2006年10月31日

イソフサギ

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海辺の隆起サンゴ礁のあちこちが赤く染まっている。イソフサギがびっしり咲いているのだ。こんなに海に近い所で咲く花はイソマツとこのイソフサギだけだ。それぞれ好みがあるのか、同じような岩の上でも棲み分けていることが多い。しかし両方とも咲いている所もある。イソマツの足元を赤い敷物のようにイソフサギが覆っていたりする。


イソマツと違って、見るからに波風や日照りに強そうだ。葉も花もずんぐりと厚く小さく、岩にべったりと張り付いている。初めて見た時、園芸植物のポーチュラカや松葉ボタンの仲間かと思った。それらをぎゅっと縮めた様な感じである。しかし実際はそれらはスベリヒユ科で、イソフサギはヒユ科であった。名前は似ているが違う仲間である。


ヒユ科といえばケイトウなどだが、それとはずいぶん違った感じがする。しかしよく見ると小さな花が集まって穂のようになっているなど、似たところもある。ともかく厳しすぎる環境を生き延びるためとはいえ、よくもここまで形を変えられたものだと感心する。


分布は本州の南岸数ヶ所のほかは薩南諸島と沖縄諸島だそうだ。花期は夏から秋ということだが、蕾も実も赤いのでいつも咲いているように見える。実際には花が一斉に咲いているのに出会うことはあまりない。この写真のような場面はなかなか撮れなかった。


これだけ派手に咲いていても、ここを訪れる昆虫は見たことがない。花の目的は種子を作ること、それも遺伝子の混合した他家受粉の種を残すことだろう。そのためには風に頼る方法もあり、実際ヒユ科には風媒花が多い。このあたりは昆虫などめったに来ないが風ならばほとんどいつも吹いている。しかしイソフサギはもともとの昆虫に頼るやり方を変えなかった。


花を咲かせるのは大変なエネルギーの要ることだろう。ましてこんな厳しい環境だから、花を作り種を残すのに厳密な収支計算があるはずだ。たぶんほとんどは同花受粉で確実に種を残しながら、めったにない昆虫の訪れをまだかまだかと待っているのではないだろうか。


しかしそんな人間の思惑などとは関係なく、真っ青な空の下で潮風に吹かれながら、彼らはまるで楽しんでいるかのように華やかに咲いている。
posted by 夜泣石 at 04:33| 花草木 | 更新情報をチェックする

2006年10月28日

海の夕日

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海に沈む夕日を見たことのない人は案外多いのではないか。東京など日本列島の太平洋側に住んでいると見ることができない。そして日本海側に出かけることなどめったにない。私も初めて見たのは西表島に旅した時だったように思う。


そんなにまでして見た景色も、屋久島で暮らせばいつでもあちこちで見ることができる。その中でも最高の場所は島の南西に突き出た栗生の塚崎あたりではないか。空気が澄んでいれば東シナ海に浮かぶトカラ列島がいくつも影絵になり、目いっぱいに赤く広がった空と海の中を朱色の太陽が沈んでいく。振り返れば背後の山々も赤紫に染まっている。


海に沈む夕日と山の端に落ちる夕日。どちらも同じ落日なのだがずいぶん違った感じがする。後者は黒々とした山影にどんどん隠されていくが、前者は赤く染まった海に余韻を引きずって沈んでいく。一方には寂しさがあり、他方には安らぎがある。


かつて都会で働いていた頃は、ビルに夕日が差して、それからもう一仕事、二仕事が待っていた。そんな生活を何十年も続けてしまった。今、夕日と共に一日が終っていくことをありがたいと思う。これからも最後まで静かな毎日を続けていくことができるだろうか。


この日、薄ぼんやりした天気だったが、しばし帰り舟と遠く去っていく飛行機雲が滲んだ夕日を飾ってくれた。
posted by 夜泣石 at 06:39| 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする

