのではなかった。これは動物にくっついて種を運んでもらうための工夫であった。それならば種ができてからネバネバを出せばよいのにと思うが、迷惑なことに花の咲き始めからずっとネバネバしている。


小さな花だがぐっと近づいて見ればキク科の顔をしている。まばらな花びらが子供の描いた絵のようでかわいらしい。多くは明るい黄色だが、中には赤茶色のグラデーションや濃い臙脂のものまである。真ん中のあざやかな黄色となかなかきれいな取り合わせだ。


コメナモミと花はよく似ているが、調べたらこれはツクシメナモミであった。葉の形がだいぶ違い、またあまり背が高くならず横に広がる。本州の暖地から南西諸島に分布しているという。海沿いに多いそうで、屋久島では畑の周りなどどこにでもある。


花期は夏から秋ということだが、ここでは寒くなる今時分にきれいにたくさん咲く。昨日、日本列島を襲った今冬一番の寒気はこの島まで届いた。今朝は10℃以下にまで冷え込んだ。しかし日が昇ればじきに暖かくなる。小さなアブなどはまだあちこち飛んでいる。小さな花を咲かせる雑草たちにとってはまだまだ稼ぎ時のようだ。
posted by 夜泣石 at 14:23| 花草木 | 更新情報をチェックする

2006年12月16日

買い物に臆病

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ルビーガヤの茂み


やっと一眼デジカメを買った。最新の機械は驚くほど進歩していた。そして10年以上も前の、フィルムカメラで使っていた各種交換レンズなども使えるので、いろいろな撮影が楽しめる。


これまでずっと使っていたのはEVFデジカメと言われるもので、接写や望遠など中途半端にしかできなかった。古い機種なのでAF性能なども良くなかった。その上撮影枚数が3万枚を越えたあたりからあちこち具合が悪くなった。買い換えたいと思ったが、では良いカメラを買ったらそれに見合うだけの写真が撮れるかと自問すると、正直それは無理と白状せざるを得ない。結局だましだまし使い続けて、だましきれなくなってようやく踏み切った。


田舎暮しは買い物に臆病になる。もちろん収入がおぼつかないから当然だが、それだけでなく、あれこれ欲しがる気持ち自体が薄れている。またいろいろ抱え込むことに、誰に対してでもないが、なんだか申し訳ないような気持ちを感じてしまう。


都会にいた頃はいろいろな物をよく買ったものだった。あふれかえる商品を見たり触ったりしていれば、必要かどうかでなくただ欲しくなる。周りの人々が持っている物を、自分だけ持たないでいるのは覚悟がいる。


そしてすさまじい広告が四六時中飛び込んでくる。本物、風格、一流、ブランド、ステイタス・シンボルなど実質とは無関係な言葉があふれている。人は人に揉まれていると、意識しなくとも競争し、見栄を張り、優越感を持ちたくなるのだろう。そこに付け込まれて空疎な言葉に踊らされてしまう。


田舎暮しでは出会う人は少ない。そしてだいたい顔見知りだ。見栄など張ってもしかたがない。誘惑や刺激も少ないので、本当に必要かどうか考える余裕もある。実際、人にとって本当に必要なものなどそんなに多くはないし、買えるようなものならば、だいたいはもう持ってしまっているはずだ。


ところで質素に暮らしていて、つくづく思うのは税金、健康保険などの類がひどく高額であるということだ。こんなに取り上げられると、節約などしても仕方がないような気分にもなってくる。そしてその使われ方を見ると実に腹立たしいことが多い。田舎暮しで自然の中に隠棲するつもりだったが、今はかえって世の中の動きにより関心を持つようになってしまった。
posted by 夜泣石 at 17:15| 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする

2006年12月14日

アキノノゲシ

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可憐な花である。黄色のキクは春にも秋にもたくさん咲くが、原色の濃い色が多い。そんな中でこの淡い黄色は優しく控えめな感じが好ましい。薄く弱々しい花びらにはしわやぎざぎざがあってよけいに頼りなげだ。ごてごてした筒状花がなく、舌状花だけが適度に集まっているので形もすっきりと整っている。