2006年10月25日

オオバボンテンカ

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真夏の暑さの和らぐ頃、千代紙細工のような花がそっと開きます。和菓子のような、お風呂上がりの赤ちゃんのような、いとおしいくらいの桃色です。朝日を透かして見ていると、荒んだ世の中もなんだか明くるくなってくるかのようです。私の意固地な心にも、優しく抱かれた幼子の頃の安らぎが、思いがけずよみがえってくるような気がします。


熱帯に広く分布するアオイ科の常緑低木。見た感じは木というより草である。日本では大隈半島南部から南に分布するという。アオイ科は屋久島の気候に合っているようで、サキシマフヨウなどの見事な花が次々に咲き乱れる。その仲間としては花は特別小さく3pほど。名前の梵天の意味は神様ではなくインドのことだそうだ。


移住して初めての秋、庭の茂みの中にこの花を見つけて感激したものだった。こんな愛らしい花が咲き乱れるところなのだ。ここに来てよかったと思った。


しかしじきに悩まされることになる。実ができると剛毛がびっしり生えている。トゲトゲの小さなバクダンといった感じだ。それが服などにびっしりくっつく。それもたくさん実って高さも1m以上になったりするから、髪の毛にも付くし、服の中に入ったりするとかなり痛い。


たちまち退治すべき雑草になってしまった。しかも成長が早く空き地を瞬く間に覆ってしまう。幹もすぐに太くなって、とても手で抜けなくなる。草払機も引っかかって止まってしまう。結局小さいうちに見つけ次第引き抜くことになった。それでも秋になると手入れの行き届かなかった所などあちこちでたくさん咲きだす。


こうして普段は目の敵にしているのに、花の時期になると突然気が変ってとてもいとおしくなる。毎日のようにカメラを持ち出して良いアングルを狙う。我ながら勝手なものだとは思う。
posted by 夜泣石 at 10:37| 花草木 | 更新情報をチェックする

2006年10月23日

ツルボ

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道端の並木の根元などでひっそりと咲いています。おぼろげな淡い紫は木陰に溶け込んで目立ちません。それでも木漏れ日がそっと差すと、白い丸いふくらみは真珠のように輝きます。心地よい風の吹く中、みんなで寄り集まっておしゃべりに夢中になっているみたいです。こんな小さな片隅にも、いつまでも楽しい話題は尽きないようです。


この島でツルボを見つけて、あれっと思った。どうにも貧弱な感じがする。東京ではもっと大きくたくさん咲いていたのに。植物にとって天国のような屋久島だが、意外に貧弱なものも多い。厳しすぎるからだろう。降る時は降るが、乾く時は乾ききる。ツルボの咲く場所もカラカラで雑草などほとんど枯れている。その荒れ果てた地面から秋のある日突然のように細い葉と花茎が一斉に伸びてくる。


日本全土に分布するユリ科の多年草。植物が好きになって以来、移り住んだあちこちで見続けてきた。涼しくなってくるといつも会いにいく淡いひそやかな花。そっと見ていると、ふと遠くまで来てしまったなと、わけもなく郷愁に誘われる。
posted by 夜泣石 at 10:29| 花草木 | 更新情報をチェックする

2006年10月21日

ホシアサガオ

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空き地が一面うす赤い水玉模様に彩られていた。我が家の裏のその飾り付けに、迂闊ながらなかなか気付かなかった。生活習慣として外出はいつも午後になる。その頃には見る影もなくしぼんでしまう。また花期も長くない。10月頃に一斉に咲いて、2週間もすると一斉に実になってしまう。だらだらと長く咲き続ける花の多いこの島では少数派である。


一面に咲いた様子はきれいだが、一つ一つは見栄えのするものではない。くすんだ赤の小さめの単純な形の花である。しかしそのどこか古めかしい色の、昔懐かしい感じに惹かれて毎朝見に行った。ある日、朝日が斜めに当ると、中心のあずき色が明るく鮮やかに燃えたつようだった。それを引き立てるように回りも薄紅色に輝いていた。


熱帯アメリカ原産の一年草で、戦後に帰化したという。1.5pほどの小作りの五角形の花がたくさん咲くので、星という名はふさわしいと思う。今では関東地方以南のあちこちで見られるという。


ところで外来生物というと、日本の自然を大切にする人たちからとかく嫌われがちである。しかし自然は移り変わるものであろう。この島にも長い年月の間、北から南からたくさんの生物が次々にやって来て島の生態系を豊かにしてきた。どのような経緯で来たかは知らないが、新参者を温かく迎えてやっても良いと思う。
posted by 夜泣石 at 09:44| 花草木 | 更新情報をチェックする

2006年10月19日

屋久島の雨

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書斎から見えた虹

屋久島と聞いて多くの人が思い浮かべるのは雨と杉だろう。どちらもあまり快適な感じはしない。私も移住先の候補とは当初考えもしなかった。「そんなところに行ったら肺炎になって死んでしまう」と言う人すらいた。


しかしそれはこの島の一面でしかなかった。実際、当地ではこのところ3週間以上もまとまった雨が降っていない。そしてまだまだ好天が続きそうだ。湿度は50%を切り、乾燥注意報が出続けている。実はこんなことは珍しくもなく年に何度か経験する。


もちろん降る時には降る。半端な降り方ではない。大粒の篠突く雨だ。怖いくらいの音を立てて、道路はあっというまに激流に変る。車などワイパーもライトも役に立たなかったりする。そして雷、雹。今までの生涯に経験したよりも、ここの3年間の方がよほど多い。梅雨時もかなり降り続く。家中湿気て、思わぬものにカビが生えてびっくりしたりする。


屋久島は太平洋の黒潮の流れの真っ只中にある。そして巨大な山塊だから、いつも湿った空気が山を登り霧や雲を作り出す。中腹には雲霧林が形成され、そこに屋久杉が生い茂る。低気圧が来たりするとこの山塊に雨風が叩きつけられる。その荒れようはすさまじい。こうして年間降水量が1万mmを超えることになる。


しかしこの山塊は麓に住むものにとっては守り神のようなものだ。風は曲げられ、遮られ、台風など進路によってはほとんど影響がなかったりする。私の移住した島の南側、それも少し東寄りは、冬は季節風が遮られて連日晴天が続きぽかぽかと暖かい。これは反対側は寒いということなのだが。小さな島なのに太平洋側気候と日本海側気候とに顕著に分かれている。


実際このあたりは年間の快晴の日数が日本で一、二を争う程らしい。日照時間は約1760時間で東京とあまり変らない。雨量は年間3200mmほどと東京の2倍ちょっとである。つまり雨の時間は変らないが、一度に降る量が多いということだ。しかし日差しは強烈だから、ひとたび大雨が過ぎて晴れ間がのぞけばたちまち乾いていく。つまり当地に限れば、総じてここは南国の明るく乾いた島なのだ。


そして南国らしくスコールがある。ずっと晴れ渡っていたのに、突然大きな雲が海の上を流れて来る。瞬く間にあたりが暗くなっていく。痛いほどの雨と雷鳴。しかしほどなく雲が切れて、再び強烈な日差し。気が付くと鮮やかな虹。屋久島はまた虹の島だった。
posted by 夜泣石 at 06:40| 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする

2006年10月17日

イソマツ

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隆起サンゴ礁上に咲いている花に、多くの人は教えられるまで気が付かない。こんなところに花が咲くなど予想もしないからだ。そのすぐ向うには荒海が迫っている。たぶん海に最も近いところで咲く花だろう。これより先は海草や藻の世界である。


ここは大潮でも海面下にはならない。しかし波はかかるし、台風の時などほとんど波の下になってしまう。塩、乾燥、高温、強風、波の破壊力など、その一つに出会っただけでも普通の植物ならひとたまりもない。それにここには土壌すらない。そんなすさまじいところでこんなにきれいに咲いているのだ。いったいどうやってこれほどの苦難を乗り越えているのだろうか。