なんとなく北の国の花の感じがする。実際には北海道から沖縄まで全国に普通に生えているそうだ。それでも寒い方が好きなのか、この島では秋遅くなってから咲きだす。そして冬になっても咲いている。乾いて荒れ果てた畑の脇などに人の背丈ほどにもなって突っ立ている。見かけによらず強い花だった。


花は日差しが大好きのようだ。日が当たると開いて、日が傾きだす頃には閉じてしまう。ふと、花の真ん中に光が集まって、ぼっと明るくなっているのに気が付いた。光を抱え込んでいるようなのだ。なんだかとても幸せそうな感じがした。
posted by 夜泣石 at 15:55| 花草木 | 更新情報をチェックする

2006年12月12日

ベニバナボロギク

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ベニバナボロギクが見事なほどの色で咲いていた。普段はボロと言われても仕方のないようなさえない花だが、これは前半のベニバナだけで終らせたいくらいの鮮やかさだ。屋久島では一年中咲いているが、少し寒くなりかけの今頃、時折こんなにきれいに輝いたりする。


葉も明るい緑で茎もみずみずしい。実際これは優れた山菜であると教えられた。おひたしにしてみるとシュンギクをずっとまろやかにしたような感じでおいしい。


熱帯アフリカ原産で、今では世界中に広がっているという。なぜか崩壊地に真っ先に入り込む。我が家が越してきた時、下の土地は切り開かれたまま放ってあった。そこが一面この花で埋め尽くされた。やがて綿毛になり、風が吹くと盛大に舞って網戸が真っ白になるほどだった。しかし翌年にはほとんど消えて、ススキとかセンダングサの仲間などに置き換わっていった。


安住など思いもよらず、常に荒地を求めて放浪する。この赤は開拓者の熱い血潮なのだ。なんだか演歌の世界になってしまった。
posted by 夜泣石 at 14:49| 花草木 | 更新情報をチェックする

2006年12月10日

モミジバヒルガオ

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きれいな花である。臙脂の上品な色合いに、すっきり整った形。葉は五つに分かれ涼しげで見栄えがする。


熱帯アフリカ原産で屋久島以南に帰化しているという。ここでは夏から冬まで半年以上咲き続ける。この仲間は見かけによらず強靭なものが多いが、その中でも特にこれはすさまじい。


農道に沿って100メートル以上をすっかり覆いつくしている。地面から草木、そして巨木にいたるまで一面同じ模様の起伏だけになってしまった。その下に何があるのかまったく判らない。家も林も包み隠し、もしも行き倒れの死体などあっても見つかりそうにない。そして飲み込んでしまったすべてを弔うかのように、どこか悲しげな色の花がいたるところ咲き乱れている。


私もいつかすっかり覆い隠されて死にたいと思う。葬式とか墓とか、人に面倒をかけたりせず、ただそっといなくなりたい。私の持っていた何もかも、思い出もすべて静かな緑のうねりに覆われてしまえばいい。
posted by 夜泣石 at 16:27| 花草木 | 更新情報をチェックする

2006年12月08日

ジョロウグモ

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今年の秋はひどくクモが多かった。黄色に黒と赤のサイケデリックなジョロウグモがいたるところに巣を張った。お腹がぷっくり膨れているし、巣は大きく道いっぱいを塞ぐし、おまけに糸は黄色でかなりベタベタする。気持ちの良い連中ではない。


ある朝、家から出たとたんに顔にクモの巣がべったり付いた。一晩のうちに我が家の玄関先を上から下まで塞いでいた。人間を捕まえるつもりかと言いたくなる。庭を歩くといたるところクモの巣だらけである。ジョロウグモは集合性があるそうで、網また網といった感じで通路を塞いでいる。


上空何メートルもの高さのところに巣を張っていたりもする。たくさんの巣が横にも上下にも連続していて、まるで高層の集合住宅だ。空を飛べるわけもないのにどうやって張るのかと思う。風を利用するそうだが、ちょうどよい風が吹くまで辛抱強く待っているのだろうか。


ともかく邪魔で不愉快だ。せっかく作ったのを申し訳ないと思いながら朝一番に棒切れなどで取り除く。ところが午後に行くともう修復されている。また払う。しかし翌朝にはすっかり元通りになっている。そのうちあきらめるだろうと毎日払った。それが数ヶ月も続いてしまった。