葉は肉厚で硬い。それは海浜植物の一般的な特徴である。きっとその上に塩を排出するなどの生理的な機構をいくつも進化させているのだろう。花も小さく硬い。ドライフラワー状態になっていつまでも咲き続けている。


それでもやはり耐えきれないことはたびたびあるのだろう。枯れて幹だけが残ったものがあちこちに見つかる。真っ黒でひび割れてのたうった姿が盆栽の老松の幹のようだ。それが磯松という名の由来という。


この残骸と繊細な感じの花と、最初は同じ植物だとは気が付かなかった。それほど違和感がある。表には見せないけれども、可憐な美女の本体はこんなにも武骨に逞ましかった。


分布は屋久島が北限という。夏から秋遅くまで長い間咲き続ける。イソマツ科ということで珍しい科だと思ったら、園芸植物のスターチスがこの仲間であった。確かに花の感じが似ている。それにしてもこんなところまで、どんな昆虫が訪れるのかも不思議である。
posted by 夜泣石 at 09:43| 花草木 | 更新情報をチェックする

2006年10月15日

タヌキマメ

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タヌキマメという面白い名前の草があることは図鑑で知っていた。屋久島に来て初めて見た時、あ、これだと思った。それほど狸の雰囲気がよく出ている。


全体にふっくらしていて、茶色の毛でびっしりと覆われている。一番上にちょこんと咲いている花も、どこかとぼけた感じで狸の顔のようだ。普通の植物のように枝分かれしないで一本すっくと立っているのも、徳利を提げた信楽焼きの狸を連想する。


毛の密生した蓑のようなもの、それは実を包んでいる萼であった。花の時も大きめなのだが、花が終わるとそれがさらに大きくなって実を包む。萼が大きくなること自体、割と珍しいと思うのだが、それが実をすっぽり包み込むとなると他に例があるか思いつかない。


こんなことをするのは雨除けなのか虫除けなのか、それとも熟した後の鳥除けなのか。何の役に立っているのか判らないが、いつもたくさん実を付けているのでそれなりの効果はあるのだろう。この萼に包まれて真っ黒な豆の鞘があり、その中に小さな豆がたくさん入っている。


分布は本州から九州までと広いそうだ。しかし東京近辺では見た人は少ないのではないか。屋久島では道端や畑脇にたくさんある。夏から秋にかけて、長い間咲き続けている。植物学的には特に珍しくもない草なのだろうが、誰が見てもかわいいと感じるだろう。最近はエコツアーなど盛んだが、特別なものばかり探すのでなく、こういう道端のちょっとしたものにも目を向けたらよいと思う。
posted by 夜泣石 at 10:24| 花草木 | 更新情報をチェックする

2006年10月12日

ハシカンボク

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木陰に点々と、とても愛らしい花が咲いていました。ピンクの素肌におしゃれな飾り。ちょっと背伸びして、おめかしした幼い女の子たちのようです。いつか一人、すさんでしまった私でも、遠い昔のままごと遊びのことなどが思い出されて、なんだかまぶしいような、くすぐったいような気持ちになるのでした。



ノボタン科の常緑低木。花期は夏ということだが、我が家の川沿いでは6月末には咲き始める。そして10月になってもまだ少し咲いている。なぜか山の方ではまだまだ花盛りである。


おしべの先に勾玉のような飾りが付いているのがかわいい。これは葯なのだが、花粉がここから出ているのを見た覚えがない。そもそもこんな大きな袋に花粉をいっぱい詰めるのは不経済だろう。よく見ると勾玉の付いている雄しべは4本で、それ以外に小さな黄色の葯を付けた雄しべが4本ある。花粉を出すのはそれらではないだろうか。大きな葯は虫たちをおびき寄せるための花の飾りになったのだと思う。ではいったいどんな虫がどうしてこれに引き寄せられるのか不思議が続いていく。


ノボタン科は熱帯・亜熱帯に分布する。その中で北に分布を広げたのがこのハシカンボクだそうだ。北といっても屋久島までという。ではぎりぎりのところで細々と生きているのかというと、全くそんなことはなく一面の群落になって斜面を覆っていたりする。それも数100メートルの山地の日陰に多い。屋久島の山の冬は寒い。2千メート近い山々は雪をかぶり、冷えきった風が吹き降ろしてくる。そんな中でこんなに繁栄しているのだ。機会があったらきっともっと北に広がって、多くの人がこの花を楽しめるようになるのだろう。


ところでこの由緒ありそうな名前は沖縄の人々が付けたものだそうだ。沖縄の言葉でこれがどういう意味なのか知りたいところである。
posted by 夜泣石 at 15:52| 花草木 | 更新情報をチェックする

2006年10月11日

毎日が淡々と過ぎていく

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書斎から見たモッチョム岳

机に向かって何かしていても、いつも窓いっぱいの岩山が目に入る。この景観が私をこの地に引き留めさせた。屋久島に移住したのは2003年春。もう3年半も朝な夕なに眺めてきたことになる。


もっと本を読みたい、庭いじりをしたい、山や海で遊びたい、写真を撮りたい、自然について勉強したい、研究をしてみたい、といった思いを、長年の会社勤めの間ずっと抱えてきた。何とか飢え死にはしないで済みそうな程の企業年金を貰える年になると、さっそく早期退職して移住先を探した。


屋久島に決めたのは偶々である。あちこち探した後、あまり期待しないでちょっと覗いたつもりのこの土地が気に入った。海山川とすべて揃っている。特に山の景観がすばらしい。初めて来てその場で契約し、家の建築も頼んでしまった。


人口が高々14000人の離島だから生活の不便さは覚悟した。ところが住んでみて驚いたことに、日常の買物とか医療とか、利便さは東京近辺の小さな町とさして変らなかった。本や電化製品などはネットで買えばよい。田舎は近所付き合いが煩わしいと聞いていたが、望まなければかえって寂しいくらいに何も無い。


そして生活費がかからない。田舎暮らしでは飲み歩くことも着飾ることも見栄を張ることもない。島の中にはいたるところ名勝絶景があるから、はるばる観光旅行など行く必要もない。冷暖房などほとんど使わず暮らせるし、狭い島の中だから車もたいして走らせない。


こうして実生活は順調だったのだが、当てが外れたのはあまり本が読めなかったこと。やりたいことが多すぎるのだ。庭仕事だけでも、ちょっとやっているだけで瞬く間に時間が過ぎてしまう。そして次から次へと仕事が出てくる。毎日疲れて、夜は早々と寝てしまう。


ところで振り返って思うに、私の世代は人がたくさんいて、時代は高度成長の真っ只中だった。人に揉まれ時代に揉まれ、いつも何かに追い立てられて生きてきた。そして何かしなければ、いつも何かしていなければと、あせり、もがく毎日だった。田舎暮らしもその延長で、あれこれ追い求め、追い立てられているようだった。広い庭を早く完成させたいとむきになって働いたり、勉強のために毎日未明に起きて机に向かったりした。


やっと今頃になって、どうもこれはおかしいと思うようになった。何をそんなにあくせくしなければならないのか。少しの本をじっくり読み、小さな畑を耕す。ゆっくりと近くの小道を散歩し、のんびりと自然を見つめる。山や海が刻々と姿を変えていくのを眺めている。そうして穏やかな気持ちで毎日が静かに淡々と過ぎていけばよいのではないか。


ささやかではあっても私なりにさまざまな夢を追い求めてここまで来たが、もしかしたらこれが終着点なのかもしれないという気がしている。
posted by 夜泣石 at 09:14| 屋久島暮らし | 更新情報をチェックする

2006年10月05日

クロイワツクツク

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グゥエッグゥエッ ヂヂヂヂヂと、とてつもない声で鳴くセミがいる。初めて聞いた時はガマガエルか何かと思った。虫にしてはゆっくりで低音、大声。一匹が無くとあちこちで唱和する。ひどくうるさい。それでも何となくのんびりとした感じが救われる。