それにしてもこれでは外敵に丸見えだ。鳥などに食べられてしまわないだろうか。小鳥の餌には大きすぎるのか。しかし我が家を縄張りにしているイソヒヨドリなど、もっと大きなカマキリやバッタを食べている。クモはいつも下向きになっていて、襲われるとぱっと落下したりする。うまく逃げおおせているのだろうか。それとも鳥も顔に網がべたっと付くのがいやなのか。あの黄色の糸は目に入ると炎症を起すと聞いたこともある。それに彼らの網は三層構造になっていて、あの大きな網の前後にも粗い網が張ってある。あるいはこの派手な色は警戒色で、食べるとまずいか毒があるのか。どれが当っているのか判らないが、ともかくぜんぜん数は減らない。


ジョロウグモは初夏に生まれ、しばらくは巣も小さいのであまり目立たないそうだ。秋になると体も巣もぐっと大きくなるので突然出てきたように見えるのだそうだ。獲物のだんだん少なくなる時期、産卵を控えて大げさな網を張る必要があるのだろうか。大きいのは雌だけで、雄はひどく小さくそっと雌の巣に居候している。


当地も十二月に入って朝晩はずいぶん冷えるようになってきた。こんな吹きっさらしでは寒いだろう。だいぶ動きも鈍くなった。さすがに数も減って、網も汚れ傷んできている。専門家の話ではもうこの時期ジョロウグモは産卵を終っていて、遅くまで生き残っているのは不妊雌なのだそうだ。野生生物は子孫を残すことがほとんど唯一の目的のはずだから、派手な装いがかえってわびしいように思えたりする。


ここ数日、暖かさがぶり返して夜はタイワンクツワムシが元気に鳴いている。ジョロウグモもゆっくりと網の繕いをしている。屋久島では年を越えても、かなりのクモがだんだんひどくなる破れ屋でじっと生き続ける。
posted by 夜泣石 at 14:43| 生きもの | 更新情報をチェックする

2006年12月06日

ヤマヒヨドリ

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海岸近くの土手にヤマヒヨドリが咲いていた。山側の農道で花盛りだったのはもう一月あまりも前のことになる。あの頃はまだ暑く、日差しを避けるように林縁の日陰に沿って咲いていた。あれからぐっと冷え込んで、今は日当りの良い南斜面に咲いている。


本土の山でよく見かけるヒヨドリバナと花はよく似ている。葉は違っていて、幅広でかなり厚めで光沢がある。いかにも海岸植物といった感じだ。ヤマというよりもハマとかイソと名付けた方がふさわしそうだ。もっともイソヒヨドリとしたら鳥と混同しそうだが。


ヒヨドリバナの名はヒヨドリが鳴く頃咲くからだそうだ。しかし東京にいた頃は不思議に思った。ヒヨドリはスズメやカラス並みに、いつでもどこにでもいて年中鳴いているのだから。しかしこの島に来て納得した。なるほど秋になると北から大群が渡って来る。ふとそれとは別に、このモジャモジャしたところが、なんとなくヒヨドリのボサボサ頭に似ているような気もしてくる。


この糸細工のようなものは雌しべの先が二つに分かれて伸びたものだ。雄しべはどこにあるか探したら、細い筒のような花の中に隠れていた。葯は大きく筒をほとんど塞いでいる。蝶や蛾が蜜を吸おうとストローを差し込めば、そこに花粉が付かずには済まないだろう。それを網のようになった雌しべの糸で受け取ろうという仕組みなのだろうか。


この花が咲いていると、そのあたりには必ずと言っていいほどアサギマダラが群れていた。あの薄紫の透けるような蝶は、今頃はほとんど見かけない。もう力尽きたのか、それともこの海を越えてもっと南に行ってしまったのだろうか。花だけが取り残されたように、潮騒の中できれいに一面に咲いている。
posted by 夜泣石 at 11:33| 花草木 | 更新情報をチェックする

2006年12月04日

鳥の当り年

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デッキから眺めた日の出に舞う鳥の群れ


今年は鳥の当り年だ。朝まだ暗いうちからたくさんの鳴き声が聞こえ、あちこち飛び交う黒い影が見える。昼間農道などを歩くと防風林から次々と鳥が飛び立ち、ばたばたと騒々しいほどだ。シロハラやサシバなど、どれもたくさん渡って来ている。