それが書斎の近くのデッキに来て鳴きだした。大きな嗄れ声は思わず耳を塞ぎたくなるくらいだ。見かけはツクツクボウシとよく似ている。なのにこの声の違いはいったいどういうことだと言いたくなる。


屋久島には普通のツクツクボウシもたくさんいる。本州では秋のセミだろうが、当地では夏の始まる頃から秋の終りまで、ほとんど半年近く鳴き続ける。ここでは多くの生き物が季節感を無くしている。その中でめずらしく季節感を感じさせるのが真夏に鳴くクマゼミと秋の気配のする頃に鳴き出すクロイワツクツクで、ほとんど入れ替わるように鳴く。


クロイワツクツクなどというセミがいることはここに来て初めて知った。普通の図鑑などには載っていない。分布域がこのあたりから沖縄あたりまでとかなり狭いそうだ。しかし希少種かというとそんなことはなく、ここではごく普通にたくさんいる。自然の豊かな山林に生き残っているかと思うと、そうではなくむしろ人里に多い。人工的な環境に適応できているわけだ。


資料に当たると、このあたりの古くからの遺存種ではないかということだ。分布が広がらないのは、もしかしたら適応できる温度範囲が狭いためかもしれない。現在の分布の北限は九州南端の佐多岬だそうだが、今後の温暖化によってこのセミも北上を始めるのかもしれない。その時はこの特異な鳴き声で、多くの人たちを驚かせることになるだろう。
posted by 夜泣石 at 10:30| 生きもの | 更新情報をチェックする

2006年10月04日

ママコノシリヌグイ

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道端にピンクのコンペイトウがばらまかれたみたいです。それとも昔、おもちゃ箱の底に散らばっていた色あざやかなビーズでしょうか。いつだったか探し物をして、ふと引き出しの奥に幼い日の宝物を見つけたことがありました。すっかり忘れていたのに、暗がりの中でじっと見つけてくれるのを待っていたのでしょうか。いつのまにかこわばってかさついてしまった手の中で、小さなガラクタは再び宝物になりました。


日本全土、どこにでもあるタデ科の一年草。通常春から秋にかけて咲くが、ここ屋久島では冬でも枯れることなく一年中咲いている。


かなり小さな花なのだが、きれいなピンクが十数個、房状に集まっているので遠くからでもよく目立つ。房の中で実際に咲いている花は少なく、多くは蕾か実である。実を覆う花被は特に濃いピンクで、それはもはや自分にとっては目立つ必要などないのだが、仲間のための広告となっているわけだ。みんなで盛り立てながら、順繰りに長い間咲き続けることは優れた繁殖戦略なのだろう。


茎にはたくさんの刺がある。細い茎の優しそうな風情なのに、この刺はびっくりするほど硬くて痛い。刺は草食動物よけかと思ったら、そうではなく他のものに引っ掛かるためであった。だから下向きに生えている。つまり生態的にはつる植物なのだ。フェンスなどに引っ掛かって人の背よりも高いところで咲いているのを見たことがある。見かけによらずたくましい。


ママコノシリヌグイとはこの刺からの連想とのことだが、茎ではちょっと拭えそうにない。よく見ると葉の裏にも葉脈に沿って刺がある。柔らかそうな葉なので、そ知らぬ顔でこれを使えば陰惨なイジメになるだろう。


ところで継子イジメというのは昔話などにもよくあるのだが、本当にそんなに一般的なことだろうか。利己的遺伝子ということからすれば当然なのだろうが、他方、血のつながらない子を養い育てるというのは、民族や歴史を超えて人類にとってごくありふれた行為だったと思う。この草の名前を説明して、「よくわからない」と言った若い女性がいた。そういう人がこれからの世代に増えてくることを願いたい。
posted by 夜泣石 at 15:16| 花草木 | 更新情報をチェックする
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