一月ほど前、数百羽を超える渡りのヒヨドリの群れを何度も見た。土着のヒヨドリと比べて一回り以上は小さい。今はもう島のあちこちに散らばって、ちょうど出荷前の熟したミカンを盛んに突ついていることだろう。空から大挙して押し寄せてくるから防ぐのは大変だ。それでも救いなのは、一つの実を食べ終ってから次に移るので、鳥数に比べれば被害は少なめで済むことだろうか。そこが手当たりしだい食い散らかすサルとは違うところだ。


鳥の数は昨年は寂しいほど少なかった。その前年はひどく多くて、中にはいろいろ悪さをするのがいて手を焼いた。一年おきに極端に数が違う。どうしてこんなに差が出るのだろうか。増えすぎると餌が不足し雛が育たず、そうして減ると今度は餌が余って大繁殖するという単純な繰り返しなのか。それとも総数は変らないが、ただこの島に来る数が違うだけなのだろうか。


この島は渡り鳥の中継地だ。春と秋、南北に行き交う鳥たちがここから南に連なる島々を通っていく。そのうちの一部はこれ以上旅をするのを止めてここに留まる。春に本州あたりに行くサンコウチョウの一部はここで子育てをし、秋に東南アジアなどに行くサシバも一部はこの島で冬を越す。


渡り鳥は時期が来ると本能で旅立つにはいられないそうだ。しかしどこまで行くかも本能なのだろうか。旅の途中に立ち寄った土地で、ここで良い、ここに留まろうとどこかで判断してはいないだろうか。


どうせならわざわざ旅などしないでここに定住すれば楽なのにと思ってしまう。この島は熱帯と温帯の中間で両方の特長がある。初夏には虫が大発生し子育てには十分だろうし、冬は温暖で越冬可能だろう。しかし長年の旅人の習性は簡単には変えられそうもない。そんな中で少数だがここに居ついてしまった者もいる。ずぼらなのか、それともひねくれ者なのか。やはりこの島に住みついてしまった我が身と引き比べて、つい親しみを覚えてしまう。
posted by 夜泣石 at 11:32| 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする

2006年12月02日

タイワンクツワムシ

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にぎやかだった秋の虫たちが鳴き終る頃、家の周りでひときわ騒々しい声を張り上げる連中がいた。それがタイワンクツワムシであった。鳴き声は普通ガチャガチャといわれているが、むしろシャカシャカといった方が近い。せわしなく何かを振り続けているような機械的な感じで、単調に長く続く。鳴き始めの時にはギー、ギーとゆっくり前奏を付けて、それからおもむろに本番に入る。それが普通のクツワムシにない特徴で、さあ始めるぞといった感じはとても人間的で面白い。


南の島でも冬はそれなりに冷えるがコオロギなどは一年中いる。さすがに寒くなると鳴き止むが、真冬でも暖かい昼間などには小さく鳴いていたりする。そんな中で一番寒さに強いのがタイワンクツワムシだ。11月でもうるさいくらいの日があったりする。冬でも死なないようで、暖かい夜など突然鳴いたりする。


緑色型と褐色型がいるそうだが、ここではこの枯葉のようなものしか見たことがない。なかなか精悍な感じで大きくて重量感がある。大物だから捕まえるとちょっとうれしいような気持ちになる。


タイワンクツワムシは熱帯系のクツワムシということで、本土でも九州や四国の暖地あたりまで分布していたそうだ。それが今では神奈川県あたりにまで進出しているという。最近は各地でクツワムシが減ってこちらの方が増えているとのことだ。たぶん直接競合しているのではなく、環境の悪化で生きもの全体が減っている中で、いくつか強いものだけが生き残って増えているのではないだろうか。


あまり風情のある声ではないが、秋深くにひときわ響き渡るので、すっかり馴染みになってしまった。前奏が聞こえてくると、あー始める気だなと親しみを感じたりする。今この地ではだいぶ続いた雨の日々がやっと終り、夜は月が冴え冴えとしている。急に冷え込んで、ずっと開けていた我が家の窓も夜には閉め切るようになった。ここ数日、馴染みの声が聞こえない。ついに冬になってきたかと改めて感じさせられる。
posted by 夜泣石 at 11:37| 生きもの | 更新情報をチェックする
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